16歳で妊娠させられ中絶、だけど大人は助けてくれなかった…24歳女性が「顔出し」で性暴力を告発した理由

性暴力は平山ひかりさん(仮名、24歳)が14歳の時から始まった。熊本県荒尾市にある児童養護施設「シオン園」で、父親のように慕っていた12歳年上の男性職員がある日を境に常習的に性的行為をするようになったのだ。
避妊はほとんどされず、16歳のときに妊娠。加害者は当然のように「おろせ」と言い、相手は「ネットで会った知らない人」と説明するように指示した。
平山さんが19歳で施設を出るまで続き、加害者は2021年11月に児童福祉法違反の容疑で逮捕、2022年7月に懲役1年10月の実刑判決が確定した(詳細は第1回)。
判決確定後の2022年秋、シオン園を運営する社会福祉法人慈愛園(熊本市)の幹部と平山さんは面会した。場所は、平山さんをサポートする井上莉野弁護士の所属する福岡法律事務所だった。
慈愛園の出席者はシオン園施設長(当時)、事務局長、代理人弁護士など複数名。平山さんには井上弁護士が同席した。
社会福祉法人慈愛園のルーツは、ルーテル教のアメリカ人宣教師モード・パウラスが大正期に熊本で始めた社会福祉活動だ。その歴史とともに日本の社会福祉分野では知られている。
面会での幹部たちの様子は、事案の深刻さとかけ離れていたという。井上弁護士が説明する。
「謝罪に訪れた幹部たちの一部は、自分たちの運営する児童養護施設で性的虐待を受けた元園児と顔を合わせているというのに、謝罪に訪れた人の態度ではありませんでした。ほかの人からは謝罪の言葉がありましたが、謝罪の方向性が違うように感じました」
謝罪の方向性は、どのようにずれていたのか。
主に議論を進行したのは幹部のひとり。進行者の発言は平山さんと代理人を驚かせる。
「性的虐待が行われていたことに気づけなかったとし、自分たちも被害者だという空気感を出していました」
だが、平山さんの友人は、加害者の平山さんへの距離の近さに不審を抱き、施設長に訴えていた(第1回参照)。また、加害職員と平山さんの距離感を不審に思う職員がいた。職員は加害者について上司に報告し、対応を求めたものの、対策は取られなかった。
面会の席上、事務局長の発言や態度に感情が乱れた平山さんと事務局長の間で言い合いが起きた。
加害者が逮捕されたとき、平山さんは、施設側から謝罪があると思っていた。しかし連絡はなく、刑が確定した後、井上弁護士が慈愛園に問い合わせをし、上述の面会の実施となった。そして面会は破談に終わる。
今年6月、提訴と同時に開いた記者会見で、マスクを着用するだけで顔を隠さなかったのは、平山さんの強い希望による。顔を出しての会見には誹謗中傷を受けるリスクが生じる。井上弁護士、そしてともに代理人を務める黒田裕美子弁護士の2人は、デメリットについて時間をかけて説明したが、平山さんの「顔出し」の意志は変わらなかった。
会見で理由を問われた平山さんは、「性被害を受けたことを隠さなくてはならないという世の風潮はおかしい」「被害が繰り返されないために強く訴えたいと思った」と語った。
平山さんには顔出しで会見を行った理由がもうひとつあった。
「児童養護施設で性被害に遭うということはあまり公にされません。私が顔を出して施設名を明らかにしないと、施設にいた無関係の子たちが、あの子じゃない? などと勘ぐられて、憶測でSNSに書き込みをされたり誹謗中傷されたりする可能性がある、それを食い止めたかった」
平山さんへの取材後、慈愛園事務局に質問状を送り、11月7日付で代理人弁護士から回答書を得た。
質問状では、平山さんが民事訴訟を起こしたこと、そして施設内で性的虐待が行われたことへの受け止めを尋ねた。
職員による性的虐待については以下のような回答だった。
なお、同種案件の裁判例から、加害者の元職員は当時公務員に該当し、本来、損害賠償義務を負うのは慈愛園ではなく熊本市ではないかと主張している。
回答書は、以下の理由から施設名を伏せるよう求めていた。
しかし、本稿では、前述のように「施設のほかの子が被害者だと勘ぐられる事態を避けたい」と顔を隠さずに取材に応じた平山さんの意志に添い、法人・施設名を記載した。
2023年7月の刑法改正により、性行為への同意が得られると法的に認められる年齢(性交同意年齢)が、原則13歳から16歳に引き上げられた。16歳未満のこどもは性的な行為の結果について十分に理解し、判断する能力が未熟であると考えられるためだ。行為者が「5歳」以上年長の場合、処罰の対象となる。
