【全2回(前編/後編)の前編】
参院選での大敗から退陣表明まで49日。石破茂首相(68)は憲政史上に類を見ない頑迷さで宰相の座にとどまり続けた。本気で解散に突っ走りかねない首相のクビに鈴を付けたのは小泉進次郎農水相(44)。彼は自らの手で引き寄せた総裁選を勝ち切ることができるのか。
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【写真を見る】このところ追い詰められ日に日に「脂ギッシュになっていった」石破氏の顔
9月7日、東京・永田町の首相官邸は朝からただならぬ空気に包まれていた。午前中から首相秘書官らが慌ただしく駆け付け、午後には番記者たちが固唾(かたず)をのんで見守る中、岩屋毅外務相(68)や赤澤亮正経済再生担当相(64)らが官邸に入ったことで、緊迫感は最高潮に達した。午後3時過ぎ、NHKと朝日新聞が相次いで「退陣の意向」を速報。それから3時間後、官邸で急きょ記者会見は開催されたのである。
冒頭、石破首相が紅潮した面持ちで、
「自民党総裁の職を辞することとした。臨時総裁選挙の手続きを実施するよう森山幹事長に伝えた」
そう述べて、正式に辞意を表明。続けて、
「かねてより“地位に恋々とするものではない。やるべき事をなしたのちにしかるべきタイミングで決断する”と申し上げてきた。アメリカの関税措置に関する交渉に一つの区切りがついた今こそがしかるべきタイミングであると考え、後進に道を譲る決断をした」
とも語った。
「首相は続投と退陣の間で揺れ動いていました」
とは、官邸関係者。
「実は首相は2日の参院選総括後に、トランプ大統領と直接会談をセットできないか、スタッフに調整を指示したといいます。米国大統領に“イシバを支持する”と言わせたかったのです。が、米国側からは“また関税交渉するのか”と足蹴にされてしまいました」(同)
8日の総裁選前倒しの意思確認が迫り、政務三役からも賛同者が続出。首相は急速に「解散」へと傾いていったという。
「岩屋外相や赤澤経済再生相らも首相に同調し、“解散であいつら(反石破派)を粉砕しろ”と言い出す始末。側近でも一部、長島昭久首相補佐官(63)などは“大義がありません。党が分裂します”と諫めたものの、首相は“臨時総裁選なら衆院解散だ”と突っぱねていたのです」(同)
長島氏に尋ねると、
「私が言えるのは“よくぞ退陣を決断いただき、分裂を回避してくれました”ということだけです」
解散に突き進もうとする首相に立ちはだかったのは長島氏だけではなかった。
「首相は森山裕幹事長(80)からも“解散するなら私は関知しない。党四役なしで一人で戦えますか”と突き放されていました」(前出の官邸関係者)
首相が親しい関係者にメールで〈塵芥のような者は神様の御加護に縋(すが)る他はありません〉と送る場面もあったという。
もはやまともな精神状態とはいえないが、それでも解散をあきらめない首相に対して、直接、怒りをぶつけた人物がいる。菅義偉副総裁(76)である。7月の参院選直後、菅氏は他の総理経験者と共に石破首相と会談した際、「党の分裂だけは避けねばならない」と語っていた。しかし、
「石破首相は臨時総裁選の是非を記名・公表式で問うなど、まさに党を分裂させかねない事態を招いた。しかも、自分の思い通りにならない場合は解散も辞さないという。菅氏は5日、首相に電話をかけて解散なんて考えは捨てて、退陣するように強く迫ったといいます」(政治部デスク)
その後、菅氏は小泉農水相とも電話で話して危機感を共有。かくして6日夜、二人はそろって官邸に乗り込んだのである。
「菅氏は首相に“このまま続けても、晩節を汚すだけだ”と語りかけたと聞いています。また、小泉氏は来たる総裁選への出馬の意向を伝えるとともに、“石破路線”の継承を約束したのです。首相は会見で“後進に道を譲る”と述べていますが、あれは小泉氏を念頭に置いたものでしょう」(前出の官邸関係者)
もっとも、首相は当初、“私を辞めさせようとする連中がいる、負けてはいけない”と、相当意固地になっていたという。二人は首相のかたくなになった心を解きほぐす必要があった。菅氏は40分ほどで官邸を後にしたが、小泉氏は約2時間、首相と膝を突き合わせた。
政治ジャーナリストの青山和弘氏が明かす。
「菅氏は、自身が退陣した際の経験も交えて首相に語りかけたといいます。小泉氏も一人残り、首相のやりきれない胸の内に耳を傾けました。そして首相の実績をたたえつつ、“党を分裂させては元も子もない”と諭したのです。結局、その場で首相が退陣を明言することはありませんでしたが、小泉氏が2時間向き合ったことで、首相の心境に変化が生じたのは確かでした」
小泉氏は「なぜ私がこんな役回りを……」とこぼしていたというものの、氏に鈴を付けられて首相も覚悟が定まったようだ。
「翌日、首相は官邸で主戦論者の赤澤氏らに囲まれた際、“推薦人が集まらない”と伝えられて最終決断に至っていますが、その前にほぼ退陣の意向は固めていました」(前出の官邸関係者)
退陣表明直後に直接電話で話をした衛藤征士郎前衆議院議員(84)によると、首相は吹っ切れた様子で、9月23日から米・ニューヨークで開催される国連総会には「絶対に行きます」と語ったという。もっとも、世間の目はすでに首相の花道ではなく、総裁選の行方に向いている。
その総裁選は党員・党友が投票する「フルスペック方式」で実施する方向だ。9月22日告示、10月4日投開票の予定である。
「石破首相の辞任については、(幹事長として)支え切れなかったことを本当に申し訳なく思っています」
こう語るのは、森山幹事長本人である。
「国会議員と各都道府県連の代表だけ(の簡易版)でやれば、総裁選はわりと早くできます。ただし、そうなると党員の方たちの声が反映されないわけです。今回は特に、党員の皆さんも総裁選に対する思いを持っている方が多いでしょうから、そういうことを考えると、党員の声も反映されるフルスペックの方がいいのではないでしょうか」
フルスペックの1回目の投票では、約100万人の党員票が党所属の国会議員票と同数の295票に換算される。これに議員票を加えた計590票の過半数を獲得すれば「勝者」となるが、1回目で過半数を得る者がいなければ上位2名が決選投票で雌雄を決することになる。
後編【麻生氏がいま一番、買っている総裁候補とは? 「直接、頭を下げに来たことに相当気を良くしている」】では、次期総裁レースでトップを走る、「麻生氏のお気に入り」は誰かについて報じる。
「週刊新潮」2025年9月18日号 掲載