自衛官の確保は喫緊の課題だ。自民党は昨年、12月の関係閣僚会議を開催し、基本方針を決定。30を超える手当の新設、金額の引き上げに関する改善法案を提出し、令和7年度予算に盛り込んだ。
【写真】汚れた壁にゆがみが…自衛隊員が「家畜と同じ」と嘆くボロボロ廠舎
ただ、残念ながら、多くの自衛官から期待していた「俸給表そのものの改正」、つまり抜本的な給料アップは令和9年度以降に先送りされた。とはいえ、募集難が際立った「自衛官候補生」制度が廃止され、初任給の18万円枠がなくなり、一律で約23万円スタートとなった。
人的基盤能力の強化を掲げた様々な施策で、自衛隊員の生活環境の改善もようやく本格的に動き出した。
これまで私は取材の中で、自衛隊施設のシミだらけのマットレスや枕、昭和の遺物・バランス釜の設置された狭い風呂場の写真などの提供を受け、老朽化の実態に驚かされてきた。昭和期に建設された一部の官舎では、室内に洗濯機用の排水設備が整っておらず、やむを得ず風呂場の洗い場に設置するケースもあった。しかし、それも令和9年度までの防衛整備計画で予算付けされる予定だ。自衛官の普段の生活環境は確実に改善されるだろう。
ただし、その「改善の波」が届いていない場所もある。たとえば、「廠舎(しょうしゃ)」だ。【国防ジャーナリスト/小笠原理恵】
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生活環境改善の対象になっているのは、常勤自衛官が暮らす官舎や隊舎、勤務する庁舎などだ。
しかしそれ以外にも、自衛隊には訓練時の一時的な宿泊施設「廠舎」がある。
「廠」はもともと「倉庫」や「兵舎」を意味し、旧陸軍では野営や駐屯時に設置された仮設の宿舎だった。旧陸軍でも廠舎の生活環境はかなり過酷だった。
旧陸軍の「野営心得」には、「野外宿営では屋根さえあれば兵士は十分休息できる。壁は必ずしも要せず、風を防ぐには荷物や天幕で代用せよ」とある。要は「最低限、雨風をしのげればOK」という発想だ。戦時中の廠舎では、藁や毛布を敷いた簡易ベッドやゴザ敷で寝るだけ。防寒性能も低く、冬は凍死や低体温症も起きていた。
その考えを受け継いでいるのか、自衛隊でも旧陸軍の廠舎をそのまま流用している場所が一部に残っていて、非常に非衛生的な状態のまま放置されている。
訓練用の一時的な宿泊施設とはいえ、改善が後回しにされては隊員たちの不満は高まるばかりなのだ。
たとえば、長崎県の大野原廠舎。外観はそれなりに新しく見えるが、内部の実態はかなり厳しい。
令和7年1月ごろに撮影された写真〈1〉のベッドマットはひどく劣化しており、とても人が寝られる状態のものとは思えない。現在、防衛整備計画の予算で自衛隊員が集団で生活している隊舎の新しいマットレスは少しずつ新品に交換されているが、廠舎はその対象外だ。
現職の幹部自衛官によれば、「廠舎のマットレスは備え付け基準が存在しない簿外品(ぼがいひん)」とされ、正式な物品として扱われていない。つまり、更新や交換の予算がつけられず、長年放置されたまま使われ続けている。
「なぜそんなことになっているのか?」と聞くと、こう返答がきた。
「自衛隊の廠舎のマットレスは、そもそも備え付け基準等の根拠がない『簿外品』。ひらたく言うと“廃棄物”です。もともと寝具を備える施設という想定ではなかったんです。そこに隊員が勝手に不要になったマットレスや毛布を持ち込んで、それが放置され続けているんです」
正式な備品として「簿内物品」に登録しようとすれば、会計検査や物品管理検査などのチェック対象となる。
現場は人手不足で、これ以上の管理業務が増えるのは困る。だから更新予算をつけることにも抵抗がある。現場のそんな苦悩も見えてくる。
