元カノから妻の“知られざる過去”を聞かされ、何かが変わった…そして、50歳夫が思ってしまったこと

前編【高校時代の元カノが親友と結婚 ところが、その後のあり得ない展開に日々悩む50歳夫の本心】からの続き
5年前のことだった。将太さんから連絡があり、「東京に転勤になった」という。一家で移住だよと将太さんは笑ったが、和宣さんの心は妙に疼いた。
当時、和宣さんのふたりの息子は16歳と13歳。将太さんのひとり娘は14歳だった。
「子どもたちも年齢が近いし、今度は家族ぐるみでつきあおうと話しました。僕も心が疼きはしたけど、さすがにもう朋美への未練はない。そう思っていたんです」
【写真を見る】「夫が19歳女子大生と外泊報道」で離婚した女優、離婚の際「僕の財産は全部捧げる」と財産贈与した歌手など【「熟年離婚」した芸能人11人】 ただ、和宣さん夫婦の仲は決していいとはいえない状態だった。結婚して数年後、和宣さんはグループ会社に出向になり、そのまま転籍させられた。本社での出世はもちろん見込めず、出向先でもなかなか這い上がるチャンスは巡ってこなかった。給料がダウンし、子育てに追われる茉希さんはイライラが募ったようだ。ストレスからか25キロも太った。往年の美少女は「影も形もなくなった」という。ようやく実った「恋」と明かされた妻の秘密--「ただ、僕はいつかチャンスを見つけて、今いる場所で何かいい仕事をしたいと考えていました。最初は腐ったけど、一緒に転籍した先輩が『このまま終わっちゃいけない。がんばろうぜ』と言ってくれた。でも当時、茉希はいつもため息をついていましたね。それが僕への当てこすりみたいに思えて、あまり会話が弾まなくなった。もっともその後、先輩と僕は出向先で少し業績を上げて、グループを作ってもらったんです。もっと業績を上げれば、社内でも大きな部署になるかもしれない。そんなときだったから、僕は必死に仕事をしていました」思い起こせば、妻とは結婚当初からあまり会話はなかったと彼は言った。彼女とは何かが合わない。ずっとそう思っていた、と。「茉希はすぐ感情的になるし、話をしようとすると自分が責められていると感じるんでしょうか、被害者意識が強いのか言い訳ばかりする。僕はきみを責めているわけじゃない、話し合いがしたいんだと言っても『私はしたくない』と耳を塞ぐ。そんなこんなで、家庭は息子たちがいるから回っているようなものでした」招待を受けても妻は愛想が悪く… 将太さんと家族ぐるみのつきあいなんてできるのだろうかと思いつつ、家族ぐるみでつきあえたら茉希さんも少しはいい刺激になるかもしれないとも感じていた。 そして将太さん一家が越してきた。彼らが住む会社の借り上げ住宅が、和宣さんの自宅から3駅の近さだった。「越してきてすぐ、彼らは招待してくれました。借り上げ住宅といっても広いマンションで、ルーフバルコニーもある。夏になったらバーベキューをしようと盛り上がりました。僕は照れくさくて、なかなか朋美と目を合わせられなかったんですが、バーベキューの話が出たとたん、『そういえば合宿のとき』とふたりで言葉が合ってしまって笑い転げました。サッカー部の合宿のとき、なぜか夜、キャンプをしてカレーを作ったんだけど僕が焦がしてしまって、僕らのグループだけ焦げたカレー。申し訳なくて、夜中に朋美に僕のとっておきのカップラーメンを差し出して、一緒に食べたんですよ。さすがに一緒に食べたとはいえなくて、そこだけはごまかしましたが」 すると将太さんが、「オレ、その合宿に行けなかったんだよ」と言い出した。そうだった、将太は前の日に何か食べてお腹を壊してと、また話が盛り上がる。子どもたちも親の若いころの話を興味津々に聞いていた。茉希さんだけは話の輪に入れず、むくれたように黙っている。「朋美が気を遣って『息子ちゃんたち、大きいわねえ。やっぱりサッカーやってるの?』と話題を変えても、茉希はほとんど答えない。息子たちが自分で答えていました。