深夜の枕元で、暑い夏の昼下がりに、忘れていた命日に――。アレは何を知らせようとしていたのか
* * * * * * *
社宅住まいだった我が家が、思い切って戸建ての購入を決めた時のことです。
毎週末不動産会社を回っては、物件の内見を続けていました。当時、2人目の子が1歳になったばかり。物件探しに疲れ果てた頃、夫が会社の人の勧めで見つけてきたのが、坂の上にある家でした。
完成して半年、4DKの2階建て。日当たりがよく、庭もある。小学校からも徒歩2、3分だとか。ここでいいじゃない? わざわざ2人の子どもを連れて見にいくのも億劫で、間取り図と夫が撮ってきた写真だけで、最終確認を終わらせました。
手続きが済んで、引き渡しの日も決定。引っ越し前にカーテンと照明を取り付けに行こうと、寝袋を持って泊まりがけで新居に出かけました。キャンプみたい、と長女も大喜び。
「今日は好きな部屋で寝ようぜ!」と夫が提案し、長女は勉強部屋、次女と私が子ども部屋、夫が主寝室で過ごすことにしたのです。
深夜、寝ていた私の耳にボーンボーンと柱時計の音が聞こえてきました。子どもの頃に家にあったなぁ。無意識に音を数えます。いち、にい、さ……時計なんてあるわけないじゃん! ハッと目が覚めた瞬間、髪の毛の中ににゅーっと誰かの手が入ってきて頭を押さえつけられました。
枕元にはソバージュヘアの痩せた中年女性。周りを小型犬がキャンキャン鳴いて走り回っています。なぜかすぐそばにピアノがあると感じました。そう、私たちより先に住んでいる人がいたのです。
嘘でしょ。でも、絶対に夢じゃない。今は自分に多少の霊感があることを自覚していますが、当時は半信半疑でした。初めての自宅購入に舞い上がっていた夫にこのことを伝えるわけにはいきません。今さらキャンセルなんて無理。でもどうしよう。あの女性が家族に危害を加えたりはしないだろうか。まさか一緒に暮らすことになるの?
不安の中迎えた引っ越しの日。新居への荷物の搬入が始まりました。大型家具を入れ始めたその時。ガチャーン! ドン! 大きな音が響きました。いったい何? 見に行くと庭にタンスが転がり、キッチンの窓ガラスが割れています。業者が2階にタンスを吊り上げようとしたところ、失敗したようです。
その瞬間、見てしまいました。あの女性が空高く飛んでいくのを。「ハハハハハ」と高らかに笑いながら。
――ああ、出て行った。
タンスが壊れたのは残念ですし、夫はかなり怒っています。でも私は安堵感で笑顔になるのを抑えるのに必死でした。ああ、家族みんな無事でよかった……。
ところが、その後も家の中にあちらの方が現れたのです。2階で洗濯物をたたんでいると目の端を何か白い塊がサッとよぎります。岩のようにじっと座るおばあさんや、赤い目をしたおじさんが枕元に見えたことも。
そして引っ越しから7年経ったある晩、若い男性の霊が寝室にやってきました。「助けて!」と叫び、私の右腕を掴む男。布団の横にあったおもちゃのキッチンがカタカタ鳴っています。「私にはできない。出て行って!」と繰り返すと消えたのですが、霊に触られる経験にゾッとしました。
だんだんと霊感も強くなってきている。このままだと取り返しのつかないことになりそうだ。もう限界、引っ越そう。次こそは、夜中に誰も起こしに来ない家に――。
それから20年以上が経ちました。何度か引っ越しましたが、霊が見えたことは一度もありません。そういえば、あの家は、正面の坂に神社が見え、裏手には古い祠がありました。もしかしたら、霊の通り道に建てられた家だったのかもしれません。
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