2020年4月、大学を卒業したばかりのAさん(当時20代・男性)は、株式会社ビッグモーター(現・株式会社BALM)に新卒で入社し、八王子インター店で勤務を開始した。
しかし、わずか1か月あまりで人事部から解雇通告を受け、同年5月30日未明、自宅アパートで自死した。
遺族は11月19日、株式会社BALM(旧ビッグモーターが会社分割で債務処理を担う会社として存続)、兼重宏一元副社長、人事部のB部長とC氏の4者を被告とし、東京地方裁判所に約8838万円の損害賠償を求める訴訟を提起した。
事件の発端は、Aさんが入社までに運転免許を取得できなかったことにあった。ビッグモーターは新卒内定者に対し、入社前の免許取得を要請していたが、2020年初頭からの新型コロナウイルス感染拡大の影響で教習所が混雑・休校となり、Aさんは取得が間に合わなかった。
入社後、Aさんは遅くとも4月5日までに店長に免許未取得を正直に報告していた。店長は「分かった。それはもうちょっと私の方で、ここで止めとくから、頑張ってすぐ取って一緒に頑張っていこうね」と声をかけ、Aさんは「免許が取得できていないため会社に迷惑をかける分、頑張ろう」と発奮。
Aさんの両親は「店長に恩返ししようと頑張って働いていた」と話しており、実際、同期の2倍という営業実績を上げ、店舗近くへの引っ越しも決まっていた。
状況が一変したのは5月8日、入社後初めての「環境整備」の日だった。
環境整備とは、ビッグモーターをめぐる一連の騒動でも話題になった「営業本部による店舗巡回点検」で、毎月1回、定期的に被告会社の営業本部が中心となり、各店舗の環境整備・免許証の確認等の点検をする視察のことを指す。
店舗巡回点検の際に、店舗や整備工場の外観・敷地・街路街・雑草などもチェック対象とされ、「草1本生えていたら減点」という扱いがされていたため、被告会社の社員が街路に除草剤を撒き街路樹を枯死させた事件などが発生。
原告側は、営業本部が「粗探し」するために店舗を訪れ、降格人事、パワハラなどの「吊し上げ」をする日だと指摘している。
そして5月8日の環境整備では、Aさんの免許未取得が本社に発覚。その日のうちに、人事部のC氏から電話があり、解雇が通告された。
訴状によれば、C氏は「そもそも免許を持っていないと入社できないので、会社にはいられない」と告げ、Aさんが「どうにもならないやつですか?」と問うと、「ならないです」と回答。
また、Aさんは人事部から「虚偽申告をしていた」などと事実に反する決めつけをされ、「(将来)背任、横領をするかもしれない」といった人格否定的な評価を受けていたことも明らかになっている。
Aさんは解雇通告後、気分障害を発症。スマホを壊して米びつに入れる、洗濯物をベランダに放置する、退職届を破り捨てる、パソコンを破壊するなどの衝動行動が確認されている。
労働基準監督署の労災認定手続きでも、Aさんが精神障害を発病し、自死に至ったことは認定されたが、「具体的出来事」の心理的負荷の強度が「中」と評価され、労災不支給となった。
遺族は今年2月28日、不支給処分の取り消しを求める行政訴訟を提起。現在も係属中だ。
今回の損害賠償請求訴訟の提起にあたり、重要な新証拠が浮上した。上述した行政訴訟の過程で、裁判所を通じて会社側に文書提出を求めたところ、人事部からAさんへの伝達事項を記した文書が提出された。
代理人の指宿昭一弁護士は「会社側が書いているので、全面的に信用できるわけではない」と前置きしつつ、次のように述べた。
「われわれは当初、退職勧奨ではなく退職強要が行われていたと考えていた。しかし、この文書の内容からは、実は不合理な解雇であったというのが読み取れる。
不合理な解雇の通告は、過労死認定基準では心理的負荷『強』と判断されるもので、この証拠があれば行政訴訟でも、勝訴を勝ち取れるのではないか」
訴状でも以下の理由から客観的合理性・社会的相当性を欠く違法解雇であり(労働契約法16条)、不法行為に該当すると指摘。
また、代理人の安藤輔弁護士は「入社後は、会社としても人事部が、免許取得ができていない状況の中、引っ越して就労することを前提とした動きをしていた。そんな中で急転直下、5月8日に一方的に解雇の意思を告げられた。入社間もない新入社員に対する心理的負荷は非常に大きかったと考えられる」と補足した。
記者会見で、Aさんの父親は「免許取得が間に合わなかったという息子の落ち度は認めます。しかし、なぜあえて人格を傷つけるようなやり方が選ばれたのか。これが私たちの一番の疑問です」と語った。
母親は「環境整備の日の夕方に告げられた解雇通告は、4月の努力も、人としての存在そのものも、『なかったこと』にするかのような扱いでした」とコメント。
そして、2023年に明らかになり話題となった、兼重宏一氏(ビッグモーターの元副社長)の「死刑死刑死刑、教育教育教育」というLINEメッセージに言及。兼重氏の責任を追及する姿勢を示した。
「この強権的な人事を作り上げた兼重氏は、公の場には姿を見せておらず、真実はまだ明らかになっていません。どうかこの事件を風化させないでください」(Aさんの母親)
なお、弁護士JPニュース編集部の取材に対し株式会社BALMは次のようにコメントしている。
「亡くなられた元社員のご遺族に対しまして、心よりお悔やみを申し上げます。
本件につきまして、当社は、未だ訴状等を確認しておらず、コメントにつきましては差し控えさせていただきます。
訴状等を受領いたしましたら、裁判手続において、真摯に対応してまいります」