「おなかすいた」
【画像】「お座敷遊びで客を背に乗せ…」セクハラも横行した“舞妓のリアル”「今日ご飯なに?」 夕飯の匂いに誘われ台所へ集まる、髪を結いあげた少女たち。花街の夜に花を咲かせる舞妓も、その時ばかりは「普通の女の子」に戻る――。 監督、脚本を是枝裕和氏が務め、2023年1月からNetflixでドラマの配信が予定されている人気漫画『舞妓さんちのまかないさん』。10代で家を出て「置屋」で共同生活を送り、芸妓を目指して日夜修業と宴席での仕事に励む舞妓たちの日常を、おいしいご飯とあたたかな食卓風景を通して描いている。
実際にある花街の風習や決まり事、実在する八百屋や豆腐屋が登場するなど、リアリティが追求されている点も人気の理由の一つだ。 舞妓といえば今年6月、先斗町の元舞妓の桐貴清羽さんがTwitterでセクハラや未成年飲酒といった問題を告発し、物議を醸した。舞妓だった頃の桐貴さん(桐貴さん提供) あれから6カ月。舞妓の募集や派遣も行う「おおきに財団」(「公益財団法人京都伝統伎芸振興財団」)は「女性自身」の「桐貴さんの告発は事実だったのか」という質問に対し、こう見解を発表した。告発への“花街の見解”「そのような行為は一切なかった」「元舞妓を名乗る『Kiyoha@物書き』さんが所属していたとされる花街からは、ツイートされた内容について、現在及び在籍していたとされる時期においても、そのような行為は一切なかったこと、掲載されている写真については事実確認が取れていないこと、の報告がありました」 桐貴さんは「おおきに財団」の回答についてこう語る。「こうした隠蔽体質こそが花街の問題であり、これまで誰も告発ができなかった原因です。私がお話したことはすべて事実ですし、他の証言者もいます。証言が事実であることは、花街の人たちが一番よく知っているはず。 当時、私の訴えを無視し、嘘つき扱いした大人たちのことを、私は決して忘れません。花街の存続のために私の主張を認めないならそれでもかまいませんが、体制を改善する姿勢くらいは見せてもいいのではないでしょうか」 こうした状況の中で配信が間近に迫る『舞妓さんちのまかないさん』。桐貴さんは“まかない”についてもこう振り返る。「大好きな作品なのですが、私のいた置屋では漫画のように『あれが食べたい』なんて言える空気はありませんでした。ご飯が食べられるのは嬉しかったのですが、嫌な思い出の方が強く記憶に残っています」 京都で何百と軒を連ねる置屋の雰囲気はそれぞれだろう。桐貴さんが舞妓の見習いとして入ったばかりの2015年当初、置屋での食事の時間は決して悪いことばかりではなかった。「その頃は先代のお母さんが食事を作ってくれていました。戦争を経験したお母さんだったので、『舞妓たちに少しでも贅沢させたいから』と戦後に高級だった砂糖をたっぷり使ったお料理を振る舞ってくれました。大切に思ってくださっているんだなと感じられて嬉しかったです」 しかしながら先代の母親がいなくなってからの食事では、辛い記憶のほうが強く印象に残っているようだ。「糸ひいてないから食べよし。豚にならんようにな」「置屋では朝ごはんはなし。お昼ごはんも軽くお米とお漬物やお茶漬けをいただく程度ですが、その代わりにお座敷に出る前の夜ご飯はとても量が多いんです。 お母さん(置屋の主人)の実母がご飯を作ってくれていたのですが、目玉焼きがふたつのった山盛りのチャーハンに500グラムくらいのハンバーグが出されたときは苦しかったですね……。残り物を捨てることは許されないので、『明日食べます』と取っておいて次の日の夜にいただくのですが、冷蔵庫でなく食器棚に保管してあるので夏場などは変な匂いがしてくる。 でもお母さんは、『糸ひいてないから食べよし。豚にならんように気を付けよしや』と(苦笑)。戸棚に眠っていた消費期限が3、4年切れた酸っぱくて変な味のマヨネーズが、料理に大量にかかっていたこともありました。理不尽だと感じても、絶対に文句なんて言えません」 舞妓のお座敷は夜6時から9時までの「先口」と、9時から12時までの「後口」の二部制。深夜に帰宅して、髪結いをする日などは朝の4、5時に、ない日は昼頃に起き、その後は三味線や踊りのお稽古に出かける。稽古がない日の過ごし方は置屋によって異なるが、束の間の自由時間を過ごしたり、屋形の掃除を手伝ったりして過ごすのだという。 置屋で出される食事は宴会前の夕方から夜にかけて一度のみ。朝や昼は自分たちで用意する、もしくは食べないという場合が多いそうだ。 ある花街の置屋に在籍していたという元舞妓のAさんも、「腐ったものが出されるのはあるあるなんですよ」と話す。「カビの生えた料理」「姉さんの食べ残し」「食中毒になった」「私が置屋に在籍していたのは数年前のことですが、出された食事にカビが生えているなんてことは日常茶飯事でした。私たちがいただくのは、お母さんが2、3日前に作って家族で食べたご飯の残り物か、姉さんの食べ残し。数日前に作られた料理を食べて食中毒になったこともあります」 調理を誰が担当するかは置屋によって異なるようだ。置屋の主人であるお母さんやその家族が担当するケースもあれば、調理専門の「まかないさん」を雇うケースもある。祇園町の元舞妓Bさんの置屋では、ご飯を作るのはまかないさんの役目だった。「食べてんじゃねぇ!」殺伐とした食卓「印象に残っているメニューは粕汁ですね。アルコールが強すぎて、宴会に行く前から酔っぱらってしまいました(笑)。でもそれ以外の食事はいたってまともでした。 ただ、食卓の殺伐とした空気が辛かったです。5人ほど座れるダイニングテーブルで、仕事に出なければいけない舞妓から食べるのですが、そこで不機嫌なお母さんやお姉さんと鉢合わせたら最悪です。突然小突かれたり、『食べてんじゃねぇ!』『食べ方がなってない!』などと怒鳴られたりすることはよくありました」 しかし、Bさんは「あたたかいご飯を食べられていた分、私の置屋は恵まれているのだと思います」とこうも語った。「同期の子たちと話したとき、旦那さん(舞妓のパトロンとなる男性)がお金を納めていないとご飯を出してもらえないとか、親にご飯代として毎月10万円を請求しておきながら、舞妓には290円の弁当を1日にひとつしか出さないという置屋もあると知って、愕然としました」 桐貴さんも、「お姉さんに辛いラーメンにラー油やタバスコ、一味などを混ぜた特製ラーメンを食べさせられたこともありましたね(笑)。いけず(意地悪)だなと思いながらも、断ることはできないので『おおきに』と言って食べました」と語る。 またBさんの置屋では食事の内容や、食べる場所に格差をつける習慣があったのだという。「一人だけ石の硬い上がり框で夕飯を…」「数年前のことですが、私の一つ年上で、三味線や唄を担当する“地方さん”として入ってきた先輩は、年を取っているからその分稼ぎが悪いだろうという謎の理由で、一人だけお草履を脱ぐ石の硬い上がり框のようなところで夕飯食べさせられていたり、みんながカレーでも一人だけお茶漬け食べさせられたりしていました。 昔のお姉さん達は食べ物の内容で序列をつけられていたそうなので、その名残だと思います。でもこんなことがあっていいのだろうかと疑問に思いました」 厳しい上下関係の世界。10代で実家を離れた少女たちにとって「家」のような存在であるはずの置屋だが、食事中であっても気を緩めることは許されない。時代が違えば「ハングリー精神を育てる」といった理由で正当化できたかもしれないが、令和の時代にあってはやりすぎだと感じる人の方が多いだろう。 桐貴さんも「花街には共通の食事のルールが存在します」と語る。「お客さんやお母さん、お姉さんなど目上の人が食べるまで待つのはもちろんですが、目上の人から『あんた食べよしや』と3回言われるまでは、決して食事に手を付けてはいけません。 下っ端の舞妓は最後に食べ始めるわけですが、お母さんやお姉さんよりも早く食べ終わらないと怒られてしまうので、5~10分でがーっとかっこむ。“舞妓の早食い”という言葉があるくらい、自然と早食いが身についてしまうんです」食費問題に頭を悩ませる毎日 食事に制約の多い舞妓にとって、朝ごはんや昼ごはんはある程度、自分で好きなものを食べられるチャンスだ。しかしそこで彼女たちが頭を悩ませるのは食費問題だった。「置屋から毎月手渡される月数万円のお小遣いの中から毎日の食事代を捻出するのはきついものがありました。私のいた置屋では朝ごはんは常備してあるパンを焼くか、食べないか。昼ごはんはコンビニや外食でした。花街では、舞妓は髪を結っているときはコンビニに出入りすることを禁じられていましたが、みんなこっそり行ったり、お姉さんにお願いして買ってきてもらったりしていましたね。 食事代を節約したくても、『手が荒れて商品が傷つく』という理由から自炊は禁じられているのでできない。同じお小遣いの中から、白塗りなどのお化粧品や生理用品などの必需品も買わなくてはならないので、やりくりには常に頭を悩ませていました。空腹をこらえて夕食を待つことも多々ありました」(祇園町の元舞妓Bさん)舞妓らを悩ませたお客さんとの“ご飯食べ” 一方で、いざ夜になって仕事へ繰り出すと食べきれないほどの食事を前にすることもあるのだという。「舞妓のお仕事には、 “ご飯食べ”というお客さんとレストランや料亭でご飯をいただく、キャバクラさんでいう“同伴”のようなものもあります。ご飯食べが1日に2件入っていれば、フレンチのコースをいただいた後にフグ料理のコースをいただく……というようなことも起こりうる。もちろん、残すことは許されないので一生懸命食べるのですが、苦しくて吐いてしまうこともありました。 贅沢な話ではありますが、いくら高級料理でも満腹の状態で食べたら味なんてしません。結局、唯一自分の好きなものを食べられる休日に買い求めるのはコンビニのお弁当やカップラーメンでした。舞妓はかぶりつくことが禁止されているので、髪を結っているときはおにぎりも指やお箸で割ってから食べなくてはなりません。休みの日に何も気にせず、コンビニで売っている三角形のおにぎりにかぶりつく瞬間は幸せでした」(桐貴さん)「急激に痩せてしまうか、太ってしまうかのどちらか」 修業中の身とはいえ、まだ10代の少女。成長期の大切な時期に適切とは言い難い食生活を送ることで、心と体の健康を蝕まれてしまう舞妓も少なくないのだという。「極端な食生活なので、急激に痩せてしまうか、太ってしまうかのどちらかが多いのです。私は食べては吐いてを繰り返して激やせしましたが、太ってしまったことでお母さんから『肥えている』と嫌味を言われ続け、拒食症になってしまったお姉さんがいました。そのお姉さんはまかないもお客さんにいただいたお食事も、全部吐いてしまうようになり、唯一口にできるドラッグストアなどで売っている離乳食を大量に買い込んでいました。とても痛々しくて、見ていられませんでした」(桐貴さん) 元舞妓のAさんも苦しそうに当時を振り返る。「私の置屋のお母さんは食事を出すとき、毎回必ず『豚の餌ができたえ』と言ってテーブルに皿をバンと叩きつけるように置くんです。置屋で飼っている犬にあげる予定だった鶏のささみ肉を食卓に出されたこともありました。犬の方が私よりも身分が上でしたので、犬に三つ指ついてご挨拶をするように言われることも……。 お母さんの作るごはんを身体が拒絶して、食べられなくなってしまって。どんどん痩せ細っていくのに、毎日豚と言われるので、もっと痩せなきゃと思い込んで筋トレをして……。あの時は死を考えてしまうほどつらかったです」花街は“親ガチャ”ならぬ“置屋ガチャ”状態 置屋ごとにあまりにも異なる舞妓の食事。花街にはお茶屋の組合などが存在するが、修業中の弱い立場である舞妓が声をあげることは難しい。本来、舞妓の健康を管理すべき大人たちは彼女たちの置かれた状況を見て見ぬふりし続けている。 桐貴さんは、「子供が親を選べないことを表した“親ガチャ”という言葉がありますが、花街は“置屋ガチャ”状態なのです」と語る。「舞妓のことを考えた食事を作ってくれている置屋があると信じたいですが、いざ入ってみないと実態が分からない。食事を作る方にもいろいろな事情や苦労があるのはわかりますが、最低限の健康は守られてほしい」 元舞妓のAさんは、「『舞妓さんちのまかないさん』を読んで舞妓に憧れて入ってきた子は、現実とのあまりのギャップに絶望してしまうのでは」と危惧する。「漫画はリアルな部分も多いだけに、“いけず”の要素を消して置屋での生活を美化していると感じてしまいます。作中に描かれる舞妓の生活はひとつの理想形。不都合なことを隠すのではなく、その理想形に近づける努力を大人たちはしていくべきなのではないでしょうか」元舞妓らは「私なんてまだマシ」「いじめじゃない」 今回複数の元舞妓への取材を通して驚いたのは、彼女たちが口を揃えて、「私なんてまだマシなほう」「お母さんもお姉さんもいじめているつもりはないんです」と、自身の経験を矮小化するような言葉を口にしたことだ。彼女たちにとってはそれが「日常」であり、当たり前のこととして受け入れてきたということなのだろう。 こうした舞妓の食生活の実態を「おおきに財団」は把握しているのか。桐貴さんの証言や、他の元舞妓らが語る花街での体験について事実確認を行ったところ、「記載の証言については、情報不足により回答を控えます」との返答だった。 桐貴さんが行った告発により、一部の街やお茶屋では未成年の飲酒を禁止するなど、これまでの慣習を見直す動きがあった。今回の告発を機に、「まかない問題」も議論し改善されることを願うばかりだ。(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
