お父さん、ごめんなさい…78歳妻が涙の謝罪。80歳の夫〈しっかり者だった妻〉を信じていた老後の悲劇。「退職金1,800万円」が貯金通帳から消えた「切なすぎる理由」

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老後の安心を支えるはずだった退職金が……消えた。長年連れ添い、信頼し合ってきた夫婦が直面する悲劇。その原因は、悪意ある第三者による詐欺や盗難だけではありません。最も身近で、だからこそ気づきにくい「加齢による変化」が、思わぬ事態を引き起こすことがあるのです。
里中健一さん(80歳・仮名)。長年連れ添った妻・和子さん(78歳・仮名)との穏やかだった老後が一変した出来事について話してくれました。
「妻は昔から、本当にしっかり者で、若い頃から家計のことはすべて任せきりでした。私が会社を辞めたときにもらった退職金1,800万円も、万一のためにと妻がしっかりと管理してくれて……だから老後には何の不安もなかったんですよ」
年金は夫・健一さんが月17万円ほど、妻・和子さんは月7万円ほど。二人合わせて手取りで月20万円ほどでした。決して多いとはいえませんが、しっかり者の和子さんがいるから大丈夫。そして、いざという時にはあの退職金がある。その安心感が、穏やかな老後を支えていたといいます。
しかし、そんな日々にある日、激震が走ります。
「結婚55年経つから、たまには贅沢して、近場の温泉にでも行こうかって、私が提案したんですよ。『和子が頑張って管理してくれているあのお金、少し使ってさ』なんて、軽い気持ちで言ったんです」
いつもなら「嬉しいわ」と微笑む和子さんが、その時ばかりは違いました。健一さんの言葉を聞いた瞬間、和子さんの顔がこわばり、みるみるうちに青ざめていったと振り返ります。
「どうしたんだ、と声をかけても、ただ俯いて黙っているだけ。そうしたら、急にぽろぽろと涙をこぼし始めて『お父さん、ごめんなさい、本当にごめんなさい……』と泣き崩れてしまったんです。何が何だか、さっぱり分かりませんでした」
ただならぬ和子さんの様子に、健一さんはこれまで感じたことのない胸騒ぎを覚えました。そして、和子さんが大切にしまっているはずの通帳を確認し、愕然とすることになります。
「ページをめくると……本当にびっくりしました。1,800万円あったはずの退職金が、ほとんど残っていなかったです」
「いったい何があったんだ! 誰かに騙されたのか! と、思わず声を荒らげてしまいました。でも、妻の答えは要領を得ない。『あのお金を、どこか安全な所に移さないといけないって……でも、どこにしまったのか分からないの』とおびえた顔で繰り返すばかりでした」
これまでの生活を振り返ると、高額な買い物をした形跡はありません。ただ、ここ1、2年の間、毎日のようにコンビニのATMから数万円ずつ、ときに1日に何度も現金が引き出されているという、異様な事実だけが浮かび上がりました。
途方に暮れた健一さんは、家中を探し回ったといいます。
「タンスの引き出し、仏壇の線香立て、押し入れの布団の間……あっ米びつの中にも。本当にありとあらゆる場所から、現金が詰められた封筒や菓子箱が出てきたんです。そしてようやく、『ああ、これは病気のせいかもしれない』と気づいたのです」
かき集めた現金は、消えた1,800万円には及ばない金額だったといいます。まだこの家のどこか、思いもよらぬところに引き出したお金をしまっているに違いない。
「妻はね、責任感が人一倍強い人なんです。おそらく、自分の記憶やお金の管理能力が衰えていることに、誰よりも早く気づいていたんだと思います。だからこそ、『この大切なお金を失くしてはいけない』という気持ちが、異常なほど強くなってしまった。銀行は危ないと思い込み、現金を引き出しては自分で『安全な場所』に隠した。そして隠したことを、隠した場所を忘れてしまう……。これを繰り返していたんだと思います」
悪徳業者に騙されたのでも、誰かに盗まれたのでもない。妻自身が、家族を守りたいという強い想いから、病によってお金を散逸させてしまっていた。健一さんは「すごく切なくなりました」と、声を詰まらせます。
里中さん夫婦のようなケースは、決して珍しいことではありません。内閣府『令和6年版高齢社会白書』によると、日本の65歳以上の高齢者人口は3,624万人で、高齢化率は29.3%。そして、2025年には高齢者の約5人に1人が認知症になるとも推計されており、認知症による資産管理の問題は、誰もが直面しうる身近な課題となっています。
厚生労働省の統計によれば、厚生年金受給者の平均年金月額は約14.7万円(令和5年度)。多くの高齢者世帯が、けっして余裕があるとは言えない年金収入のなかで、貯蓄を切り崩しながら生活しています。その最後の頼みの綱である大切な貯蓄が、知らないうちになくなってしまう――こうした事態は、決して他人事ではないのかもしれません。
「妻はたった1人で不安に苛まれていた……一緒に暮らしているのに早く気づいてやれなかったことが何よりも悔しいです」
[参考資料]
内閣府『令和6年版高齢社会白書』
厚生労働省『令和5年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況』

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