「探偵への依頼は、依存が原因となり、困難な状態に追い込まれているものも多いです。相手の状態を判断し行政や医療につなげたり、傷ついた心のサポートが必要です。そこで心理を学びました」
キャリア10年以上、3000件以上の調査実績がある私立探偵・山村佳子さんは、メンタル心理アドバイザー、夫婦カウンセラーの資格を持つ。
今回山村さんが紹介する事例は、共依存を自覚している40歳の正雄さん(仮名)からの相談だ。2歳年下の妻とは2年前に離婚。しかし彼女のことを見捨てられずに同居している。そして元妻が行きつけのバーで知り合ったという恋人について調査してほしいというのだ。
ときに、元妻やその現在の恋人を調査するというのはストーカーや、相手への攻撃をする場合を警戒することもある。しかし正雄さんは現在も元妻と同居していることで依頼を受けたのだった。
今回の依頼者の正雄さんは、大手化学関連企業に勤務する会社員です。彼は、10年前に結婚し、2年前に離婚した元妻と離婚後も同居を続けていました。
離婚したのだから、法律上は他人ですが、正雄さんにはそう割り切れない理由がありました。それは2人が出会った15年前まで遡ります。正雄さんは大学卒業後、1年間のアメリカに語学留学します。妻とはそこで出会いました。彼女はお酒や恋人に依存する傾向にあり、友人として心配をしていました。
帰国後に正雄さんは東京で就職。妻は地元九州で裕福な実家から名目上の役員報酬をもらいながら、仕事もせずダンスやヨガのレッスンに通う日々。そして、2人はときどき会うような関係を続け、正雄さんは彼女がは親から愛されずに育ったこと、半ばネグレクトされていたことをしるのです。
中でも正雄さんが驚いたのは、元妻が親から贈られる誕生日プレゼントがずっと現金だったということ。プレゼントを一緒に選びに行ったことも、欲しいものを聞かれたことも、喜ぶ顔を想像して選んでもらったこともない彼女に同情。そして正雄さんは、元妻が28歳の誕生日に九州までお祝いに行き、つき合うようになって結婚することになりました。
小型犬を飼うと妻はとてもかわいがり、幸せな結婚生活を送りました。しかし、5年目にペットが亡くなったことで、元妻は不安定になってしまいました。酒量が増え、浮気も繰り返し、激昂したり泣いたりし、時折暴力を繰り返すようになります。感情が昂った元妻から「離婚しよう」と言われ、離婚届を提出したのです。
しかし、元妻は出ていかず、妻の実家から毎月20万円の家賃が振り込まれるように。正雄さんも元妻のことが心配ですが、いなくなると寂しい。そんなこともあり、離婚しても出ていってほしいとは言えなかったのです。
元妻は、離婚してからも何人かの恋人ができましたが、短期で別れます。ところが最近、行きつけのバーで知り合った男性と、すぐに結婚する勢いで交際しているとのこと。
正雄さんは「その相手がしっかりしている人か調べてもらい、ぜひ、彼女には幸せになってほしい」と言います。
正雄さん自身は、彼女がいなくなることに寂しさはあれど、10年間の生活に疲れ切っている。また、お互いに依存し合う共依存の関係にあることも自覚していました。
そんな思いを受けて、調査に入ることにしたのです。
正雄さんは妻の相手が誰だかわかりません。そこで、まずは妻の行動を追うことにしました。妻は、火曜日と金曜日にダンスのレッスンを受けており、その日は必ず外出するので、そこから張ることにしました。
正雄さんが祖父から譲られた一戸建ての自宅は山手線圏外の都内にありますが、最寄り駅から20分程度歩いたところにある、東京都心ながらも牧歌的なエリアでした。15坪ほどの庭付きの家は、昭和50年代で時が止まったかのよう。ただ、センスがいい正雄さんらしく、ドアノブや表札にとてもおしゃれなあしらいがされており、小さな庭も美しく手入れされていました。
17時に妻が出てきました。背がスラリと高く、筋肉質でバレリーナのようです。ハイブランドのTシャツにロングスカートを合わせ、フランスブランドのスポーツバッグを持っていました。全身をさりげなくブランドもので固めています。
バスを乗り継いで、ダンスレッスンを行いスタジオから出てきたのは20時。恵比寿に移動し、行きつけと思われるバーに行き、ウイスキーロックを2杯飲んでいます。21時に50代前半くらいの胸板が厚い男性が来ると、2人で飲み始めます。