将太と朋美の娘も素直ないい子でしたね。様子を見て、茉希に『もうちょっと愛想よくしろよ』と小声で諫めたんですが、茉希は頷いただけでした」 にぎやかな時間が楽しかったが、茉希さんの浮かない表情だけが気になったと和宣さんは言う。語られた茉希さんの過去 それからは、仕事が終わってから将太さんと会うことが増えた。あるとき、ふたりはかなり酔って将太さんの家に行った。「もう電車がなくなっちゃったんですよ。タクシーで帰ったんですが、『うちのほうが近いし、明日は休みだから泊まっていけよ。飲み直そう』と将太がうるさくて。夜中に申し訳ないと思ったけど、将太はぐでんぐでんだし、しかたなく送っていきました」 朋美さんが笑顔で迎えてくれた。こんなに酔った将太は初めて。よほど和宣に会えてうれしかったんだと思うと言った。「将太はリビングのソファで横になってしまった。いいわ、放っておいてと朋美は笑って、少し飲み直そうと僕らの地元で作られている日本酒を出してきた。『私はお酒に弱いんだけどね』と一口で頬をピンクに染めた朋美は、やはりきれいでした。どうなの、茉希とはうまくいってるのと聞かれて、酔っていたせいもあるし朋美に甘えたかったせいもあったのか、『うまくいくわけないよ』と愚痴ったんです」 すると朋美さんの目がキラリと光った。でもエライよね、和宣はと意味深な発言。何がと聞くと、よく茉希と結婚したなと思って、とまた意味ありげに言う。「何か知ってるのかと言ったら、『世の中、知らないほうがいいこともあると思う』って。だったら言うなよという話ですが、そのときは酔っているから、とにかく何か知っていることがあるなら聞かせてほしいと頼んだんです。そうしたら茉希は東京で『愛人生活』をしていた、と。高校を出てすぐに上京、最初はクラブで働いていたけど、その後は愛人として暮らしていたんだそうです。これは茉希と親しかった共通の友人に聞いたから確かだと。バブルの最後にひっかかっている世代だから、茉希は都心の一等地にマンションを買ってもらったらしいです。バブル崩壊とともにそのマンションを売って、僕と出会ったころはその貯金で生活していたみたい。だから過去を語りたがらなかったんですね。いろいろなことが一致して、かえってすっきりしましたが」 一時は結婚してきちんと生活しようと思ったのだろうが、「普通の生活」は茉希さんにとっては窮屈だったのかもしれない。子どもに対して過干渉ではないから、のびのびと育てようとしているのかと思っていたが、実はあまり関心がない可能性のほうが高そうだ。酔いつぶれた将太さんを送って行った夜に… 子どもたちが小さいとき、和宣さんはどちらかといえば仕事が忙しくなかったから、子育ては率先してやってきた。今になって思えば、茉希さんに任せなくてよかったのかもしれない。「茉希は母親の再婚相手が大嫌いだったみたい。だから継父と何かあったんじゃないかと地元で噂されたこともあったらしいです。僕はちっとも知らなかったけど。朋美は『結婚するって聞いたとき、和宣は全部知った上だと思ってた。そこまで何も知らなかったなんて』と絶句していました。過去のことはしかたがないけどと思いながらも、目の前の朋美が気になってたまらなくなっていった。『やっぱり朋美と結婚すればよかった。どうして待っていてくれなかったんだ』とヤケになって言ったら、『あなたが私を捨てたんでしょう』って。そんなつもりはない、あのまま遠距離恋愛ができると思ってたと言っているうちに、なんだか泣けてきてしまって。気づいたら朋美が僕の頭を抱きしめてくれていました」 ふたりの顔が近づき、唇が重なった。ソファの将太さんはグーグー高いびきだ。彼女の胸をまさぐったとき、「ダメよ、ここじゃダメ」と朋美さんがあえぎながら言った。朋美さんは物置になっているような部屋に彼を誘い、ふたりはそこで慌ただしく結ばれた。「このときを30年近く待っていたんだと思うと、お互いを自分のものにしようと必死でしたね、ふたりとも。