「今日ご飯なに?」
夕飯の匂いに誘われ台所へ集まる、髪を結いあげた少女たち。花街の夜に花を咲かせる舞妓も、その時ばかりは「普通の女の子」に戻る――。
監督、脚本を是枝裕和氏が務め、2023年1月からNetflixでドラマの配信が予定されている人気漫画『舞妓さんちのまかないさん』。10代で家を出て「置屋」で共同生活を送り、芸妓を目指して日夜修業と宴席での仕事に励む舞妓たちの日常を、おいしいご飯とあたたかな食卓風景を通して描いている。
実際にある花街の風習や決まり事、実在する八百屋や豆腐屋が登場するなど、リアリティが追求されている点も人気の理由の一つだ。
舞妓といえば今年6月、先斗町の元舞妓の桐貴清羽さんがTwitterでセクハラや未成年飲酒といった問題を告発し、物議を醸した。
舞妓だった頃の桐貴さん(桐貴さん提供)
あれから6カ月。舞妓の募集や派遣も行う「おおきに財団」(「公益財団法人京都伝統伎芸振興財団」)は「女性自身」の「桐貴さんの告発は事実だったのか」という質問に対し、こう見解を発表した。
「元舞妓を名乗る『Kiyoha@物書き』さんが所属していたとされる花街からは、ツイートされた内容について、現在及び在籍していたとされる時期においても、そのような行為は一切なかったこと、掲載されている写真については事実確認が取れていないこと、の報告がありました」
桐貴さんは「おおきに財団」の回答についてこう語る。「こうした隠蔽体質こそが花街の問題であり、これまで誰も告発ができなかった原因です。私がお話したことはすべて事実ですし、他の証言者もいます。証言が事実であることは、花街の人たちが一番よく知っているはず。 当時、私の訴えを無視し、嘘つき扱いした大人たちのことを、私は決して忘れません。花街の存続のために私の主張を認めないならそれでもかまいませんが、体制を改善する姿勢くらいは見せてもいいのではないでしょうか」 こうした状況の中で配信が間近に迫る『舞妓さんちのまかないさん』。桐貴さんは“まかない”についてもこう振り返る。「大好きな作品なのですが、私のいた置屋では漫画のように『あれが食べたい』なんて言える空気はありませんでした。ご飯が食べられるのは嬉しかったのですが、嫌な思い出の方が強く記憶に残っています」 京都で何百と軒を連ねる置屋の雰囲気はそれぞれだろう。桐貴さんが舞妓の見習いとして入ったばかりの2015年当初、置屋での食事の時間は決して悪いことばかりではなかった。「その頃は先代のお母さんが食事を作ってくれていました。戦争を経験したお母さんだったので、『舞妓たちに少しでも贅沢させたいから』と戦後に高級だった砂糖をたっぷり使ったお料理を振る舞ってくれました。大切に思ってくださっているんだなと感じられて嬉しかったです」 しかしながら先代の母親がいなくなってからの食事では、辛い記憶のほうが強く印象に残っているようだ。「糸ひいてないから食べよし。豚にならんようにな」「置屋では朝ごはんはなし。お昼ごはんも軽くお米とお漬物やお茶漬けをいただく程度ですが、その代わりにお座敷に出る前の夜ご飯はとても量が多いんです。 お母さん(置屋の主人)の実母がご飯を作ってくれていたのですが、目玉焼きがふたつのった山盛りのチャーハンに500グラムくらいのハンバーグが出されたときは苦しかったですね……。残り物を捨てることは許されないので、『明日食べます』と取っておいて次の日の夜にいただくのですが、冷蔵庫でなく食器棚に保管してあるので夏場などは変な匂いがしてくる。 でもお母さんは、『糸ひいてないから食べよし。豚にならんように気を付けよしや』と(苦笑)。戸棚に眠っていた消費期限が3、4年切れた酸っぱくて変な味のマヨネーズが、料理に大量にかかっていたこともありました。理不尽だと感じても、絶対に文句なんて言えません」 舞妓のお座敷は夜6時から9時までの「先口」と、9時から12時までの「後口」の二部制。深夜に帰宅して、髪結いをする日などは朝の4、5時に、ない日は昼頃に起き、その後は三味線や踊りのお稽古に出かける。稽古がない日の過ごし方は置屋によって異なるが、束の間の自由時間を過ごしたり、屋形の掃除を手伝ったりして過ごすのだという。 置屋で出される食事は宴会前の夕方から夜にかけて一度のみ。朝や昼は自分たちで用意する、もしくは食べないという場合が多いそうだ。 ある花街の置屋に在籍していたという元舞妓のAさんも、「腐ったものが出されるのはあるあるなんですよ」と話す。「カビの生えた料理」「姉さんの食べ残し」「食中毒になった」「私が置屋に在籍していたのは数年前のことですが、出された食事にカビが生えているなんてことは日常茶飯事でした。私たちがいただくのは、お母さんが2、3日前に作って家族で食べたご飯の残り物か、姉さんの食べ残し。数日前に作られた料理を食べて食中毒になったこともあります」 調理を誰が担当するかは置屋によって異なるようだ。置屋の主人であるお母さんやその家族が担当するケースもあれば、調理専門の「まかないさん」を雇うケースもある。祇園町の元舞妓Bさんの置屋では、ご飯を作るのはまかないさんの役目だった。「食べてんじゃねぇ!」殺伐とした食卓「印象に残っているメニューは粕汁ですね。アルコールが強すぎて、宴会に行く前から酔っぱらってしまいました(笑)。でもそれ以外の食事はいたってまともでした。 ただ、食卓の殺伐とした空気が辛かったです。5人ほど座れるダイニングテーブルで、仕事に出なければいけない舞妓から食べるのですが、そこで不機嫌なお母さんやお姉さんと鉢合わせたら最悪です。突然小突かれたり、『食べてんじゃねぇ!』『食べ方がなってない!』などと怒鳴られたりすることはよくありました」 しかし、Bさんは「あたたかいご飯を食べられていた分、私の置屋は恵まれているのだと思います」とこうも語った。「同期の子たちと話したとき、旦那さん(舞妓のパトロンとなる男性)がお金を納めていないとご飯を出してもらえないとか、親にご飯代として毎月10万円を請求しておきながら、舞妓には290円の弁当を1日にひとつしか出さないという置屋もあると知って、愕然としました」 桐貴さんも、「お姉さんに辛いラーメンにラー油やタバスコ、一味などを混ぜた特製ラーメンを食べさせられたこともありましたね(笑)。いけず(意地悪)だなと思いながらも、断ることはできないので『おおきに』と言って食べました」と語る。 またBさんの置屋では食事の内容や、食べる場所に格差をつける習慣があったのだという。「一人だけ石の硬い上がり框で夕飯を…」「数年前のことですが、私の一つ年上で、三味線や唄を担当する“地方さん”として入ってきた先輩は、年を取っているからその分稼ぎが悪いだろうという謎の理由で、一人だけお草履を脱ぐ石の硬い上がり框のようなところで夕飯食べさせられていたり、みんながカレーでも一人だけお茶漬け食べさせられたりしていました。 昔のお姉さん達は食べ物の内容で序列をつけられていたそうなので、その名残だと思います。でもこんなことがあっていいのだろうかと疑問に思いました」 厳しい上下関係の世界。10代で実家を離れた少女たちにとって「家」のような存在であるはずの置屋だが、食事中であっても気を緩めることは許されない。時代が違えば「ハングリー精神を育てる」といった理由で正当化できたかもしれないが、令和の時代にあってはやりすぎだと感じる人の方が多いだろう。 桐貴さんも「花街には共通の食事のルールが存在します」と語る。「お客さんやお母さん、お姉さんなど目上の人が食べるまで待つのはもちろんですが、目上の人から『あんた食べよしや』と3回言われるまでは、決して食事に手を付けてはいけません。 下っ端の舞妓は最後に食べ始めるわけですが、お母さんやお姉さんよりも早く食べ終わらないと怒られてしまうので、5~10分でがーっとかっこむ。“舞妓の早食い”という言葉があるくらい、自然と早食いが身についてしまうんです」食費問題に頭を悩ませる毎日 食事に制約の多い舞妓にとって、朝ごはんや昼ごはんはある程度、自分で好きなものを食べられるチャンスだ。しかしそこで彼女たちが頭を悩ませるのは食費問題だった。「置屋から毎月手渡される月数万円のお小遣いの中から毎日の食事代を捻出するのはきついものがありました。私のいた置屋では朝ごはんは常備してあるパンを焼くか、食べないか。昼ごはんはコンビニや外食でした。花街では、舞妓は髪を結っているときはコンビニに出入りすることを禁じられていましたが、みんなこっそり行ったり、お姉さんにお願いして買ってきてもらったりしていましたね。 食事代を節約したくても、『手が荒れて商品が傷つく』という理由から自炊は禁じられているのでできない。同じお小遣いの中から、白塗りなどのお化粧品や生理用品などの必需品も買わなくてはならないので、やりくりには常に頭を悩ませていました。空腹をこらえて夕食を待つことも多々ありました」(祇園町の元舞妓Bさん)舞妓らを悩ませたお客さんとの“ご飯食べ” 一方で、いざ夜になって仕事へ繰り出すと食べきれないほどの食事を前にすることもあるのだという。「舞妓のお仕事には、 “ご飯食べ”というお客さんとレストランや料亭でご飯をいただく、キャバクラさんでいう“同伴”のようなものもあります。ご飯食べが1日に2件入っていれば、フレンチのコースをいただいた後にフグ料理のコースをいただく……というようなことも起こりうる。もちろん、残すことは許されないので一生懸命食べるのですが、苦しくて吐いてしまうこともありました。 贅沢な話ではありますが、いくら高級料理でも満腹の状態で食べたら味なんてしません。結局、唯一自分の好きなものを食べられる休日に買い求めるのはコンビニのお弁当やカップラーメンでした。舞妓はかぶりつくことが禁止されているので、髪を結っているときはおにぎりも指やお箸で割ってから食べなくてはなりません。休みの日に何も気にせず、コンビニで売っている三角形のおにぎりにかぶりつく瞬間は幸せでした」(桐貴さん)「急激に痩せてしまうか、太ってしまうかのどちらか」 修業中の身とはいえ、まだ10代の少女。成長期の大切な時期に適切とは言い難い食生活を送ることで、心と体の健康を蝕まれてしまう舞妓も少なくないのだという。