しかし、衛生的な環境で訓練に集中できるようにするためには、こうしたマットレスや設備の更新は避けて通れない。現場の負担を増やさずに済むよう、防衛省や関係機関は柔軟な規定の見直しと、予算運用を進めるべきだ。
野外訓練や演習では普段より格段に活動量が増えるため、エネルギー補給のための「増加食」が支給される。でも、これが「お菓子とジュースばかりで栄養価など考えていると思えない」という不満の声がある。
「状況下の訓練では非常食はあるんですが、加熱剤が無くてガチガチの米を食べてます。最近は加熱不要の民間製品もあるけど、高いのか支給されません。温める時間も場所も無いなら、それに見合ったものを支給してほしい。『とりあえず菓子でも与えとけばいいだろう』って上が思ってるんでしょうね。現場は何も変わらない。20年ほど自衛隊に尽くしてきましたが、やっぱり中からじゃなくて外からじゃないと変わらないんだと、最近つくづく思います」
米軍では、戦地でも「1日1食はできる限り温かい食事を」と心がけ、野外キッチンや温食提供に力を入れている。食事が士気や体調を支えるという実戦での経験がその理由だ。人民解放軍も同様にドローンで野外訓練時にも温食配給の体制を構築している。自衛隊にも野外炊飯車はあるが、数が限られており、全員分を一度にまかなえるほどではない。燃料や食材の補給・輸送も大きな課題だ。
「4日間の状況訓練を終えてクタクタで廠舎に戻ったのに、『風呂は入れない』と言われました。仕方なく洗面所で冷水を浴びました。シャワー室は故障中で、使えない。見るからに汚くて、何年も修理されてないんだろうなと思いました。シャワー室ひとつ修理できない理由を、国は説明すべきです」
大野原廠舎のある大野原演習場のシャワー故障の張り紙の写真(写真〈2〉)とともにこの言葉が送られてきた。
告発者が自衛隊側に知られると不利益を受けるおそれがあるため、資料にモザイク加工等が必要か確認したが、「このまま使ってほしい」との返答があった。
「私は最近思いました。自衛隊は家畜と同じです。泥まみれで風呂も入れず食事は残飯同様。シャワーも自由に浴びることができない。情けないです。ここまでやっても税金泥棒と言われることもあります。私の人生は何なのかなと考えさせられます」
薄汚れたシャワー室(写真〈3〉〈4〉)の写真を送ってくれた現職隊員の心の叫びは自衛隊に届くのだろうか? 自衛隊を中途退職する人が増え続けている原因の一つがここにもあると確信している。生活改善はまだ道半ば。しかし、その動きには期待したい。
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防衛省に本件について見解を求めたところ、以下の回答が寄せられた。
「防衛省・自衛隊として、全ての自衛隊員が高い士気を維持し、自らの能力を十分に発揮できる環境を整えていくことは重要と考えており、廠舎は令和4年度までに3棟の整備を完了し、令和6年度は3棟の建替えに着手しており、引き続き、部隊の意見等を踏まえ廠舎の建替え等に取り組んでまいります。いずれにしましても、廠舎を含め自衛隊施設の老朽化対策や耐震化対策など、隊員の生活・勤務環境を改善する取組を進めています」
小笠原理恵(おがさわら・りえ)国防ジャーナリスト。関西外国語大学卒業後、フリーライターとして自衛隊や安全保障問題を中心に活動。著書に『自衛隊員は基地のトイレットペーパーを「自腹」で買う』(扶桑社新書)、『こんなにひどい自衛隊生活』(飛鳥新社、2024年12月に上梓)がある。公益財団法人アパ日本再興財団主催・第十五回「真の近現代史観」懸賞論文で最優秀藤誠志賞を受賞。産経新聞にコラム「新聞に喝!」を執筆している。
デイリー新潮編集部