最近なにかと話題の「残価設定型クレジット(通称:残クレ)」。実のところ、仕組みをきちんと理解している人は意外と少ないのではないでしょうか。そこで今回、高級車に憧れを抱く41歳サラリーマンの事例を通して、「残クレ」の仕組みと注意点をみていきましょう。FP Office株式会社の宮本誠之FPが解説します。※車両価格や設定金利、登場人物の情報等は一部変更しています。
「頭金100万円、月々4万円で憧れの高級車が手に入る!」
――この甘い謳い文句に、心を揺さぶられたことはありませんか? 700万円もする新車が、まるで手が届くかのような金額で目の前にぶら下がる。家族との楽しい週末、友人とのアウトドア、広い車内での快適な移動……。
そんな“理想のカーライフ”がすぐそこにあるかのように錯覚してしまうのが、昨今主流となっている「残価設定型クレジット(通称:残クレ)」です。
今回紹介する41歳のAさんも、この“甘い誘惑”につられて高級車を購入したひとりでした。
Aさん(41歳・年収550万円)は、東京郊外のマンションに妻と小学生の子ども2人と暮らすサラリーマンです。
平日の通勤は電車で事足りるものの、週末の家族での外出や長期休暇時の帰省など、定期的に車を使うAさん。現在のコンパクトカーでは手狭に感じている部分もあり、そろそろ車を買い替えたいと考えていました。
そんなある日のこと。駅前を歩いていると、路肩に停まっている高級セダンが目に入ります。
なんの気なしに眺めているとパワーウィンドウが開き、「Aさん! お疲れ様です!」と、運転席にいる人物が声をかけてきました。
なんと、その高級セダンを運転していたのは、会社の直属の後輩。憧れの高級車を後輩が運転していることに、Aさんはショックを受けました。
「なんで後輩があんな高級車に……」
実は、Aさんにはいつか乗りたいと思っている車がありました。
それは“走る応接室”とも呼ばれるほど乗り心地がよく、車内も広々。持っているだけでステータスになる一面もあります。後輩に遭ったその日から、Aさんの物欲は際限なく膨らみます。
そして数日後、Aさんはメーカーのホームページにアクセスし、カタログ請求を行っていたのでした。
ある日、メールフォルダをチェックすると、ディーラーから1通のダイレクトメールが届いていました。
目に飛び込んできたのは、“月々たった4万円で、アルファードがあなたのものに!”という魅力的な文言。車両価格700万円の高級車が、頭金100万円を支払えば月々4万円、しかも金利1.5%込みで乗れるといいます。
Aさんはすぐにディーラーへ向かい、担当者からの説明もそこそこに、契約書にサインしたのでした。
2024年の国内新車販売台数約340万台のうち、残クレ契約は68万台と、約20%にあたります。高額なファミリーカーに限っていえば、残クレ契約の割合は40~50%にのぼります(2024年自動車販売協会連合会調べ)。
そもそも「残クレ(残価設定型クレジット)」とは、車両価格の一部を将来の「残価」として据え置き、その残価を除いた金額を分割で支払う方式のこと。これにより、毎月の支払額を抑えることが可能です。
一般的なローンと比べて月々の負担が軽くなるため「ワンランク上の車に乗りたい」「まとまった頭金がないけど新車に乗りたい」といった人に好まれています。
また、契約満了時には「買い取り」「返却」「再分割」といった選択肢があることから、ライフスタイルの変化に合わせて車を乗り換えやすいというメリットもあります。
一方、残クレには見過ごせないデメリットが潜んでいます。最大の注意点は、「残価」が設定されているという点。契約満了時に残価を支払う必要があるため、再度ローンを組むか、一括で支払うか、または車を手放すかの選択を迫られます。
また、5年後の中古車市場価格が設定された残価を大きく下回っていた場合「市場価格調整」が適用され、そのマイナス分を請求されるリスクにも注意が必要です。
