妻は「ホスト依存症」で借金400万円、それでも離婚しない夫の“負い目”とは

「男性がキャバクラに行くのは浮気か否か」という議論があるが、女性がホストクラブに通うこともまた様々な問題を引き起こす。それどころか、客との関係の築き方の違いゆえか、後者のほうが深刻な事態を招いてしまうことも珍しくない。
新宿・歌舞伎町のホストが、客だったガールズバーの女性に包丁で刺された3年前の事件は記憶に新しい。後に被害者はインタビューで「あの子のなかにも僕を刺す理由があったと思う」と述べている(2019年7月9日配信「 NEWSポストセブン」)。
ひとたび夢中になると、男性のキャバクラ通い以上にはまってしまうケースも多いようで、「ホスト依存症」という言葉もある。
もし「妻」がホスト依存になってしまったら……今回ご紹介するのはそんな夫のケースだ。レポートするのは、『不倫の恋で苦しむ男たち』などの著作があり、男女の問題を30年近く取材してきたライターの亀山早苗氏。
ホストに限らず、何かに依存してしまうパートナーとの在り方を考える参考になるかもしれない。
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【写真】タモリの“変装姿” メガネを変えて「愛人宅」通い自分を責める夫 接客業の異性と親しくなることを「不倫の恋」といっていいのかどうかはわからない。だが、「裏切られた思いはある」と語る男性がいる。妻は彼が気づかないうちにホストクラブに通い始め、気づいたときには借金を背負っていた。「僕が悪いんですかねえ」 福永淳一郎さん(44歳・仮名=以下同)は眉間に深いしわを寄せた。年齢の割に老成した雰囲気を漂わせている。彼の妻がホストにはまっているのがわかったのは1年半ほど前。400万円ほどの借金があったので、彼が肩代わりして精算した。「離婚も考えました。だけど子どもがまだ小さい。それに妻は僕の母のめんどうをよく見てくれる。もともとやさしい女性なんです。だからこそ別れられなくて」 淳一郎さんは、東京に隣接する県で生まれ育った。姉と妹にはさまれた長男で、都内の大学に通い、都内の会社に就職した。姉と妹はそれぞれ結婚して家を出ており、彼は30代半ばまで独身だった。「女性が苦手だったということもあって、結婚なんてしなくてもいいと思っていました。でも父を見送って、母と2人暮らしになったとき、このままだと一生、親以外の家族がいない人生になる、しかも家庭という閉ざされた空間で老老介護になるんじゃないかと不安に襲われたんです。それで結婚相談所に入会、最初に出会った3歳年下の優理子と結婚しました。優理子は母と同居でもいいと言ってくれました」 36歳で結婚し、翌年に長女、年子で次女をもうけた。母と優理子さんの関係は必ずしもいいわけではなかったが、優理子さんが仕事を続けて顔をつきあわせる時間が少なかったため、衝突も起こりにくかった。「ときには母に子どもたちを見てもらって、妻とふたりで食事をして帰ることもありました。僕なりに気を遣っていたつもりです」 彼は一言ずつ区切りながら、ゆっくりと話した。言葉を選ぶその様子は律儀な会社員そのものだ。優理子さんの心を掴んだホストの一言 家計は淳一郎さんと妻と母が、それぞれ収入に応じた比率で出して妻が管理している。彼と妻は話し合って、子どもの学資保険などもかけているが、それ以外に妻がどのくらい預金しているかは知らない。「2年ほど前、妻が元気ないなあとは思っていたんです。病院に行ったらと勧めても『大丈夫』と。そうしたらある日、突然『私、もうダメだわ』って。何があったんだと聞いたら借金がある、と。最初は友だちに貸しただの実家の親に送っただのと言っていたんですが、いろいろつじつまが合わないところがある。細かく聞いていったら、実はホストクラブに通っていたとわかりました。