※本稿は、和田秀樹『シン・老人力』(小学館)の一部を再編集したものです。
年齢を重ねれば食欲も落ちてくるのが普通です。栄養が不足しがちになるので、本来は意識してしっかり食べる必要があります。
それなのに「粗食は体にいい」という誤った“常識”を信じて、低栄養の状態になっている人は少なくありません。
暴飲暴食は論外ですが、お腹が空いてつらい思いをするとか、好物のステーキを半分に減らすといった我慢をする必要はまったくありません。
歳をとればとるほど、好きなものをがまんせずに食べていいのです。
私が診療している中にも、60代なのに見た目がすっかり老け込んでしまった「見た目年齢」が高い患者さんがいます。
こうした人は体全体がしぼんだように見え、皮膚にハリがなく、しわが目立つので、一見70代半ばか、それ以上に見えます。
しかし、60代以降なら、おおむね少しぽっちゃりしているほうが肌ツヤもいいし、活動的な印象を与えるものです。
「太るのは不健康だ」と信じ込んで、過剰なダイエットによって低栄養の状態にさらされることのほうが、ずっと不健康です。
60代、70代で低栄養の状態を続けていると、さらに歳をとったときが心配です。というのも、もう少し高齢になると、誰でも気力や体力が衰えてくるからです。
外出の機会や社会的な交流が減ったり、活動量が低下したりするので、エネルギーの消費量が少なくなり、食欲が低下し食べる量が減ることがあります。
その結果、筋力や筋肉量が減る「サルコペニア」になりやすくなります。
そうなるとさらに外出しなくなり、社会的な交流や活動量が低下し、エネルギーの消費量が少なくなり……という悪循環へと陥ります。
これが「フレイルサイクル」と呼ばれる状態で、フレイル(虚弱さ)が負のスパイラルとなって、要介護の状態へと向かってしまうのです。
「やせなくてはいけない」という強迫観念がストレスになっている人もいます。
ストレスは免疫機能を低下させる要因ですから、健康には大きなマイナスとなってしまいます。
健康への意識は高いのに、そうして老化が進んでしまう残念な人は少なくありません。
私個人としては、そうした我慢や努力が長生きにつながるかどうか、怪しいものだと考えています。
前回の記事でも述べたように、日本人の死因トップはガンです。
ガン予防にもっとも大切なことは、免疫機能の維持です。ガン細胞を含め、出来損ないの細胞を排除するのは免疫機能だからです。
食べたいものを我慢する生活は、動脈硬化は防ぐかもしれませんが、免疫機能を低下させてしまいます。
動脈硬化から起こる心筋梗塞にかかる人は減るかもしれませんが、ガンにかかるリスクは高まります。
もともと日本人は、心筋梗塞にかかる人より、ガンにかかる人のほうがおよそ1.8倍も多いのです。
結果的に、食べたいものを我慢する生活は、日本人の寿命を短くすることになりかねません。
食べたいものを食べ、美味しいと感じたほうが、免疫機能も高め健康に寄与する可能性が高いのです。快体験は、免疫機能の維持にいい影響を与えるからです。
さらに、美味しいものを食べるとき、人の前頭葉は大いに活性化します。
老人ホームなどで多くの高齢者を見ていると、「食べること」が大きな楽しみになっているとつくづく感じます。
とくに中高年以降、贅沢なグルメでなくても「食べる楽しみ」は、誰にでもできて脳を活性化させる効果的な方法です。
ただ、お酒については注意が必要です。
高齢になると、飲み仲間がいないとか、眠れない、気分が晴れないといった理由から、ひとりで飲むことが多くなります。
ひとり酒は酒量が増えやすく、アルコール依存症のリスクも高くなってしまいます。
好きなものを味わいつつ、お酒をたしなむくらいならいいのですが、ひとりで酩酊(めいてい)するまで飲む、という習慣がつかないように気をつけなくてはいけません。
高齢になればなるほど「食べることが生きる喜び」になります。
「美味しく食べる」ことは幸福な人生に直結していると言っていい。このことに関連して、ぜひ知っておいてほしいのが「噛む」ことの大切さです。
もちろん、しっかり噛んで食べたものを咀嚼(そしゃく)すれば、それだけしっかり栄養を摂ることができますが、それだけではありません。
