長引いた酷暑は稲の生育に大きな悪影響をもたらし、今年は全国的に米が歴史的な不作になることが懸念されている。“米どころ”と呼ばれる地域でも、農家の間から「米の粒が小さい」「収穫量が減少した」といった悲鳴が上がっている。
全国有数の米どころ・秋田県のJAのなかで、規模で言えば最小とされるのが、羽後町の一部地域を管轄する「JAうご」である。小規模ゆえの農家との密な関係を生かし、きめ細やかな営農指導を行ってきたことで知られる。
特に米の品質には定評がある。パッケージにかわいらしい女の子の絵がプリントされた「美少女イラストあきたこまち」は、粒が大きくおいしいと評判で、最初はパッケージ目的で購入した消費者が米そのもののファンになるケースが相次ぎ、2008年の発売以来リピーターが絶えないという。
そんな「美少女イラストあきたこまち」の価格も高騰しており、米を取り巻く問題は生産者と消費者を直撃している。そこで今回は、JAうご組合長の佐々木常芳氏にインタビューを行い、米不足の問題をどのように見ているのかを聞いた。【文・取材=山内貴範】
【写真】可愛さ豊作と話題に JAうごが販売する「美少女イラストあきたこまち」の一際目立つパッケージ
――今年の米は、豊作なのか、不作なのか。現状感じていることは。
佐々木:9月13~15日あたりから本格的に稲刈りが始まるので(注:取材は9月10日に実施)、実際に刈ってみないとわかりませんが、夏場の出穂期に水不足だったため豊作基調ではないと思います。早く刈った人の米をみると、若干の高温障害の影響が見られましたが、私が想定した以上の影響は出ていないかなと思いましたが、田んぼの稲体の状況を見ると、収量があがらない年になる可能性があります。
おそらく今年は、いっても去年並みか、収量がかなり少ないのではないでしょうか。2年前の令和5年(2023年)は高温障害でかなり品質が落ちました。昨年は、JAうごに関して言えば、意外に悪くなかったものの、それでも、昨年の作況指数の102には到底及ばなかったと思います。
――全国的に米不足に陥っている原因は何だと考えるか。
佐々木:私は、令和5年から米不足になっていたと思います。流通が停滞したせいで、みなさんに米が行き渡らなかったという意見もありますが、もともと量が穫れていなかったんですよ。令和5年産はとにかく高温障害で、歩留まりが悪い米ができてしまった。実際に精米すると品質も悪く、等級落ちの米が出たことが影響したのです。結局のところ、令和の米騒動は、量が穫れていない状態が続いたのが原因だったと思います。
――そんななかで、JAうごのシンボルともいえる「美少女イラストあきたこまち」の新米の予約が始まっている。イラストを使っているだけでなく、品質が高いことで有名だ。5kgが6200円と高額であるが、それでも売れていると聞いている。
佐々木:まだ本格的な収穫が始まっておらず発送前なのですが、予約注文はかなり入っています。スポット買いではなく、年契約の注文も相当入っています。リピーターも多いですね。ただ、当初は早くから予約を取っていましたが、実はいったん注文を止めているのです。というのも、生産者米価と市場米価が上がって、収穫まで様子を見る必要が出てきたためです。
おそらく、通販を再開するときは、6200円よりも高くなる可能性があります。それでも、JAうごで出している米は、粒が大きい高品質な米ですので、私は決して高いとは思いません。食べてもらえばわかると思いますが、味には自信があります。しかし、米価に関しては先が見えない状況なので、注文を再開するにしても市場の様子を見ないといけないと考えています。
――8月20日にJA全農あきたが、農家に支払う「概算金」(※販売価格が決まる前にJAから農家に払われる一時金のこと)はあきたこまち(一等米60kg)が2万8300円と発表した。これは昨年比1万1500円増、約59.3%も上昇している。JAだけでなく、様々な業者が米の市場に参入しており、米の争奪戦になっている。それが今回の概算金の上昇に影響を与えているといえそうだ。