ショックでしたね」 淳一郎さんは苦笑いを浮かべた。優理子さんが言うには、あるとき友人に誘われてホストクラブへ行った、初回だったので5000円ほどで楽しんだそうだ。だがそのとき接客についてくれたホストのアキラさんが忘れられず、ひとりで通うようになったのだという。「見栄っ張りなんですよ。通うようになってすぐ、そのホストの誕生日があった。『優理子さんは来てくれるだけでいい』と言ってくれたことがうれしくて、逆に特別な客になりたいと願い、一晩で200万円使ったそうなんです。それは彼女の貯金から。200万って、ホストクラブの客としてはそれほど太いわけではないんですってね。特に誕生日だし、他にもっと太い客がいる。それがわかって彼女は燃えたらしい」 地道に生きてきたはずのやさしい優理子さんにそんな面があったと知って、彼は面食らったそうだ。人はどこで過去の自分から逸脱するかわからない。逸脱せずにすむ人との間に、それほど大きな違いがあるわけではないのかもしれない。淳一郎さんは、妻を「見栄っ張り」だというが、ホストクラブで周りの客と競ったら、ここで目立ちたいと思うのはそれほど珍しいことでもないだろう。「その翌日、妻はまた200万円を使った。誕生日明けでそれほど使ってくれる客は珍しかったのかもしれない。アキラというホストは喜んでくれて、そこからアフターに誘ってくれたり、ときにはふたりきりで会ったりもした。男女の関係もあったようです。相手はそれで妻を引きずろうとした。だから彼女は『もうあんまりお金がない』と言いながらも、行けば必ず20万くらいは使い、ここぞというときは100万単位で使った。それであっという間に貯金を使い果たし、400万の借金を作ったわけです」改心を見せた妻 銀行のカードローンは限度額めいっぱい借りていた。会社には知られたくない。督促状が会社に来る。かといってホストに切られるのも怖い。八方塞がりとなって、とうとう音を上げたのである。「正直言って、呆れました。社会人として、一家の主婦として母親としてどうなんだ、と。ホストと関係があったことも衝撃だったけど、それ以上に、そこまではまってしまう彼女の精神状態に驚いた」 とにかく借金を返済しなければならない。淳一郎さんは肩代わりすると言った。その代わり、ホストクラブにはもう行かないでほしいと頼んだ。妻ももちろん了承した。夫婦だけの秘密の話だ。だが、妻に現金を渡したら、またホストクラブに行ってしまう可能性がある。彼は妻とともに銀行へ行き、借金を返済して、カードの利用を止めた。「もう行かない、ごめんなさいと妻は泣いていました。ただねえ、そこは僕もつらいところで……。下の子が産まれたあと、僕は原因不明の糖尿病になって夫婦関係ができなくなってしまったんです。優理子は子どもが生まれてから、性欲が高まっていたようなんです。満たしてあげたいと僕もいろいろ工夫はしたんですが……満足できなかったんでしょう。恋心と性欲を満たしてくれるホストから離れられなくなっていったようです。他の女性にマウントをとれる状態も気持ちよかったんでしょう」 借金を返済してから、妻はもとの彼女に戻ったように見えた。いつも子どものめんどうを見てくれるからと、淳一郎さんの母にさりげないプレゼントを買ってきたりもした。誕生日やクリスマス以外に、妻がそういうことをするのは珍しかった。「母に寄り添おうとしてくれているのがわかってうれしかった。母もますます張り切って、家事万端、やってくれていました。そんな母に優理子は『週末はお義母さんも、ゆっくり休んで』と子どもたちのために料理を作っていた。だけど子どもたちは祖母の料理に慣れているので、『おばあちゃんのカレーがおいしい』なんて言うわけです。母は栄養士で、料理も得意だったのが妻の不運というか……。妻は『料理教室に通う』と言い出しました」妻に怒りがわくというより… 淡々と語る淳一郎さんだが、妻が若いホストと関係をもっていることはどう思っていたのだろう。