2人は恋人同士のようで、名前と会話の断片から、男性の名前と会社の名前がわかりました。検索すると、都内にあるコンサルティング会社がヒット。男性は役員として紹介されていました。これを正雄さんに報告すると、「この男性のことを5日間調べてください」と依頼をいただきました。
男性が会計を済ませ、2人は手をつないで徒歩圏内にあるマンションに入って行き、妻はそこで1泊。朝、男性と一緒に、手を繋ぎながら出てきました。
男性はこの時代にSNSを全くやっておらず、ネットを検索して分かったことは、58歳という年齢だけでした。社内のブログにいくつかの記事があり、誠実な仕事をしていることがわかりました。その日の夜も昨日と同じバーに行き、ウイスキーを飲んで帰宅。
バーのマスターに経営の相談を受けたり、日本のウィスキーの話を教養とウイットを交えながら話しています。他の常連客から、元妻のことをひやかされると「僕にはすぎた人だよ。彼女は危ういところがあるでしょ。でも素直でいい子なんだよ」と話していました。
翌日の水曜日は取引先と会食、木曜日は部下の男性3人と飲みに行き帰宅。常に相手を尊重している紳士的な態度でした。明るく朗らかで、何より相手を楽しませる。部下との話で分かったのは、男性は家族のケアを続けた元ヤングケアラー。「去年、やっと親が亡くなって、ホッとした部分がある」と話していました。
部下にも妻のことは話しており、「もしかすると結婚するかもしれない」「相手は20歳年下の女性」などと伝えていたので、これは安心して妻を任せられる相手なのではないかと感じました。
金曜日に妻が泊まりに来ると、土曜日には妻とお台場でデート。妻のことが好きでたまらないようで、手を握ったり肩を抱き寄せたり、妻もとても安心している様子でした。日曜日は夫婦のようにスーパーで買い物をして、自宅マンションで過ごし、夜タクシーを呼んで、妻を自宅に送っていました。
以上を正雄さんに報告すると、「よかった」と安堵の表情を浮かべていました。「彼女がこの男性と結婚するなら、それにこしたことはない」と言っていましたが、正雄さんはこの10年間、彼女に献身を続けている。疲れ果てながらもその相手がいなくなると、心が不安定になったり、落ち込むようなこともあります。そこで「正雄さんの心は相当疲れているのではないでしょうか」と話したところ、「最近、眠れないんです」とおっしゃいます。そして安堵したのか、元妻が別の男性のところに行く寂しさなのか、突然、涙を流し始めました。
「よく、ここまで頑張りましたね」と言うと、「はい」と肩をふるわせています。そこで、私は心療内科の受診を強く勧めました。正雄さんは「僕の精神は強い。大丈夫です」とおっしゃっていましたが、自覚していることと、医師の判断は異なることが多いのです。
その後、正雄さんは心療内科の診察を受けたところ、適応障害だと言われ、治療を受け始め、眠れるようになったそうです。
妻はこの調査から1ヵ月後に男性との同棲をスタート。「今までありがとう」と出ていったそうです。元妻を自宅に迎えに来た男性と会い、正雄さんは思った以上に年齢が上なことに、改めて驚きます。そして「彼女はああいう父親のような人に、ひたすら愛されたかったのでしょうね」と話していました。正雄さんが元妻の依存体質について男性に伝えると「そういうときは、専門家の診察を受けさせます」と言ってくれたそうです。
正雄さんは以上を妻の実家に報告すると、「うちのバカが迷惑をかけました。あれに何かがあったら、またお願いします」と言われたので、それは断ったそうです。
「もう、僕も自分の幸せを探さなくては。とりあえず、元妻がいなくなった安心感、飲んで暴れてメチャクチャになった壁や床を修理して、穏やかな生活を楽しみます」
元妻のメンタルが不安定な原因は、おそらく周囲に愛されずに育った環境にあると思います。正雄さんもそれを感じたからこそ支えてあげたいと思ったのですが、妻の不安定な様子に振り回されてボロボロになってしまいました。そうなったときは共依存状態を解消しないと前に進むのは難しいのです。
正雄さんはこのままでは危ないと冷静な視点を持って調査をし、自身の治療も始めたことで「共依存」を俯瞰してみることができたそうです。優しい正雄さんの新たな道を心から応援したいと感じました。
今回の調査料金は70万円(経費別です)。
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