「極端な食生活なので、急激に痩せてしまうか、太ってしまうかのどちらかが多いのです。私は食べては吐いてを繰り返して激やせしましたが、太ってしまったことでお母さんから『肥えている』と嫌味を言われ続け、拒食症になってしまったお姉さんがいました。そのお姉さんはまかないもお客さんにいただいたお食事も、全部吐いてしまうようになり、唯一口にできるドラッグストアなどで売っている離乳食を大量に買い込んでいました。とても痛々しくて、見ていられませんでした」(桐貴さん) 元舞妓のAさんも苦しそうに当時を振り返る。「私の置屋のお母さんは食事を出すとき、毎回必ず『豚の餌ができたえ』と言ってテーブルに皿をバンと叩きつけるように置くんです。置屋で飼っている犬にあげる予定だった鶏のささみ肉を食卓に出されたこともありました。犬の方が私よりも身分が上でしたので、犬に三つ指ついてご挨拶をするように言われることも……。 お母さんの作るごはんを身体が拒絶して、食べられなくなってしまって。どんどん痩せ細っていくのに、毎日豚と言われるので、もっと痩せなきゃと思い込んで筋トレをして……。あの時は死を考えてしまうほどつらかったです」花街は“親ガチャ”ならぬ“置屋ガチャ”状態 置屋ごとにあまりにも異なる舞妓の食事。花街にはお茶屋の組合などが存在するが、修業中の弱い立場である舞妓が声をあげることは難しい。本来、舞妓の健康を管理すべき大人たちは彼女たちの置かれた状況を見て見ぬふりし続けている。 桐貴さんは、「子供が親を選べないことを表した“親ガチャ”という言葉がありますが、花街は“置屋ガチャ”状態なのです」と語る。「舞妓のことを考えた食事を作ってくれている置屋があると信じたいですが、いざ入ってみないと実態が分からない。食事を作る方にもいろいろな事情や苦労があるのはわかりますが、最低限の健康は守られてほしい」 元舞妓のAさんは、「『舞妓さんちのまかないさん』を読んで舞妓に憧れて入ってきた子は、現実とのあまりのギャップに絶望してしまうのでは」と危惧する。「漫画はリアルな部分も多いだけに、“いけず”の要素を消して置屋での生活を美化していると感じてしまいます。作中に描かれる舞妓の生活はひとつの理想形。不都合なことを隠すのではなく、その理想形に近づける努力を大人たちはしていくべきなのではないでしょうか」元舞妓らは「私なんてまだマシ」「いじめじゃない」 今回複数の元舞妓への取材を通して驚いたのは、彼女たちが口を揃えて、「私なんてまだマシなほう」「お母さんもお姉さんもいじめているつもりはないんです」と、自身の経験を矮小化するような言葉を口にしたことだ。彼女たちにとってはそれが「日常」であり、当たり前のこととして受け入れてきたということなのだろう。 こうした舞妓の食生活の実態を「おおきに財団」は把握しているのか。桐貴さんの証言や、他の元舞妓らが語る花街での体験について事実確認を行ったところ、「記載の証言については、情報不足により回答を控えます」との返答だった。 桐貴さんが行った告発により、一部の街やお茶屋では未成年の飲酒を禁止するなど、これまでの慣習を見直す動きがあった。今回の告発を機に、「まかない問題」も議論し改善されることを願うばかりだ。(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
桐貴さんは「おおきに財団」の回答についてこう語る。
「こうした隠蔽体質こそが花街の問題であり、これまで誰も告発ができなかった原因です。私がお話したことはすべて事実ですし、他の証言者もいます。証言が事実であることは、花街の人たちが一番よく知っているはず。
当時、私の訴えを無視し、嘘つき扱いした大人たちのことを、私は決して忘れません。花街の存続のために私の主張を認めないならそれでもかまいませんが、体制を改善する姿勢くらいは見せてもいいのではないでしょうか」
こうした状況の中で配信が間近に迫る『舞妓さんちのまかないさん』。桐貴さんは“まかない”についてもこう振り返る。
「大好きな作品なのですが、私のいた置屋では漫画のように『あれが食べたい』なんて言える空気はありませんでした。ご飯が食べられるのは嬉しかったのですが、嫌な思い出の方が強く記憶に残っています」
京都で何百と軒を連ねる置屋の雰囲気はそれぞれだろう。桐貴さんが舞妓の見習いとして入ったばかりの2015年当初、置屋での食事の時間は決して悪いことばかりではなかった。
「その頃は先代のお母さんが食事を作ってくれていました。戦争を経験したお母さんだったので、『舞妓たちに少しでも贅沢させたいから』と戦後に高級だった砂糖をたっぷり使ったお料理を振る舞ってくれました。大切に思ってくださっているんだなと感じられて嬉しかったです」
しかしながら先代の母親がいなくなってからの食事では、辛い記憶のほうが強く印象に残っているようだ。「糸ひいてないから食べよし。豚にならんようにな」「置屋では朝ごはんはなし。お昼ごはんも軽くお米とお漬物やお茶漬けをいただく程度ですが、その代わりにお座敷に出る前の夜ご飯はとても量が多いんです。 お母さん(置屋の主人)の実母がご飯を作ってくれていたのですが、目玉焼きがふたつのった山盛りのチャーハンに500グラムくらいのハンバーグが出されたときは苦しかったですね……。残り物を捨てることは許されないので、『明日食べます』と取っておいて次の日の夜にいただくのですが、冷蔵庫でなく食器棚に保管してあるので夏場などは変な匂いがしてくる。 でもお母さんは、『糸ひいてないから食べよし。豚にならんように気を付けよしや』と(苦笑)。戸棚に眠っていた消費期限が3、4年切れた酸っぱくて変な味のマヨネーズが、料理に大量にかかっていたこともありました。理不尽だと感じても、絶対に文句なんて言えません」 舞妓のお座敷は夜6時から9時までの「先口」と、9時から12時までの「後口」の二部制。深夜に帰宅して、髪結いをする日などは朝の4、5時に、ない日は昼頃に起き、その後は三味線や踊りのお稽古に出かける。稽古がない日の過ごし方は置屋によって異なるが、束の間の自由時間を過ごしたり、屋形の掃除を手伝ったりして過ごすのだという。 置屋で出される食事は宴会前の夕方から夜にかけて一度のみ。朝や昼は自分たちで用意する、もしくは食べないという場合が多いそうだ。 ある花街の置屋に在籍していたという元舞妓のAさんも、「腐ったものが出されるのはあるあるなんですよ」と話す。「カビの生えた料理」「姉さんの食べ残し」「食中毒になった」「私が置屋に在籍していたのは数年前のことですが、出された食事にカビが生えているなんてことは日常茶飯事でした。私たちがいただくのは、お母さんが2、3日前に作って家族で食べたご飯の残り物か、姉さんの食べ残し。数日前に作られた料理を食べて食中毒になったこともあります」 調理を誰が担当するかは置屋によって異なるようだ。置屋の主人であるお母さんやその家族が担当するケースもあれば、調理専門の「まかないさん」を雇うケースもある。祇園町の元舞妓Bさんの置屋では、ご飯を作るのはまかないさんの役目だった。「食べてんじゃねぇ!」殺伐とした食卓「印象に残っているメニューは粕汁ですね。アルコールが強すぎて、宴会に行く前から酔っぱらってしまいました(笑)。でもそれ以外の食事はいたってまともでした。 ただ、食卓の殺伐とした空気が辛かったです。5人ほど座れるダイニングテーブルで、仕事に出なければいけない舞妓から食べるのですが、そこで不機嫌なお母さんやお姉さんと鉢合わせたら最悪です。突然小突かれたり、『食べてんじゃねぇ!』『食べ方がなってない!』などと怒鳴られたりすることはよくありました」 しかし、Bさんは「あたたかいご飯を食べられていた分、私の置屋は恵まれているのだと思います」とこうも語った。「同期の子たちと話したとき、旦那さん(舞妓のパトロンとなる男性)がお金を納めていないとご飯を出してもらえないとか、親にご飯代として毎月10万円を請求しておきながら、舞妓には290円の弁当を1日にひとつしか出さないという置屋もあると知って、愕然としました」 桐貴さんも、「お姉さんに辛いラーメンにラー油やタバスコ、一味などを混ぜた特製ラーメンを食べさせられたこともありましたね(笑)。いけず(意地悪)だなと思いながらも、断ることはできないので『おおきに』と言って食べました」と語る。 またBさんの置屋では食事の内容や、食べる場所に格差をつける習慣があったのだという。「一人だけ石の硬い上がり框で夕飯を…」「数年前のことですが、私の一つ年上で、三味線や唄を担当する“地方さん”として入ってきた先輩は、年を取っているからその分稼ぎが悪いだろうという謎の理由で、一人だけお草履を脱ぐ石の硬い上がり框のようなところで夕飯食べさせられていたり、みんながカレーでも一人だけお茶漬け食べさせられたりしていました。 昔のお姉さん達は食べ物の内容で序列をつけられていたそうなので、その名残だと思います。でもこんなことがあっていいのだろうかと疑問に思いました」 厳しい上下関係の世界。10代で実家を離れた少女たちにとって「家」のような存在であるはずの置屋だが、食事中であっても気を緩めることは許されない。時代が違えば「ハングリー精神を育てる」といった理由で正当化できたかもしれないが、令和の時代にあってはやりすぎだと感じる人の方が多いだろう。 桐貴さんも「花街には共通の食事のルールが存在します」と語る。「お客さんやお母さん、お姉さんなど目上の人が食べるまで待つのはもちろんですが、目上の人から『あんた食べよしや』と3回言われるまでは、決して食事に手を付けてはいけません。 下っ端の舞妓は最後に食べ始めるわけですが、お母さんやお姉さんよりも早く食べ終わらないと怒られてしまうので、5~10分でがーっとかっこむ。“舞妓の早食い”という言葉があるくらい、自然と早食いが身についてしまうんです」食費問題に頭を悩ませる毎日 食事に制約の多い舞妓にとって、朝ごはんや昼ごはんはある程度、自分で好きなものを食べられるチャンスだ。しかしそこで彼女たちが頭を悩ませるのは食費問題だった。「置屋から毎月手渡される月数万円のお小遣いの中から毎日の食事代を捻出するのはきついものがありました。私のいた置屋では朝ごはんは常備してあるパンを焼くか、食べないか。昼ごはんはコンビニや外食でした。花街では、舞妓は髪を結っているときはコンビニに出入りすることを禁じられていましたが、みんなこっそり行ったり、お姉さんにお願いして買ってきてもらったりしていましたね。 食事代を節約したくても、『手が荒れて商品が傷つく』という理由から自炊は禁じられているのでできない。同じお小遣いの中から、白塗りなどのお化粧品や生理用品などの必需品も買わなくてはならないので、やりくりには常に頭を悩ませていました。空腹をこらえて夕食を待つことも多々ありました」(祇園町の元舞妓Bさん)舞妓らを悩ませたお客さんとの“ご飯食べ” 一方で、いざ夜になって仕事へ繰り出すと食べきれないほどの食事を前にすることもあるのだという。「舞妓のお仕事には、 “ご飯食べ”というお客さんとレストランや料亭でご飯をいただく、キャバクラさんでいう“同伴”のようなものもあります。ご飯食べが1日に2件入っていれば、フレンチのコースをいただいた後にフグ料理のコースをいただく……というようなことも起こりうる。もちろん、残すことは許されないので一生懸命食べるのですが、苦しくて吐いてしまうこともありました。 贅沢な話ではありますが、いくら高級料理でも満腹の状態で食べたら味なんてしません。結局、唯一自分の好きなものを食べられる休日に買い求めるのはコンビニのお弁当やカップラーメンでした。舞妓はかぶりつくことが禁止されているので、髪を結っているときはおにぎりも指やお箸で割ってから食べなくてはなりません。休みの日に何も気にせず、コンビニで売っている三角形のおにぎりにかぶりつく瞬間は幸せでした」(桐貴さん)「急激に痩せてしまうか、太ってしまうかのどちらか」 修業中の身とはいえ、まだ10代の少女。