「”高台”なのに…」静岡空港駐車場が水没した理由

(出所:国土地理院「地理院地図」を基に筆者作成)
【分析画像】「高台なのに…」「近くに川はないのに…」全国各地でたびたび起こる”冠水”の知られざる原因
東海地方を中心に甚大な竜巻や豪雨による被害を巻き起こした台風15号では、富士山静岡空港(牧之原市)で1時間の最大雨量が113ミリ(観測史上最大)という激しい雨が降り、高台にある富士山静岡空港の駐車場で多数の車両浸水が発生した。これに対して、SNSでは「何をどうやったらこんな立地の所が水没するんだ……」などの投稿が相次いだ。
さらに、台風が去った後も全国でゲリラ雷雨は多発し、毎日のように関東、首都圏を含む全国各地で冠水、浸水に関するニュースが流れ続けている。こうした冠水、浸水があった地点は、意外にも低い川の土地ばかりでなく、川がない高台の土地でも起こっていることを多く目にする。
そこで、なぜ高台の富士山静岡空港で車両の浸水が多数発生したか、また首都圏の事例を中心に、近年発生した「高台の水害」がどういった場所で起きたか、都市型水害とも呼ばれる都市部での「内水氾濫」による浸水・冠水の原因や、注意しておきたいポイントについて解説する。
まず、富士山静岡空港がどういった場所にあるか見てみよう。国土地理院が公開している「地理院地図」では、任意の標高で地図を着色できる「自分で作る色別標高図」という機能がある。これを用いて駐車場付近の高低差を示してみた。
この図では、標高25m以下が青色、そこから25m刻みで薄い青色(25m~50m)、水色(50m~75m)、黄緑色(75m~100m)、黄色(100m~125m)、オレンジ色(125m~150m)、濃いオレンジ色(150m以上)まで塗られている。青系ほど低く、赤系ほど高い土地になる。
(出所:国土地理院「地理院地図」を基に筆者作成)
人々が住み、水田として使われているのは青色~薄い青色(標高50m以下)の範囲が大半である。そうした人里の側からみると、富士山静岡空港が、山(丘陵地)の上にあることがよくわかる。
元々平らな土地だったわけではなく、山の上を平らに造成し、谷部分は埋めるなどして平坦化している。まったく水平ではなく、空港の範囲でも色の違いがある通り、滑走路部分の標高は地理院地図によると北西部では138m、南東部では123mほどと、南東側にゆるく傾斜している空港である。
車両の水没があった駐車場は、このような富士山静岡空港の滑走路やや西側の南のへり付近にある位置関係を押さえておいていただきたい。
富士山静岡空港の車両水没があった駐車場付近の高低差はどうなっているのだろうか。同様に、「地理院地図」の「自分で作る色別標高図」を用いて駐車場付近の高低差を示してみた。
駐車場の北側には航空会社が入っている建物があり、建物の位置も示した。報道による現地の映像、写真を見ると擁壁状に建物付近の標高が高くなっているように見えるが、この点は地理院地図の標高データには反映されていないようであった。
この図では、標高132m以下が濃い青色、そこから50cm刻みで青色(132m~132.5m)、水色(132.5m~133m)、黄緑色(133m~133.5m)、黄色(133.5m~134.0m)、オレンジ色(134.0m~134.5m)、濃いオレンジ色(134.5m~135m)まで塗られている。青系ほど低い土地となる。
駐車場は空港として造成された範囲の南端部にあり、全体としては北から南側に下がっていることから、南側にある谷の方に排水ができれば、冠水などは起きにくい造りとなっている。
(出所:国土地理院「地理院地図」を基に筆者作成)
浸水があった駐車場の概ねの範囲を白線で囲っているが、高低差は単純に南側に傾斜していないようだ。駐車場内の傾斜は、谷側の南端部にある道路側が高くなっていて(ピンク色点線の部分)、駐車場の北東側が低い、逆傾斜になってしまっている。地図上では最大1.4mほども谷側が高くなっている場所もみられた。
駐車場付近の高低差から想定される、雨水の流れる向きを黒色の矢印で示してみた。実際には地図に表示されない高低差や人工構造物などもあると考えられるが、駐車場付近は周囲より低くなっているため、各方面から水が集まって、南側に排水しにくい場所にあったことは想定できる。
低くなっている場所から排水が十分にできていれば、冠水や車両浸水には至らなかったものと想定されるが、雨量が排水能力を超えてしまった。原因は、「豪雨」だけではない。豪雨の後、雨水がどのように流れて、どこに集まるかが重要だ。
(※あくまで地図情報の高低差をもとにした想定です)
台風15号の接近時、またその後も各地で豪雨の被害が継続している。SNSで「冠水」と検索すると、あちこちで冠水した道路などの写真、映像が流れる時代となっている。著者は、X(旧Twitter)では「地盤災害ドクター横山芳春」として活動しているが、ここ数日も、毎日のように冠水した地点の投稿がアップされていることを目にして、その考えられる原因などを投稿している。
