心臓移植を待つ1歳女児に付き添う親 その過酷な日常と心労

埼玉県在住の高校教諭、聡志さん(33)の次女、幸音ちゃん(1歳10カ月)は小児用補助人工心臓を装着して心臓移植を待っている。いつになるか分からない“その日”が訪れるまで聡志さんか公務員の妻(33)が病室泊まり込みで、幸音ちゃんの闘病生活を支えている。自分の体より大きな駆動装置にチューブでつながれた幼い我が子に寄り添う生活の実態や臓器移植への思いを聡志さんに聞いた。【聞き手・倉岡一樹】
心臓病の1歳女児 親の葛藤と決断 ――幸音ちゃんの付き添いはどのようにしていますか。 ◆私と妻が交互に2週間ずつ病室に泊まり込むローテーションで回しています。付き添いの交代時は、食料や衣料などを大きい袋にパンパンに詰め、両脇に抱えて病院へ向かいます。 ――食事やお風呂はどうしていますか。 ◆コロナ禍で病院外での買い出しが認められていません。付き添い交代前にスーパーで5000円ほど買い込んで2~3日もたせ、尽きると病院内のコンビニで調達し、しのぎます。 風呂は病院内のシャワー室で済ませます。病棟の保育士に頼んでおけば、30分ほど幸音と遊んでくれますから、その間に済ませることが多いです。ただ、幸音の容体や保育士のスケジュール次第なので、必ず毎日とはいきません。土日など保育士がいない日は幸音が昼寝している隙(すき)を見て急いで入ります。洗濯は院内のコインランドリーで週2回程度、まとめて済ませます。病院の付き添いで体調を崩すことも ――眠れますか。体調はいかがですか。 ◆病室に付き添い用のベッドはありません。1人がけのソファをリクライニングでほぼ水平にして寝ます。それも古く、あまり動かないので腰を痛めますし、きしむ音に反応して幸音が起きてしまうこともあり、ぐっすりと眠れることは少ないです。 普段は背もたれのない丸椅子に座って幸音の遊び相手をしています。心身共に疲労がたまっており、私か妻のどちらかが体調を崩して付き添いの交代を早めたり、延期したりしたこともあります。 ――食事以外にもコロナ禍の影響で制限も多いのではないですか。 ◆面会も制限され、妻とは付き添いの交代時しか会えません。制限が多く、ストレスがたまるので、幸音の笑顔が心にしみます。ただ、付き添いは親族に限って認められていて、母に数回代わってもらいました。ほんのわずかですが、自宅で長女をケアし、夫婦一緒にいる時間を持てたことがありがたかった。交通費、食費…かさむ出費が家計を圧迫 ――医療費など出費も大きいのではないですか。 ◆医療費は月々1万円台で、ほぼ病院食代と予防接種代です。「小児慢性特定疾病医療費助成制度」に助けられています。人工呼吸器などの生命維持装置をつけていると医療費の上限が月500円になり、幸音がつけている小児用補助人工心臓「エクスコア」がそれに当たります。病室は個室ですが、エクスコアを装着しているため「病院都合」となり費用はかかっていません。 とはいえ、交通費や食費など医療費以外での出費が大きく、1カ月で約7万~8万円余計にかかります。病児の付き添いは、自宅と病院の“二重生活”となりますから、医療費以外の出費も家計を大きく圧迫します。収入減り貯金を取り崩し 育休も限界 ――育休で収入が減ると厳しさが増すのではありませんか。 ◆その通りです。育休はともに、最長で子どもが3歳になるまでですが、2歳になると育休手当がなくなるため、妻は3歳まで、私は2歳まで申請しています。私は来年1月に満了します。育休手当はフルタイム時の半分ほどです。つまり、一家の収入はまるまる1人分減っています。食費もかかるし、コインランドリー代もかさみ、厳しい状況です。切り詰めたり、貯金を取り崩したりしながら何とか生活を維持しています。 ――生活の形が変わり、思うことはありますか。 ◆私たち夫婦は自宅から病院に通え、共働きで給与も支給されているためまだ恵まれています。仕事を辞めなければならないお父さんお母さんもおられますし、シングルで子育てをされている方は余計大変です。しかも地方都市在住の方が大都市の病院でお子さんに付き添う場合は転居や退職を余儀なくされることもあるので、ご苦労は想像を絶します。付き添い入院で家族に生じる大きな負担や大幅な収入減は深刻な問題です。改善しなければ生活の基盤を失い、付き添い入院どころではなくなってしまいます。当事者になり気づいた付き添いの過酷さ ――病児に付き添う家庭への支援が必要と感じます。 ◆特に金銭面と仕事面での支援が重要だと考えます。国や地方公共団体、民間企業には、病児付き添い時の休暇や給与に柔軟に対応できる社会的な身分保障システムの構築を考えてほしい。その上で、両親以外の付き添い代理を無理なく立てられるシステムがあったらありがたいと思います。 子どもの付き添いの過酷さと家族に及ぼす深刻な影響に、当事者になって初めて気付きました。個人ではどうしようもありません。やはり国の視点で支援策を考えてほしいと願っています。 ――育休期間が明けた後は、ご夫婦のどちらかがフルタイムの仕事に戻るのですか。 ◆来年1月以降は私が職場に復帰して妻が育休を継続する予定です。妻がつきっきりで幸音に付き添い、私が週末や仕事が落ち着いているときに交代します。長女をワンオペ(父親一人で)育児しながら働くことに不安はありますが、「何とかなるだろう」と気を強く持っています。 ――お子さん(幸音ちゃん)の発育は順調ですか。 ◆幸音の社会性を育んであげたいのですが、病室から出られないため私たち親以外と接する時間がほとんどなく……。どうすればいいのか悩んでいます。 食事も難しいです。いまだに軟らかめのご飯を与えていますが、食が細く、なかなか食べません。咀嚼(そしゃく)力も弱く、硬さがある食べ物は難しいのです。嘔吐(おうと)することもあります。自ら「食べたい」と意思を示すこともなく、タブレットなどで気を紛らわせて無理やり食べさせています。 エクスコア装着による食事制限はなく、血液が循環しているため、むしろ水分と栄養をとる必要がありますが、最近はミルクも受け付けないため体重も増えず、8キロ弱と標準より軽いのです。エクスコアで食事にも支障 ――食べさせるのも一仕事なのですね。 ◆ベッドを少し起こして食べさせていますが、エクスコアをつけていることで大きな角度をつけることができず、食べにくさを感じているように思います。寝返りやハイハイをすることなく成長してしまったことも気になります。現在はリハビリで座位や立ち上がる練習をしています。成長や食育など全ての面で相談する相手がいないので、悩みを抱え込んでしまっています。幸音をどう発育させていけばいいのか……。 ◆家では長女が待っています。 ――長女は4歳になり、成長とともに現実を理解しています。「パパはいや。ママがいい」などとだだをこねることも増えましたが、「妹が寂しくないように今日からパパが行くんだよね」「(妹は)心臓が痛いから帰ってこられないんでしょう?」などと話すようにもなりました。取り乱すことも少なく、成長に驚いています。長女と会話できるようになり、私たちの“よき理解者”になってくれています。 ――時折テレビ電話をつなぐそうですね。 ◆「一家だんらん」です。長女は画面越しの幸音に「ダメでしょ」などと「お姉ちゃん風」を吹かすことがあり、いじらしいです。「(幸音が)帰ってきたらおむつを替えてあげるんだ」「泣いたら抱っこしてあげる」と話しています。幸音はエクスコアを装着しているので身動きを取れず、この病室の景色が全てです。「長女と幸音を会わせてあげたい」と祈るばかりです。当事者だからこそ移植への理解を発信 ――日本の臓器提供件数は少なく、とりわけ子どもの提供は厳しい局面にあります。 ◆ほとんどの人は臓器移植や「万が一の時に臓器を提供するかしないか」と意思表示をすることに無関心で、何も知りません。私自身も、幸音が心臓病を発症するまでそうでした。ですから、娘の心臓移植を待つことに「都合がよすぎはしないか」と自分でも悩みますが、当事者になったからこそ発信しなければならないと考えるようにもなりました。 ――意思表示の重要性を肌で知ったということですか。 ◆自分や家族の死を考え、話すことは誰にとっても抵抗感があります。考える場面も多くないでしょう。しかし、不測の事態はいつ起きるか分からないし、誰にでも起こり得ます。ドナー(臓器提供者)やレシピエント(移植を受ける側)になる可能性は誰にもあるのです。 私も娘の「万が一」の時には、待機側からドナーに回ることを決めました。「明日は我が身」。この言葉の意味を、身をもって知ったのです。 誰かの「生」につながる臓器移植や移植医療、そして意思表示について思いを巡らせてくれる人が一人でも増えると、救われる命が増えます。だからこそ、娘と我が家のことを知ることで、そのきっかけにしてもらえるとありがたいのです。苦しんでいる子どもの姿と臓器移植の重要性を社会に伝えたい。幸音に限らず、今を必死に生きている子どもがいます。日本では臓器移植の置かれた状況が厳しいからこそ、それを知ってもらうことが第一歩だと感じています。