そこを突くと、彼は少しの間、押し黙った。「あのときは金額の大きさにまず驚いたんです。それからいい母親だと思っていた優理子が、どうしてそんなことになったんだろう、借金してということは、つまりホストに貢いだようなもので。何が彼女をそんなに追いつめたんだろうと考えたら、自分の病気に思いが至って。妻に怒りがわくというより、とてもせつないような苦いものがこみ上げてくるような、そんな思いでした」 そして彼自身もおそらく危惧していたであろう「料理教室」が、実はホストクラブ通いであったことがのちのち発覚した。“女友だち”との出会いに救われた淳一郎さん 一方、淳一郎さんは妻の借金を払ったあと、自分の結婚生活は何だったのかと考え続けた。母にも言えず、友人にも言えない。病気のため飲酒もできなかったのでストレスを発散させる場もなかった。「姉と妹に囲まれた子ども時代を過ごしたので、僕はどこか女性が怖いんですよね。うちが特殊だったのかもしれないけど、姉と妹は本当に強くて。姉にはよくプロレスの技をかけられて泣いていたし、妹には小遣いを巻き上げられていました。今でもふたりに会うと、身体が緊張してしまうくらい。子ども時代のことを、ふたりは笑い話にしていますが、実は僕の性格を形成する上で、あのふたりの悪影響は大きかったと思っています。女性にビビって率直にものを言うことができないという……」 だから妻にもビシッとは言えなかった。「オレってやつは」と自分を情けなく思っていたとき、大学時代のサークルの友人である比佐子さんに都内のターミナル駅近くでばったり会った。「歩道橋の上で会ったんですよ。そんなことってあるんですね。仕事で急いでいたので、とりあえず名刺交換だけして別れたものの、会社に戻ってからすぐメールしました。彼女のほうも会社にいたようで、返事が来て。お互いにプライベートの連絡先を教えあいました」 彼も比佐子さんも、このコロナ禍で仕事の時間が不規則になっていた。翌日の予定を聞くと、在宅ワークの日だが午前中は出社するという。彼も会議のため午前中は出社だった。そのまま社内で仕事をするつもりだったが、午後から急遽、外回りに切り替え、比佐子さんに会う約束をとりつけた。「午後から本当に取引先を2件ほど回って午後3時、約束のカフェに行きました。何が目的というわけでもなく、ただ懐かしくて会いたかった。彼女も同じだと思います。学生時代の話とか今の生活とか、ふたりともしゃべりまくって気づいたら夜になっていた。また会おうねと別れました。恋したわけではないけど、利害関係なく話せる友人がいるのはうれしかった」 投薬のおかげで糖尿病は落ち着いていたが、彼にはすでに性欲がなかった。だからこそ、“女友だち”の存在は重要だったのかもしれない。比佐子さんは彼が緊張せずに話せる、貴重な相手だったのだ。「私に隠していること、ない?」 それ以来、ときどき比佐子さんに会うようになった。数回会ったとき、比佐子さんは「私、実は不倫してるんだ」と気軽に言った。それを聞いて、彼は「実はうちの妻が」とホストにはまったことを話した。お互いに誰にも言えないことを話せる関係になったのがうれしかったと彼は言う。「僕自身、ストレスをためずにいられる環境ができたのはありがたかった。だけど妻はあるとき何かを感じたのか、『私に隠していること、ない?』と言い出しました。まったく罪悪感などなかったから、『いや、何もないよ』と返したんですが、あれは裏を返せば妻自身が、またもホストにはまっていったことを僕に気づいてほしかったのかもしれないと、あとになってから思いました」 自分の行動に気づいてほしいからこそ、相手を疑るような言動をとる。不倫をしている人にはときどき見られるケースだ。こういう人は、内心、とても寂しいのではないかと個人的には思う。