その中からいくつか事例を紹介する。9月8日に首都圏を襲ったゲリラ 雷雨によるとみられるが、西東京市田無付近で複数の冠水情報がSNS上に上がっていた。そのうち、複数の車両故障など一例の場所を地図に示した。田無付近は、東京都の西側に広がる武蔵野台地上の地域だ。
近くに洪水を引き起こすような大きな川はなく、水害とは無縁のような場所である。この場所も、「地理院地図」の「自分で作る色別標高図」を用いて冠水現場付近の高低差を示してみた。
冠水があった場所は、図中央付近の道路上に白丸で囲った周辺だ。標高は、地域内で最も低い青色の60m以下となっている。この付近は高台の台地の中でも「浅い谷」と呼ばれる、周りより少し低い場所の一角だ。しかも、西、南、東の3方が少し高い地域になっており、水が集まりやすい場所と言える。
地理院地図では任意の範囲で地表の高低差の断面図を切れる機能があるので断面図を作成してみると、右下にある図のようになる。地図中、「始」記号から「終」記号の範囲で道路沿いに断面を切っているが、冠水があった付近が顕著な凹地の底になっていることがわかる。
この道路で排水が上手くいかないと、冠水に至りやすい条件になってしまっている。富士山静岡空港と同様、地形的にくぼ地のようになっている上、水が排水されていく側が高くなっていて、排水しにくいという条件になっていることが想定される。
雨水が低くなっている北側に流れていくと、冠水等は発生しづらくなるはずであるが、実際は冠水に至っている。現地のストリートビューを見てみると、道路の北側には歩道の縁石上に柵や塀、建物などが並んでいる。地形的なくぼ地に加えて、人工的な構造物によって、北側への排水が妨げられた可能性も想定される。
(出所:国土地理院「地理院地図」を基に筆者作成)
同様の現象は特殊な事例ではなく、豪雨のたびに各地で発生している。道路はどうしても元々の地形に沿って伸びていることが多いため、もともと地形的に低くなっている部分では冠水の影響を受けやすい。さらに、冠水が多く発生する道路では、中央分離帯や柵の基礎などが流れを妨げている事例は少なくない。
2023年8月1日の豪雨で、中野区内の環七通りで起きた冠水などもこの事例だろうか。高台の台地に入り込んだ浅い谷地形が西から東側に傾斜しているところに、南北に貫く環七通りが走っている。環七通りが、冠水した付近(図の赤色の丸付近)だけ周りより低くなっている上、中央分離帯があることで西から東への排水が妨げられた可能性がある。
(出所:国土地理院「地理院地図」を基に筆者作成)
車で道路を通行していると、いつも通る道でも数十cm程度の高低差はあまり気にならないだろう。冠水している道路は深さが見えにくく、突入してしまうと車両故障や閉じ込めに遭ってしまうことも想定される。浸水深が30cm程度でも車両故障に至っている事例もある。冠水路を見かけたら、過小評価して行けるだろうと突入しないことも重要になる。
もう一つの少し異なる事例を紹介する。9月11日に首都圏を襲ったゲリラ雷雨時の、品川区戸越銀座通りの事例だ。戸越銀座駅をはさんで東西1.4kmに伸びる戸越銀座通りの西端、中原街道との交差点付近で濁流のように戸越銀座駅方面に水が流れている様子がSNSにアップされていた。
この場所は、台地から下る谷の中心部にある。戸越銀座駅の通り自体が谷の中心部を通っており、明治時代の地図で見ると、水田が広がっていた地域だ。周囲で雨が降ると、かつて水田であった頃は、自然の山林や田畑に雨水が浸透されやすかったが、都市化されると宅地や舗装された部分が増えて浸透が進まずにこの谷に向かって雨水が集まってしまう。
(出所:国土地理院「地理院地図」を基に筆者作成)
近年、都心部などで坂道を激しく水が流れ下っている事例には、このようなパターンが多い。谷にはかつては水田が広がり、川が流れていたが、都市化によって流れていた川は暗渠となって見えなくなってしまい、かつての光景は想像できない状況になっている。結果的に、谷は水が通る場所となってしまい、坂道を流れ下る濁流となっていく。
以上、富士山静岡空港と都心部の冠水・浸水の事例を紹介したが、これらはいずれも人工的に改変され、アスファルトで覆われた場所で起きやすい「都市型水害」の事例といえる。しかも、川の氾濫ではなく、豪雨によって降った雨水が低い場所に集まり、排水能力を超えて起こる「内水氾濫」と呼ばれる現象だ。
災害や物事が起きる原因を、誘因(外力:物事をひきおこすきっかけ)と、素因(耐力:事象が発生しやすくなる条件、特性)に分ける考え方がある。風邪で例えると、風邪の流行が誘因(外力)であり、体力がなく風邪にかかりやすい人や、体力がありかかりにくい人がいることが素因(体力)だ。
これに従うと、都市型水害の誘因は活発な雨雲などによる豪雨となる。1時間あたり50mmを超える非常に激しい雨では冠水が発生しやすくなってくるが、1時間あたり 80mmを超えるような猛烈な雨では大規模な浸水・冠水を引き起こしやすい。富士山静岡空港でも、都心部でも1時間あたり100mmを超えるような雨が降っていたことが誘因だろう。
