「ウーバー配達員」が手を染めた「女子高生」連続わいせつ事件 ビニール袋越しにキス、イソジンでうがいを強要の不気味

女子高校生3名に対する強制わいせつ未遂、強制わいせつ致傷などの罪に問われていた藤野隆太被告(40)に対し、東京地裁立川支部は9月9日、求刑通り懲役8年を言い渡した。過去にも同様の罪で服役したことのある藤野被告は、「女子高生」に凄まじいほどの執着を持っていた。盗撮Gメンのボランティアをしながら“のぞき”行為を繰り返し、ウーバーイーツの配達員として街中を走りつつ、女子高生をつけ狙う。その犯行は執拗かつ異様なものだった。【高橋ユキ/ノンフィクションライター】(前後編の「後編」)
【写真】千葉大生が女子中学生を2年間監禁… ムショ仲間が語る「寺内樺風」受刑者の異常性 藤野被告は公判で、“のぞき”を始めた時と同様に、その後のわいせつ事件に及んだ理由についても最初は「偶然」だったと述べた。「盗撮Gメン」のボランティアを隠れ蓑にして犯行を続けた(写真は本文とは関係ありません)「9月下旬ごろ、夜の8時くらいに、駅でAさんを見かけました。友人と思しき男子高校生と駅に向かっているところで、“かわいいなあ”と思ったのと、“友人か彼氏と遊びにいくのかな”と思いました。その直後、またAさんを見かけた。駅と逆に歩いて行くところを同じ夜8時くらいに。“あれ、こないだ見かけた子がいるな”と思いました。前回も今回もなぜ彼女はカバンを持っていないのか、男子高校生はなんでいないのか。きっと男子高校生を同じ時間に送り迎えしているのかなと思った。“偶然が重なった、もしかしたらわいせつ行為をできるかも”と、自然と脳裏に浮かびました」“被害に遭うことを望んでいるのでは” 偶然とは思えないほど念入りに観察していたようだが、そのときにAさんの自宅も把握した藤野被告は、事件を起こす1週間前にAさんの住むマンションに赴く。ところが、他の住民に声をかけられ、この日の犯行を断念した。「心の中では、邪魔すんじゃねえ!と思いながら、言葉では『この家に用があるんで』と言いました」(同)などと、犯行への執念を見せ、事件2日前にも同じマンションを訪れたが、今度はスタンガンを持っているところをAさん本人と真正面から鉢合わせてしまったために、再び断念。自宅に戻ったAさん宅のドアに耳を当て、中での会話を盗み聞きすると「何か変な人がいた」と家族に報告されていたことから、やむなく帰宅したという。ここで諦めるかと思いきや、事件前日にも、藤野被告はAさんの住むマンションを訪ねたのだった。「また夜の8時くらいに出てくるのを待っていました。すると前日、私という不思議な男がいたのに、Aさんが出てきたんですよね。家に戻ってくるところでした。全く警戒なく、家の人も懸念すると思っていたのに……。とても不思議に思いました。これはもう神の思し召し。改めて(犯行を)しようと思ったことと、“こんな怪しい男(藤野被告)がいるのに、もしかしたらそんな願望もあるのかな、そんなことないよな”と思った。やめようとは全く思いませんでした」(同) 自分からAさんの住むマンション前に出向きながら、その姿を認めたことを「神の思し召し」と結論づける藤野被告は、この翌日に犯行に及ぶことになる。自分の存在を怪しみながらも、Aさんを複数回目撃したことで、Aさんが“被害に遭うことを望んでいるのでは”という理解し難い妄想も膨らんでいたという。「コロナをうつしたくなかった」 都合の良い解釈で自らを正当化する藤野被告は、犯行の詳細に関しても、またBさんやCさんに対する事件についても、まるで被害者への配慮を行いながら“紳士的”に振る舞ったとでもいうような証言を繰り返した。 たとえば、藤野被告は犯行時、被害者の1人にキスをする際、口と口の間にビニール袋を挟み、またある被害者の陰部にはアルコールスプレーを吹きかけ、イソジンでうがいをさせている。DNA型鑑定により捜査の手が及ぶことを案じたのか、または風俗店での“背徳感を伴う体験”を再現しようとしたのだろうか。こうした行為について藤野被告は、「コロナがあったので、私自身、陽性かどうかわからない。うつしたくなかった。陰部にアルコールスプレーをかけたのも、同じようにコロナがあったので……」などと、あくまでも被害者を慮っての行動だと繰り返した。 