小泉農水相と元テレ朝・玉川徹氏が「農家の大規模化」で意気投合も…コメ作りを知り抜く異色農家は「どんなに働いても生活苦な“小作人”が復活するだけ」

第1回【江藤前農水相は「主婦の皆さま」の買い急ぎと過去に批判も…“異色の農家”が論破するコメ高騰の知られざる理由「猛暑で小粒化」「倒れた稲が雨に浸かる」】からの続き──。江藤拓・前農林水産大臣は3月7日の大臣会見で記者から消費者の《コメの買い急ぎ》について質問された。コメは高騰する一方で、スーパーにも在庫がない状況を踏まえた質問だった。(全3回の第2回)
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【写真】「日本と全然違う!」韓国のスーパーで実際に売られているコシヒカリの“お値段”とは? 日本人向けにお持ち帰りを呼びかける張り紙も
消費者は不安に駆られ、とにかく高値でもコメがあれば買う。これを記者が《買い急ぎ》と表現したわけだ。
記者の質問に江藤前農水相は《生産量は18万トン余計に作っている。在庫も合わせると100万トン以上の余裕がある》と豪語した(註:農水省の公式サイトより)。
コメは足りている以上、高騰は消費者に責任がある──江藤前農水相は特に《ご家庭を守ってらっしゃる主婦の皆様》が不安に駆られ、買うコメの量を増やしていると指摘。そのためコメの価格が上昇し、品不足になっていると消費者を批判した。
挙げ句の果てには《買い急がなければいけない状況ではないことは、あらゆる機会で、消費者の皆様にお伝えしなければならない》との決意さえ披露した。
だが江藤前農水相の説明は、当時でも全く実情を反映していなかった。皮肉なことに江藤前農水相の発言が間違っていたことを明らかにする“証拠”は、何と農水省の公式サイトに掲載されている。担当記者が言う。
「農水省は5月19日、『米の需給状況の現状について』との資料を発表しました。これによると2021年の時点でコメの需要702万トンに対し、生産量が701万トンと足りていないのです。にもかかわらず、農水省はコメの生産を抑制する政策を変えませんでした。乖離は大きくなる一方となり、翌22年の生産は670万トン、需要は691万トンで需給ギャップは拡大しました。さらに23年は生産が661万トンとさらに減ったのに対し、需要は705万トンに増えたのです」
コメの価格は昨夏から急激に上昇した。当時の坂本哲志・農水相は「新米が出回れば価格は落ち着く」との説明を繰り返したが、上昇は止まらなかった。
24年11月に就任した江藤前農水相は高騰の原因として消費者の買い急ぎや、“転売ヤー”の暗躍を主張した。だが坂本元農水相と江藤前農水相の認識が完全に間違っていたのはご存知の通りだ。
コメの需要は一貫して減り続けてきた。例えば2008年の需要は824万トンだったが、22年には691万トンにまで落ち込んだ。
だが翌23年は705万トンと増加に転じた。農水省は先に触れた「米の需給状況の現状について」で需要が増えた理由として複数の要因を指摘している。
中でも説得力があるのは《インバウンド等の人流の増加》だろう。外国人観光客は和食に高い関心を持って来日する。外食産業でもコメの争奪戦が繰り広げられているのはご存知の通りだ。
いずれにしてもコメが高騰したのは生産が足りず、需要を満たしていないのが最大の原因だ。となると、解決のためにはコメの増産しかないことになる。
5月23日にテレビ朝日系列で放送された「羽鳥慎一モーニングショー」には小泉進次郎・農水相が生出演して話題を集めた。
レギュラーコメンテーターの元テレ朝社員・玉川徹氏と小泉農水相は「水田の大規模化で増産を行い、余ったコメは海外に輸出すべき」との意見で一致し、玉川氏が「期待しています」と述べる一幕もあった。
ところが、である。コメ生産の現場を知り抜いている農家は「小泉農水相の主張なんて、農家の誰も信じていません」と一蹴する。
木村和也氏は登山専門誌「山と溪谷」で知られる出版社、山と溪谷社のOBだ。生まれ育った新潟県南魚沼市にUターンすると実家のコメ農家を継ぎ、フリーペーパー「山歩みち」の編集長を務めている。異色の“兼業農家”と言っていいだろう。
そもそも日本の農村で需要を満たすだけのコメが作られていないのはなぜなのか、木村氏は「長年、政府はコメの生産量を抑制する政策を実施してきました」と言う。