(筆者作成)
素因としては、まずは地形的要因だ。ただ低い低地だから起きやすい、高台の台地だから起きにくいという単純なものではない。豪雨があった範囲の中で、より低い所に水が集まるのだ。低地は比較的起伏が小さいが、台地は浅い谷の部分(田無の事例)や、谷が入り込んでいる部分(戸越銀座の事例)など、起伏が大きい。どうしても、周りより低くなっているところに水が集まりやすいのだ。決して、豪雨だけが原因で起きているものではないことは知って欲しい。
都市型水害の素因としては、都市の排水能力も重要になる。東京都の下水道の排水能力は、基本的に1時間あたり50mmの降雨を基準に設計・整備されている。近年の豪雨の激甚化や気候変動の影響を考慮し、特に浸水被害のリスクが高い大規模地下街や特定の地域(75ミリ市街化対策地区)では、1時間あたり75mmの降雨に対応する施設整備が進められている。
しかし、昨今の豪雨は1時間あたり80mm、100mmをゆうに超えてくることが現状だ。誘因としての豪雨増加には、気候変動に伴う異常気象が激甚化・頻発化している影響もあろうか。いずれにせよ、今後は各種インフラの維持、管理、更新にも苦慮している都市において、豪雨時の排水能力が追い付かない事態が多発することが懸念される。
都市型水害に対して注意しておきたいポイント
内水ハザードマップがあればチェック
自治体で、内水氾濫を想定した内水(雨水出水)ハザードマップを作成・公開していれば、まず確認したい。色が塗られていたら要注意だが、色が塗られていない場合にも浸水等が起きないことを担保するものではない。とくに、塀や柵の基礎など小規模な構造物は考慮されていないことがある。
また、洪水ハザードマップしかない自治体では、川の氾濫による洪水で氾濫が想定される地域しか色が塗られていないので注意だ。
地名をあてにするな
地名は、ある範囲をもって付けられている。ある地域の中で、高台側の地域もあれば低い側の地域があることがある。「さんずい」系の地名で水害などが起きやすいことはあっても、起きない場所もあれば、全く水に関係ない地名の場所で水害が起こることもある。
西東京市「田無(旧田無市)」なども、由来は諸説あるが高台で「田んぼがない」ことが有力だ。近日の水害が起きた場所でも、自由が丘駅付近は「自由が丘」住所の北側は高台だが、南側は低い低地側だ。
東横線の開通以降、開発に応じて与えられた地名である。開発にともなって改名された地名や地名の合併などは、全国各地でよくある事例だ。そもそも地名の範囲と地形・災害リスクは一致していないことも多い。
ほかにも、西小山駅の小山という住所は高台の台地側だが、浅い谷や谷が多くある地域で、西小山駅は浅い谷底にある。
地名より地形、さらに細かい高低差に注意
地名より注意してほしいのが、地形である。それも、台地や低地(谷)という大雑把な地形ではなく、わずかな数十cm単位の高低差だ。高台の台地の地域であっても、周りより低い場所かどうかをチェックしたい。
調べ方としては、実際に歩いてみるだけでもわずかな高低差に気づくことがある。とくに、雨の日などに雨水が流れてくる側にあるか、側溝など排水施設が機能しているかを実際に観察することが良い。
また、コラム内で各地の解説の図で使った「地理院地図」は無償で公開されているので、「自分で作る色別標高図」を活用してほしい。
トップ>標高・土地の凹凸>自分で作る色別標高図と進んでいただき(青色枠)、表示されたウィンドウ内のパレット状のアイコン(黒色枠)が「自動で着色できる機能」だ。標高の数字は、手動で入力して変更もできる。断面図は、赤色枠の「ツール」の先にある。
(出所:国土地理院「地理院地図」を基に筆者作成)
古代中国の孟子に由来する「水は低きに流れる」とは、「物事が自然な成り行きで進むこと」を示すことわざである。小学校4年生の理科「雨水の行方と地面の様子」では、水は、高い場所から低い場所へと流れて集まることを習うが、まさにその通りの現象が起きる。
高台の場所で豪雨があれば、高台という範囲内で、雨水より低い場所に流れるものだ。「高台の地域に住んでいるから」と安心はできない。周りより低い場所で地下階や半地下などがあると、より水が浸入しやすくなってしまうことも懸念だ。
毎日のように報道されるゲリラ雷雨への注意喚起などでも、豪雨じたいの注意喚起はなされても、このような「低い場所があれば、水は集まってくる」ことについては余り重視されていない感を受ける。
都市部においては、雨雲がどこで発生し、どこで雨を降らせるかによって、都市型水害は他人事ではない。ご自宅やご実家、親戚知人のお宅や学校、職場、通学・通勤路、またこれから住み替えようという場所について、都市型水害(内水氾濫)の可能性についても知って頂きたい。
(横山 芳春 : だいち災害リスク研究所 所長・地盤災害ドクター)