さらに犯行時に手袋をつけていた点についても、「犯罪者はこういうものだという思い込みからつけていました」と述べ、脅すときに使用していたスタンガンやナイフは「犯行時はナイフはずっとしまっていました。スタンガンはわいせつ中に何度か手に取って放電した」と、体に当てていないことを強調し続けた。 そのうえでBさんやCさんへの犯行についても、事前に何度もその姿を見かけたことをもって、「こんな偶然、これは何かの思し召しか、みたいに思った」「これはもう、この偶然を逃せない、という感情になりました」などと、全てを偶然、あるいは運命であるかのように語る。このときの藤野被告の声はひときわ大きくなっていた。 一連の事件について検察官から「他人に対する思いやりよりも性欲を優先したことが原因なんじゃないですか?」と問い詰められるも、藤野被告は「そういった自分勝手であることが、性犯罪につながるというのは、また違うと思う」と反論。彼の中ではあくまでも、自分は“性嗜好障害”であり、通院すれば欲求は抑えられると考えているようだった。断られた「被害弁償」 検察官は9月6日の論告において「刑罰より治療を優先しなければならない理由はない」などとして懲役8年を求刑。弁護人は「次の被害者を出さないために立ち直らせることが必要」と治療の必要性を訴えた上で懲役4年が相当だと主張した。 すべてを偶然や運命にしてしまう藤野被告は最終意見陳述でも車椅子に座ったまま、しかし、少し上を向き、裁判員の方を見ながら言った。「最後にひとつだけ皆様にお願いがあります。裁判が終われば、過去の記録としてこの事件が埋もれてしまいます。しかし、私がやったことは消えるわけではありません。時折、どうか思い出してください。言霊、という言葉がありますが、被害者に届いて、少しでも救われて欲しい。心から願っています」 何を言いたいのかよくわからない最終意見陳述を述べた藤野被告は、AさんやBさん、Cさんに対して被害弁償の申し出をしたというが、全て断られている。弁償のための金は、父が用立てていた。さらに前刑では被害弁償を被害者が受け入れてくれたが、この時に父が出した130万円は返済していない。「許せない、私の生活、青春を返して」 論告直前に行われた被害者意見陳述では、AさんとCさんの母の書面が読み上げられた。「事件に遭ってから、毎日毎日、外に出るのが怖くて仕方なく、どこに行くにも送り迎えをする日々です。娘が言っていた言葉は『許せない、私の生活、青春を返して。人の人生を一瞬で壊した。だれがこの気持ちをわかってくれるのか。ママにもわからない。私の青春を返してほしい』です。弁護士から被害弁償の連絡が来たと伝えると娘は『お金じゃないでしょ』と言い、『私の楽しい時間を返してほしい。お金じゃない。いらないよ、絶対』とも話していました。娘は『病気で片付ける犯人がおかしい』と言っています。犯人には極刑を望みます。お金で買えない、娘との時間を大切にしていきます」(Aさんの母の書面)「事件に遭った日のことを一度も忘れたことはありません。仕事中に娘から『今から帰る。もうすぐ着く』と連絡があってから、突然連絡が取れなくなりました。パニックになり、何があったのかと帰宅すると、今まで見たことのない顔をしていた。忘れることができません。言うことを聞かないと殺されてしまうという恐怖、涙が止まらない、乱暴されて殺される、死んじゃうと思った、と震えて泣く娘を抱きしめ、どんなに怖かったろうと、犯人への憎しみを抑えられなくなりました。次の日からの娘は笑顔が消え『ここにいたくない、学校に行きたくない』と言い、家族が送迎を……今も、家族が後ろにいると、びっくりして泣くことがあります。事件で感じた恐怖は計り知れないと思い、その度に犯人に憎しみを抱きます……」(Cさんの母の書面) 判決で新井紅亜礼裁判長は「常習性は顕著。被告人に性嗜好障害があったとしても、それをもって減刑には値しない」と求刑通りの懲役8年を言い渡している。 3人の被害者に対して、後ろから近づき、ナイフをチラつかせ、スタンガンを放電しながら犯行に及んだ藤野被告が彼女たちに与えた恐怖はいまも消えていない。言霊という言葉の意味を説く藤野被告ならば、被告人質問で「偶然」や「運命」などと発した自分の言葉が、3人の被害者やその家族らにどんな思いを抱かせるのか、分からないはずはないだろう。高橋ユキ(たかはし・ゆき)ノンフィクションライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『木嶋佳苗劇場』(共著)、『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』、『逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白』など。デイリー新潮編集部