止まっていなかったホスト通い、ついに警察沙汰に 比佐子さんとの再会から数ヶ月後、妻の顔色がひどくよくないことがあった。少し会社を休むと言って3日ほど寝込んでしまった。「病院にも行こうとしないし、母がおかゆを作っても口をつけない。深夜、また借金でもしたのかと思わず嫌味を言ってしまいました。人間、誰しも失敗はある。だから僕は彼女を責めなかった。具合が悪いなら病院に行くべきだ。それなのに誰の言うこともきかず、自室で寝込んでいるのはおかしいだろと。すると妻は黙ってスマホを見せました。そこには既読がつかないアキラへのメッセージが表示されていた。ブロックされていたんです。つまり、またホストクラブに通い、アキラから嫌われたということなんでしょう。また通っていたのか、と言ったら、どうしても諦めがつかなかった、と。『でもよかったじゃないか、これで諦めがつくだろ』と言ったら、妻は起き上がって僕をじっと見つめました。ボロボロ涙をこぼしながら。それほどまでに好きだったのかと、そのときはかなりショックでしたね。遊びの延長だからこそ、僕は何も言わなかった。だけど妻は本当に恋をしていた。まあ、本当の恋というものが僕にはよくわかりませんが……」 妻は友人に50万円ほど借りていると言った。悪いけど自分で何とかしてほしい、それが返せないなら離婚も考えてくれと淳一郎さんは言った。何もかも嫌になっていた。妻が本当に料理教室に通っていると思い込んでいた自分も、おめでたいものだと感じたそうだ。「料理教室には何度か行っていたようですが、ちょっと顔を出してその後、ホストクラブに行ったりしていたんでしょう」 その1週間ほどあと、深夜に警察から電話があった。店を出禁になった優理子さんが、店の前でアキラさんが出勤してくるのを待ち伏せしていたため、店から警察に通報されそうだ。「迎えに行きましたが、優理子はうつむいているだけだった。警察に『大変ですね』と同情されましたよ。妻はそういうことがみっともないと思ってない。それだけアキラに必死だったんでしょうけど」 夫に対して、好きな男の話をあけすけに語ったあげく、警察に通報されるとは。それが夫を傷つけているともわからない。かなり重症な“恋”ではある。今度こそ妻を信じたい それがつい半年ほど前のことだ。結局、彼女は50万円の借金を次のボーナスで返すと友人に約束したらしい。そして「ごく普通の生活」に戻った。ただ、アキラさんからブロックされたのは彼女の心を地獄に突き落としたようだ。「子どもたちは7歳と6歳。かわいい盛りです。でも妻はこの2年ほどの間、子どもより自分の気持ちを優先させ続けてきた。正直言って、それは許せない。ただ、僕にもどうしようもない欠点もある。今回、妻には『どうするつもりか、はっきりさせてほしい』と言いました。離婚はしたくないと妻は言いました。今度こそ、妻を信じたいと思っています」 コロナ禍に加えて非日常的なことばかりが続き、淳一郎さんは「心が削られている」と感じている。それでも子どもたちと母親には、妻のしたことを隠し通そうと決めているそうだ。性的な行為だけが夫婦の愛情ではない。それを越えた「愛」を、優理子さんは感じられなかったのではないだろうか。 何とかやり直したい。淳一郎さんはしっかり前を向いていた。ホスト依存症を「病気」として治療する 以上が、亀山氏のレポートである。 病気という“負い目”もあってか、淳一郎さんは妻を見捨てない道を選んだ。前を向く彼の姿勢に清々しさを感じる向きもいることだろう。 しかし、優理子さんが立ち直るには、彼の愛情だけでは難しいかもしれない。そのことを彼は知っておいてもいいだろう。 すでにホスト依存を病気として捉える動きもある。 たとえば、依存症を専門に治療する「大石クリニック」(神奈川県)にはホスト依存症に関しての案内があり〈「このままでは自分の人生が破滅する」など、今の状態から抜け出したい、ホスト依存をやめたいと思っている方はご相談ください〉とある。 