「まぁ、この人でいっか」小田急の車内で女子大学生らを刺した37歳の男 法廷で吐露した“コンプレックスと嫉妬”

「つまらぬものを斬ってしまったというセリフ、ご存じかと思いますが…」。人気アニメを用いて、自身の胸の内を表現した37歳の被告。東京オリンピック・パラリンピックがまさに開催されていた2021年8月、走行中の小田急線車内で次々と乗客を切りつけた。逃げ場のない電車内で無差別に乗客を狙った手口は、映画の悪役「ジョーカー」に仮装した男による京王線刺傷事件にも影響を与えた。被告がターゲットにしたのは、いわゆる勝ち組の女性。なぜ“女性”を狙ったのか?法廷では被告自身のコンプレックスやゆがんだ嫉妬がどのように形作られたのか、さらに怒りの矛先が“女性”に向けられていった過程が赤裸々に語られた。
【写真を見る】「まぁ、この人でいっか」小田急の車内で女子大学生らを刺した37歳の男 法廷で吐露した“コンプレックスと嫉妬”「僕だけ貧乏くじ」万引き見つかり「屈辱的」2021年8月6日の夜、小田急線の登戸~祖師ヶ谷大蔵駅間を走る快速電車内で事件は起きた。対馬悠介被告(37)は、女子大学生の胸や背中を包丁で刺すなど乗客3人への殺人未遂罪などに問われている。2023年6月に東京地裁で始まった裁判では、事件の発端が明らかにされた。被告:僕だけが不幸で、割りを食っている、貧乏くじを引いたみたいな。それが歪んで世の中への憎しみへと変わっていった。発端は「万引き」だった。無職の対馬被告は、事件の3か月前から「週に3~4回、1日あたり5~6回の万引き」を繰り返していたという。事件当日、コンビニなど複数の店舗で万引きした後、JR新宿駅近くの食料品店でベーコンとオリーブを万引きしようとしたところ、従業員に見つかってしまう。被告:女性従業員から全店舗出禁と言われた。タブレット端末でカシャカシャ写真を撮られた。屈辱的でした。警察署で取り調べを受けた後、住居の確認のためパトカーで自宅に送られた。途中の車内で眠りそうになると、警察官から「なにしてるんだよ、反省しているのかよ」と言われたという。夕方、家で缶ビール3本を飲み、警察官や従業員の言動を思い返すうちに、怒りが頂点に達した。最初は警察官の殺害を考えたが「難しい」と断念。次に従業員の殺害を考えるも、閉店時間が迫り「間に合わない」と断念。そして、以前から想像していた電車内の無差別殺人計画へと「切り替えた」のだ。大学中退しアルバイト転々「世の中が灰色に見えた」小さな頃から弟2人の面倒をみるなど「真面目で優しい性格だった」(精神鑑定した医師の証言)。中央大学理工学部に進学し、この頃から気分の浮き沈みが激しくなった。サークルの合宿で、全裸で川に飛び込むなどして、友人から薬物を接種しているのではないかと疑われたこともあった。被告:研究室に行かなくなったのが人生のターニングポイントでした。「研究に行き詰まり、ほっぽった」。2009年に大学を中退後、倉庫やコンビニなどのアルバイトを転々とした。「物のように扱われている」と感じることもあった。事件があった2021年2月、パン工場で「蒸しパンの下のシートをひたすらセッティングする」夜勤バイトをしていたが「心がすり切れた、限界だ」と退職。同年3月から月10万5000円の生活保護費を受給し、生活していた。被告:あらゆる人が幸せそうに見えた。僕だけが薄皮一枚隔てている感じ、世の中が灰色に見えた。弁護側は「(そう状態とうつ状態を繰り返す)双極性障害が犯行に影響を与えた」と主張。一方、精神鑑定を行った医師は「双極性障害と犯行との因果関係は認められない。未熟なパーソナリティーによって感情が爆発し、自暴自棄になった可能性がある」と証言した。