2019年7月18日に起きた京都アニメーション第1スタジオへの放火。36人もの尊い命が奪われ、32人が重軽傷を負った。「史上最悪の放火殺人事件」とも言われる悲惨極まりない事件は、なぜ起きたのか。事件を防ぐ手立てはなかったのか。死刑判決を受けた青葉真司死刑囚とは、どんな人物なのか–。
【衝撃画像】「爆発物もって突っ込む」36人を殺害した“史上最悪の放火殺人犯”青葉真司死刑囚の“卒業アルバム”を写真で見る
ここでは、遺族に寄り添いながら“京アニ事件”を6年間取材し続けた京都新聞取材班の著書『自分は「底辺の人間」です 京都アニメーション放火殺人事件』(講談社)より一部を抜粋して紹介する。(全3回の1回目/2回目に続く)
爆発火災があったアニメ制作会社「京都アニメーション」のスタジオ 時事通信社
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訪問看護師らの心配をよそに孤立を深める室内で、青葉は京アニへのゆがんだ憎悪を膨らませた。その決定打となる事態が訪れたのは、2018年11月のことだった。
偶然、チャンネルを合わせたテレビ画面で、京アニ制作のアニメ『ツルネ―風舞高校弓道部―』の第5話が放映されていた。
合宿でスーパーマーケットへ買い物に来た高校の弓道部員が、次々とかごに商品を入れる。たわいもない会話を交わしながら、精肉のコーナーで立ち止まると、2割引の肉のパックを選び取った。
そのシーンは、いかにもよくある日常の光景だった。しかし、青葉にとってそれは、目を疑うような映像だった。わずか2分半ほどの場面に「アイデアがパクられた」と、怒りが沸き立った。
青葉は、京アニ大賞に落選した自身の小説『リアリスティックウェポン』で、ヒロインが5割引の総菜を買いあさるシーンを記していたという。
京アニに盗作されたという青葉の疑念は確信に変わった。「2ちゃんねる」への投稿で、青葉は怒りをぶちまけた。
〈#2018年11月19日午前0時27分
すげえ ツルネでもパクってやがる ここまでのクズども見たことねえ つくづく、相容れない〉
〈#同日午後7時12分
『京アニに裏切られた』なんていうのも あの時、もっと細かく気にして『これはなんかあるぞ』と予測しとけば、わざわざ、『爆発物もって京アニ突っ込む』とか『無差別テロ』とか『裏切られた』など感じる必要もないわけで〉
「爆発物もって京アニ突っ込む」「無差別テロ」といった表現は、後の惨事を彷彿とさせる。
年が変わり、京アニ事件を起こす2019年となった。
青葉には「京アニ」への怨恨が根付いていた。さらには、執心する「女性監督」の活躍を見聞きするなか、嫉妬の入り交じった憎しみを募らせていく。公判では「『女性監督』はどんどん上に行き、自分はどんどん下に行く」と述べている。
同年3月11日、青葉はスマートフォンを解約する。その理由について、第5回公判で「『女性監督』のことをニュースで知ると、マイナスな感情にどんどん動いていくことが自分のためにならないという感覚があった」と振り返った。スマートフォンに自らを操られるくらいなら、持っている意味がないと感じ、手放したという。
動画サイトを使うと、京アニ関係の動画ばかりが出てきて、「自分の精神衛生上、よくないことだと分かっていた」とも語った。
自分の興味や関心にあわせた情報が、アクセス履歴を分析して自動的に集まってくる「フィルターバブル」のことだろうが、青葉にとっては「京アニから離れたいけど、追いかけてくる」事態だった。精神の限界が迫っていた。
青葉は、京アニに託した夢を絶たれ、追い詰められていった。ゆがんだ憎悪は、京アニと「ナンバー2」が手を結び、自分に不都合なことを仕掛けているという妄想を形作った。そんな状況から逃れるためには、「メッセージ性を込めた犯罪をやらなければならない」という考えに至る。
弁護人 メッセージ性を込めた犯罪というのは?
青葉 無差別殺人です。
弁護人 (青葉さんが)離れたいという対象は?
青葉 監視されていること。京アニも入ります。
弁護人 無差別殺人と京アニから離れることのつながりとは?
青葉 大きなことをやらないと、パクったりとか、パクったことをにおわせたりすることをやめないのではないかという思いが強かった。(第5回公判)
「無差別殺人」というイメージが心に浮かんだのは、彼の影響があったからだ。彼とは、世間を震撼させた秋葉原無差別殺傷事件を起こした元死刑囚、加藤智大である。青葉は加藤の名前を公判で何度も口にした。
そしてついに、自分のことを「底辺の人間」と思い込んだ青葉は、凶器を手にした。
19年6月のある日、包丁6本を購入し、さいたま市のJR大宮駅に向かった。加藤が秋葉原事件の前に買ったナイフも6本だった。
青葉は、犯行場所に大宮駅西口を選んだ。駅前広場には歩行者用デッキがあり、通勤客や学生が足早に通り過ぎていく。現地に着いた青葉は思っていたよりも人の密集が少ないと感じた。「刺したとしても驚いて逃げられる」と犯行を中止した。
この日は、京アニ事件を起こすちょうど1ヵ月前だった。惨劇へのカウントダウンが、始まった。
〈「黙れ、うるせーんだよ」「殺すぞ」“京アニ事件”4日前に隣人と騒音トラブル…36人殺害“史上最悪の放火殺人犯”青葉真司死刑囚が犯行を決意するまで〉へ続く
(京都新聞取材班/Webオリジナル(外部転載))