ここでは、アルコール依存症、ギャンブル依存症、セックス依存症などと同様に、ホスト依存症も治療の対象として取り上げられているのだ。 挙げられている特徴のうち、〈バイト代や給料だけでは支払いが回らず、家族やカード会社、消費者金融からお金を借りるようになった〉 というあたりは、まさに優理子さんのケースに合致する。 家族の問題や夫婦の問題であっても、当事者だけでの解決を目指しても困難なことは珍しくない。むしろそれが事態を悪化させる可能性もある。専門機関に頼ることもひとつの策として頭に入れておくのが良いのではないか。亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。デイリー新潮編集部
接客業の異性と親しくなることを「不倫の恋」といっていいのかどうかはわからない。だが、「裏切られた思いはある」と語る男性がいる。妻は彼が気づかないうちにホストクラブに通い始め、気づいたときには借金を背負っていた。
「僕が悪いんですかねえ」
福永淳一郎さん(44歳・仮名=以下同)は眉間に深いしわを寄せた。年齢の割に老成した雰囲気を漂わせている。彼の妻がホストにはまっているのがわかったのは1年半ほど前。400万円ほどの借金があったので、彼が肩代わりして精算した。
「離婚も考えました。だけど子どもがまだ小さい。それに妻は僕の母のめんどうをよく見てくれる。もともとやさしい女性なんです。だからこそ別れられなくて」
淳一郎さんは、東京に隣接する県で生まれ育った。姉と妹にはさまれた長男で、都内の大学に通い、都内の会社に就職した。姉と妹はそれぞれ結婚して家を出ており、彼は30代半ばまで独身だった。
「女性が苦手だったということもあって、結婚なんてしなくてもいいと思っていました。でも父を見送って、母と2人暮らしになったとき、このままだと一生、親以外の家族がいない人生になる、しかも家庭という閉ざされた空間で老老介護になるんじゃないかと不安に襲われたんです。それで結婚相談所に入会、最初に出会った3歳年下の優理子と結婚しました。優理子は母と同居でもいいと言ってくれました」
36歳で結婚し、翌年に長女、年子で次女をもうけた。母と優理子さんの関係は必ずしもいいわけではなかったが、優理子さんが仕事を続けて顔をつきあわせる時間が少なかったため、衝突も起こりにくかった。
「ときには母に子どもたちを見てもらって、妻とふたりで食事をして帰ることもありました。僕なりに気を遣っていたつもりです」
彼は一言ずつ区切りながら、ゆっくりと話した。言葉を選ぶその様子は律儀な会社員そのものだ。
家計は淳一郎さんと妻と母が、それぞれ収入に応じた比率で出して妻が管理している。彼と妻は話し合って、子どもの学資保険などもかけているが、それ以外に妻がどのくらい預金しているかは知らない。
「2年ほど前、妻が元気ないなあとは思っていたんです。病院に行ったらと勧めても『大丈夫』と。そうしたらある日、突然『私、もうダメだわ』って。何があったんだと聞いたら借金がある、と。最初は友だちに貸しただの実家の親に送っただのと言っていたんですが、いろいろつじつまが合わないところがある。細かく聞いていったら、実はホストクラブに通っていたとわかりました。ショックでしたね」
淳一郎さんは苦笑いを浮かべた。優理子さんが言うには、あるとき友人に誘われてホストクラブへ行った、初回だったので5000円ほどで楽しんだそうだ。だがそのとき接客についてくれたホストのアキラさんが忘れられず、ひとりで通うようになったのだという。
「見栄っ張りなんですよ。通うようになってすぐ、そのホストの誕生日があった。『優理子さんは来てくれるだけでいい』と言ってくれたことがうれしくて、逆に特別な客になりたいと願い、一晩で200万円使ったそうなんです。それは彼女の貯金から。200万って、ホストクラブの客としてはそれほど太いわけではないんですってね。特に誕生日だし、他にもっと太い客がいる。それがわかって彼女は燃えたらしい」