でもその後、私たちが最初に結ばれたのが納戸だなんて……と朋美はクスクス笑うんです。とんでもないことになってしまったのに、彼女には悲壮感がなかった。やはり朋美はいい女だなと思いました。『何があっても口をすべらせないでよ』と朋美は言って、僕に手伝わせてリビングの将太を寝室に運びました」 そして彼は「将太によろしく」と未明に帰宅した。すっかり酔いは冷めていたから、家の近くのコンビニ前でタクシーを降り、缶ビールを買って一気に飲んだ。酔いが再び戻ってきたころ自宅へたどりついた。「冷蔵庫から水を出して飲んでいると茉希が起きてきたんです。『ごめん、将太と飲んで遅くなった』と言うと、『仲がいいわね、あなたと朋美さん』という言葉が返ってきた。朋美とは何でもない、将太とふたりで外で飲んだと言ったのに、茉希は何も答えなかった。当時、サッカー部のキャプテンの僕とマネージャーの朋美とのことは校内では知られていたから、茉希にとっては僕が将太や朋美と再会して親しくしているだけで不快だったんだと思う」誰にも知られないよう…重ねた密会 それがわかっていても、和宣さんは朋美さんと会うのをやめられなかった。茉希さんの疑いをかわしながら、ふたりは外で会うようになった。将太さんに知られたらどうするつもりだったのだろう。「将太はけっこう関西への出張が多かったんですよ。あいつ、あのころバリバリ仕事をしていたから。出張だと聞くと、車で朋美の家に行き、車の中で愛し合うこともありました。娘がいるから遠くへは行きたくないと彼女はよく言ってた。一度だけ、ヤバいことがありました」 マンションの駐車場近くに止めた車の中で愛し合っているとき、近所の人に見られてしまったらしい。彼はすぐに彼女を降ろしたが、そこへ警察がやってきた。「危機一髪でした。警察には丁寧に対応しました。『未成年も通るかもしれない場所だから気をつけてください』と叱られ、一応、身分証明書も出した。危なかったですよね。将太が一日早く戻ってくる可能性もあるし、母がいないと思った娘が外へ出てくる可能性だってゼロではない」 気をつけなければ。誰にも知られないように。それがふたりの合い言葉になった。コロナ禍になってから、テレワークになった和宣さんは、変わらず出勤している朋美さんとときどき会っていた。「ホテルの部屋をワーキングスペースとして借りると、会社から補助が出たのでそれを利用していました。そこに朋美を呼ぶわけにはいかないけど、仕事をしているふりをして近くのラブホテルに行ったり。そのときも車が役に立ちましたね」 車は毎回、朋美さんがきちんと確認している。ピアスが落ちていたら、茉希がどう思うかしらと言われてビクッとすると、朋美さんはニヤリと笑った。「女性はどうしてああいうことを平気でジョークにできるのか……。ときどき、朋美にもてあそばれているような気がします。でも朋美とは離れられない。将太とも相変わらずときどき会っていますが、彼は何も気づいていないと思います。僕もドキドキしているけど、最近は慣れてきたというか。将太を裏切っているつもりはないんです」 とはいえ、客観的に見れば、将太さんのことも茉希さんのことも裏切っていることにはなる。それが一般的な見方だ。だが、30年越しの恋が実った和宣さんの気持ちもわからなくはない。ふたりの情熱はすでに5年続いている。言い換えれば、それぞれの配偶者は5年にわたって裏切られている。誰の立場に立つかで見解は変わってくる。「だからこそ、誰にも知られないようにしなくては」「考えてもしかたのないことを考えるな」 彼の長男は大学生に、次男は高校3年生になった。朋美さんの娘も大学生になった。これからそれぞれの夫婦関係はどうなっていくのか。「ときどき将太と朋美がベッドにいると考えると、頭がおかしくなりそうになります。うちはもうレスが長い。朋美は『うちだってレスよ』というけど、将太の様子では仲がいいんですよ、あの夫婦。だからこそ僕は朋美から離れられない、離れたくないんです」 最後は頭を抱えた和宣さんだが、「こういうことを言うと、朋美に笑われるんです。考えてもしかたのないことを考えるなって」と少しだけ笑った。前編【高校時代の元カノが親友と結婚 ところが、その後のあり得ない展開に日々悩む50歳夫の本心】からのつづき亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。デイリー新潮編集部