藤野被告は公判で、“のぞき”を始めた時と同様に、その後のわいせつ事件に及んだ理由についても最初は「偶然」だったと述べた。
「9月下旬ごろ、夜の8時くらいに、駅でAさんを見かけました。友人と思しき男子高校生と駅に向かっているところで、“かわいいなあ”と思ったのと、“友人か彼氏と遊びにいくのかな”と思いました。その直後、またAさんを見かけた。駅と逆に歩いて行くところを同じ夜8時くらいに。“あれ、こないだ見かけた子がいるな”と思いました。前回も今回もなぜ彼女はカバンを持っていないのか、男子高校生はなんでいないのか。きっと男子高校生を同じ時間に送り迎えしているのかなと思った。“偶然が重なった、もしかしたらわいせつ行為をできるかも”と、自然と脳裏に浮かびました」
偶然とは思えないほど念入りに観察していたようだが、そのときにAさんの自宅も把握した藤野被告は、事件を起こす1週間前にAさんの住むマンションに赴く。ところが、他の住民に声をかけられ、この日の犯行を断念した。「心の中では、邪魔すんじゃねえ!と思いながら、言葉では『この家に用があるんで』と言いました」(同)などと、犯行への執念を見せ、事件2日前にも同じマンションを訪れたが、今度はスタンガンを持っているところをAさん本人と真正面から鉢合わせてしまったために、再び断念。自宅に戻ったAさん宅のドアに耳を当て、中での会話を盗み聞きすると「何か変な人がいた」と家族に報告されていたことから、やむなく帰宅したという。ここで諦めるかと思いきや、事件前日にも、藤野被告はAさんの住むマンションを訪ねたのだった。
「また夜の8時くらいに出てくるのを待っていました。すると前日、私という不思議な男がいたのに、Aさんが出てきたんですよね。家に戻ってくるところでした。全く警戒なく、家の人も懸念すると思っていたのに……。とても不思議に思いました。これはもう神の思し召し。改めて(犯行を)しようと思ったことと、“こんな怪しい男(藤野被告)がいるのに、もしかしたらそんな願望もあるのかな、そんなことないよな”と思った。やめようとは全く思いませんでした」(同)
自分からAさんの住むマンション前に出向きながら、その姿を認めたことを「神の思し召し」と結論づける藤野被告は、この翌日に犯行に及ぶことになる。自分の存在を怪しみながらも、Aさんを複数回目撃したことで、Aさんが“被害に遭うことを望んでいるのでは”という理解し難い妄想も膨らんでいたという。
都合の良い解釈で自らを正当化する藤野被告は、犯行の詳細に関しても、またBさんやCさんに対する事件についても、まるで被害者への配慮を行いながら“紳士的”に振る舞ったとでもいうような証言を繰り返した。
たとえば、藤野被告は犯行時、被害者の1人にキスをする際、口と口の間にビニール袋を挟み、またある被害者の陰部にはアルコールスプレーを吹きかけ、イソジンでうがいをさせている。DNA型鑑定により捜査の手が及ぶことを案じたのか、または風俗店での“背徳感を伴う体験”を再現しようとしたのだろうか。こうした行為について藤野被告は、「コロナがあったので、私自身、陽性かどうかわからない。うつしたくなかった。陰部にアルコールスプレーをかけたのも、同じようにコロナがあったので……」などと、あくまでも被害者を慮っての行動だと繰り返した。
さらに犯行時に手袋をつけていた点についても、「犯罪者はこういうものだという思い込みからつけていました」と述べ、脅すときに使用していたスタンガンやナイフは「犯行時はナイフはずっとしまっていました。スタンガンはわいせつ中に何度か手に取って放電した」と、体に当てていないことを強調し続けた。