地道に生きてきたはずのやさしい優理子さんにそんな面があったと知って、彼は面食らったそうだ。人はどこで過去の自分から逸脱するかわからない。逸脱せずにすむ人との間に、それほど大きな違いがあるわけではないのかもしれない。淳一郎さんは、妻を「見栄っ張り」だというが、ホストクラブで周りの客と競ったら、ここで目立ちたいと思うのはそれほど珍しいことでもないだろう。
「その翌日、妻はまた200万円を使った。誕生日明けでそれほど使ってくれる客は珍しかったのかもしれない。アキラというホストは喜んでくれて、そこからアフターに誘ってくれたり、ときにはふたりきりで会ったりもした。男女の関係もあったようです。相手はそれで妻を引きずろうとした。だから彼女は『もうあんまりお金がない』と言いながらも、行けば必ず20万くらいは使い、ここぞというときは100万単位で使った。それであっという間に貯金を使い果たし、400万の借金を作ったわけです」
銀行のカードローンは限度額めいっぱい借りていた。会社には知られたくない。督促状が会社に来る。かといってホストに切られるのも怖い。八方塞がりとなって、とうとう音を上げたのである。
「正直言って、呆れました。社会人として、一家の主婦として母親としてどうなんだ、と。ホストと関係があったことも衝撃だったけど、それ以上に、そこまではまってしまう彼女の精神状態に驚いた」
とにかく借金を返済しなければならない。淳一郎さんは肩代わりすると言った。その代わり、ホストクラブにはもう行かないでほしいと頼んだ。妻ももちろん了承した。夫婦だけの秘密の話だ。だが、妻に現金を渡したら、またホストクラブに行ってしまう可能性がある。彼は妻とともに銀行へ行き、借金を返済して、カードの利用を止めた。
「もう行かない、ごめんなさいと妻は泣いていました。ただねえ、そこは僕もつらいところで……。下の子が産まれたあと、僕は原因不明の糖尿病になって夫婦関係ができなくなってしまったんです。優理子は子どもが生まれてから、性欲が高まっていたようなんです。満たしてあげたいと僕もいろいろ工夫はしたんですが……満足できなかったんでしょう。恋心と性欲を満たしてくれるホストから離れられなくなっていったようです。他の女性にマウントをとれる状態も気持ちよかったんでしょう」
借金を返済してから、妻はもとの彼女に戻ったように見えた。いつも子どものめんどうを見てくれるからと、淳一郎さんの母にさりげないプレゼントを買ってきたりもした。誕生日やクリスマス以外に、妻がそういうことをするのは珍しかった。
「母に寄り添おうとしてくれているのがわかってうれしかった。母もますます張り切って、家事万端、やってくれていました。そんな母に優理子は『週末はお義母さんも、ゆっくり休んで』と子どもたちのために料理を作っていた。だけど子どもたちは祖母の料理に慣れているので、『おばあちゃんのカレーがおいしい』なんて言うわけです。母は栄養士で、料理も得意だったのが妻の不運というか……。妻は『料理教室に通う』と言い出しました」
淡々と語る淳一郎さんだが、妻が若いホストと関係をもっていることはどう思っていたのだろう。そこを突くと、彼は少しの間、押し黙った。
「あのときは金額の大きさにまず驚いたんです。それからいい母親だと思っていた優理子が、どうしてそんなことになったんだろう、借金してということは、つまりホストに貢いだようなもので。何が彼女をそんなに追いつめたんだろうと考えたら、自分の病気に思いが至って。妻に怒りがわくというより、とてもせつないような苦いものがこみ上げてくるような、そんな思いでした」
そして彼自身もおそらく危惧していたであろう「料理教室」が、実はホストクラブ通いであったことがのちのち発覚した。
