「撮り鉄」の狼藉に非難が高まるなか「かつてはプロの写真家もマナー違反をしていた」の声…SNSの普及で「承認欲求に火がついた」

鉄道の写真を撮ることを趣味にする“撮り鉄”のマナー違反が、大きな問題になっている。一般人に向かって「どけ!」「邪魔だ!」と罵声を浴びせたと思えば、線路に無断で立ち入ったり、あろうことか線路沿いにある樹木を勝手に伐採したりと、やりたい放題の実態が報告されている。
“乗り鉄”や“模型鉄”など、他の鉄道ファンからも、「撮り鉄の間では自浄作用がまったく働いていないのではないか」といった厳しい意見が飛んでいる。撮り鉄は、「迷惑行為を働く連中と自分は、関係ない」と知らん顔を決め込む人が多いのだ。
最近では、プロの鉄道写真家の団体やカメラメーカーも、鉄道撮影のマナー順守を呼びかけている。しかし、「プロの鉄道写真家のなかには、積極的に注意喚起を行える立場にない人も多いのではないか」と、ベテランの鉄道写真家A氏が匿名でこう打ち明ける。どうやら深い理由があるようだ。【文・取材=宮原多可志】
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――撮り鉄のマナー違反がネットニュースを騒がせることが多い。これは由々しき事態だと思う。プロの鉄道写真家で撮り鉄に対してマナーの順守を呼びかけている人もいるが、なかには沈黙している人もるように感じられる。
A:自分を含め、同業者の多くがそういったマナー違反をしてきたため、強く言えないのだと思う。さすがに罵声を浴びせたり、線路に無断で立ち入ったりした同業者はいないと信じたい。しかし、線路沿いの雑草の刈り取りを行ったことがある人は多いはずだ。実際、自分も何度も草刈りはした。そうしないと列車の下側が写らないためだ。
伸びた草は刈るのが普通だったし、プロも撮り鉄もやっていた。ただし、さすがの私も樹木は伐採したことがない。そこまで労力をかけるくらいなら別のスポットを探す。とはいえ、プロも過去に多少の問題行動はしているはずで、後ろめたい気持ちがあり、積極的に注意はできないのだろう。
――有名な鉄道写真家も、とあるメディアで線路沿いの草刈りをしていることを堂々と告白していたことがあるようだ。その記事が数年後にSNSで取り上げられ、炎上していた。また、昔の鉄道雑誌の鉄道写真講座に、「雑草は刈ったほうがいい」という主旨のアドバイスがあったという報告がある。
A:一部の鉄道写真家だけを晒して責めるのは酷だと、私は思う。そうしたプロの鉄道写真家の行動が問題にならなかったのは、当時のプロが皆、同じことをやっていたからではないか。繰り返すが、樹木を伐採するのは大問題だ。しかし、その頃の感覚としては、きれいな写真のためには草刈りくらいならアリで、問題だと考えている人はいなかったということだろう。
2000年代はSNSユーザーも少なかったし、マスコミでも撮り鉄のマナー違反がそこまでクローズアップされなかった。しかし、鉄道写真の世界の常識は、一般社会では非常識なことが潜在的に多かった。それがSNSで広まったことで、問題視されるようになったという流れだろう。草刈りが問題になりだしたのは、ここ10年くらいのことではないか。
――田んぼや畑など、他人の敷地に無断で立ち入ることも問題になっている。
A:無断立ち入りは、プロも知らず知らずのうちに行っていると思う。田んぼのあぜ道も誰かの土地であり、山だって、草むらだって所有者がいるわけだが、撮影に夢中になって立ち入ったことはある。正直なところ、畑のなかに三脚を勝手に立てたことは何度もあった。撮影後は早急に撤収したが、今となっては問題のある行動だったと反省している。
――そういったマナー違反は、鉄道写真家や撮り鉄特有のことなのか。
A:どんな写真家も同じことをしてきたと思う。富士山などの絶景を撮影している風景写真家も、木の枝を折ったり、伸びた草を刈ったりしているはずだ。もちろん、私有地への無断立ち入りもしているだろう。迷惑をかけないように配慮はしていると思うが、SNSで問題視される行為を「絶対にしていない」と自信をもって言える写真家は少ないのではないだろうか。
