「将来の夢は世界で暗躍する忍者」と言ったら忍者にスカウトされて忍者になったという鈴木柚里絵さん。東大卒の才女でもある彼女が忍者になった理由、そしてベールに包まれた忍者活動を聞いた。
きっかけは「さんまの東大方程式」。医師の父と医学研究者の母のあいだに生まれ育った鈴木さん。今は、忍者として活動しているが、幼い頃から忍者を目指していたかと尋ねると「まさか」と笑顔で首を横に振った。
「小学生のときの夢は翻訳家でした。帰国子女の親友の影響で、英語の勉強が大好きだったんです。翻訳家の夢は次第に薄れていって、高校時代は高校を卒業したら声優になろうと思っていました」
声優志望の彼女が、なぜ東大に進学したのだろうか。
「一言でいうと両親を安心させるためですね。声優になりたいと母に言ったら、将来のために大学は出ておきなさいと怒られてしまって……都内で学費が安い国公立、母の出身大学で知っている、という理由で東大を受験しようと思ったのが高3の夏。
それから必死で勉強して、東大理科二類に合格しました。両親はめちゃくちゃ喜んでいました。東大入学後は統合自然科学科、大学院へと進み、物理学の勉強に励みました」
特別強い動機があって東大に入ったわけではない。しかし当時巻き起こっていた「東大ブーム」が鈴木さんに転機をもたらすことになる。16年放送のフジテレビ系トークバラエティ「さんまの東大方程式」に出演したときのことだ。
「本郷キャンパスの赤門の前でインタビューを受けました。『将来の夢は?』と聞かれたときに、とっさに出た言葉が『忍者』だったんです。あのときなぜ忍者と答えてしまったのか今でも不思議に思っています。
幼い頃にアニメ『忍たま乱太郎』にハマっていた時期があったくらいで、それまで忍者を意識したことはありませんでした。当時はこれといった将来の夢はなくて、質問されて頭が真っ白になったんですが、そのときにパッと浮かんできた言葉が忍者でした。番組放送後すぐに、複数の忍者文化の普及団体から『忍者になりませんか?』とオファーが届いたんです」
かくして忍者への道が開かれた鈴木さん。そもそも何をしたら忍者になれるのだろうか。
「詳細は“掟”によって語ることができないのですが、座学と実技の試験があって、それをクリアすると晴れて忍者になれるという感じです。入門試験の難易度は中学校の期末テストくらいでしょうか。それなりに勉強して臨まないと、合格することはできないと思います。
入門後も試験は続き、段階的に難易度が上がっていきます。どこまで上がっていくのかは、まだ新米忍者である私にはわかりません。伊賀の忍者の里でより本格的な修行をしたい気持ちはありますが、お金と時間の都合で、おもに近隣の関東地方にある忍者道場で修行しています」
運転免許のように座学と実技のテストに合格することで、忍者を名乗ることができるようになるのだとか。
実際に忍者になってみると、なる前に抱いていた印象とのギャップを感じたという。
「漫画やアニメでは忍者は目立つ存在ですが、実際はとても地味だと思いました。道場でやっている修行も柔道や合気道の稽古に近い。『NARUTO』のような超人的な忍術を修行することは当然なく、強いて言うなら『忍たま乱太郎』の忍術学園の雰囲気に似ていました。
私が驚いたのは、忍者は意外に多いということ。私が忍者になってから『実は私も忍者なんです』とSNSなどで先輩忍者から頻繁に声をかけられるようになりました。私の知る限りでも30、40人は社会に紛れた忍者が存在しています。
また、忍者の派閥もあって、私みたいにライトな忍者もいれば、生粋(ガチ)の忍者もいる。元来、忍者は口伝で子々孫々と受け継がれていった存在です。そういった生粋(ガチ)の忍者しか『忍者』と名乗ることは許されない、といった原理主義的な考え方の人もいます。
そういった方々にとって、私のようにSNSで発信しているような忍者は許せないらしく、『偽物』とバッシングを受けることは少なくありません。もっとも、実際にお会いしたガチの忍者の方々はとても寛容でした。戦国時代の忍者、風魔小太郎の正統後継者の方からは『君も忍者なんだ! 頑張って!』と競技用の手裏剣をいただきました」
忍者と名乗ることができるようになったのだが、忍者といっても、その言葉からイメージされるようなスパイ活動などはしておらず、基本的には修行に励む日々なのだという。
「おもに忍者道場での修行と、SNSでの発信の2つになります。先輩忍者を見ていると、毎週のように道場に通って5年ほど修行を積めば、一人前の忍者になるという印象ですね。私は忍者歴は3年なので、忍者としてはまだまだ新米になります。
SNSはInstagram、TikTok、Twitter、YouTubeなどでおもに海外の人に向けて日本の忍者文化をPRしています。忍者活動の報酬はありません。現代の忍者は職業ではなく、ライフスタイルの意味合いが強い。忍者を学び、精神と身体を鍛える。そこに収益性は生まれません。母は『バカなことをやっているわね』という感じであたたかく見守ってくれています」
令和の時代、忍者一本では稼げない。が、忍者をきっかけに仕事につながることは多いらしい。
「私のメインの収入源は声優業になります。コンスタントに出演させてもらっていて、声優業だけで食べていける分は稼げています。忍者をPRしていくなかで仕事をいただけることも多いです。
アニメ『ぐんまちゃん』の忍者キャラ『猫忍』を演じたときも、私が忍者ということでお声がかかりました。声優業のほかSNS活動でも収益があり、同世代の女性と比べても稼いでいる方になると思います」
机には大画面のパソコン、マイクなど配信に使う様々な機器が並ぶ。一方で壁一面の本棚には『忍秘伝』など忍者に関わる書物や、語学、経済などの専門書が大量に収納され、部屋の隅には手裏剣や刀などの“忍具”が転がっていた。なかなかにカオスな空間である。鈴木さんが続ける。
「忍者として世界中に呼ばれるようなパフォーマーになるのが今の夢です。そのためには語学の勉強は必須。これまで22言語を勉強してきました。日本語を含め、英語、中国語、フランス語、スペイン語の5ヵ国語は日常会話程度であれば話せます。
最近はインドネシア語の勉強に力を入れています。人口が多くSNS人口も急拡大しているインドネシアにコミットし、フォロワー数を伸ばすのが狙いです。以前、スペイン語のアカウントを作った際には一週間で10万フォロワーも増えました。
インドネシアは人口2億7000万人もいるのですが、公用語が英語ではなくインドネシア語のためSNS的にはブルーオーシャン。インドネシア語は現地の人気を獲得する大きな武器になります。このように最近はSNS戦略を考える時間が増えています。
まずは今年中にSNSの合計フォロワー数を100万人に伸ばしたい。行く行くはアクション映画にも出てみたいですね」
かつては暗闇に潜みこっそりと活動をしていた忍者の時代は終わり、SNSやテレビなどで情報を発信し、目立つことが忍者の仕事になってきたのかも!?