【夜中に50回も119番したおばあさんも】“不要不急な通報”で起きている救急車不足のリアル「救急搬送の約半数が軽症者」

1898年の統計開始以降、日本の観測史上で最も熱い夏となった2024年。熱中症患者のために通報者数が過去最多を記録し、救急車不足が深刻だった。そんな“夏の悪夢”が今年もまたやってくるかもしれない。
救急車を巡っては、タクシー代わりに利用、税金の相談のために119番……など、不要不急な通報の増加が社会問題化している。 東京大学医学部付属病院などで勤務していた医師、熊谷頼佳氏は「都市部でさらに後期高齢者人口が増えれば、無料で行われていた日本の救急搬送は破綻する」と警鐘を鳴らしている。
早晩、日本は救急車の“限界”に直面する──熊谷氏の著書『2030-2040年 医療の真実 下町病院長だから見える医療の末路』(中央公論新社)より、日本と海外の“救急車事情”を解説する。(同書より一部抜粋して再構成)【全2回中の第2回。第1回から読む】
* * * マスコミは救急車のたらい回しをよく批判するが、本当に問題なのは、軽症なのにタクシー代わりに救急車を利用したり、昼間に病院に行けないからと救急外来のコンビニ受診をしたりするような患者が多いことだ。救急車はタダだと思っている人もいるかもしれないが、その出動費用は税金で賄われている。少し古いが、東京都財務局が2004年7月に公表した「機能するバランスシート―救急事業とバランスシートの役割―」によると、2002年度に出動1回当たりにかかった費用は約4万5000円。20年以上前のデータで、燃料費や人件費、物件費なども上がっていることを考えると、現在は7万~8万円かかっていてもおかしくない。
東京消防庁には、夜中に50回も電話をしてきたおばあさんの記録が残っている。実際に、コールセンターに残っていた録音テープを聞いた医師から聞いたのだが、そのおばあさんが最後に電話をかけてきたのは明け方で、「もう眠くなったからいいよ」と電話を切ったという。
総務省や厚生労働省は、救急車を呼ぶかどうか迷ったときには、子どもの場合は「#8000」、大人は「#7119」に電話するように啓発活動を行っているものの、あまり知られていないのか、救急車を呼ぶ人は増えている。総務省のデータによると、2022年度の全国の救急車の出動件数は約723万件で、前年より約104万件(16.7%)以上も増えた。救急車が現場に到着するまでにかかる時間は平均10.3分で、この20年間で過去最長になっている。搬送した人を病院に収容するまでにかかった時間は平均47.2分で、この数値も過去最長だ。
2022年度中に救急搬送された人の年齢構成を見ると、62.1%が高齢者で、24.4%は85歳以上の人だ。高齢者を入院させると転院先がなかなか見つからず長期入院になりやすいため、急性期の病院はできるだけ受け入れたくない。病院に収容するまでの時間が長くなっているのには、そんな背景もあると思われる。
一刻を争うような状況なら、救急車の到着まで10分以上かかると命取りになる恐れもある。本当に緊急性の高い人だけが救急車を呼んでいるのなら、こんな事態にはならないはずだ。
2022年に救急搬送された人のうち、入院が必要な中等症以上は約半分の52.7%で、47.3%は外来診療で済む軽症者だった。話し相手が欲しくて50回も電話をかけるおばあさんのような例はさすがにまれかもしれないが、寝ていれば治るような風邪や介護疲れで救急車を呼ぶ人もいる。
たまりかねた三重県松阪市は、2024年6月から、入院が必要なような状態でもないのに救急車を呼んだ場合には、選定療養費として7700円を徴収することにした。200床以上の病院を紹介状なしで受診すると7700円取られるが、軽症の人が救急車を呼んだらそれと同じ金額を徴収している。茨城県も、2024年12月から、緊急性の認められない患者が救急車を呼んだ場合、一部の大病院において7700円の徴収を始めた。この動きが全国に広がる可能性もある。
日本は7700円でも大騒ぎだが、海外では救急搬送を有料にしている国が多い。フランスも救急車は有料だ。フランスの首都パリで、公営の緊急医療サービスSAMU(Service d’Aide Medicale Urgente)のコールセンターを見学したことがある。コールセンターには医師が常駐し、必要と判断されれば緊急機動組織(SMUR)や搬送車が出動する。救命救急機器が装備され医師が同乗するドクターカーでは、車内で治療が開始される。緊急性が高くないと判断された場合には、民間の医療搬送サービスや医師の有料往診サービスの利用を勧める。相談や重症者の搬送は無料だが、民間の救急車や患者搬送車の利用は有料で、走行距離にもよるが3万~4万円以上請求されることも多いようだ。
ドイツでは自治体によって料金が異なるが、やはり救急車は有料で、5万~10万円程度かかることもある。米国はさらに高額で、10万円以上かかる場合もあるそうだ。
都市部でさらに後期高齢者人口が増えれば、無料で行われていた日本の救急搬送は破綻する。日本も軽症者の救急要請には、何万円も請求するようになるかもしれない。
日本でも、救急車や病院の利用者である患者とその家族が、救急車は無料で利用できて病院は安い価格で利用できるという思い込みを捨て去り、救急車は緊急性が高いとき、病院は重い病気が疑われるときにしか使わないというふうに今までの常識を転換すれば、それほどひどいことにならずに2040年を迎えられる可能性がある。
意識の転換が求められている。
(了。第1回を読む)
【プロフィール】熊谷佳(くまがい・よりよし)/1952年生まれ。1977年慶應義塾大学医学部卒業後、東京大学医学部脳神経外科学教室入局。東京大学の関連病院などで臨床研究に携わったのち、1992年より京浜病院院長。祖父と父親とも医師という医師家系で育つ。オリジナリティー溢れる認知症ケアの発案のほか、地域が一丸となった医療サービスの実現をめざして院外活動にも積極的に参加。認知症や地域医療に関する著書多数。