ただ、和宣さん夫婦の仲は決していいとはいえない状態だった。結婚して数年後、和宣さんはグループ会社に出向になり、そのまま転籍させられた。本社での出世はもちろん見込めず、出向先でもなかなか這い上がるチャンスは巡ってこなかった。給料がダウンし、子育てに追われる茉希さんはイライラが募ったようだ。ストレスからか25キロも太った。往年の美少女は「影も形もなくなった」という。
「ただ、僕はいつかチャンスを見つけて、今いる場所で何かいい仕事をしたいと考えていました。最初は腐ったけど、一緒に転籍した先輩が『このまま終わっちゃいけない。がんばろうぜ』と言ってくれた。でも当時、茉希はいつもため息をついていましたね。それが僕への当てこすりみたいに思えて、あまり会話が弾まなくなった。もっともその後、先輩と僕は出向先で少し業績を上げて、グループを作ってもらったんです。もっと業績を上げれば、社内でも大きな部署になるかもしれない。そんなときだったから、僕は必死に仕事をしていました」
思い起こせば、妻とは結婚当初からあまり会話はなかったと彼は言った。彼女とは何かが合わない。ずっとそう思っていた、と。
「茉希はすぐ感情的になるし、話をしようとすると自分が責められていると感じるんでしょうか、被害者意識が強いのか言い訳ばかりする。僕はきみを責めているわけじゃない、話し合いがしたいんだと言っても『私はしたくない』と耳を塞ぐ。そんなこんなで、家庭は息子たちがいるから回っているようなものでした」
将太さんと家族ぐるみのつきあいなんてできるのだろうかと思いつつ、家族ぐるみでつきあえたら茉希さんも少しはいい刺激になるかもしれないとも感じていた。
そして将太さん一家が越してきた。彼らが住む会社の借り上げ住宅が、和宣さんの自宅から3駅の近さだった。
「越してきてすぐ、彼らは招待してくれました。借り上げ住宅といっても広いマンションで、ルーフバルコニーもある。夏になったらバーベキューをしようと盛り上がりました。僕は照れくさくて、なかなか朋美と目を合わせられなかったんですが、バーベキューの話が出たとたん、『そういえば合宿のとき』とふたりで言葉が合ってしまって笑い転げました。サッカー部の合宿のとき、なぜか夜、キャンプをしてカレーを作ったんだけど僕が焦がしてしまって、僕らのグループだけ焦げたカレー。申し訳なくて、夜中に朋美に僕のとっておきのカップラーメンを差し出して、一緒に食べたんですよ。さすがに一緒に食べたとはいえなくて、そこだけはごまかしましたが」
すると将太さんが、「オレ、その合宿に行けなかったんだよ」と言い出した。そうだった、将太は前の日に何か食べてお腹を壊してと、また話が盛り上がる。子どもたちも親の若いころの話を興味津々に聞いていた。茉希さんだけは話の輪に入れず、むくれたように黙っている。
「朋美が気を遣って『息子ちゃんたち、大きいわねえ。やっぱりサッカーやってるの?』と話題を変えても、茉希はほとんど答えない。息子たちが自分で答えていました。将太と朋美の娘も素直ないい子でしたね。様子を見て、茉希に『もうちょっと愛想よくしろよ』と小声で諫めたんですが、茉希は頷いただけでした」
にぎやかな時間が楽しかったが、茉希さんの浮かない表情だけが気になったと和宣さんは言う。
それからは、仕事が終わってから将太さんと会うことが増えた。あるとき、ふたりはかなり酔って将太さんの家に行った。