――幸音ちゃんの付き添いはどのようにしていますか。
◆私と妻が交互に2週間ずつ病室に泊まり込むローテーションで回しています。付き添いの交代時は、食料や衣料などを大きい袋にパンパンに詰め、両脇に抱えて病院へ向かいます。
――食事やお風呂はどうしていますか。
◆コロナ禍で病院外での買い出しが認められていません。付き添い交代前にスーパーで5000円ほど買い込んで2~3日もたせ、尽きると病院内のコンビニで調達し、しのぎます。
風呂は病院内のシャワー室で済ませます。病棟の保育士に頼んでおけば、30分ほど幸音と遊んでくれますから、その間に済ませることが多いです。ただ、幸音の容体や保育士のスケジュール次第なので、必ず毎日とはいきません。土日など保育士がいない日は幸音が昼寝している隙(すき)を見て急いで入ります。洗濯は院内のコインランドリーで週2回程度、まとめて済ませます。
病院の付き添いで体調を崩すことも
――眠れますか。体調はいかがですか。
◆病室に付き添い用のベッドはありません。1人がけのソファをリクライニングでほぼ水平にして寝ます。それも古く、あまり動かないので腰を痛めますし、きしむ音に反応して幸音が起きてしまうこともあり、ぐっすりと眠れることは少ないです。
普段は背もたれのない丸椅子に座って幸音の遊び相手をしています。心身共に疲労がたまっており、私か妻のどちらかが体調を崩して付き添いの交代を早めたり、延期したりしたこともあります。
――食事以外にもコロナ禍の影響で制限も多いのではないですか。
◆面会も制限され、妻とは付き添いの交代時しか会えません。制限が多く、ストレスがたまるので、幸音の笑顔が心にしみます。ただ、付き添いは親族に限って認められていて、母に数回代わってもらいました。ほんのわずかですが、自宅で長女をケアし、夫婦一緒にいる時間を持てたことがありがたかった。
交通費、食費…かさむ出費が家計を圧迫
――医療費など出費も大きいのではないですか。
◆医療費は月々1万円台で、ほぼ病院食代と予防接種代です。「小児慢性特定疾病医療費助成制度」に助けられています。人工呼吸器などの生命維持装置をつけていると医療費の上限が月500円になり、幸音がつけている小児用補助人工心臓「エクスコア」がそれに当たります。病室は個室ですが、エクスコアを装着しているため「病院都合」となり費用はかかっていません。
とはいえ、交通費や食費など医療費以外での出費が大きく、1カ月で約7万~8万円余計にかかります。病児の付き添いは、自宅と病院の“二重生活”となりますから、医療費以外の出費も家計を大きく圧迫します。
収入減り貯金を取り崩し 育休も限界
――育休で収入が減ると厳しさが増すのではありませんか。
◆その通りです。育休はともに、最長で子どもが3歳になるまでですが、2歳になると育休手当がなくなるため、妻は3歳まで、私は2歳まで申請しています。私は来年1月に満了します。育休手当はフルタイム時の半分ほどです。つまり、一家の収入はまるまる1人分減っています。食費もかかるし、コインランドリー代もかさみ、厳しい状況です。切り詰めたり、貯金を取り崩したりしながら何とか生活を維持しています。
――生活の形が変わり、思うことはありますか。
◆私たち夫婦は自宅から病院に通え、共働きで給与も支給されているためまだ恵まれています。仕事を辞めなければならないお父さんお母さんもおられますし、シングルで子育てをされている方は余計大変です。しかも地方都市在住の方が大都市の病院でお子さんに付き添う場合は転居や退職を余儀なくされることもあるので、ご苦労は想像を絶します。付き添い入院で家族に生じる大きな負担や大幅な収入減は深刻な問題です。改善しなければ生活の基盤を失い、付き添い入院どころではなくなってしまいます。
当事者になり気づいた付き添いの過酷さ
――病児に付き添う家庭への支援が必要と感じます。
◆特に金銭面と仕事面での支援が重要だと考えます。国や地方公共団体、民間企業には、病児付き添い時の休暇や給与に柔軟に対応できる社会的な身分保障システムの構築を考えてほしい。その上で、両親以外の付き添い代理を無理なく立てられるシステムがあったらありがたいと思います。