成長期の大切な時期に適切とは言い難い食生活を送ることで、心と体の健康を蝕まれてしまう舞妓も少なくないのだという。「極端な食生活なので、急激に痩せてしまうか、太ってしまうかのどちらかが多いのです。私は食べては吐いてを繰り返して激やせしましたが、太ってしまったことでお母さんから『肥えている』と嫌味を言われ続け、拒食症になってしまったお姉さんがいました。そのお姉さんはまかないもお客さんにいただいたお食事も、全部吐いてしまうようになり、唯一口にできるドラッグストアなどで売っている離乳食を大量に買い込んでいました。とても痛々しくて、見ていられませんでした」(桐貴さん) 元舞妓のAさんも苦しそうに当時を振り返る。「私の置屋のお母さんは食事を出すとき、毎回必ず『豚の餌ができたえ』と言ってテーブルに皿をバンと叩きつけるように置くんです。置屋で飼っている犬にあげる予定だった鶏のささみ肉を食卓に出されたこともありました。犬の方が私よりも身分が上でしたので、犬に三つ指ついてご挨拶をするように言われることも……。 お母さんの作るごはんを身体が拒絶して、食べられなくなってしまって。どんどん痩せ細っていくのに、毎日豚と言われるので、もっと痩せなきゃと思い込んで筋トレをして……。あの時は死を考えてしまうほどつらかったです」花街は“親ガチャ”ならぬ“置屋ガチャ”状態 置屋ごとにあまりにも異なる舞妓の食事。花街にはお茶屋の組合などが存在するが、修業中の弱い立場である舞妓が声をあげることは難しい。本来、舞妓の健康を管理すべき大人たちは彼女たちの置かれた状況を見て見ぬふりし続けている。 桐貴さんは、「子供が親を選べないことを表した“親ガチャ”という言葉がありますが、花街は“置屋ガチャ”状態なのです」と語る。「舞妓のことを考えた食事を作ってくれている置屋があると信じたいですが、いざ入ってみないと実態が分からない。食事を作る方にもいろいろな事情や苦労があるのはわかりますが、最低限の健康は守られてほしい」 元舞妓のAさんは、「『舞妓さんちのまかないさん』を読んで舞妓に憧れて入ってきた子は、現実とのあまりのギャップに絶望してしまうのでは」と危惧する。「漫画はリアルな部分も多いだけに、“いけず”の要素を消して置屋での生活を美化していると感じてしまいます。作中に描かれる舞妓の生活はひとつの理想形。不都合なことを隠すのではなく、その理想形に近づける努力を大人たちはしていくべきなのではないでしょうか」元舞妓らは「私なんてまだマシ」「いじめじゃない」 今回複数の元舞妓への取材を通して驚いたのは、彼女たちが口を揃えて、「私なんてまだマシなほう」「お母さんもお姉さんもいじめているつもりはないんです」と、自身の経験を矮小化するような言葉を口にしたことだ。彼女たちにとってはそれが「日常」であり、当たり前のこととして受け入れてきたということなのだろう。 こうした舞妓の食生活の実態を「おおきに財団」は把握しているのか。桐貴さんの証言や、他の元舞妓らが語る花街での体験について事実確認を行ったところ、「記載の証言については、情報不足により回答を控えます」との返答だった。 桐貴さんが行った告発により、一部の街やお茶屋では未成年の飲酒を禁止するなど、これまでの慣習を見直す動きがあった。今回の告発を機に、「まかない問題」も議論し改善されることを願うばかりだ。(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
しかしながら先代の母親がいなくなってからの食事では、辛い記憶のほうが強く印象に残っているようだ。
「置屋では朝ごはんはなし。お昼ごはんも軽くお米とお漬物やお茶漬けをいただく程度ですが、その代わりにお座敷に出る前の夜ご飯はとても量が多いんです。
お母さん(置屋の主人)の実母がご飯を作ってくれていたのですが、目玉焼きがふたつのった山盛りのチャーハンに500グラムくらいのハンバーグが出されたときは苦しかったですね……。残り物を捨てることは許されないので、『明日食べます』と取っておいて次の日の夜にいただくのですが、冷蔵庫でなく食器棚に保管してあるので夏場などは変な匂いがしてくる。
でもお母さんは、『糸ひいてないから食べよし。豚にならんように気を付けよしや』と(苦笑)。戸棚に眠っていた消費期限が3、4年切れた酸っぱくて変な味のマヨネーズが、料理に大量にかかっていたこともありました。理不尽だと感じても、絶対に文句なんて言えません」
舞妓のお座敷は夜6時から9時までの「先口」と、9時から12時までの「後口」の二部制。深夜に帰宅して、髪結いをする日などは朝の4、5時に、ない日は昼頃に起き、その後は三味線や踊りのお稽古に出かける。稽古がない日の過ごし方は置屋によって異なるが、束の間の自由時間を過ごしたり、屋形の掃除を手伝ったりして過ごすのだという。
置屋で出される食事は宴会前の夕方から夜にかけて一度のみ。朝や昼は自分たちで用意する、もしくは食べないという場合が多いそうだ。 ある花街の置屋に在籍していたという元舞妓のAさんも、「腐ったものが出されるのはあるあるなんですよ」と話す。「カビの生えた料理」「姉さんの食べ残し」「食中毒になった」「私が置屋に在籍していたのは数年前のことですが、出された食事にカビが生えているなんてことは日常茶飯事でした。私たちがいただくのは、お母さんが2、3日前に作って家族で食べたご飯の残り物か、姉さんの食べ残し。数日前に作られた料理を食べて食中毒になったこともあります」 調理を誰が担当するかは置屋によって異なるようだ。置屋の主人であるお母さんやその家族が担当するケースもあれば、調理専門の「まかないさん」を雇うケースもある。祇園町の元舞妓Bさんの置屋では、ご飯を作るのはまかないさんの役目だった。「食べてんじゃねぇ!」殺伐とした食卓「印象に残っているメニューは粕汁ですね。アルコールが強すぎて、宴会に行く前から酔っぱらってしまいました(笑)。でもそれ以外の食事はいたってまともでした。 ただ、食卓の殺伐とした空気が辛かったです。5人ほど座れるダイニングテーブルで、仕事に出なければいけない舞妓から食べるのですが、そこで不機嫌なお母さんやお姉さんと鉢合わせたら最悪です。突然小突かれたり、『食べてんじゃねぇ!』『食べ方がなってない!』などと怒鳴られたりすることはよくありました」 しかし、Bさんは「あたたかいご飯を食べられていた分、私の置屋は恵まれているのだと思います」とこうも語った。「同期の子たちと話したとき、旦那さん(舞妓のパトロンとなる男性)がお金を納めていないとご飯を出してもらえないとか、親にご飯代として毎月10万円を請求しておきながら、舞妓には290円の弁当を1日にひとつしか出さないという置屋もあると知って、愕然としました」 桐貴さんも、「お姉さんに辛いラーメンにラー油やタバスコ、一味などを混ぜた特製ラーメンを食べさせられたこともありましたね(笑)。いけず(意地悪)だなと思いながらも、断ることはできないので『おおきに』と言って食べました」と語る。 またBさんの置屋では食事の内容や、食べる場所に格差をつける習慣があったのだという。「一人だけ石の硬い上がり框で夕飯を…」「数年前のことですが、私の一つ年上で、三味線や唄を担当する“地方さん”として入ってきた先輩は、年を取っているからその分稼ぎが悪いだろうという謎の理由で、一人だけお草履を脱ぐ石の硬い上がり框のようなところで夕飯食べさせられていたり、みんながカレーでも一人だけお茶漬け食べさせられたりしていました。 昔のお姉さん達は食べ物の内容で序列をつけられていたそうなので、その名残だと思います。でもこんなことがあっていいのだろうかと疑問に思いました」 厳しい上下関係の世界。10代で実家を離れた少女たちにとって「家」のような存在であるはずの置屋だが、食事中であっても気を緩めることは許されない。時代が違えば「ハングリー精神を育てる」といった理由で正当化できたかもしれないが、令和の時代にあってはやりすぎだと感じる人の方が多いだろう。 桐貴さんも「花街には共通の食事のルールが存在します」と語る。「お客さんやお母さん、お姉さんなど目上の人が食べるまで待つのはもちろんですが、目上の人から『あんた食べよしや』と3回言われるまでは、決して食事に手を付けてはいけません。 下っ端の舞妓は最後に食べ始めるわけですが、お母さんやお姉さんよりも早く食べ終わらないと怒られてしまうので、5~10分でがーっとかっこむ。“舞妓の早食い”という言葉があるくらい、自然と早食いが身についてしまうんです」食費問題に頭を悩ませる毎日 食事に制約の多い舞妓にとって、朝ごはんや昼ごはんはある程度、自分で好きなものを食べられるチャンスだ。しかしそこで彼女たちが頭を悩ませるのは食費問題だった。「置屋から毎月手渡される月数万円のお小遣いの中から毎日の食事代を捻出するのはきついものがありました。私のいた置屋では朝ごはんは常備してあるパンを焼くか、食べないか。昼ごはんはコンビニや外食でした。花街では、舞妓は髪を結っているときはコンビニに出入りすることを禁じられていましたが、みんなこっそり行ったり、お姉さんにお願いして買ってきてもらったりしていましたね。 食事代を節約したくても、『手が荒れて商品が傷つく』という理由から自炊は禁じられているのでできない。同じお小遣いの中から、白塗りなどのお化粧品や生理用品などの必需品も買わなくてはならないので、やりくりには常に頭を悩ませていました。空腹をこらえて夕食を待つことも多々ありました」(祇園町の元舞妓Bさん)舞妓らを悩ませたお客さんとの“ご飯食べ” 一方で、いざ夜になって仕事へ繰り出すと食べきれないほどの食事を前にすることもあるのだという。「舞妓のお仕事には、 “ご飯食べ”というお客さんとレストランや料亭でご飯をいただく、キャバクラさんでいう“同伴”のようなものもあります。ご飯食べが1日に2件入っていれば、フレンチのコースをいただいた後にフグ料理のコースをいただく……というようなことも起こりうる。もちろん、残すことは許されないので一生懸命食べるのですが、苦しくて吐いてしまうこともありました。 贅沢な話ではありますが、いくら高級料理でも満腹の状態で食べたら味なんてしません。結局、唯一自分の好きなものを食べられる休日に買い求めるのはコンビニのお弁当やカップラーメンでした。舞妓はかぶりつくことが禁止されているので、髪を結っているときはおにぎりも指やお箸で割ってから食べなくてはなりません。休みの日に何も気にせず、コンビニで売っている三角形のおにぎりにかぶりつく瞬間は幸せでした」(桐貴さん)「急激に痩せてしまうか、太ってしまうかのどちらか」 修業中の身とはいえ、まだ10代の少女。成長期の大切な時期に適切とは言い難い食生活を送ることで、心と体の健康を蝕まれてしまう舞妓も少なくないのだという。「極端な食生活なので、急激に痩せてしまうか、太ってしまうかのどちらかが多いのです。私は食べては吐いてを繰り返して激やせしましたが、太ってしまったことでお母さんから『肥えている』と嫌味を言われ続け、拒食症になってしまったお姉さんがいました。そのお姉さんはまかないもお客さんにいただいたお食事も、全部吐いてしまうようになり、唯一口にできるドラッグストアなどで売っている離乳食を大量に買い込んでいました。とても痛々しくて、見ていられませんでした」(桐貴さん) 元舞妓のAさんも苦しそうに当時を振り返る。「私の置屋のお母さんは食事を出すとき、毎回必ず『豚の餌ができたえ』と言ってテーブルに皿をバンと叩きつけるように置くんです。置屋で飼っている犬にあげる予定だった鶏のささみ肉を食卓に出されたこともありました。犬の方が私よりも身分が上でしたので、犬に三つ指ついてご挨拶をするように言われることも……。 お母さんの作るごはんを身体が拒絶して、食べられなくなってしまって。