ゆがんだ嫉妬「若い女性は価値が高い」「女性から軽くあしらわれ、“勝ち組”の女性を殺したいと考えた」。動機について、検察側はこう指摘した。女性を憎むようになったきっかけとして、対馬被告は「デートの途中で帰られたことや、自分との時間を他のスケジュールの繋ぎにされた」経験をあげた。検察官:なぜ若い女性を狙った?被告:おじさんを刺して捕まっても、つまらないなぁと。「つまらぬものを斬ってしまった」というセリフをみなさんご存じだと思うんですが、そういうニュアンスです。検察官:若い女性は印象が違う?被告:やはり若い女性のほうが価値が高いと思った。デートでは男性が女性におごるべき。クラブに行くと女性のほうが値段が安い。マッチングアプリで女性は無料。こうした経験を積み重ね「若い女性は優遇されている」との思いが強まった。被告:町を歩くとコンプレックスが刺激されて怒りに変わり、怒りのやり場がなくて女性たちに矛先が向いた。検察官:どんなコンプレックス?被告:無価値な人間だなと。お金もなく、みっともない。検察官:刺激された、とは?被告:正直そういう女性と付き合いたかったが、僕は不可能で相手にされない。恨むことで苦しみを解消しようとした。狂った計画「この人でいっか」被害者の人生は一変ターゲットは「幸せそうなカップルや綺麗なちょっとむかつく感じの女性」。しかし、実際に電車に乗り込むと、計画通りにはいかなかった。被告:刺したい人はいなかった。時間がなく、近くにピンクの服の人がいて若い女性だったので「まぁ、この人でいっか」と。最初に刺された女性・Aさん(当時20)のことだ。音楽が好きな大学生。左腕に後遺症が残る。趣味のベースを弾くと違和感があり「やるせない気持ちになる」という。Aさんの供述調書:私は家族や友人に恵まれて幸せです。 私は選んで幸せになったわけではなく、 犯人も選んで不幸になったわけではないと思う。恨むべきは犯人本人というより、 そうさせた社会構造にあるのかもしれません。 しかし犯人のしたことは絶対に許されることではありません。背後から切りつけられた女性・Bさん(当時52)は、電車に乗ること、見ることにも恐怖を感じ、バスでの移動を余儀なくされている。Bさんの意見陳述(弁護士代読):日常生活のすべてが変わりました。私の人生を返してほしい。検察側が懲役20年を求刑するなか、判決は7月14日に言い渡される。(TBSテレビ社会部 司法記者クラブ 高橋史子)
2021年8月6日の夜、小田急線の登戸~祖師ヶ谷大蔵駅間を走る快速電車内で事件は起きた。対馬悠介被告(37)は、女子大学生の胸や背中を包丁で刺すなど乗客3人への殺人未遂罪などに問われている。2023年6月に東京地裁で始まった裁判では、事件の発端が明らかにされた。
被告:僕だけが不幸で、割りを食っている、貧乏くじを引いたみたいな。それが歪んで世の中への憎しみへと変わっていった。
発端は「万引き」だった。無職の対馬被告は、事件の3か月前から「週に3~4回、1日あたり5~6回の万引き」を繰り返していたという。事件当日、コンビニなど複数の店舗で万引きした後、JR新宿駅近くの食料品店でベーコンとオリーブを万引きしようとしたところ、従業員に見つかってしまう。
被告:女性従業員から全店舗出禁と言われた。タブレット端末でカシャカシャ写真を撮られた。屈辱的でした。
警察署で取り調べを受けた後、住居の確認のためパトカーで自宅に送られた。途中の車内で眠りそうになると、警察官から「なにしてるんだよ、反省しているのかよ」と言われたという。夕方、家で缶ビール3本を飲み、警察官や従業員の言動を思い返すうちに、怒りが頂点に達した。最初は警察官の殺害を考えたが「難しい」と断念。次に従業員の殺害を考えるも、閉店時間が迫り「間に合わない」と断念。そして、以前から想像していた電車内の無差別殺人計画へと「切り替えた」のだ。
