愛媛麦みそ騒動 「みそと名乗るな」から一件落着は「いいね」の力?

愛媛県宇和島市に伝わる伝統食品「麦みそ」を巡り、県が老舗みそ店に突然「みそと名乗るな」と行政指導した後、一転して撤回・謝罪するドタバタ劇があった。3代目店主が指導に「納得できない」とツイッターで発信したところ、全国的に注目される話題となり、県が急いで火消しに走ったとみられる。いったい何が起きたのか。
【県による改善指導文書 どんな内容?】 「当店の麦味噌(みそ)が『味噌』と名乗れなくなりそうです」。同市で1958年に創業した「井伊商店」の3代目店主、井伊友博さん(41)は10月26日夜、こみ上げる怒りを抑えながらツイッターにつぶやいた。11月11日現在、店のアカウントも含めて投稿への「いいね」は約12万を数え、SNS上で大きな反響を呼んでいる。

発酵学第一人者も太鼓判 井伊商店の麦みそは大豆を使わず、35年間日本一の生産量を誇る県産「はだか麦」と塩で造る。麦みその発祥は平安時代ともされ、大豆を使わないのは、この地域で古くから続く伝統的な製法という。井伊さんの店でも創業時から64年間、守り続けてきた。店内には発酵学の第一人者、小泉武夫・東京農業大名誉教授が記した「日本一の麦味噌屋 井伊商店」の色紙が掲げられ、その味に魅了されたファンが全国にいる。麦みそは「みそ」じゃない? 事の発端は行政が二つの“違反”を認定したことだった。県宇和島保健所は7月、食品添加物などを調べる定期検査の際、井伊商店の麦みそに大豆が使われていないことに気付いた。消費者の商品選択に必要な「品名」や「原材料名」などの記載を求めた食品表示法の基準では、みそや麦みそは、大豆を使うと定義されている。このため、保健所は8月末、品名の記載に「ミスがある」と店に指摘、改めるよう助言した。 これとは別に、県南予地方局が10月13日付の文書で改善を指導している。井伊商店の麦みそは「大豆を使っていないため、品名に『味噌』『麦みそ』と表示することはできない」(食品表示法違反)との前提に立ち、大豆を含まないのにみそと名乗れば、消費者に「(実際の商品)より優良だと誤認させる」として、不当表示を禁じた景品表示法違反(優良誤認)に当たるとの理屈だ。 このケースで指導に従わない場合、個人事業主は2年以下の懲役または300万円以下の罰金に問われる可能性がある。パッケージの記載を改め、改善報告書を提出するよう求められた井伊さんは、同様の指導を受けて憤慨する市内の2社との連名で「宇和島麦みそ文化の存続」を求める要望書を県に提出。「『味噌』と名乗れなくなるのは伝統製法の消滅だ」と訴えた。「半世紀以上、こんな指導を受けたことはなかった。今更、何やねん」と井伊さん。市からふるさと納税の返礼品に認められ、これから市の特産品に育てようという矢先の出来事だった。消費者庁「商品名は制限せず」 二つの法律を所管する消費者庁はどう考えるのか。食品表示法の担当者によると、品名や原材料名などの記載基準は、商品パッケージの一括表示欄にのみ適用されるという。つまり、欄外に商品名として麦みそと表記することは妨げない。また、景品表示法の担当者は「商品名に制限を加える法律ではない」と説く。例えば「健康に良いみそで、血圧が抑えられる」とうたっているのに、その効能が認められないなど、実態より明らかに優良だと示さない限り、違反には当たらないという。県が行政指導につけた「みそ」 井伊さんのつぶやきに全国的な関心が集まった結果、県南予地方局は10月29日、改善報告書の提出を保留に。11月4日には指導自体を取り消し、「ご迷惑をおかけした」と井伊さんに謝罪した。県関係者は取材に「景品表示法を厳しく解釈していたが、総合的に判断した結果、解釈を変更し、指導を取り消すことになった」と釈明した。「宇和島市では大豆を使わない麦みそが広く認知されており、消費者が商品名から実態より著しく優れた商品と誤認する可能性は低い」と判断したという。 景品表示法に詳しい岡山大法科大学院の佐藤吾郎教授は「一般消費者が商品表示を見て誤認するかどうかがポイントで、県の判断にはその点で議論の余地があった」と指摘。そば粉ではなく小麦粉で造られる「沖縄そば」が、商標登録することでブランドを保護する特許庁の「地域団体商標」制度などを利用して「そば」の商品名を使っている事例を挙げ、「地域ブランドの育成・維持の観点から、今後も麦みその名称を継続して使える方策を考えるべきだ」と提唱する。「いいね」の嵐が後押し 井伊さんは「『応援してる』『負けるな』と、全国からの励ましの声に勇気をもらった。今は県の理解が得られ、本当にほっとしている」と話し、伝統を守っていく覚悟を新たにしている。この間、騒動を知った人々から応援の注文が殺到、出荷は原則2カ月待ちの状態といい、「うれしい悲鳴」を上げている。【鶴見泰寿】麦みそ 一般的には、大豆に麦こうじと食塩を加えて造る。主に瀬戸内地域を中心とする愛媛、山口県や九州全域で生産され、みそ汁の調理などに使われる。愛媛県では、はだか麦が大豆よりもふんだんに使われ、一部地域では大豆を一切使わないところもある。香り高く上品な甘さが特徴。
「当店の麦味噌(みそ)が『味噌』と名乗れなくなりそうです」。同市で1958年に創業した「井伊商店」の3代目店主、井伊友博さん(41)は10月26日夜、こみ上げる怒りを抑えながらツイッターにつぶやいた。11月11日現在、店のアカウントも含めて投稿への「いいね」は約12万を数え、SNS上で大きな反響を呼んでいる。
発酵学第一人者も太鼓判
井伊商店の麦みそは大豆を使わず、35年間日本一の生産量を誇る県産「はだか麦」と塩で造る。麦みその発祥は平安時代ともされ、大豆を使わないのは、この地域で古くから続く伝統的な製法という。井伊さんの店でも創業時から64年間、守り続けてきた。店内には発酵学の第一人者、小泉武夫・東京農業大名誉教授が記した「日本一の麦味噌屋 井伊商店」の色紙が掲げられ、その味に魅了されたファンが全国にいる。
麦みそは「みそ」じゃない?