どんどん痩せ細っていくのに、毎日豚と言われるので、もっと痩せなきゃと思い込んで筋トレをして……。あの時は死を考えてしまうほどつらかったです」花街は“親ガチャ”ならぬ“置屋ガチャ”状態 置屋ごとにあまりにも異なる舞妓の食事。花街にはお茶屋の組合などが存在するが、修業中の弱い立場である舞妓が声をあげることは難しい。本来、舞妓の健康を管理すべき大人たちは彼女たちの置かれた状況を見て見ぬふりし続けている。 桐貴さんは、「子供が親を選べないことを表した“親ガチャ”という言葉がありますが、花街は“置屋ガチャ”状態なのです」と語る。「舞妓のことを考えた食事を作ってくれている置屋があると信じたいですが、いざ入ってみないと実態が分からない。食事を作る方にもいろいろな事情や苦労があるのはわかりますが、最低限の健康は守られてほしい」 元舞妓のAさんは、「『舞妓さんちのまかないさん』を読んで舞妓に憧れて入ってきた子は、現実とのあまりのギャップに絶望してしまうのでは」と危惧する。「漫画はリアルな部分も多いだけに、“いけず”の要素を消して置屋での生活を美化していると感じてしまいます。作中に描かれる舞妓の生活はひとつの理想形。不都合なことを隠すのではなく、その理想形に近づける努力を大人たちはしていくべきなのではないでしょうか」元舞妓らは「私なんてまだマシ」「いじめじゃない」 今回複数の元舞妓への取材を通して驚いたのは、彼女たちが口を揃えて、「私なんてまだマシなほう」「お母さんもお姉さんもいじめているつもりはないんです」と、自身の経験を矮小化するような言葉を口にしたことだ。彼女たちにとってはそれが「日常」であり、当たり前のこととして受け入れてきたということなのだろう。 こうした舞妓の食生活の実態を「おおきに財団」は把握しているのか。桐貴さんの証言や、他の元舞妓らが語る花街での体験について事実確認を行ったところ、「記載の証言については、情報不足により回答を控えます」との返答だった。 桐貴さんが行った告発により、一部の街やお茶屋では未成年の飲酒を禁止するなど、これまでの慣習を見直す動きがあった。今回の告発を機に、「まかない問題」も議論し改善されることを願うばかりだ。(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
置屋で出される食事は宴会前の夕方から夜にかけて一度のみ。朝や昼は自分たちで用意する、もしくは食べないという場合が多いそうだ。
ある花街の置屋に在籍していたという元舞妓のAさんも、「腐ったものが出されるのはあるあるなんですよ」と話す。
「私が置屋に在籍していたのは数年前のことですが、出された食事にカビが生えているなんてことは日常茶飯事でした。私たちがいただくのは、お母さんが2、3日前に作って家族で食べたご飯の残り物か、姉さんの食べ残し。数日前に作られた料理を食べて食中毒になったこともあります」
調理を誰が担当するかは置屋によって異なるようだ。置屋の主人であるお母さんやその家族が担当するケースもあれば、調理専門の「まかないさん」を雇うケースもある。祇園町の元舞妓Bさんの置屋では、ご飯を作るのはまかないさんの役目だった。「食べてんじゃねぇ!」殺伐とした食卓「印象に残っているメニューは粕汁ですね。アルコールが強すぎて、宴会に行く前から酔っぱらってしまいました(笑)。でもそれ以外の食事はいたってまともでした。 ただ、食卓の殺伐とした空気が辛かったです。5人ほど座れるダイニングテーブルで、仕事に出なければいけない舞妓から食べるのですが、そこで不機嫌なお母さんやお姉さんと鉢合わせたら最悪です。突然小突かれたり、『食べてんじゃねぇ!』『食べ方がなってない!』などと怒鳴られたりすることはよくありました」 しかし、Bさんは「あたたかいご飯を食べられていた分、私の置屋は恵まれているのだと思います」とこうも語った。「同期の子たちと話したとき、旦那さん(舞妓のパトロンとなる男性)がお金を納めていないとご飯を出してもらえないとか、親にご飯代として毎月10万円を請求しておきながら、舞妓には290円の弁当を1日にひとつしか出さないという置屋もあると知って、愕然としました」 桐貴さんも、「お姉さんに辛いラーメンにラー油やタバスコ、一味などを混ぜた特製ラーメンを食べさせられたこともありましたね(笑)。いけず(意地悪)だなと思いながらも、断ることはできないので『おおきに』と言って食べました」と語る。 またBさんの置屋では食事の内容や、食べる場所に格差をつける習慣があったのだという。「一人だけ石の硬い上がり框で夕飯を…」「数年前のことですが、私の一つ年上で、三味線や唄を担当する“地方さん”として入ってきた先輩は、年を取っているからその分稼ぎが悪いだろうという謎の理由で、一人だけお草履を脱ぐ石の硬い上がり框のようなところで夕飯食べさせられていたり、みんながカレーでも一人だけお茶漬け食べさせられたりしていました。 昔のお姉さん達は食べ物の内容で序列をつけられていたそうなので、その名残だと思います。でもこんなことがあっていいのだろうかと疑問に思いました」 厳しい上下関係の世界。10代で実家を離れた少女たちにとって「家」のような存在であるはずの置屋だが、食事中であっても気を緩めることは許されない。時代が違えば「ハングリー精神を育てる」といった理由で正当化できたかもしれないが、令和の時代にあってはやりすぎだと感じる人の方が多いだろう。 桐貴さんも「花街には共通の食事のルールが存在します」と語る。「お客さんやお母さん、お姉さんなど目上の人が食べるまで待つのはもちろんですが、目上の人から『あんた食べよしや』と3回言われるまでは、決して食事に手を付けてはいけません。 下っ端の舞妓は最後に食べ始めるわけですが、お母さんやお姉さんよりも早く食べ終わらないと怒られてしまうので、5~10分でがーっとかっこむ。“舞妓の早食い”という言葉があるくらい、自然と早食いが身についてしまうんです」食費問題に頭を悩ませる毎日 食事に制約の多い舞妓にとって、朝ごはんや昼ごはんはある程度、自分で好きなものを食べられるチャンスだ。しかしそこで彼女たちが頭を悩ませるのは食費問題だった。「置屋から毎月手渡される月数万円のお小遣いの中から毎日の食事代を捻出するのはきついものがありました。私のいた置屋では朝ごはんは常備してあるパンを焼くか、食べないか。昼ごはんはコンビニや外食でした。花街では、舞妓は髪を結っているときはコンビニに出入りすることを禁じられていましたが、みんなこっそり行ったり、お姉さんにお願いして買ってきてもらったりしていましたね。 食事代を節約したくても、『手が荒れて商品が傷つく』という理由から自炊は禁じられているのでできない。同じお小遣いの中から、白塗りなどのお化粧品や生理用品などの必需品も買わなくてはならないので、やりくりには常に頭を悩ませていました。空腹をこらえて夕食を待つことも多々ありました」(祇園町の元舞妓Bさん)舞妓らを悩ませたお客さんとの“ご飯食べ” 一方で、いざ夜になって仕事へ繰り出すと食べきれないほどの食事を前にすることもあるのだという。「舞妓のお仕事には、 “ご飯食べ”というお客さんとレストランや料亭でご飯をいただく、キャバクラさんでいう“同伴”のようなものもあります。ご飯食べが1日に2件入っていれば、フレンチのコースをいただいた後にフグ料理のコースをいただく……というようなことも起こりうる。もちろん、残すことは許されないので一生懸命食べるのですが、苦しくて吐いてしまうこともありました。 贅沢な話ではありますが、いくら高級料理でも満腹の状態で食べたら味なんてしません。結局、唯一自分の好きなものを食べられる休日に買い求めるのはコンビニのお弁当やカップラーメンでした。舞妓はかぶりつくことが禁止されているので、髪を結っているときはおにぎりも指やお箸で割ってから食べなくてはなりません。休みの日に何も気にせず、コンビニで売っている三角形のおにぎりにかぶりつく瞬間は幸せでした」(桐貴さん)「急激に痩せてしまうか、太ってしまうかのどちらか」 修業中の身とはいえ、まだ10代の少女。成長期の大切な時期に適切とは言い難い食生活を送ることで、心と体の健康を蝕まれてしまう舞妓も少なくないのだという。「極端な食生活なので、急激に痩せてしまうか、太ってしまうかのどちらかが多いのです。私は食べては吐いてを繰り返して激やせしましたが、太ってしまったことでお母さんから『肥えている』と嫌味を言われ続け、拒食症になってしまったお姉さんがいました。そのお姉さんはまかないもお客さんにいただいたお食事も、全部吐いてしまうようになり、唯一口にできるドラッグストアなどで売っている離乳食を大量に買い込んでいました。とても痛々しくて、見ていられませんでした」(桐貴さん) 元舞妓のAさんも苦しそうに当時を振り返る。「私の置屋のお母さんは食事を出すとき、毎回必ず『豚の餌ができたえ』と言ってテーブルに皿をバンと叩きつけるように置くんです。置屋で飼っている犬にあげる予定だった鶏のささみ肉を食卓に出されたこともありました。犬の方が私よりも身分が上でしたので、犬に三つ指ついてご挨拶をするように言われることも……。 お母さんの作るごはんを身体が拒絶して、食べられなくなってしまって。どんどん痩せ細っていくのに、毎日豚と言われるので、もっと痩せなきゃと思い込んで筋トレをして……。あの時は死を考えてしまうほどつらかったです」花街は“親ガチャ”ならぬ“置屋ガチャ”状態 置屋ごとにあまりにも異なる舞妓の食事。花街にはお茶屋の組合などが存在するが、修業中の弱い立場である舞妓が声をあげることは難しい。本来、舞妓の健康を管理すべき大人たちは彼女たちの置かれた状況を見て見ぬふりし続けている。 桐貴さんは、「子供が親を選べないことを表した“親ガチャ”という言葉がありますが、花街は“置屋ガチャ”状態なのです」と語る。「舞妓のことを考えた食事を作ってくれている置屋があると信じたいですが、いざ入ってみないと実態が分からない。食事を作る方にもいろいろな事情や苦労があるのはわかりますが、最低限の健康は守られてほしい」 元舞妓のAさんは、「『舞妓さんちのまかないさん』を読んで舞妓に憧れて入ってきた子は、現実とのあまりのギャップに絶望してしまうのでは」と危惧する。「漫画はリアルな部分も多いだけに、“いけず”の要素を消して置屋での生活を美化していると感じてしまいます。作中に描かれる舞妓の生活はひとつの理想形。不都合なことを隠すのではなく、その理想形に近づける努力を大人たちはしていくべきなのではないでしょうか」元舞妓らは「私なんてまだマシ」「いじめじゃない」 今回複数の元舞妓への取材を通して驚いたのは、彼女たちが口を揃えて、「私なんてまだマシなほう」「お母さんもお姉さんもいじめているつもりはないんです」と、自身の経験を矮小化するような言葉を口にしたことだ。彼女たちにとってはそれが「日常」であり、当たり前のこととして受け入れてきたということなのだろう。 こうした舞妓の食生活の実態を「おおきに財団」は把握しているのか。桐貴さんの証言や、他の元舞妓らが語る花街での体験について事実確認を行ったところ、「記載の証言については、情報不足により回答を控えます」との返答だった。 桐貴さんが行った告発により、一部の街やお茶屋では未成年の飲酒を禁止するなど、これまでの慣習を見直す動きがあった。今回の告発を機に、「まかない問題」も議論し改善されることを願うばかりだ。(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
調理を誰が担当するかは置屋によって異なるようだ。置屋の主人であるお母さんやその家族が担当するケースもあれば、調理専門の「まかないさん」を雇うケースもある。祇園町の元舞妓Bさんの置屋では、ご飯を作るのはまかないさんの役目だった。