「コメからソバへの転作に助成金を用意して奨励するなど、何十年も政府はコメの生産量を抑えてきました。生産量を抑えることで価格を安定させる意図があったのですが、気がつけば需要と供給のバランスはギリギリの状態となりました。つまり現在は、ほんの少しでも需要が増えれば在庫が消滅するという危険水域に到っています。おまけに政府の価格安定という掛け声とは裏腹に、コメの買い取り価格は、この数十年、一貫して安くなってきました。これでは離農が相次ぎ、誰もコメを作りたがらなくなるのは当然です。かろうじて生産を続けている今の農家も高齢化と人手不足、担い手不足に悩まされています。中長期的な視点に立てば立つほど、コメの生産量が増加に転じるとは思えないのです」
ソバに転作した農地を水田に戻し、大規模化を実現すればいい──素人は安易にこんなことを考えてしまうが、全くの暴論だという。
木村氏は「転作田を水田に戻し、収量を安定化させるためには最低でも3年はかかる」と指摘する。加えて水路や畔の整備など相当な予算も必要だ。何より「コメを作りたい」と手を挙げる人間がいない。たとえ水田の大規模化が実現したとしても、コメを作る農家が誰もいないのであれば意味はないだろう。
「農水省は以前から大規模化を奨励してきました。具体的には100ヘクタールのコメ農家を対象に助成金を準備しているのですが、これを全国一律に行うことは難しいと考えています。なぜなら日本の国土は7割が山地。よって傾斜地に田んぼを作らざるを得ないので、田んぼの区画は小さくなります。結果として管理に手間がかかり、外国のように作業効率化が進まないのです。また現時点での農業の大規模化は、戦前の小作制度に近いイメージがあります。100ヘクタールの水田を夫婦2人で管理することは不可能です。農業法人を設立し、従業員を10人は雇用する必要があるでしょう。たとえ法人の代表は儲かったとしても、コメの買い取り価格が根本的に上がらない限り、従業員は薄給で働かされるだけです」(同・木村氏)
木村氏は「何のことはありません、拙速な大規模化はコメで儲かる地主と、働いても働いても生活が苦しい小作人が21世紀の日本に復活するだけでしょう」と指摘する。
まして海外で日本米の販路を求めるという計画に到っては、「輸出先さえ決まっていません。信じられるわけがないでしょう」と木村氏は切って捨てる。
確かに零細な兼業農家ばかりだと弊害が多いことは木村氏も認める。だが今の大規模化は「議論が極論すぎます。もっとバランスを取る必要があるはずです」と言う。
「現在、私と妻で営農している面積は約3ヘクタールです。この人数で回すとすれば、営農面積を増やすにしても6、7ヘクタールが限界でしょう。私は、中山間地の農村における理想的な光景は、10ヘクタールの中規模農家がコメ作りの中核を担っている状態だと考えています。10ヘクタールなら、例えば夫婦と必要ならアルバイトの手伝い1人という小規模経営体で、中山間地にある手間のかかる田んぼでも、小回りをきかせながら対応できるでしょう。専門家でさえ、例えばアメリカの大規模小麦農家をモデルケースとする人がいますが、あまりに実情を知らないと言わざるを得ません。小麦は同じ場所で作り続けると連作障害が発生します。つまり、畑を休ませる必要があるのです」
アメリカの農家は小麦の連作障害を防ぐため、大規模農地の一部を休ませながら育てていく必要がある。だがコメ作りは異なる。
「コメは水を介することで連作が可能です。だから日本では、約2000年前の弥生時代から田んぼだけでなく水路や畔を整備、四季を通じて潤沢に降る水を先人たちは活用し、限られた国土のなかでも多くの日本人を養うことができたのです」(同・木村氏)
日本のコメは1年に多くて2回しか収穫できない。一方で、水田は連作障害が発生しない。同じ場所で、毎年、作り続けることが可能なのだ。
「日本の伝統的なコメ作りは水田こそ狭くとも、開墾という労力をなるべく減らした結果、生産性と効率性が高まり、収量を確保してきたという歴史を持ちます。こうしたノウハウが今、急速に失われつつあります。小泉農水相やテレビのコメンテーターが『コメをたくさん作れ』と言うのは簡単ですが、このまま日本の農村を放置していると豊かな自然が失われ、ひいてはコメの生産量を増やすこと自体がさらに難しくなると理解してから発言してほしいと思います」
第3回【「コメ5キロ2000円台」に執念を燃やす小泉農相が“敗北”するリスク…異色の兼業農家が「備蓄米の放出効果は限定的」と警鐘を鳴らすワケ】では、いくら小泉進次郎・農水相が5キロ2000円台のコメを放出したとしても、結局は5キロ5000円台に戻ってしまう可能性について詳細に報じている──。
【木村和也 プロフィール】1971年、新潟県生まれ。東京農工大学大学院工学研究科博士課程中退。山と溪谷社勤務を経て、2010年株式会社フィールド&マウンテン創業に参画。現在、同社発行の山登りのフリーペーパー『山歩みち』の編集をしながら稲作農家を営む兼業編集者として活動。
デイリー新潮編集部