会議中に呂律が回らなくなり救急搬送…年収1,200万円・48歳未婚部長、病院でサ高住の75歳母に「お金が足りない」と頭を下げたワケ

あなたの資産額は、スマホアプリを開けば一瞬でわかるでしょう。では、その資産のうち「明日までに現金化できる割合」は把握していますか?
半場智弘さん(仮名/48歳)は、仕事でもプライベートでもエネルギッシュな人です。私大を卒業後、大手企業でキャリアを重ね、現在は部長として活躍中。外向的な性格で、休日はゴルフや旅行などの趣味を満喫し、リフレッシュするのが習慣でした。
年収は1,200万円。独身で、本人は「結婚願望はあります。ただ、なかなか縁に恵まれず……」と朗らかに話します。
半場さんの父は数年前に他界。75歳の母はまだ元気ではありますが、一人暮らしの安全を考え、昨年からサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)で暮らしています。その費用は半場さんが仕送りをしていました。
趣味や人付き合いにお金をかける一方、将来を見据えた資産形成にも熱心で、金融資産は1,500万円に達していました。
その日、半場さんは週次の定例会議に出席していました。部長として議論をリードしていた最中、急に頭が締め付けられるような痛みを感じます。そして、発言しようとした瞬間、自分の言葉がうまく紡げないことに気づきました。呂律が回らず、意味不明な音しか出てきません。
異変に気づいた同僚がすぐに声をかけ、会議は中断。同僚たちの迅速かつ適切な判断により、救急車が呼ばれ、半場さんは大学病院へ搬送されました。診断の結果は「脳梗塞」。働き盛りの彼を襲った、あまりに突然の出来事でした。
幸いにも発見が早かったため、命に別状はなかったものの、言葉を操る能力に障害が残りました。処置のあと、静かな病室で一人になった半場さんは、「もう以前のように働けないんだろうな」と、絶望感に襲われます。
会社からの連絡を受け、緊急連絡先に指定されている母が、施設のスタッフに付き添われ、病院に駆けつけてくれました。息子の変わり果てた姿に言葉を失いながらも、気丈に振る舞う母の姿が、半場さんにはなによりも辛かったといいます。
気持ちが少し落ち着くと、次に頭をよぎったのはお金の問題です。入院とリハビリには、一体どれくらいの費用がかかるのでしょうか。
高額療養費制度を利用することで医療費の自己負担には上限が設けられますが、その上限額は収入によって決まります。半場さんの場合、自己負担上限額は月額約25万円です。しかし、自己負担は医療費だけではありません。差額ベッド代や食事代、衣類や日用品のレンタル費などは別途必要になります。
まず、3週間の脳神経外科でかかった費用は下記のとおり。
・医療費自己負担(上限適用):約25万5,000円・差額ベッド代、食事代、日用品費など:約21万5,000円合計:約47万円
・医療費自己負担(上限適用):約25万5,000円
・差額ベッド代、食事代、日用品費など:約21万5,000円
合計:約47万円
その後、リハビリテーション病院に移り、2ヵ月入院しながら治療しました。
・医療費自己負担(上限適用):約25万円 × 2ヵ月 = 約50万円・食事代、日用品費など:約16万4,000円合計:約58万4,000円
・医療費自己負担(上限適用):約25万円 × 2ヵ月 = 約50万円
・食事代、日用品費など:約16万4,000円
合計:約58万4,000円
総合計金額は約113万4,000円です。
入院から数週間後、半場さんはお見舞いに来た母親に、どうしても切り出さなければならない話がありました。何度もためらい、言葉に詰まりながら、彼は窮状を訴えます。
「母さん、ごめん……。情けないんだけど、お金が足りないんだ」
資産が1,500万円もあるのになぜ――。その理由は、半場さんのお金の管理方法にありました。
給与が振り込まれる普通預金口座の残高は80万円ほど。しかし、そこから毎月、マンションの家賃、光熱費、母親の施設費用など、約40万円が自動で引き落とされます。さらに、給与の大部分はNISAやiDeCoといった投資口座へ自動的に移される設定になっていました。
資産1,500万円の内訳は、すぐに引き出せないiDeCoや、解約にペナルティがある定期預金、そして大半を占める国内外の株式・投資信託でした。これらの金融資産は、本来ネット証券などを使えば数日で現金化できます。しかし、病気で心身ともに万全でない状態の本人でなければ、複雑な売却手続きは困難です。コンプライアンス上、家族であっても代行はできません。入院費の支払いや、当面の生活費、母親の施設費用を考えると、普通預金の残高はあっという間に底をつきます。
加えて、半場さんは独身であることと、健康診断の結果がよいという自負から、民間の保険には未加入の状態でした。健康保険から、給与のおおよそ3分の2が最長で通算1年6ヵ月にわたり支給される「傷病手当金」もありますが、民間の保険も含め、こうしたもしもの際の給付金は自動的に支払われるわけではなく、本人が書類を揃えて申請しなくてはなりません。また、申請から振り込みまでには時間がかかります。当座の支払いに間に合わないケースも想定しておく必要があるでしょう。
半場さんは、資産は十分にあるのに、すぐに使える現金がない「キャッシュフロー危機」に陥ってしまったのです。本来自分が支えるべき母に、頭を下げるしかありませんでした。
脳卒中を発症した勤労世代のうち、約7割は大きな介助を必要としない状態まで回復し、最終的な復職率は50~60%というデータがあります。半場さんも懸命なリハビリの末、4ヵ月後には職場復帰を果たしました。
「まさか自分が、支えているつもりの母に助けられるとは思いませんでした。亡き父が母のために遺してくれた大切なお金を、息子の不覚のために使わせてしまい、本当に情けなく、申し訳ない気持ちでいっぱいです。これからは、二度と母にこんな心配をかけないよう、万一のときにすぐ使える現金を常に準備しておきます」そう振り返ります。
物価高、老後不安が万円する昨今、資産形成は将来のために不可欠でしょう。しかしその資産が、最も助けが必要なときに使えなければ意味がありません。働き盛りの世代が、緊急時に備えた流動性資金を確保しておくことは非常に重要です。