撮り鉄も、若い世代は意外と礼儀正しくマナーを守る印象だ。むしろ、ベテランほど面倒だったりする。それは、我々プロが「こうやって撮ればいい」とレクチャーしたことをそのまま受け継いでいるからではないか。撮り鉄がプロと同じ構図で、同じ写真を撮ろうとすると、足元の草が邪魔になってしまうことはあったはずだ。結局、我々プロがやっていたことをアマチュアが真似しているだけなのではないか、と思っている。
――写真に限ったことではないが、昔は問題にならなかったことが、現代の基準では問題になるケースは多々ある。
A:写真が今ほど普及していなかった時代は、スナップ感覚で道行く人を撮影することは普通にあった。知り合いの写真家は、広告写真に使うためにハワイに行って、海辺できれいな水着姿の女性を見つけて無断撮影していた。旅行の広告か何かに使われたはずだ。今だったらこれは盗撮と言われるかもしれない。
――確かに、それだと、写真家が「マナーを守りましょう」と強く言うことはできないと思う。
A:過去の行為を謝罪したうえで啓発したとしても、自分だけが叩かれて損をしてしまうだろうし、仲間内からは「お前が言うな」と言われるのではないか。この問題には誰もが触れたくないだろうし、触れるメリットは何もない。だから、沈黙を貫いている人が多いのかもしれない。
プロの写真家で、「自分は普段からマナーを守っている」と自信をもって言える人は、ごく少数ではないかと思う。少なくとも、自分は今の基準だと問題視される行動をとってきたと思うので、「マナーを守りましょう」とは言いにくい。他人に注意ができるような立場ではない。
――撮り鉄が問題になりだしたのはなぜか。
A:本来、鉄道写真はニッチな分野だ。フィルムの時代は新幹線の“流し撮り”などのテクニックはアマチュアには結構難しく、技術を要するものだった。ところが、2000年代後半から、連写性能が向上し、高感度撮影も強くなるなど、デジタル一眼レフカメラの性能が一気に上がった。
カメラの性能の向上で、誰でも少し練習すれば美しい写真が簡単に撮れるようになり、アマチュアが撮影を楽しむようになった。プロ顔負けの撮り鉄が2000年代には多く出現したと思う。写真を楽しむ人が多くなった文化的な意義はあると思うが、反面、マナー違反を犯す人が増えたし、目立つようになったのは事実ではないか。
――SNSの普及がそれに拍車をかけたのか。
A:SNSの影響は無視できないと思う。よりきれいに、より美しい写真をUPして、見てもらいたい。承認欲求の高まりから、立ち入り禁止区域に入ったり、他人に罵声を浴びせたりするなどの行為を働く人が増えたのではないか。仲間内で自慢したいという思いも強いのだろう。
しかし、もはや誰もがきれいな写真を撮れるようになったため、定番アングルの写真では“いいね”がつかなくなったし、写真のコンテストではそういった写真は評価されない。いかに独創的な構図を狙うかがポイントになるが、そのためにはなおさら、人が開拓していない構図を求め、無断立ち入りをしなければならなくなる。
SNSの時代、写真家はどうあるべきか。業界全体で議論は必要ではないか。少なくともいえるのは、鉄道写真家はお互いにマナーの順守の徹底を呼びかけるべきだろう。問題行動が続けば、鉄道会社から撮影の禁止を通達されてもおかしくない。
――鉄道写真は今後どうあるべきか。
A:鉄道写真は素晴らしい趣味だし、全面的に禁止すべきだとは思わない。日本は四季折々の風景があり、そういった風景と組み合わされた列車の写真は魅力的だ。ただ、撮る側は謙虚であるべきだ。あくまでも自分たちは周りに迷惑をかけている存在なのだと、一人一人が自覚するだけでもだいぶ違うのではないか。
そして、障害物が映り込んだり、人が入ったりすることをそこまで問題視すべきではない。はっきり言って、AIでいくらでも消すことができる。編集ソフトの性能も上がっている。撮り鉄が現地で周囲に罵声を浴びせている問題は、実はAIや編集ソフトで簡単に解決できてしまうものばかりだ。
ただ、AIの使用を認めてしまうと、写真とはいったいなんぞやという議論になってしまうと思う。しかし、時代の変化もあるし、やむを得ないのかもしれない。鉄道写真を健全に楽しむためには、鉄道会社や沿線住民に対して、“撮らせていただいている”という姿勢を持つことが大事だと思う。
ライター・宮原多可志
デイリー新潮編集部