一方、淳一郎さんは妻の借金を払ったあと、自分の結婚生活は何だったのかと考え続けた。母にも言えず、友人にも言えない。病気のため飲酒もできなかったのでストレスを発散させる場もなかった。
「姉と妹に囲まれた子ども時代を過ごしたので、僕はどこか女性が怖いんですよね。うちが特殊だったのかもしれないけど、姉と妹は本当に強くて。姉にはよくプロレスの技をかけられて泣いていたし、妹には小遣いを巻き上げられていました。今でもふたりに会うと、身体が緊張してしまうくらい。子ども時代のことを、ふたりは笑い話にしていますが、実は僕の性格を形成する上で、あのふたりの悪影響は大きかったと思っています。女性にビビって率直にものを言うことができないという……」
だから妻にもビシッとは言えなかった。「オレってやつは」と自分を情けなく思っていたとき、大学時代のサークルの友人である比佐子さんに都内のターミナル駅近くでばったり会った。
「歩道橋の上で会ったんですよ。そんなことってあるんですね。仕事で急いでいたので、とりあえず名刺交換だけして別れたものの、会社に戻ってからすぐメールしました。彼女のほうも会社にいたようで、返事が来て。お互いにプライベートの連絡先を教えあいました」
彼も比佐子さんも、このコロナ禍で仕事の時間が不規則になっていた。翌日の予定を聞くと、在宅ワークの日だが午前中は出社するという。彼も会議のため午前中は出社だった。そのまま社内で仕事をするつもりだったが、午後から急遽、外回りに切り替え、比佐子さんに会う約束をとりつけた。
「午後から本当に取引先を2件ほど回って午後3時、約束のカフェに行きました。何が目的というわけでもなく、ただ懐かしくて会いたかった。彼女も同じだと思います。学生時代の話とか今の生活とか、ふたりともしゃべりまくって気づいたら夜になっていた。また会おうねと別れました。恋したわけではないけど、利害関係なく話せる友人がいるのはうれしかった」
投薬のおかげで糖尿病は落ち着いていたが、彼にはすでに性欲がなかった。だからこそ、“女友だち”の存在は重要だったのかもしれない。比佐子さんは彼が緊張せずに話せる、貴重な相手だったのだ。
それ以来、ときどき比佐子さんに会うようになった。数回会ったとき、比佐子さんは「私、実は不倫してるんだ」と気軽に言った。それを聞いて、彼は「実はうちの妻が」とホストにはまったことを話した。お互いに誰にも言えないことを話せる関係になったのがうれしかったと彼は言う。
「僕自身、ストレスをためずにいられる環境ができたのはありがたかった。だけど妻はあるとき何かを感じたのか、『私に隠していること、ない?』と言い出しました。まったく罪悪感などなかったから、『いや、何もないよ』と返したんですが、あれは裏を返せば妻自身が、またもホストにはまっていったことを僕に気づいてほしかったのかもしれないと、あとになってから思いました」
自分の行動に気づいてほしいからこそ、相手を疑るような言動をとる。不倫をしている人にはときどき見られるケースだ。こういう人は、内心、とても寂しいのではないかと個人的には思う。
比佐子さんとの再会から数ヶ月後、妻の顔色がひどくよくないことがあった。少し会社を休むと言って3日ほど寝込んでしまった。
「病院にも行こうとしないし、母がおかゆを作っても口をつけない。深夜、また借金でもしたのかと思わず嫌味を言ってしまいました。人間、誰しも失敗はある。だから僕は彼女を責めなかった。具合が悪いなら病院に行くべきだ。それなのに誰の言うこともきかず、自室で寝込んでいるのはおかしいだろと。すると妻は黙ってスマホを見せました。そこには既読がつかないアキラへのメッセージが表示されていた。ブロックされていたんです。つまり、またホストクラブに通い、アキラから嫌われたということなんでしょう。また通っていたのか、と言ったら、どうしても諦めがつかなかった、と。『でもよかったじゃないか、これで諦めがつくだろ』と言ったら、妻は起き上がって僕をじっと見つめました。ボロボロ涙をこぼしながら。それほどまでに好きだったのかと、そのときはかなりショックでしたね。遊びの延長だからこそ、僕は何も言わなかった。だけど妻は本当に恋をしていた。まあ、本当の恋というものが僕にはよくわかりませんが……」