「噛む」こと自体が、脳にいいこともわかっています。
ガムを噛みながら記憶力テストをしたところ、正解率が2倍に上がったという報告もあります。
ガムを噛んでいるときの脳の状態を調べたところ、血流量が増えていました。とりわけ脳の奥深くにあって短期記憶を司る「海馬」の血流が増えていたそうです。
このメカニズムは以下のようなものだと考えられます。
ガムを噛むと、ほほの少し後ろにある咬筋が動きます。その咬筋は、三叉(さんさ)神経によって脳とつながっているので、咬筋を動かした信号により脳が刺激され、血流が増えるという仕組みです。
また、ガムを噛むと歯の歯根膜が圧力を受けます。歯根膜からの信号も脳へと伝わって刺激となるので、こちらも脳の活性化につながります。
脳の衰えを防ぐためには「噛む力」が重要です。
歯が悪い人は認知症になりやすいことが知られています。
60年以上の長期にわたり、生活習慣病の疫学調査をしている「久山町研究」のデータによると、残存歯数が少ない人ほど認知症の発症リスクが高くなることが分かりました。
歯が20本以上ある人に対して、10~19本が残っている人は1.62倍、1~9本の人は1.81倍認知症発症リスクが高かったのです。
これには2つの理由が考えられます。
ひとつは、噛む回数が減ることで脳への刺激が減り、認知機能が衰えるという理由。
もうひとつは、噛む力が衰えると、生野菜などの何度も噛む必要のある食べ物を避けて、麺類など柔らかいものを食べる機会が増えるという理由です。
そうなると脳や神経細胞に必要なビタミンなどの栄養素が不足し、認知症の発生リスクを高めることになるのでしょう。
こうしたことから、私は健康に長生きしたければ義歯やインプラントなど、歯にはお金をかけたほうがいいと思います。
虫歯が痛いとか、歯が抜けてよく噛めない状態では、栄養がしっかり摂れません。
元気で長寿を保っている人には、80代や90代でもステーキが好物という人がたくさんいます。
そのための大前提になるのが、歯がしっかり揃っていることです。
しっかり噛めるように歯を整えることで、美味しく食事することができますし、人と話すことにも自信がつくので、社会的な交流も活発になります。
歯にお金をかければ、かけた以上のメリットが期待できます。ヘタなダイエット商品を購入するより、ずっと「投資効率が高い」のです。
歯だけでなく、歯茎などのケアも怠ってはいけません。
甘く見てはいけないのが歯周病です。歯周病菌と呼ばれる数百種の細菌群が引き起こす、歯茎などの炎症性疾患のことです。
歯周病菌は炎症を起こした歯茎から血液に乗って全身を回るため、さまざまな病気に関係しています。
歯周病になると糖尿病の症状が悪化する、そもそも糖尿病の人は歯周病にかかっている比率が高い、といった相互関係はよく指摘されます。
また、歯周病菌が心臓の弁や内膜などに炎症を起こしたり、気管支炎、肺炎を引き起こしたりします。
動脈硬化を進行させ、狭心症や心筋梗塞、脳梗塞へとつながったりと、歯周病菌は全身の状態に悪影響を及ぼし、健康寿命を縮めることになります。
近年は、認知症の原因として「慢性的な炎症」が注目されていますが、歯周病とはそもそも、口の中で常に炎症が続いている状態です。
認知症の先端的な治療では炎症の抑制が重視されていたりします。
脳に近い口の中で、炎症がずっと続いている状態は、避けなくてはいけません。歯や歯茎の状態は全身の健康状態にも大きく関係してきます。
食事のたびに歯を磨く習慣や、歯科医に定期的に通ってチェックしてもらう、といった口腔(こうくう)ケアは、「シン・老人」にとって必要不可欠なたしなみだと言えるでしょう。
———-和田 秀樹(わだ・ひでき)精神科医1960年、大阪市生まれ。精神科医。東京大学医学部卒。ルネクリニック東京院院長、一橋大学経済学部・東京医科歯科大学非常勤講師。2022年3月発売の『80歳の壁』が2022年トーハン・日販年間総合ベストセラー1位に。メルマガ 和田秀樹の「テレビでもラジオでも言えないわたしの本音」———-
(精神科医 和田 秀樹)