佐々木:正直、私たちも見たことがないような、今まででは考えられない金額になっています。農家は概算金が高ければ米が高く売れるわけで、それに越したことはないと思うかもしれません。しかし、概算金が高くなると消費者米価に直結するわけで、消費者の米離れが起こり得ます。だから私は、高ければいいというものではないと、農家には伝えています。
――消費者に選ばれる米を作るために、JAうごはどんな取り組みを行っていきたいと考えているのか。
佐々木:JAうごは将来的な合併も控えていますが、現在の段階では、量で勝負できる産地ではありません。私たちは、良い農産物を食べたいという人に向けて、少量でも高品質な農産物を丁寧に作ってきました。その方針は今後も、間違いない戦略だと思っています。
米が全国的に話題になっているなかで、私たちは良いもの、おいしいものを食べたいという消費者に対して売り込みをかけていく。他の産地や他のJAと違う面を打ち出していきたい。その方針は変わりません。地域ごとにJAにもそれぞれ個性がありますが、私たちは品質へのこだわりを継続していこうと、農家のみなさんに話をしています。
――羽後町の米農家の数は、減少傾向にあるのか。
佐々木:減っています。高齢化が進んでいますし、機械の価格も高騰しているので、後進がいない方は稲作農家を辞めてしまうのです。若い人のなり手は少ないと思います。ここにきて、米の値段が上がっているので、取り組もうかと思っている人もいますが、機械や田んぼなどに投資をしなければいけないので、簡単ではありません。
40年以上前に国が主導して、需給バランスを良くするために生産調整を始めました。米価は安くなりましたが、その間に稲作農家が育たなかった。それが、米農家が不足している原因だと思います。大いに悔やまれます。羽後町は米作地帯なので、米は農業の大黒柱です。米の生産量と価格が安定しているからこそ、園芸作物や花卉(かき)、畜産などの複合経営ができるわけですから。
――政府の米に関する政策は二転三転している。
佐々木:今になって、政府は急に米を増産しろと言いだしました。しかし、その結果、米価が下落したときはどうするのか。対策を考慮した上で増産を口にしてほしい。その意味で、農水大臣の小泉(進次郎)さんはパフォーマンスばかりな印象が否めません。
仰ることはわかりますし、机の上での勘定はそうかもしれないが、現場でそんなことができるかというと簡単な話ではありません。余れば輸出すればいいと言っていますが、これほど高い日本米をいったいどこの国が買ってくれるでしょうか。私は、そんな国がたくさんあるとは思えないんですよ。
新規就農者に国はお金を出していますが、ハイやりましょうと思ってできることではありません。農業は、工業製品ではないので、毎年同じ時期に同じことをやっても同じものができるとは限らないためです。そこを理解してから就農しないといけないと思います。
――佐々木さんの話を聞いていると、JA、農家も国によって振り回されている印象を受ける。
佐々木:令和の米騒動で、多くの人の関心が米に集まりました。食べられなくなって騒ぎになること自体、米が日本の主食であり、重要な農産物であることの表れだと思います。米の価格が上がりすぎると、消費者の米離れが起こり、結果として農家も苦しくなる。増産を推進するのであれば、万が一、消費量が減少してきたときの対策を国が示してほしい。そうしないと、農家は安心して米作りはできないと思うし、新規就農者も増えないのではないでしょうか。
繰り返しますが、増産するのであれば、余ったときの対策も考えてほしい。その両輪で政策を進めてほしいと思います。
――最後に、JAうごのあきたこまちの新米を期待している人に向けてコメントをお願いしたい。
佐々木:とにかく、おいしい日本のお米を食べてほしいですね。特に子供たちに食べてほしい。私たちは品質には自信がありますので、ぜひ一度食べていただきたい。子供の頃に食べたおいしい日本のお米の味を覚えていれば、大人になっても国産米を食べてくれます。米がおいしいだけで、食事がまったく違ってきますから。きっと価格にも納得していただけると思います。
ライター・山内貴範
デイリー新潮編集部