「もう電車がなくなっちゃったんですよ。タクシーで帰ったんですが、『うちのほうが近いし、明日は休みだから泊まっていけよ。飲み直そう』と将太がうるさくて。夜中に申し訳ないと思ったけど、将太はぐでんぐでんだし、しかたなく送っていきました」
朋美さんが笑顔で迎えてくれた。こんなに酔った将太は初めて。よほど和宣に会えてうれしかったんだと思うと言った。
「将太はリビングのソファで横になってしまった。いいわ、放っておいてと朋美は笑って、少し飲み直そうと僕らの地元で作られている日本酒を出してきた。『私はお酒に弱いんだけどね』と一口で頬をピンクに染めた朋美は、やはりきれいでした。どうなの、茉希とはうまくいってるのと聞かれて、酔っていたせいもあるし朋美に甘えたかったせいもあったのか、『うまくいくわけないよ』と愚痴ったんです」
すると朋美さんの目がキラリと光った。でもエライよね、和宣はと意味深な発言。何がと聞くと、よく茉希と結婚したなと思って、とまた意味ありげに言う。
「何か知ってるのかと言ったら、『世の中、知らないほうがいいこともあると思う』って。だったら言うなよという話ですが、そのときは酔っているから、とにかく何か知っていることがあるなら聞かせてほしいと頼んだんです。そうしたら茉希は東京で『愛人生活』をしていた、と。高校を出てすぐに上京、最初はクラブで働いていたけど、その後は愛人として暮らしていたんだそうです。これは茉希と親しかった共通の友人に聞いたから確かだと。バブルの最後にひっかかっている世代だから、茉希は都心の一等地にマンションを買ってもらったらしいです。バブル崩壊とともにそのマンションを売って、僕と出会ったころはその貯金で生活していたみたい。だから過去を語りたがらなかったんですね。いろいろなことが一致して、かえってすっきりしましたが」
一時は結婚してきちんと生活しようと思ったのだろうが、「普通の生活」は茉希さんにとっては窮屈だったのかもしれない。子どもに対して過干渉ではないから、のびのびと育てようとしているのかと思っていたが、実はあまり関心がない可能性のほうが高そうだ。
子どもたちが小さいとき、和宣さんはどちらかといえば仕事が忙しくなかったから、子育ては率先してやってきた。今になって思えば、茉希さんに任せなくてよかったのかもしれない。
「茉希は母親の再婚相手が大嫌いだったみたい。だから継父と何かあったんじゃないかと地元で噂されたこともあったらしいです。僕はちっとも知らなかったけど。朋美は『結婚するって聞いたとき、和宣は全部知った上だと思ってた。そこまで何も知らなかったなんて』と絶句していました。過去のことはしかたがないけどと思いながらも、目の前の朋美が気になってたまらなくなっていった。『やっぱり朋美と結婚すればよかった。どうして待っていてくれなかったんだ』とヤケになって言ったら、『あなたが私を捨てたんでしょう』って。そんなつもりはない、あのまま遠距離恋愛ができると思ってたと言っているうちに、なんだか泣けてきてしまって。気づいたら朋美が僕の頭を抱きしめてくれていました」
ふたりの顔が近づき、唇が重なった。ソファの将太さんはグーグー高いびきだ。彼女の胸をまさぐったとき、「ダメよ、ここじゃダメ」と朋美さんがあえぎながら言った。朋美さんは物置になっているような部屋に彼を誘い、ふたりはそこで慌ただしく結ばれた。
「このときを30年近く待っていたんだと思うと、お互いを自分のものにしようと必死でしたね、ふたりとも。でもその後、私たちが最初に結ばれたのが納戸だなんて……と朋美はクスクス笑うんです。とんでもないことになってしまったのに、彼女には悲壮感がなかった。やはり朋美はいい女だなと思いました。『何があっても口をすべらせないでよ』と朋美は言って、僕に手伝わせてリビングの将太を寝室に運びました」