Aさんのケースでいえば、5年後には350万円の残価が待っています。この350万円を支払うか、車を返却するか、あるいは再度残価設定ローンを組むか、という選択を迫られるわけです。
さらに、残クレは走行距離や車の状態に制限が設けられていることが多く、これらを守れない場合は追加料金が発生する可能性があります。
たとえば、規定の走行距離を超過したり車体に傷や凹みがあったりすると、査定額が下がり、その分を負担しなければなりません。
また、返却時にはクリーニング費用や手数料など、ケースによっては数万円~十数万円の追加コストがかかる場合もあります。
5年後、ディーラーから届いた「残価350万円のご案内」という書類を見て、Aさんははじめて事の重大さに気づきました。5年間、月々4万円を払い続けてきた達成感とは裏腹に、目の前には350万円という巨額の請求が突きつけられたのです。
Aさんは頭を抱えました。5年前と比べて給与は増えていたものの、子どもの教育費などもあり新たな高額ローンを組むのは困難です。さらに追い打ちをかけるように、ディーラーから「走行距離が規定を超過しているため、追加料金が発生します」という連絡が入りました。Aさんはアルファードを手にした嬉しさから、以前の車よりも高頻度で車を使用していたのです。
「こんな高額な残債が残るなんて聞いてない! どうするつもり?」
妻にも激怒され、Aさんは立場がありません。たくさんの幸せな思い出を作ってくれたアルファードは、いつしか家庭の不和の象徴となってしまいました。
途方に暮れたAさんは、家計改善の助言を受けるためファイナンシャルプランナー(FP)に相談することに。
Aさんから一連の経緯を聞いたFPは、家計診断を実施。その結果を受けて、残価の一括支払いや再度の高額ローンは現実的ではないことを伝えました。
当初は「家族の思い出が詰まっている」と売却を渋っていたAさんですが、アルファードの買い取り相場を知ったAさんは、断腸の思いで売却を決心。残債との差額を頭金にして、新しい車に乗り換えたいと話します。そこでFPは、新たな車を購入する前に、まずは家計の無駄な支出を徹底的に削減して、貯蓄を増やすことが最優先だと伝えました。
その結果、Aさんは公共交通機関やレンタカーを上手に活用しながら、まずは家計の立て直しに注力することに。
Aさんが契約していた残クレの詳細は下記のとおりです。
■車両価格:700万円・頭金:100万円・返済額:月4万円(5年/金利1.5%込み)・残価:350万円
■車両価格:700万円
・頭金:100万円
・返済額:月4万円(5年/金利1.5%込み)
・残価:350万円
「月々4万円で憧れの車が手に入る」と考えたAさんは、冷静さを失ったまま契約書にサインしました。
しかし、実際に支払うのは頭金100万円+(月4万円×60回)=340万円です。この月4万円には金利(年1.5%)が含まれており、実際にはローン部分(5年間で約20万円前後)の利息が上乗せされています。
そして、結局のところ、Aさんは5年間で340万円を支払っても、車を所有したことにはなりません。350万円の残債が残った状態です。もし、この車を買い取ろうとすれば、5年間で支払った340万円に残債350万円を加えた690万円を支払うことになります。さらに、残価を含めた総支払額には実際には金利分も加算されるため、負担はより大きくなるのです。
残クレはが支払い方法を多様化させる便利な支払い方法であることは間違いありません。しかし、その裏には将来的に大きな負担を負う可能性が潜んでいます。
車を購入する際は、目先の月々の支払額だけでなく、総支払額や将来の残価、そして自身のライフプランを総合的に考慮することが重要です。
安易な甘い誘惑に惑わされず、冷静な判断と綿密なライフプランニングが、後悔のないカーライフを送るための鍵となるでしょう。
その車選び、あなたの家計にとって本当に最適な選択ですか?
FP Office 株式会社ファイナンシャル・プランナー宮本 誠之