事の発端は行政が二つの“違反”を認定したことだった。県宇和島保健所は7月、食品添加物などを調べる定期検査の際、井伊商店の麦みそに大豆が使われていないことに気付いた。消費者の商品選択に必要な「品名」や「原材料名」などの記載を求めた食品表示法の基準では、みそや麦みそは、大豆を使うと定義されている。このため、保健所は8月末、品名の記載に「ミスがある」と店に指摘、改めるよう助言した。
これとは別に、県南予地方局が10月13日付の文書で改善を指導している。井伊商店の麦みそは「大豆を使っていないため、品名に『味噌』『麦みそ』と表示することはできない」(食品表示法違反)との前提に立ち、大豆を含まないのにみそと名乗れば、消費者に「(実際の商品)より優良だと誤認させる」として、不当表示を禁じた景品表示法違反(優良誤認)に当たるとの理屈だ。
このケースで指導に従わない場合、個人事業主は2年以下の懲役または300万円以下の罰金に問われる可能性がある。パッケージの記載を改め、改善報告書を提出するよう求められた井伊さんは、同様の指導を受けて憤慨する市内の2社との連名で「宇和島麦みそ文化の存続」を求める要望書を県に提出。「『味噌』と名乗れなくなるのは伝統製法の消滅だ」と訴えた。「半世紀以上、こんな指導を受けたことはなかった。今更、何やねん」と井伊さん。市からふるさと納税の返礼品に認められ、これから市の特産品に育てようという矢先の出来事だった。
消費者庁「商品名は制限せず」
二つの法律を所管する消費者庁はどう考えるのか。食品表示法の担当者によると、品名や原材料名などの記載基準は、商品パッケージの一括表示欄にのみ適用されるという。つまり、欄外に商品名として麦みそと表記することは妨げない。また、景品表示法の担当者は「商品名に制限を加える法律ではない」と説く。例えば「健康に良いみそで、血圧が抑えられる」とうたっているのに、その効能が認められないなど、実態より明らかに優良だと示さない限り、違反には当たらないという。
県が行政指導につけた「みそ」
井伊さんのつぶやきに全国的な関心が集まった結果、県南予地方局は10月29日、改善報告書の提出を保留に。11月4日には指導自体を取り消し、「ご迷惑をおかけした」と井伊さんに謝罪した。県関係者は取材に「景品表示法を厳しく解釈していたが、総合的に判断した結果、解釈を変更し、指導を取り消すことになった」と釈明した。「宇和島市では大豆を使わない麦みそが広く認知されており、消費者が商品名から実態より著しく優れた商品と誤認する可能性は低い」と判断したという。
景品表示法に詳しい岡山大法科大学院の佐藤吾郎教授は「一般消費者が商品表示を見て誤認するかどうかがポイントで、県の判断にはその点で議論の余地があった」と指摘。そば粉ではなく小麦粉で造られる「沖縄そば」が、商標登録することでブランドを保護する特許庁の「地域団体商標」制度などを利用して「そば」の商品名を使っている事例を挙げ、「地域ブランドの育成・維持の観点から、今後も麦みその名称を継続して使える方策を考えるべきだ」と提唱する。
「いいね」の嵐が後押し
井伊さんは「『応援してる』『負けるな』と、全国からの励ましの声に勇気をもらった。今は県の理解が得られ、本当にほっとしている」と話し、伝統を守っていく覚悟を新たにしている。この間、騒動を知った人々から応援の注文が殺到、出荷は原則2カ月待ちの状態といい、「うれしい悲鳴」を上げている。【鶴見泰寿】
麦みそ
一般的には、大豆に麦こうじと食塩を加えて造る。主に瀬戸内地域を中心とする愛媛、山口県や九州全域で生産され、みそ汁の調理などに使われる。愛媛県では、はだか麦が大豆よりもふんだんに使われ、一部地域では大豆を一切使わないところもある。香り高く上品な甘さが特徴。