「自分の家なのにトイレが怖い」男児は訴えた…ベビーシッターが20人に性暴力

今でもあの時の恐怖がよみがえる――。
陳述書で明かされた被害男児の心痛に法廷は静まりかえった。保育士の資格を悪用し、性暴力を繰り返したとして、強制性交罪などに問われた男の公判。起訴された事件の被害者数は20人に上り、検察側は「過去に類を見ない重大悪質事件」と位置付ける。子供を守るべき立場にありながら卑劣な犯行に及んだ被告は、謝罪しつつも自らの境遇に責任をなすりつけるような弁明を続けた。(杉本和真)
混乱
「自分の家なのに、一人でトイレにいくのが怖い」
7月に東京地裁の531号法廷で開かれた公判。ある被害男児の陳述書を代理人弁護士が読み上げている間、元ベビーシッターの橋本晃典被告(31)は被告席で終始うつむいていた。
男児は陳述書で、被告に夜中の午前3時に起こされ、連れて行かれたトイレで被害に遭ったと告白。数日間は頭の中が激しく混乱したとし、「深夜に目が覚めると、あれから数年がたった今でも恐怖がよみがえる。僕のように事件に遭った人が多くいると聞いて、本当に苦しい」と訴えた。
別の被害男児の両親は陳述書で「思春期に事件がフラッシュバックして自分を責めることがないか、とても心配だ」と息子を案じ、「被告を許すことは絶対にできない」と憤った。
裏切り
起訴状や検察側の冒頭陳述では、被告は2015年8月~20年1月、勤め先の児童養護施設のほか、ベビーシッターとして派遣された住宅やスタッフとして参加した児童向けのキャンプ会場などで、当時5歳から11歳の男児20人に性的暴行を加えるなどし、一部では動画も撮影したとしている。
起訴された件数は強制性交罪22件、強制わいせつ罪14件、児童買春・児童ポルノ禁止法違反20件。犯行場所も東京都や神奈川、山梨、静岡、広島の各県など広範囲にわたり、検察側は論告で「過去に類を見ないほどの多数の被害者に、深刻で回復困難な精神的苦痛を与えた」と非難した。
さらに検察側が強調したのは、被告が自らの立場を悪用した点だ。保育士の資格を持ち、ベビーシッターの派遣サービスに登録をしていた被告が、保護者から男児を託された機会を使って犯行に及んだと主張。「保護者らが被告を信頼した理由は保育士の資格があったためで、被告は保育士の信頼も傷つけた」とし、「信頼を裏切り、幼い子供を性的欲求の餌食とした犯罪には厳罰で臨む必要がある」と述べた。
不遇
一方、被告側が訴えたのは不遇な生い立ちだった。
被告は論告に先立って行われた被告人質問で、幼少期に母親から包丁を投げつけられたり、酒を買う金をせびられたりする虐待を受け、愛情に飢えていたと説明。学校ではいじめられたとも述べ、「自己肯定感のない私に子供たちは分け隔てなく接してくれた。男の子と接すると安心感やぬくもりを感じたが、その愛情がいつしかあらぬ方向にいってしまった」と釈明した。
弁護側も最終弁論で起訴事実のうち3件は「スキンシップとして触っただけだ」などと無罪を主張した上で、残りの事件も虐待などの影響が否定できず、酌むべき事情があると主張した。
「浅はか」
懲役25年を求刑した検察側に対し、弁護側は10年が相当だとする。最終意見陳述で「自分を律することができず、浅はかでおろかだった」と謝罪した被告。判決は30日午後に言い渡される。
■保育士64人が登録取り消し
今回ほどの被害の発覚は異例だが、保育士によるわいせつ行為は後を絶たない。
厚生労働省によると、2003~20年にわいせつ行為を理由に登録を取り消された保育士は男性61人、女性3人。8割以上を占める54人が保育施設や児童養護施設などに勤務しており、被害者43人が勤務先の子供だった。
6月に改正された児童福祉法は、わいせつ行為で登録を取り消された保育士の再登録を厳格化。刑の終了から2年としていた再登録の禁止期間について、禁錮以上は10年、罰金は3年に延ばし、再登録の際は都道府県の審議会の審査を義務づけた。採用時の「処分歴隠し」を防ぐため、国は保育施設などが処分歴を閲覧できるデータベースを作る。
性犯罪歴がないことを示す「無犯罪証明書」を雇用先に提出する制度の創設も検討が進められている。
ただ、過去に問題が発覚していない者の行為を早期に見つけたり、予防したりする対策も必要だ。
自身も保育士資格を持つ鈴木秀洋・日本大准教授(危機管理行政)は「保育現場に監視カメラを導入したり、採用時に厳格な基準を策定した上で研修を徹底したりするなど、ハードとソフトの両面で対策を講じることが重要だ」と話す。