子どもの付き添いの過酷さと家族に及ぼす深刻な影響に、当事者になって初めて気付きました。個人ではどうしようもありません。やはり国の視点で支援策を考えてほしいと願っています。
――育休期間が明けた後は、ご夫婦のどちらかがフルタイムの仕事に戻るのですか。
◆来年1月以降は私が職場に復帰して妻が育休を継続する予定です。妻がつきっきりで幸音に付き添い、私が週末や仕事が落ち着いているときに交代します。長女をワンオペ(父親一人で)育児しながら働くことに不安はありますが、「何とかなるだろう」と気を強く持っています。
――お子さん(幸音ちゃん)の発育は順調ですか。
◆幸音の社会性を育んであげたいのですが、病室から出られないため私たち親以外と接する時間がほとんどなく……。どうすればいいのか悩んでいます。
食事も難しいです。いまだに軟らかめのご飯を与えていますが、食が細く、なかなか食べません。咀嚼(そしゃく)力も弱く、硬さがある食べ物は難しいのです。嘔吐(おうと)することもあります。自ら「食べたい」と意思を示すこともなく、タブレットなどで気を紛らわせて無理やり食べさせています。
エクスコア装着による食事制限はなく、血液が循環しているため、むしろ水分と栄養をとる必要がありますが、最近はミルクも受け付けないため体重も増えず、8キロ弱と標準より軽いのです。
エクスコアで食事にも支障
――食べさせるのも一仕事なのですね。
◆ベッドを少し起こして食べさせていますが、エクスコアをつけていることで大きな角度をつけることができず、食べにくさを感じているように思います。寝返りやハイハイをすることなく成長してしまったことも気になります。現在はリハビリで座位や立ち上がる練習をしています。成長や食育など全ての面で相談する相手がいないので、悩みを抱え込んでしまっています。幸音をどう発育させていけばいいのか……。
◆家では長女が待っています。
――長女は4歳になり、成長とともに現実を理解しています。「パパはいや。ママがいい」などとだだをこねることも増えましたが、「妹が寂しくないように今日からパパが行くんだよね」「(妹は)心臓が痛いから帰ってこられないんでしょう?」などと話すようにもなりました。取り乱すことも少なく、成長に驚いています。長女と会話できるようになり、私たちの“よき理解者”になってくれています。
――時折テレビ電話をつなぐそうですね。
◆「一家だんらん」です。長女は画面越しの幸音に「ダメでしょ」などと「お姉ちゃん風」を吹かすことがあり、いじらしいです。「(幸音が)帰ってきたらおむつを替えてあげるんだ」「泣いたら抱っこしてあげる」と話しています。幸音はエクスコアを装着しているので身動きを取れず、この病室の景色が全てです。「長女と幸音を会わせてあげたい」と祈るばかりです。
当事者だからこそ移植への理解を発信
――日本の臓器提供件数は少なく、とりわけ子どもの提供は厳しい局面にあります。
◆ほとんどの人は臓器移植や「万が一の時に臓器を提供するかしないか」と意思表示をすることに無関心で、何も知りません。私自身も、幸音が心臓病を発症するまでそうでした。ですから、娘の心臓移植を待つことに「都合がよすぎはしないか」と自分でも悩みますが、当事者になったからこそ発信しなければならないと考えるようにもなりました。
――意思表示の重要性を肌で知ったということですか。
◆自分や家族の死を考え、話すことは誰にとっても抵抗感があります。考える場面も多くないでしょう。しかし、不測の事態はいつ起きるか分からないし、誰にでも起こり得ます。ドナー(臓器提供者)やレシピエント(移植を受ける側)になる可能性は誰にもあるのです。
私も娘の「万が一」の時には、待機側からドナーに回ることを決めました。「明日は我が身」。この言葉の意味を、身をもって知ったのです。
誰かの「生」につながる臓器移植や移植医療、そして意思表示について思いを巡らせてくれる人が一人でも増えると、救われる命が増えます。だからこそ、娘と我が家のことを知ることで、そのきっかけにしてもらえるとありがたいのです。苦しんでいる子どもの姿と臓器移植の重要性を社会に伝えたい。幸音に限らず、今を必死に生きている子どもがいます。日本では臓器移植の置かれた状況が厳しいからこそ、それを知ってもらうことが第一歩だと感じています。