「印象に残っているメニューは粕汁ですね。アルコールが強すぎて、宴会に行く前から酔っぱらってしまいました(笑)。でもそれ以外の食事はいたってまともでした。
ただ、食卓の殺伐とした空気が辛かったです。5人ほど座れるダイニングテーブルで、仕事に出なければいけない舞妓から食べるのですが、そこで不機嫌なお母さんやお姉さんと鉢合わせたら最悪です。突然小突かれたり、『食べてんじゃねぇ!』『食べ方がなってない!』などと怒鳴られたりすることはよくありました」
しかし、Bさんは「あたたかいご飯を食べられていた分、私の置屋は恵まれているのだと思います」とこうも語った。
「同期の子たちと話したとき、旦那さん(舞妓のパトロンとなる男性)がお金を納めていないとご飯を出してもらえないとか、親にご飯代として毎月10万円を請求しておきながら、舞妓には290円の弁当を1日にひとつしか出さないという置屋もあると知って、愕然としました」 桐貴さんも、「お姉さんに辛いラーメンにラー油やタバスコ、一味などを混ぜた特製ラーメンを食べさせられたこともありましたね(笑)。いけず(意地悪)だなと思いながらも、断ることはできないので『おおきに』と言って食べました」と語る。 またBさんの置屋では食事の内容や、食べる場所に格差をつける習慣があったのだという。「一人だけ石の硬い上がり框で夕飯を…」「数年前のことですが、私の一つ年上で、三味線や唄を担当する“地方さん”として入ってきた先輩は、年を取っているからその分稼ぎが悪いだろうという謎の理由で、一人だけお草履を脱ぐ石の硬い上がり框のようなところで夕飯食べさせられていたり、みんながカレーでも一人だけお茶漬け食べさせられたりしていました。 昔のお姉さん達は食べ物の内容で序列をつけられていたそうなので、その名残だと思います。でもこんなことがあっていいのだろうかと疑問に思いました」 厳しい上下関係の世界。10代で実家を離れた少女たちにとって「家」のような存在であるはずの置屋だが、食事中であっても気を緩めることは許されない。時代が違えば「ハングリー精神を育てる」といった理由で正当化できたかもしれないが、令和の時代にあってはやりすぎだと感じる人の方が多いだろう。 桐貴さんも「花街には共通の食事のルールが存在します」と語る。「お客さんやお母さん、お姉さんなど目上の人が食べるまで待つのはもちろんですが、目上の人から『あんた食べよしや』と3回言われるまでは、決して食事に手を付けてはいけません。 下っ端の舞妓は最後に食べ始めるわけですが、お母さんやお姉さんよりも早く食べ終わらないと怒られてしまうので、5~10分でがーっとかっこむ。“舞妓の早食い”という言葉があるくらい、自然と早食いが身についてしまうんです」食費問題に頭を悩ませる毎日 食事に制約の多い舞妓にとって、朝ごはんや昼ごはんはある程度、自分で好きなものを食べられるチャンスだ。しかしそこで彼女たちが頭を悩ませるのは食費問題だった。「置屋から毎月手渡される月数万円のお小遣いの中から毎日の食事代を捻出するのはきついものがありました。私のいた置屋では朝ごはんは常備してあるパンを焼くか、食べないか。昼ごはんはコンビニや外食でした。花街では、舞妓は髪を結っているときはコンビニに出入りすることを禁じられていましたが、みんなこっそり行ったり、お姉さんにお願いして買ってきてもらったりしていましたね。 食事代を節約したくても、『手が荒れて商品が傷つく』という理由から自炊は禁じられているのでできない。同じお小遣いの中から、白塗りなどのお化粧品や生理用品などの必需品も買わなくてはならないので、やりくりには常に頭を悩ませていました。空腹をこらえて夕食を待つことも多々ありました」(祇園町の元舞妓Bさん)舞妓らを悩ませたお客さんとの“ご飯食べ” 一方で、いざ夜になって仕事へ繰り出すと食べきれないほどの食事を前にすることもあるのだという。「舞妓のお仕事には、 “ご飯食べ”というお客さんとレストランや料亭でご飯をいただく、キャバクラさんでいう“同伴”のようなものもあります。ご飯食べが1日に2件入っていれば、フレンチのコースをいただいた後にフグ料理のコースをいただく……というようなことも起こりうる。もちろん、残すことは許されないので一生懸命食べるのですが、苦しくて吐いてしまうこともありました。 贅沢な話ではありますが、いくら高級料理でも満腹の状態で食べたら味なんてしません。結局、唯一自分の好きなものを食べられる休日に買い求めるのはコンビニのお弁当やカップラーメンでした。舞妓はかぶりつくことが禁止されているので、髪を結っているときはおにぎりも指やお箸で割ってから食べなくてはなりません。休みの日に何も気にせず、コンビニで売っている三角形のおにぎりにかぶりつく瞬間は幸せでした」(桐貴さん)「急激に痩せてしまうか、太ってしまうかのどちらか」 修業中の身とはいえ、まだ10代の少女。成長期の大切な時期に適切とは言い難い食生活を送ることで、心と体の健康を蝕まれてしまう舞妓も少なくないのだという。「極端な食生活なので、急激に痩せてしまうか、太ってしまうかのどちらかが多いのです。私は食べては吐いてを繰り返して激やせしましたが、太ってしまったことでお母さんから『肥えている』と嫌味を言われ続け、拒食症になってしまったお姉さんがいました。そのお姉さんはまかないもお客さんにいただいたお食事も、全部吐いてしまうようになり、唯一口にできるドラッグストアなどで売っている離乳食を大量に買い込んでいました。とても痛々しくて、見ていられませんでした」(桐貴さん) 元舞妓のAさんも苦しそうに当時を振り返る。「私の置屋のお母さんは食事を出すとき、毎回必ず『豚の餌ができたえ』と言ってテーブルに皿をバンと叩きつけるように置くんです。置屋で飼っている犬にあげる予定だった鶏のささみ肉を食卓に出されたこともありました。犬の方が私よりも身分が上でしたので、犬に三つ指ついてご挨拶をするように言われることも……。 お母さんの作るごはんを身体が拒絶して、食べられなくなってしまって。どんどん痩せ細っていくのに、毎日豚と言われるので、もっと痩せなきゃと思い込んで筋トレをして……。あの時は死を考えてしまうほどつらかったです」花街は“親ガチャ”ならぬ“置屋ガチャ”状態 置屋ごとにあまりにも異なる舞妓の食事。花街にはお茶屋の組合などが存在するが、修業中の弱い立場である舞妓が声をあげることは難しい。本来、舞妓の健康を管理すべき大人たちは彼女たちの置かれた状況を見て見ぬふりし続けている。 桐貴さんは、「子供が親を選べないことを表した“親ガチャ”という言葉がありますが、花街は“置屋ガチャ”状態なのです」と語る。「舞妓のことを考えた食事を作ってくれている置屋があると信じたいですが、いざ入ってみないと実態が分からない。食事を作る方にもいろいろな事情や苦労があるのはわかりますが、最低限の健康は守られてほしい」 元舞妓のAさんは、「『舞妓さんちのまかないさん』を読んで舞妓に憧れて入ってきた子は、現実とのあまりのギャップに絶望してしまうのでは」と危惧する。「漫画はリアルな部分も多いだけに、“いけず”の要素を消して置屋での生活を美化していると感じてしまいます。作中に描かれる舞妓の生活はひとつの理想形。不都合なことを隠すのではなく、その理想形に近づける努力を大人たちはしていくべきなのではないでしょうか」元舞妓らは「私なんてまだマシ」「いじめじゃない」 今回複数の元舞妓への取材を通して驚いたのは、彼女たちが口を揃えて、「私なんてまだマシなほう」「お母さんもお姉さんもいじめているつもりはないんです」と、自身の経験を矮小化するような言葉を口にしたことだ。彼女たちにとってはそれが「日常」であり、当たり前のこととして受け入れてきたということなのだろう。 こうした舞妓の食生活の実態を「おおきに財団」は把握しているのか。桐貴さんの証言や、他の元舞妓らが語る花街での体験について事実確認を行ったところ、「記載の証言については、情報不足により回答を控えます」との返答だった。 桐貴さんが行った告発により、一部の街やお茶屋では未成年の飲酒を禁止するなど、これまでの慣習を見直す動きがあった。今回の告発を機に、「まかない問題」も議論し改善されることを願うばかりだ。(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
「同期の子たちと話したとき、旦那さん(舞妓のパトロンとなる男性)がお金を納めていないとご飯を出してもらえないとか、親にご飯代として毎月10万円を請求しておきながら、舞妓には290円の弁当を1日にひとつしか出さないという置屋もあると知って、愕然としました」
桐貴さんも、「お姉さんに辛いラーメンにラー油やタバスコ、一味などを混ぜた特製ラーメンを食べさせられたこともありましたね(笑)。いけず(意地悪)だなと思いながらも、断ることはできないので『おおきに』と言って食べました」と語る。
またBさんの置屋では食事の内容や、食べる場所に格差をつける習慣があったのだという。
「数年前のことですが、私の一つ年上で、三味線や唄を担当する“地方さん”として入ってきた先輩は、年を取っているからその分稼ぎが悪いだろうという謎の理由で、一人だけお草履を脱ぐ石の硬い上がり框のようなところで夕飯食べさせられていたり、みんながカレーでも一人だけお茶漬け食べさせられたりしていました。
昔のお姉さん達は食べ物の内容で序列をつけられていたそうなので、その名残だと思います。でもこんなことがあっていいのだろうかと疑問に思いました」
厳しい上下関係の世界。10代で実家を離れた少女たちにとって「家」のような存在であるはずの置屋だが、食事中であっても気を緩めることは許されない。時代が違えば「ハングリー精神を育てる」といった理由で正当化できたかもしれないが、令和の時代にあってはやりすぎだと感じる人の方が多いだろう。
桐貴さんも「花街には共通の食事のルールが存在します」と語る。
「お客さんやお母さん、お姉さんなど目上の人が食べるまで待つのはもちろんですが、目上の人から『あんた食べよしや』と3回言われるまでは、決して食事に手を付けてはいけません。 下っ端の舞妓は最後に食べ始めるわけですが、お母さんやお姉さんよりも早く食べ終わらないと怒られてしまうので、5~10分でがーっとかっこむ。“舞妓の早食い”という言葉があるくらい、自然と早食いが身についてしまうんです」食費問題に頭を悩ませる毎日 食事に制約の多い舞妓にとって、朝ごはんや昼ごはんはある程度、自分で好きなものを食べられるチャンスだ。しかしそこで彼女たちが頭を悩ませるのは食費問題だった。「置屋から毎月手渡される月数万円のお小遣いの中から毎日の食事代を捻出するのはきついものがありました。私のいた置屋では朝ごはんは常備してあるパンを焼くか、食べないか。昼ごはんはコンビニや外食でした。花街では、舞妓は髪を結っているときはコンビニに出入りすることを禁じられていましたが、みんなこっそり行ったり、お姉さんにお願いして買ってきてもらったりしていましたね。 食事代を節約したくても、『手が荒れて商品が傷つく』という理由から自炊は禁じられているのでできない。同じお小遣いの中から、白塗りなどのお化粧品や生理用品などの必需品も買わなくてはならないので、やりくりには常に頭を悩ませていました。空腹をこらえて夕食を待つことも多々ありました」(祇園町の元舞妓Bさん)舞妓らを悩ませたお客さんとの“ご飯食べ” 一方で、いざ夜になって仕事へ繰り出すと食べきれないほどの食事を前にすることもあるのだという。「舞妓のお仕事には、 “ご飯食べ”というお客さんとレストランや料亭でご飯をいただく、キャバクラさんでいう“同伴”のようなものもあります。ご飯食べが1日に2件入っていれば、フレンチのコースをいただいた後にフグ料理のコースをいただく……というようなことも起こりうる。もちろん、残すことは許されないので一生懸命食べるのですが、苦しくて吐いてしまうこともありました。 