そして彼は「将太によろしく」と未明に帰宅した。すっかり酔いは冷めていたから、家の近くのコンビニ前でタクシーを降り、缶ビールを買って一気に飲んだ。酔いが再び戻ってきたころ自宅へたどりついた。
「冷蔵庫から水を出して飲んでいると茉希が起きてきたんです。『ごめん、将太と飲んで遅くなった』と言うと、『仲がいいわね、あなたと朋美さん』という言葉が返ってきた。朋美とは何でもない、将太とふたりで外で飲んだと言ったのに、茉希は何も答えなかった。当時、サッカー部のキャプテンの僕とマネージャーの朋美とのことは校内では知られていたから、茉希にとっては僕が将太や朋美と再会して親しくしているだけで不快だったんだと思う」
それがわかっていても、和宣さんは朋美さんと会うのをやめられなかった。茉希さんの疑いをかわしながら、ふたりは外で会うようになった。将太さんに知られたらどうするつもりだったのだろう。
「将太はけっこう関西への出張が多かったんですよ。あいつ、あのころバリバリ仕事をしていたから。出張だと聞くと、車で朋美の家に行き、車の中で愛し合うこともありました。娘がいるから遠くへは行きたくないと彼女はよく言ってた。一度だけ、ヤバいことがありました」
マンションの駐車場近くに止めた車の中で愛し合っているとき、近所の人に見られてしまったらしい。彼はすぐに彼女を降ろしたが、そこへ警察がやってきた。
「危機一髪でした。警察には丁寧に対応しました。『未成年も通るかもしれない場所だから気をつけてください』と叱られ、一応、身分証明書も出した。危なかったですよね。将太が一日早く戻ってくる可能性もあるし、母がいないと思った娘が外へ出てくる可能性だってゼロではない」
気をつけなければ。誰にも知られないように。それがふたりの合い言葉になった。コロナ禍になってから、テレワークになった和宣さんは、変わらず出勤している朋美さんとときどき会っていた。
「ホテルの部屋をワーキングスペースとして借りると、会社から補助が出たのでそれを利用していました。そこに朋美を呼ぶわけにはいかないけど、仕事をしているふりをして近くのラブホテルに行ったり。そのときも車が役に立ちましたね」
車は毎回、朋美さんがきちんと確認している。ピアスが落ちていたら、茉希がどう思うかしらと言われてビクッとすると、朋美さんはニヤリと笑った。
「女性はどうしてああいうことを平気でジョークにできるのか……。ときどき、朋美にもてあそばれているような気がします。でも朋美とは離れられない。将太とも相変わらずときどき会っていますが、彼は何も気づいていないと思います。僕もドキドキしているけど、最近は慣れてきたというか。将太を裏切っているつもりはないんです」
とはいえ、客観的に見れば、将太さんのことも茉希さんのことも裏切っていることにはなる。それが一般的な見方だ。だが、30年越しの恋が実った和宣さんの気持ちもわからなくはない。ふたりの情熱はすでに5年続いている。言い換えれば、それぞれの配偶者は5年にわたって裏切られている。誰の立場に立つかで見解は変わってくる。
「だからこそ、誰にも知られないようにしなくては」
彼の長男は大学生に、次男は高校3年生になった。朋美さんの娘も大学生になった。これからそれぞれの夫婦関係はどうなっていくのか。
「ときどき将太と朋美がベッドにいると考えると、頭がおかしくなりそうになります。うちはもうレスが長い。朋美は『うちだってレスよ』というけど、将太の様子では仲がいいんですよ、あの夫婦。だからこそ僕は朋美から離れられない、離れたくないんです」
最後は頭を抱えた和宣さんだが、「こういうことを言うと、朋美に笑われるんです。考えてもしかたのないことを考えるなって」と少しだけ笑った。
前編【高校時代の元カノが親友と結婚 ところが、その後のあり得ない展開に日々悩む50歳夫の本心】からのつづき
亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。
デイリー新潮編集部