平山さんの事案は刑法改正前の事件であるものの、当時14歳だった平山さんが性的な行為の結果について十分に理解し、判断する能力が未熟だったことはいうまでもない。
児童養護施設内の性的虐待に関して、「報道が騒ぎ立てることで、在園児童への誹謗中傷の二次被害が生じる」という意見は、本件に限らず、この領域の取材で必ず聞こえてくる。しかし、そのように事実を曖昧にすることが、被害を長期・拡大化し組織の改革を遅らせる。その結果、被害を受けるのは、ほかでもないこどもたちである。
現在の平山さんは、自身に起きたことを対象化して自分の言葉で説明することができる。だが、提訴の決断までまっすぐに進んだわけではない。
警察に被害届を出したあと、平山さんは「性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター」につながった。
これは、性犯罪・性暴力の被害にあった人が、被害直後から医療、カウンセリング、法律といったさまざまな支援を、可能な限り1カ所で受けられるようにする総合的な支援拠点のことだ。被害者の心身の負担を軽減し、回復を支援することを目的に、2019年までに全国の都道府県に設置された。
平山さんはそこで初めて被害について法律家に話を聞いてもらうことができ、井上弁護士とも知り合った。
井上弁護士をはじめ専門知識を持つ支援者たちが、電話、メール、対面などさまざまな方法で、時間をかけて平山さんの話を聞き、サポートした。平山さんは2023年には受診していた精神科医に被害を話し、複雑性PTSDと診断された。治療は現在も続いている。
民事訴訟の提起にあたっては、前段となる刑事裁判で実刑判決が出たことが足がかりとなった。児童養護施設という、外部から閉ざされた空間で行われた性的虐待が逮捕・起訴につながったのは、第1回で見た通り、産婦人科医が証拠物を残していたことが決定打だったと思われる。
「医師は平山さんの妊娠を性被害という前提で診察し、長期間、採取物を保存していたのだと思います。医師のその判断もそうですし、そもそも平山さんが施設を出てから相談した大人の人が、性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップセンターにつないでくださったことも重要なポイントでした」(井上弁護士)
刑事裁判で有罪と認められたのは中絶に至った性行為のみだった。長期間に渡った性的虐待については証拠がなく、立証の観点から立件が難しかったためだ。
懲役1年10月という量刑は被害者側からすると短い。だが、この判決をめぐっても、平山さんは周囲の「執行猶予に比べればいい」「実刑判決が出てすごい」といった、被害者の気持ちを無視した周囲の言葉に複雑な感情を抱いた。
今回の民事訴訟についても「あなたが発信しても社会は変わらない」と言われたという。
ところが、提訴の会見後、変化の兆しを感じることになる。黒田弁護士が言う。
「顔を出しての会見ではSNSでの誹謗中傷を心配しましたが、蓋を開けてみると、平山さんへの嫌がらせのコメントはほとんどなく、むしろ、応援の言葉のほうが多く、施設側の姿勢を問題視する書き込みがたくさんありました」
平山さんが初めて大人に被害を打ち明けてから今年で6年。2024年に大阪地検の女性検事が上司からの性暴力を告発したが、それも被害から6年後だった。告発の覚悟を決めるには相応の時間を必要とする。
「#MeToo運動」や、所属する陸上自衛隊での性暴力被害を告発した五ノ井里奈さんの姿が平山さんの背中を押した。
提訴は自分のためのものではないと平山さんは言う。
「児童養護施設で生活する子たちが自分のような被害に遭ってほしくないという気持ちです。民事訴訟を起こしたことも、顔を隠さずに会見をしたことも、同じ被害が繰り返されないためにはどうすればいいのかを考えた結果、自分で決断したことです」
全国に児童養護施設は約600。およそ2万2000人のこどもたちが生活している。
———-三宅 玲子(みやけ・れいこ)ノンフィクションライター熊本県生まれ。「ひとと世の中」をテーマに取材。2024年3月、北海道から九州まで11の独立書店の物語『本屋のない人生なんて』(光文社)を出版。他に『真夜中の陽だまり ルポ・夜間保育園』(文芸春秋)。———-
(ノンフィクションライター 三宅 玲子)