贅沢な話ではありますが、いくら高級料理でも満腹の状態で食べたら味なんてしません。結局、唯一自分の好きなものを食べられる休日に買い求めるのはコンビニのお弁当やカップラーメンでした。舞妓はかぶりつくことが禁止されているので、髪を結っているときはおにぎりも指やお箸で割ってから食べなくてはなりません。休みの日に何も気にせず、コンビニで売っている三角形のおにぎりにかぶりつく瞬間は幸せでした」(桐貴さん)「急激に痩せてしまうか、太ってしまうかのどちらか」 修業中の身とはいえ、まだ10代の少女。成長期の大切な時期に適切とは言い難い食生活を送ることで、心と体の健康を蝕まれてしまう舞妓も少なくないのだという。「極端な食生活なので、急激に痩せてしまうか、太ってしまうかのどちらかが多いのです。私は食べては吐いてを繰り返して激やせしましたが、太ってしまったことでお母さんから『肥えている』と嫌味を言われ続け、拒食症になってしまったお姉さんがいました。そのお姉さんはまかないもお客さんにいただいたお食事も、全部吐いてしまうようになり、唯一口にできるドラッグストアなどで売っている離乳食を大量に買い込んでいました。とても痛々しくて、見ていられませんでした」(桐貴さん) 元舞妓のAさんも苦しそうに当時を振り返る。「私の置屋のお母さんは食事を出すとき、毎回必ず『豚の餌ができたえ』と言ってテーブルに皿をバンと叩きつけるように置くんです。置屋で飼っている犬にあげる予定だった鶏のささみ肉を食卓に出されたこともありました。犬の方が私よりも身分が上でしたので、犬に三つ指ついてご挨拶をするように言われることも……。 お母さんの作るごはんを身体が拒絶して、食べられなくなってしまって。どんどん痩せ細っていくのに、毎日豚と言われるので、もっと痩せなきゃと思い込んで筋トレをして……。あの時は死を考えてしまうほどつらかったです」花街は“親ガチャ”ならぬ“置屋ガチャ”状態 置屋ごとにあまりにも異なる舞妓の食事。花街にはお茶屋の組合などが存在するが、修業中の弱い立場である舞妓が声をあげることは難しい。本来、舞妓の健康を管理すべき大人たちは彼女たちの置かれた状況を見て見ぬふりし続けている。 桐貴さんは、「子供が親を選べないことを表した“親ガチャ”という言葉がありますが、花街は“置屋ガチャ”状態なのです」と語る。「舞妓のことを考えた食事を作ってくれている置屋があると信じたいですが、いざ入ってみないと実態が分からない。食事を作る方にもいろいろな事情や苦労があるのはわかりますが、最低限の健康は守られてほしい」 元舞妓のAさんは、「『舞妓さんちのまかないさん』を読んで舞妓に憧れて入ってきた子は、現実とのあまりのギャップに絶望してしまうのでは」と危惧する。「漫画はリアルな部分も多いだけに、“いけず”の要素を消して置屋での生活を美化していると感じてしまいます。作中に描かれる舞妓の生活はひとつの理想形。不都合なことを隠すのではなく、その理想形に近づける努力を大人たちはしていくべきなのではないでしょうか」元舞妓らは「私なんてまだマシ」「いじめじゃない」 今回複数の元舞妓への取材を通して驚いたのは、彼女たちが口を揃えて、「私なんてまだマシなほう」「お母さんもお姉さんもいじめているつもりはないんです」と、自身の経験を矮小化するような言葉を口にしたことだ。彼女たちにとってはそれが「日常」であり、当たり前のこととして受け入れてきたということなのだろう。 こうした舞妓の食生活の実態を「おおきに財団」は把握しているのか。桐貴さんの証言や、他の元舞妓らが語る花街での体験について事実確認を行ったところ、「記載の証言については、情報不足により回答を控えます」との返答だった。 桐貴さんが行った告発により、一部の街やお茶屋では未成年の飲酒を禁止するなど、これまでの慣習を見直す動きがあった。今回の告発を機に、「まかない問題」も議論し改善されることを願うばかりだ。(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
「お客さんやお母さん、お姉さんなど目上の人が食べるまで待つのはもちろんですが、目上の人から『あんた食べよしや』と3回言われるまでは、決して食事に手を付けてはいけません。
下っ端の舞妓は最後に食べ始めるわけですが、お母さんやお姉さんよりも早く食べ終わらないと怒られてしまうので、5~10分でがーっとかっこむ。“舞妓の早食い”という言葉があるくらい、自然と早食いが身についてしまうんです」
食事に制約の多い舞妓にとって、朝ごはんや昼ごはんはある程度、自分で好きなものを食べられるチャンスだ。しかしそこで彼女たちが頭を悩ませるのは食費問題だった。
「置屋から毎月手渡される月数万円のお小遣いの中から毎日の食事代を捻出するのはきついものがありました。私のいた置屋では朝ごはんは常備してあるパンを焼くか、食べないか。昼ごはんはコンビニや外食でした。花街では、舞妓は髪を結っているときはコンビニに出入りすることを禁じられていましたが、みんなこっそり行ったり、お姉さんにお願いして買ってきてもらったりしていましたね。 食事代を節約したくても、『手が荒れて商品が傷つく』という理由から自炊は禁じられているのでできない。同じお小遣いの中から、白塗りなどのお化粧品や生理用品などの必需品も買わなくてはならないので、やりくりには常に頭を悩ませていました。空腹をこらえて夕食を待つことも多々ありました」(祇園町の元舞妓Bさん)舞妓らを悩ませたお客さんとの“ご飯食べ” 一方で、いざ夜になって仕事へ繰り出すと食べきれないほどの食事を前にすることもあるのだという。「舞妓のお仕事には、 “ご飯食べ”というお客さんとレストランや料亭でご飯をいただく、キャバクラさんでいう“同伴”のようなものもあります。ご飯食べが1日に2件入っていれば、フレンチのコースをいただいた後にフグ料理のコースをいただく……というようなことも起こりうる。もちろん、残すことは許されないので一生懸命食べるのですが、苦しくて吐いてしまうこともありました。 贅沢な話ではありますが、いくら高級料理でも満腹の状態で食べたら味なんてしません。結局、唯一自分の好きなものを食べられる休日に買い求めるのはコンビニのお弁当やカップラーメンでした。舞妓はかぶりつくことが禁止されているので、髪を結っているときはおにぎりも指やお箸で割ってから食べなくてはなりません。休みの日に何も気にせず、コンビニで売っている三角形のおにぎりにかぶりつく瞬間は幸せでした」(桐貴さん)「急激に痩せてしまうか、太ってしまうかのどちらか」 修業中の身とはいえ、まだ10代の少女。成長期の大切な時期に適切とは言い難い食生活を送ることで、心と体の健康を蝕まれてしまう舞妓も少なくないのだという。「極端な食生活なので、急激に痩せてしまうか、太ってしまうかのどちらかが多いのです。私は食べては吐いてを繰り返して激やせしましたが、太ってしまったことでお母さんから『肥えている』と嫌味を言われ続け、拒食症になってしまったお姉さんがいました。そのお姉さんはまかないもお客さんにいただいたお食事も、全部吐いてしまうようになり、唯一口にできるドラッグストアなどで売っている離乳食を大量に買い込んでいました。とても痛々しくて、見ていられませんでした」(桐貴さん) 元舞妓のAさんも苦しそうに当時を振り返る。「私の置屋のお母さんは食事を出すとき、毎回必ず『豚の餌ができたえ』と言ってテーブルに皿をバンと叩きつけるように置くんです。置屋で飼っている犬にあげる予定だった鶏のささみ肉を食卓に出されたこともありました。犬の方が私よりも身分が上でしたので、犬に三つ指ついてご挨拶をするように言われることも……。 お母さんの作るごはんを身体が拒絶して、食べられなくなってしまって。どんどん痩せ細っていくのに、毎日豚と言われるので、もっと痩せなきゃと思い込んで筋トレをして……。あの時は死を考えてしまうほどつらかったです」花街は“親ガチャ”ならぬ“置屋ガチャ”状態 置屋ごとにあまりにも異なる舞妓の食事。花街にはお茶屋の組合などが存在するが、修業中の弱い立場である舞妓が声をあげることは難しい。本来、舞妓の健康を管理すべき大人たちは彼女たちの置かれた状況を見て見ぬふりし続けている。 桐貴さんは、「子供が親を選べないことを表した“親ガチャ”という言葉がありますが、花街は“置屋ガチャ”状態なのです」と語る。「舞妓のことを考えた食事を作ってくれている置屋があると信じたいですが、いざ入ってみないと実態が分からない。食事を作る方にもいろいろな事情や苦労があるのはわかりますが、最低限の健康は守られてほしい」 元舞妓のAさんは、「『舞妓さんちのまかないさん』を読んで舞妓に憧れて入ってきた子は、現実とのあまりのギャップに絶望してしまうのでは」と危惧する。「漫画はリアルな部分も多いだけに、“いけず”の要素を消して置屋での生活を美化していると感じてしまいます。作中に描かれる舞妓の生活はひとつの理想形。不都合なことを隠すのではなく、その理想形に近づける努力を大人たちはしていくべきなのではないでしょうか」元舞妓らは「私なんてまだマシ」「いじめじゃない」 今回複数の元舞妓への取材を通して驚いたのは、彼女たちが口を揃えて、「私なんてまだマシなほう」「お母さんもお姉さんもいじめているつもりはないんです」と、自身の経験を矮小化するような言葉を口にしたことだ。彼女たちにとってはそれが「日常」であり、当たり前のこととして受け入れてきたということなのだろう。 こうした舞妓の食生活の実態を「おおきに財団」は把握しているのか。桐貴さんの証言や、他の元舞妓らが語る花街での体験について事実確認を行ったところ、「記載の証言については、情報不足により回答を控えます」との返答だった。 桐貴さんが行った告発により、一部の街やお茶屋では未成年の飲酒を禁止するなど、これまでの慣習を見直す動きがあった。今回の告発を機に、「まかない問題」も議論し改善されることを願うばかりだ。(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
「置屋から毎月手渡される月数万円のお小遣いの中から毎日の食事代を捻出するのはきついものがありました。私のいた置屋では朝ごはんは常備してあるパンを焼くか、食べないか。昼ごはんはコンビニや外食でした。花街では、舞妓は髪を結っているときはコンビニに出入りすることを禁じられていましたが、みんなこっそり行ったり、お姉さんにお願いして買ってきてもらったりしていましたね。
食事代を節約したくても、『手が荒れて商品が傷つく』という理由から自炊は禁じられているのでできない。同じお小遣いの中から、白塗りなどのお化粧品や生理用品などの必需品も買わなくてはならないので、やりくりには常に頭を悩ませていました。空腹をこらえて夕食を待つことも多々ありました」(祇園町の元舞妓Bさん)
一方で、いざ夜になって仕事へ繰り出すと食べきれないほどの食事を前にすることもあるのだという。
「舞妓のお仕事には、 “ご飯食べ”というお客さんとレストランや料亭でご飯をいただく、キャバクラさんでいう“同伴”のようなものもあります。ご飯食べが1日に2件入っていれば、フレンチのコースをいただいた後にフグ料理のコースをいただく……というようなことも起こりうる。もちろん、残すことは許されないので一生懸命食べるのですが、苦しくて吐いてしまうこともありました。
贅沢な話ではありますが、いくら高級料理でも満腹の状態で食べたら味なんてしません。結局、唯一自分の好きなものを食べられる休日に買い求めるのはコンビニのお弁当やカップラーメンでした。舞妓はかぶりつくことが禁止されているので、髪を結っているときはおにぎりも指やお箸で割ってから食べなくてはなりません。休みの日に何も気にせず、コンビニで売っている三角形のおにぎりにかぶりつく瞬間は幸せでした」(桐貴さん)