妻は友人に50万円ほど借りていると言った。悪いけど自分で何とかしてほしい、それが返せないなら離婚も考えてくれと淳一郎さんは言った。何もかも嫌になっていた。妻が本当に料理教室に通っていると思い込んでいた自分も、おめでたいものだと感じたそうだ。
「料理教室には何度か行っていたようですが、ちょっと顔を出してその後、ホストクラブに行ったりしていたんでしょう」
その1週間ほどあと、深夜に警察から電話があった。店を出禁になった優理子さんが、店の前でアキラさんが出勤してくるのを待ち伏せしていたため、店から警察に通報されそうだ。
「迎えに行きましたが、優理子はうつむいているだけだった。警察に『大変ですね』と同情されましたよ。妻はそういうことがみっともないと思ってない。それだけアキラに必死だったんでしょうけど」
夫に対して、好きな男の話をあけすけに語ったあげく、警察に通報されるとは。それが夫を傷つけているともわからない。かなり重症な“恋”ではある。
それがつい半年ほど前のことだ。結局、彼女は50万円の借金を次のボーナスで返すと友人に約束したらしい。そして「ごく普通の生活」に戻った。ただ、アキラさんからブロックされたのは彼女の心を地獄に突き落としたようだ。
「子どもたちは7歳と6歳。かわいい盛りです。でも妻はこの2年ほどの間、子どもより自分の気持ちを優先させ続けてきた。正直言って、それは許せない。ただ、僕にもどうしようもない欠点もある。今回、妻には『どうするつもりか、はっきりさせてほしい』と言いました。離婚はしたくないと妻は言いました。今度こそ、妻を信じたいと思っています」
コロナ禍に加えて非日常的なことばかりが続き、淳一郎さんは「心が削られている」と感じている。それでも子どもたちと母親には、妻のしたことを隠し通そうと決めているそうだ。性的な行為だけが夫婦の愛情ではない。それを越えた「愛」を、優理子さんは感じられなかったのではないだろうか。
何とかやり直したい。淳一郎さんはしっかり前を向いていた。
以上が、亀山氏のレポートである。
病気という“負い目”もあってか、淳一郎さんは妻を見捨てない道を選んだ。前を向く彼の姿勢に清々しさを感じる向きもいることだろう。
しかし、優理子さんが立ち直るには、彼の愛情だけでは難しいかもしれない。そのことを彼は知っておいてもいいだろう。
すでにホスト依存を病気として捉える動きもある。
たとえば、依存症を専門に治療する「大石クリニック」(神奈川県)にはホスト依存症に関しての案内があり〈「このままでは自分の人生が破滅する」など、今の状態から抜け出したい、ホスト依存をやめたいと思っている方はご相談ください〉とある。
ここでは、アルコール依存症、ギャンブル依存症、セックス依存症などと同様に、ホスト依存症も治療の対象として取り上げられているのだ。
挙げられている特徴のうち、〈バイト代や給料だけでは支払いが回らず、家族やカード会社、消費者金融からお金を借りるようになった〉 というあたりは、まさに優理子さんのケースに合致する。 家族の問題や夫婦の問題であっても、当事者だけでの解決を目指しても困難なことは珍しくない。むしろそれが事態を悪化させる可能性もある。専門機関に頼ることもひとつの策として頭に入れておくのが良いのではないか。
亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。
デイリー新潮編集部