小さな頃から弟2人の面倒をみるなど「真面目で優しい性格だった」(精神鑑定した医師の証言)。中央大学理工学部に進学し、この頃から気分の浮き沈みが激しくなった。サークルの合宿で、全裸で川に飛び込むなどして、友人から薬物を接種しているのではないかと疑われたこともあった。
被告:研究室に行かなくなったのが人生のターニングポイントでした。
「研究に行き詰まり、ほっぽった」。2009年に大学を中退後、倉庫やコンビニなどのアルバイトを転々とした。「物のように扱われている」と感じることもあった。事件があった2021年2月、パン工場で「蒸しパンの下のシートをひたすらセッティングする」夜勤バイトをしていたが「心がすり切れた、限界だ」と退職。同年3月から月10万5000円の生活保護費を受給し、生活していた。
被告:あらゆる人が幸せそうに見えた。僕だけが薄皮一枚隔てている感じ、世の中が灰色に見えた。
弁護側は「(そう状態とうつ状態を繰り返す)双極性障害が犯行に影響を与えた」と主張。一方、精神鑑定を行った医師は「双極性障害と犯行との因果関係は認められない。未熟なパーソナリティーによって感情が爆発し、自暴自棄になった可能性がある」と証言した。
「女性から軽くあしらわれ、“勝ち組”の女性を殺したいと考えた」。動機について、検察側はこう指摘した。女性を憎むようになったきっかけとして、対馬被告は「デートの途中で帰られたことや、自分との時間を他のスケジュールの繋ぎにされた」経験をあげた。
検察官:なぜ若い女性を狙った?被告:おじさんを刺して捕まっても、つまらないなぁと。「つまらぬものを斬ってしまった」というセリフをみなさんご存じだと思うんですが、そういうニュアンスです。検察官:若い女性は印象が違う?被告:やはり若い女性のほうが価値が高いと思った。
デートでは男性が女性におごるべき。クラブに行くと女性のほうが値段が安い。マッチングアプリで女性は無料。こうした経験を積み重ね「若い女性は優遇されている」との思いが強まった。
被告:町を歩くとコンプレックスが刺激されて怒りに変わり、怒りのやり場がなくて女性たちに矛先が向いた。検察官:どんなコンプレックス?被告:無価値な人間だなと。お金もなく、みっともない。検察官:刺激された、とは?被告:正直そういう女性と付き合いたかったが、僕は不可能で相手にされない。恨むことで苦しみを解消しようとした。
ターゲットは「幸せそうなカップルや綺麗なちょっとむかつく感じの女性」。しかし、実際に電車に乗り込むと、計画通りにはいかなかった。
被告:刺したい人はいなかった。時間がなく、近くにピンクの服の人がいて若い女性だったので「まぁ、この人でいっか」と。
最初に刺された女性・Aさん(当時20)のことだ。音楽が好きな大学生。左腕に後遺症が残る。趣味のベースを弾くと違和感があり「やるせない気持ちになる」という。
Aさんの供述調書:私は家族や友人に恵まれて幸せです。 私は選んで幸せになったわけではなく、 犯人も選んで不幸になったわけではないと思う。恨むべきは犯人本人というより、 そうさせた社会構造にあるのかもしれません。 しかし犯人のしたことは絶対に許されることではありません。
背後から切りつけられた女性・Bさん(当時52)は、電車に乗ること、見ることにも恐怖を感じ、バスでの移動を余儀なくされている。
Bさんの意見陳述(弁護士代読):日常生活のすべてが変わりました。私の人生を返してほしい。
検察側が懲役20年を求刑するなか、判決は7月14日に言い渡される。
(TBSテレビ社会部 司法記者クラブ 高橋史子)