「急激に痩せてしまうか、太ってしまうかのどちらか」 修業中の身とはいえ、まだ10代の少女。成長期の大切な時期に適切とは言い難い食生活を送ることで、心と体の健康を蝕まれてしまう舞妓も少なくないのだという。「極端な食生活なので、急激に痩せてしまうか、太ってしまうかのどちらかが多いのです。私は食べては吐いてを繰り返して激やせしましたが、太ってしまったことでお母さんから『肥えている』と嫌味を言われ続け、拒食症になってしまったお姉さんがいました。そのお姉さんはまかないもお客さんにいただいたお食事も、全部吐いてしまうようになり、唯一口にできるドラッグストアなどで売っている離乳食を大量に買い込んでいました。とても痛々しくて、見ていられませんでした」(桐貴さん) 元舞妓のAさんも苦しそうに当時を振り返る。「私の置屋のお母さんは食事を出すとき、毎回必ず『豚の餌ができたえ』と言ってテーブルに皿をバンと叩きつけるように置くんです。置屋で飼っている犬にあげる予定だった鶏のささみ肉を食卓に出されたこともありました。犬の方が私よりも身分が上でしたので、犬に三つ指ついてご挨拶をするように言われることも……。 お母さんの作るごはんを身体が拒絶して、食べられなくなってしまって。どんどん痩せ細っていくのに、毎日豚と言われるので、もっと痩せなきゃと思い込んで筋トレをして……。あの時は死を考えてしまうほどつらかったです」花街は“親ガチャ”ならぬ“置屋ガチャ”状態 置屋ごとにあまりにも異なる舞妓の食事。花街にはお茶屋の組合などが存在するが、修業中の弱い立場である舞妓が声をあげることは難しい。本来、舞妓の健康を管理すべき大人たちは彼女たちの置かれた状況を見て見ぬふりし続けている。 桐貴さんは、「子供が親を選べないことを表した“親ガチャ”という言葉がありますが、花街は“置屋ガチャ”状態なのです」と語る。「舞妓のことを考えた食事を作ってくれている置屋があると信じたいですが、いざ入ってみないと実態が分からない。食事を作る方にもいろいろな事情や苦労があるのはわかりますが、最低限の健康は守られてほしい」 元舞妓のAさんは、「『舞妓さんちのまかないさん』を読んで舞妓に憧れて入ってきた子は、現実とのあまりのギャップに絶望してしまうのでは」と危惧する。「漫画はリアルな部分も多いだけに、“いけず”の要素を消して置屋での生活を美化していると感じてしまいます。作中に描かれる舞妓の生活はひとつの理想形。不都合なことを隠すのではなく、その理想形に近づける努力を大人たちはしていくべきなのではないでしょうか」元舞妓らは「私なんてまだマシ」「いじめじゃない」 今回複数の元舞妓への取材を通して驚いたのは、彼女たちが口を揃えて、「私なんてまだマシなほう」「お母さんもお姉さんもいじめているつもりはないんです」と、自身の経験を矮小化するような言葉を口にしたことだ。彼女たちにとってはそれが「日常」であり、当たり前のこととして受け入れてきたということなのだろう。 こうした舞妓の食生活の実態を「おおきに財団」は把握しているのか。桐貴さんの証言や、他の元舞妓らが語る花街での体験について事実確認を行ったところ、「記載の証言については、情報不足により回答を控えます」との返答だった。 桐貴さんが行った告発により、一部の街やお茶屋では未成年の飲酒を禁止するなど、これまでの慣習を見直す動きがあった。今回の告発を機に、「まかない問題」も議論し改善されることを願うばかりだ。(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
修業中の身とはいえ、まだ10代の少女。成長期の大切な時期に適切とは言い難い食生活を送ることで、心と体の健康を蝕まれてしまう舞妓も少なくないのだという。
「極端な食生活なので、急激に痩せてしまうか、太ってしまうかのどちらかが多いのです。私は食べては吐いてを繰り返して激やせしましたが、太ってしまったことでお母さんから『肥えている』と嫌味を言われ続け、拒食症になってしまったお姉さんがいました。そのお姉さんはまかないもお客さんにいただいたお食事も、全部吐いてしまうようになり、唯一口にできるドラッグストアなどで売っている離乳食を大量に買い込んでいました。とても痛々しくて、見ていられませんでした」(桐貴さん)
元舞妓のAさんも苦しそうに当時を振り返る。「私の置屋のお母さんは食事を出すとき、毎回必ず『豚の餌ができたえ』と言ってテーブルに皿をバンと叩きつけるように置くんです。置屋で飼っている犬にあげる予定だった鶏のささみ肉を食卓に出されたこともありました。犬の方が私よりも身分が上でしたので、犬に三つ指ついてご挨拶をするように言われることも……。 お母さんの作るごはんを身体が拒絶して、食べられなくなってしまって。どんどん痩せ細っていくのに、毎日豚と言われるので、もっと痩せなきゃと思い込んで筋トレをして……。あの時は死を考えてしまうほどつらかったです」花街は“親ガチャ”ならぬ“置屋ガチャ”状態 置屋ごとにあまりにも異なる舞妓の食事。花街にはお茶屋の組合などが存在するが、修業中の弱い立場である舞妓が声をあげることは難しい。本来、舞妓の健康を管理すべき大人たちは彼女たちの置かれた状況を見て見ぬふりし続けている。 桐貴さんは、「子供が親を選べないことを表した“親ガチャ”という言葉がありますが、花街は“置屋ガチャ”状態なのです」と語る。「舞妓のことを考えた食事を作ってくれている置屋があると信じたいですが、いざ入ってみないと実態が分からない。食事を作る方にもいろいろな事情や苦労があるのはわかりますが、最低限の健康は守られてほしい」 元舞妓のAさんは、「『舞妓さんちのまかないさん』を読んで舞妓に憧れて入ってきた子は、現実とのあまりのギャップに絶望してしまうのでは」と危惧する。「漫画はリアルな部分も多いだけに、“いけず”の要素を消して置屋での生活を美化していると感じてしまいます。作中に描かれる舞妓の生活はひとつの理想形。不都合なことを隠すのではなく、その理想形に近づける努力を大人たちはしていくべきなのではないでしょうか」元舞妓らは「私なんてまだマシ」「いじめじゃない」 今回複数の元舞妓への取材を通して驚いたのは、彼女たちが口を揃えて、「私なんてまだマシなほう」「お母さんもお姉さんもいじめているつもりはないんです」と、自身の経験を矮小化するような言葉を口にしたことだ。彼女たちにとってはそれが「日常」であり、当たり前のこととして受け入れてきたということなのだろう。 こうした舞妓の食生活の実態を「おおきに財団」は把握しているのか。桐貴さんの証言や、他の元舞妓らが語る花街での体験について事実確認を行ったところ、「記載の証言については、情報不足により回答を控えます」との返答だった。 桐貴さんが行った告発により、一部の街やお茶屋では未成年の飲酒を禁止するなど、これまでの慣習を見直す動きがあった。今回の告発を機に、「まかない問題」も議論し改善されることを願うばかりだ。(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
元舞妓のAさんも苦しそうに当時を振り返る。
「私の置屋のお母さんは食事を出すとき、毎回必ず『豚の餌ができたえ』と言ってテーブルに皿をバンと叩きつけるように置くんです。置屋で飼っている犬にあげる予定だった鶏のささみ肉を食卓に出されたこともありました。犬の方が私よりも身分が上でしたので、犬に三つ指ついてご挨拶をするように言われることも……。
お母さんの作るごはんを身体が拒絶して、食べられなくなってしまって。どんどん痩せ細っていくのに、毎日豚と言われるので、もっと痩せなきゃと思い込んで筋トレをして……。あの時は死を考えてしまうほどつらかったです」
置屋ごとにあまりにも異なる舞妓の食事。花街にはお茶屋の組合などが存在するが、修業中の弱い立場である舞妓が声をあげることは難しい。本来、舞妓の健康を管理すべき大人たちは彼女たちの置かれた状況を見て見ぬふりし続けている。
桐貴さんは、「子供が親を選べないことを表した“親ガチャ”という言葉がありますが、花街は“置屋ガチャ”状態なのです」と語る。
「舞妓のことを考えた食事を作ってくれている置屋があると信じたいですが、いざ入ってみないと実態が分からない。食事を作る方にもいろいろな事情や苦労があるのはわかりますが、最低限の健康は守られてほしい」
元舞妓のAさんは、「『舞妓さんちのまかないさん』を読んで舞妓に憧れて入ってきた子は、現実とのあまりのギャップに絶望してしまうのでは」と危惧する。「漫画はリアルな部分も多いだけに、“いけず”の要素を消して置屋での生活を美化していると感じてしまいます。作中に描かれる舞妓の生活はひとつの理想形。不都合なことを隠すのではなく、その理想形に近づける努力を大人たちはしていくべきなのではないでしょうか」元舞妓らは「私なんてまだマシ」「いじめじゃない」 今回複数の元舞妓への取材を通して驚いたのは、彼女たちが口を揃えて、「私なんてまだマシなほう」「お母さんもお姉さんもいじめているつもりはないんです」と、自身の経験を矮小化するような言葉を口にしたことだ。彼女たちにとってはそれが「日常」であり、当たり前のこととして受け入れてきたということなのだろう。 こうした舞妓の食生活の実態を「おおきに財団」は把握しているのか。桐貴さんの証言や、他の元舞妓らが語る花街での体験について事実確認を行ったところ、「記載の証言については、情報不足により回答を控えます」との返答だった。 桐貴さんが行った告発により、一部の街やお茶屋では未成年の飲酒を禁止するなど、これまでの慣習を見直す動きがあった。今回の告発を機に、「まかない問題」も議論し改善されることを願うばかりだ。(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
元舞妓のAさんは、「『舞妓さんちのまかないさん』を読んで舞妓に憧れて入ってきた子は、現実とのあまりのギャップに絶望してしまうのでは」と危惧する。
「漫画はリアルな部分も多いだけに、“いけず”の要素を消して置屋での生活を美化していると感じてしまいます。作中に描かれる舞妓の生活はひとつの理想形。不都合なことを隠すのではなく、その理想形に近づける努力を大人たちはしていくべきなのではないでしょうか」
今回複数の元舞妓への取材を通して驚いたのは、彼女たちが口を揃えて、「私なんてまだマシなほう」「お母さんもお姉さんもいじめているつもりはないんです」と、自身の経験を矮小化するような言葉を口にしたことだ。彼女たちにとってはそれが「日常」であり、当たり前のこととして受け入れてきたということなのだろう。
こうした舞妓の食生活の実態を「おおきに財団」は把握しているのか。桐貴さんの証言や、他の元舞妓らが語る花街での体験について事実確認を行ったところ、「記載の証言については、情報不足により回答を控えます」との返答だった。 桐貴さんが行った告発により、一部の街やお茶屋では未成年の飲酒を禁止するなど、これまでの慣習を見直す動きがあった。今回の告発を機に、「まかない問題」も議論し改善されることを願うばかりだ。(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
こうした舞妓の食生活の実態を「おおきに財団」は把握しているのか。桐貴さんの証言や、他の元舞妓らが語る花街での体験について事実確認を行ったところ、「記載の証言については、情報不足により回答を控えます」との返答だった。
桐貴さんが行った告発により、一部の街やお茶屋では未成年の飲酒を禁止するなど、これまでの慣習を見直す動きがあった。今回の告発を機に、「まかない問題」も議論し改善されることを願うばかりだ。
(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))