SNSやマッチングアプリで別人になりすまし、金銭を騙し取る「ロマンス詐欺」の被害が後を絶たない。この犯罪について取材を続け、近著に『ルポ 国際ロマンス詐欺』があるノンフィクションライターの水谷竹秀氏が、被害に遭った28歳女性の「被害後の生活模様」をレポートする。(全3回の第2回。文中一部敬称略/被害に気づくまでを記した第1回から読む)
【写真5枚】被害女性が投資した暗号資産の管理画面。他、ロマンス詐欺犯と被害女性のLINEメッセージの生々しいやり取りなど
* * *「はあ。生きれない」──騙された直後に沙也香(28歳、仮名)はツイッターのアカウントを作成し、そう投稿した。チャットアプリ「WeChat」で知り合った「トニー」を名乗る相手から、暗号資産(仮想通貨)の購入費用と出金手数料を合わせて、総額1100万円を騙し取られた。そのうちの200万円が父親からの借金だった。警察署に駆け込み、被害を報告するも、
「現状では泣き寝入りするしかないです」「ネットで知り合ったどこの馬の骨とも分からない犯人の特定は難しい」「口座の凍結ぐらいしかできません」
という説明を受けた。同じ暗号資産への投資でも、沙也香の場合は銀行口座への振り込みだったため、犯人が即座に引き出していなければ、口座凍結によって被害額を回収できる可能性はまだ残されている。一方、暗号資産を購入し、犯人が指定するアドレスに送付してしまった場合は、被害金の回収は不可能と言えた。
国際ロマンス詐欺を専門に対応している、東京投資被害弁護士研究会の金田万作弁護士が対応した事例では、暗号資産を送付した被害事案の相談については、これまでに現金を回収できたケースが1件もなかったという。
「暗号資産の場合は、暗号資産の送付アドレスを追跡していけば犯人の口座(ウォレット)がある取引所を特定することは可能です。ただ、その取引所が犯人の口座情報を開示してくれなければ、現金の差し押さえも個人の特定もできません。海外の取引所は弁護士などからでも開示に応じてくれず、ほとんどの場合海外の取引所が使用されているので、結局犯人の特定さえ困難です。だから暗号資産を購入した被害者には、被害金は原則、回収できないというお話はします」
弁護士事務所へ向かった沙也香は、口座を凍結してもらったが、ほとんど引き出されていた。続いて自己破産の手続きを始めた。父親や友人を除き、借金をした銀行、カード会社、消費者金融は7~8社。返済の期日が迫っていたが、振り込んでいなかったために支払い催促の電話が立て続けにかかってきた。それらもすべて弁護士に一任した。
そこからは勤め先の給料だけで生活する失意の日々。弁護士費用は積み立てにしてもらったので、月々5万円ずつ貯金した。外食もしなくなり、会社には弁当を持参した。民間の保険会社に月々1万円の掛け金を支払っていたが、医療保険など一部を解約し、生命保険だけを残して月々6000円の負担に減らした。沙也香が苦虫を噛み潰したように言う。
「服を買うのも控えるようになりました。友達との外出も減らし、遊びに行かなくなりました。お酒を飲んでもどうにもならないので。第一お金がもったいないし、弁護士費用の積み立てに節約をしなければいけなかったので」
それでもたまには、気晴らしに外食をする時もあった。訪れた店の写真をインスタグラムにアップすると、事情を知る友人からはこんなコメントが寄せられた。
「つらいのは分かるけど、外に遊びに行くぐらいなら借金返済のプランを考えたら!」
借金返済の義務がある被害者は、片時の楽しみすらも許されないのか。沙也香が苦渋に満ちた顔で語る。
「その友達も決して悪気はなく、私のためを思って言ってくれたのは分かるんです。借金をした別の友人が私のアカウントをフォローしているので、その子の気持ちを考えなよってことなんですけど、これは精神的にきつかったです」
この助言を機に、SNSに投稿する写真には今まで以上に気を配るようになった。友人への借金返済を早く終わらせるため、沙也香はアルバイトを探した。1つはネットでの物品販売。家で不要になった洋服を売りに出してみたが、そう簡単に稼ぎにはつながらない。もう1つ始めた副業が、高収入バイトとされる「チャットレディー」だった。
「ビデオ通話で男性会員と話をするんです。過激なタイプとそうでないタイプがあって、過激なタイプの場合は上半身を脱いで胸を見せたりします。相手の顔は見えないようになっていて、こっちはマスクをしたり、ウィッグをつけたりしています」
本業の会社が休日の土日に都内の事務所に「出勤」し、ブースに入って画面の前で待機する。会員から指名されれば、そこで対面する。
「過激なほうがやっぱり儲かるんです。お金を稼ぐためには仕方がなかった。かといって体を売るよりはマシかなと思っていました」
実際に会員の前で数回、脱いでみたが、すぐにムリだと悟った。
「いくらお金のためとはいえ、知らない人に見せるのは嫌でした。上半身しか見せちゃダメなんですけど、全部脱いでと要求してくる会員もいて。さすがにそれはできませんでした。自分はここまで落ちたか、と思いました」
過激なチャットの仕事には耐えられなかったので、店員に相談し、過激ではないタイプに切り替えた。ところが会員から指名されなかったのでバイトを辞めた。
このチャットレディーと並行して、セクキャバにも体験入店した。とにかくお金が必要だったのだ。大学生の頃、卒業旅行の資金を稼ぐため、一時的にキャバクラでバイトをした経験はあったが、まさか20代後半になって「復帰」するとは思ってもみなかった。
「セクキャバでの体験入店は気持ち悪くて吐きそうでした。JKのような制服を着て、中年の男性数人を相手しました。1人目から胸を触られ、舐められたりもしました。やりたくないのにお金のために手を出してしまった。惨めすぎるって思いました」
その日の仕事を最後まで終えることができず、途中で店を飛び出した。
「泣きながら帰りました」
(第3回へ続く。第1回から読む/本稿は『ルポ 国際ロマンス詐欺』の一部を抜粋・再構成したものです)