そのうえでBさんやCさんへの犯行についても、事前に何度もその姿を見かけたことをもって、「こんな偶然、これは何かの思し召しか、みたいに思った」「これはもう、この偶然を逃せない、という感情になりました」などと、全てを偶然、あるいは運命であるかのように語る。このときの藤野被告の声はひときわ大きくなっていた。
一連の事件について検察官から「他人に対する思いやりよりも性欲を優先したことが原因なんじゃないですか?」と問い詰められるも、藤野被告は「そういった自分勝手であることが、性犯罪につながるというのは、また違うと思う」と反論。彼の中ではあくまでも、自分は“性嗜好障害”であり、通院すれば欲求は抑えられると考えているようだった。
検察官は9月6日の論告において「刑罰より治療を優先しなければならない理由はない」などとして懲役8年を求刑。弁護人は「次の被害者を出さないために立ち直らせることが必要」と治療の必要性を訴えた上で懲役4年が相当だと主張した。
すべてを偶然や運命にしてしまう藤野被告は最終意見陳述でも車椅子に座ったまま、しかし、少し上を向き、裁判員の方を見ながら言った。
「最後にひとつだけ皆様にお願いがあります。裁判が終われば、過去の記録としてこの事件が埋もれてしまいます。しかし、私がやったことは消えるわけではありません。時折、どうか思い出してください。言霊、という言葉がありますが、被害者に届いて、少しでも救われて欲しい。心から願っています」
何を言いたいのかよくわからない最終意見陳述を述べた藤野被告は、AさんやBさん、Cさんに対して被害弁償の申し出をしたというが、全て断られている。弁償のための金は、父が用立てていた。さらに前刑では被害弁償を被害者が受け入れてくれたが、この時に父が出した130万円は返済していない。
論告直前に行われた被害者意見陳述では、AさんとCさんの母の書面が読み上げられた。
「事件に遭ってから、毎日毎日、外に出るのが怖くて仕方なく、どこに行くにも送り迎えをする日々です。娘が言っていた言葉は『許せない、私の生活、青春を返して。人の人生を一瞬で壊した。だれがこの気持ちをわかってくれるのか。ママにもわからない。私の青春を返してほしい』です。弁護士から被害弁償の連絡が来たと伝えると娘は『お金じゃないでしょ』と言い、『私の楽しい時間を返してほしい。お金じゃない。いらないよ、絶対』とも話していました。娘は『病気で片付ける犯人がおかしい』と言っています。犯人には極刑を望みます。お金で買えない、娘との時間を大切にしていきます」(Aさんの母の書面)
「事件に遭った日のことを一度も忘れたことはありません。仕事中に娘から『今から帰る。もうすぐ着く』と連絡があってから、突然連絡が取れなくなりました。パニックになり、何があったのかと帰宅すると、今まで見たことのない顔をしていた。忘れることができません。言うことを聞かないと殺されてしまうという恐怖、涙が止まらない、乱暴されて殺される、死んじゃうと思った、と震えて泣く娘を抱きしめ、どんなに怖かったろうと、犯人への憎しみを抑えられなくなりました。次の日からの娘は笑顔が消え『ここにいたくない、学校に行きたくない』と言い、家族が送迎を……今も、家族が後ろにいると、びっくりして泣くことがあります。事件で感じた恐怖は計り知れないと思い、その度に犯人に憎しみを抱きます……」(Cさんの母の書面)
判決で新井紅亜礼裁判長は「常習性は顕著。被告人に性嗜好障害があったとしても、それをもって減刑には値しない」と求刑通りの懲役8年を言い渡している。
3人の被害者に対して、後ろから近づき、ナイフをチラつかせ、スタンガンを放電しながら犯行に及んだ藤野被告が彼女たちに与えた恐怖はいまも消えていない。言霊という言葉の意味を説く藤野被告ならば、被告人質問で「偶然」や「運命」などと発した自分の言葉が、3人の被害者やその家族らにどんな思いを抱かせるのか、分からないはずはないだろう。
高橋ユキ(たかはし・ゆき)ノンフィクションライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『木嶋佳苗劇場』(共著)、『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』、『逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白』など。
デイリー新潮編集部