本人に代わって勤務先に退職の意思を伝える「退職代行」サービス。若者を中心にここ数年急速に一般化したこのビジネスで、トップシェアを誇るのが「モームリ」だ。2022年開業にもかかわらず、すでに累計4万件以上の退職を代行。多ければ1日180人もの依頼を請け負うという。
「自分の時代にあったら、使いたかった」「代行など頼まず直接、退職すればいいのに」と賛否両論が聞こえてくるが、ひとつ確かなのは、モームリには「退職代行を使ってでも辞めたい企業」や「辞めたいけれど辞めづらいブラック企業」などのリアルな情報が集まっていることだろう。
そうした情報を元に「ダメな会社の見極め方」を伝授したのが、モームリの生みの親・谷本慎二アルバトロス代表が上梓した『もう、無理間違いだらけの会社選び』(内外出版社)だ。
一体、「もう、無理」と多くが投げ出す会社の特徴とは? 事前に見極める方法は? 谷本氏に聞いた。

――「モームリ」は、後発ながら退職代行ビジネスの中でもトップシェアを誇っているそうですね。
谷本:はい。いま退職代行を手掛ける事業者は大小あわせて100ほどあると言われていますが、そのうち7割くらいの案件は弊社が手掛けていると思います。
――圧倒的ですね。なぜそこまで差をつけることができたのでしょう?
谷本:「LINEで最初に無料相談できること」「一件2万2000円と低価格で抑えてあること」など、他社に比べて強みは多いのですが、何よりも「認知度の高さ」に尽きると思います。認知度をあげるため、早くから積極的にメディアやSNS、YouTubeなどをふくめて、私が顔出し露出してきたことが功を奏しました。
というのも、参入したときに我々自身がそう感じたように「大丈夫な事業か?」と怪しまれる可能性が高いと考えていたのです。先行して退職代行ビジネスをはじめられている事業者はありましたが、顔が見えない事業者ばかりでしたからね。
そこで、積極的にオープンに実態を見せ、安心して利用していただけるよう精力的にプロモーションを進めてきたのです。結果として「モームリなら安心だ」と思っていただけたかなと。
――オフィシャルサイトやSNSでは「実績報告」として、ほぼ毎日、何件の退職を手掛け、どんな事例だったかをオープンにされています。あれも同じ狙いでしょうか?
【実績報告】本日17名の退職確定《オーナーと従業員の関係》-退職代行実績-正社員 :12名パート・アルバイト :5名計17名…
– 退職代行モームリ (@momuri0201) March 7, 2024

谷本:そうですね。加えて、退職者の方の声から「こんなひどい言動を受けていた」と具体的な事例をあげると、社名を出さずとも「うちのことだ」と当事者は気づくはずです。パワハラやセクハラなどの抑止力になるのではないか、と期待して公表している側面もあります。
――もっとも、そうしたパワハラが特定の個人から発せられるものなのか、その企業のカルチャーが温床になっているのか、違いがありませんか?
谷本:おっしゃるとおりです。なので、そこは決めつけないようにしていますし、だからこそ会社名は公表していないんですよ。
「あの会社はパワハラがひどい」と伝えてくる退職希望者の方もいらっしゃいますが、会社ではなく個人からのパワハラではないか、というケースも当然多くあります。
一方で、弊社のように一日100件近くの退職代行希望の方からのヒアリングを重ねると「同じ企業からの依頼が多い」「部署を超えて特定の企業から依頼を受ける」といった事例が多々あるのも事実です。
――なのであれば、事前に「こういう会社に勤めたら苦労する」「やめたほうがいい」といった傾向も見えてくる。御社には退職希望者のデータを元にした貴重な意見が入るとも言えますね。
谷本:そうなんです。しかも、私たちはあくまで代行業者なので、退職希望者の「本当の声」が集まっているのも強みです。退職希望者が辞める会社に本当の理由を言うとは限りませんからね。「社内のパワハラがひどい」とか「女性を軽視したような会社の体質に嫌気が指した」などと本当の気持ちを言わず、「一身上の都合で」などとごまかして伝える方も多いですから。この貴重な情報、データをもとに「こうした会社に勤めてはマズいですよ」とお伝えすることは社会的価値が高いと感じました。
以前から、こうしたデータをもとに「離職率低下」をテーマにした経営層向けの講演会などをしているのですが、企業にとってもそれは貴重な情報。もちろん、就職、転職を考えている人にとっても価値が高いと思い、今回、一冊の本にまとめて公開したというわけです。
――だから、とても実践的で、腑に落ちる会社選びのコツが伝授されています。いくつかピックアップすると、最初の「Googleマップの星評価」で判断する、はおもしろいですね。
谷本:はい。転職サイトなどの口コミは信頼性に欠ける情報も多いですからね。
――転職サイトなどが信頼性に欠ける理由は具体的には何なのでしょう?
谷本:よくある転職サイトや口コミサイトは、書き込みにフィルターがかけられている場合がほとんどだからです。「パワハラ」「セクハラ」といったワードを書き込んでも掲載されない場合が多いのです。もっとも、それは当然で、転職サイトは転職してもらうことが目的ですからね。その会社に不利益になるような情報を載せては利益相反になるので、避けたがる傾向がある。
しかし、Googleマップは公正な情報を出す意識が高い。虚偽の情報があった場合は、削除する対応も早いので、比較的、信頼できますからね。
――ネットでいうと、企業の「コーポレートサイト」からも判断できるものがあるとか。
谷本:これは退職代行の仕事をしているからこそわかるのですが、退職代行の依頼を受け、企業に電話をかける前に必ずコーポレートサイトを見るじゃないですか。すると「こういう見せ方をしている企業はどうかな」と感じることが多々あるし、実際に退職代行の依頼も多い印象です。
たとえば、中小零細企業のサイズなのに、やたらと「きらびやかな日本に!」とか「世界をもっとよくしたい」と大きな言葉ばかりが並んでいるサイトなどは典型ですね。
――大きすぎるビジョンを掲げている企業が要注意な理由は?
谷本:「社長の主張が強い」現れだからです。ワンマンで経営に厳しいカルチャーが根付いている場合が多い気がします。もちろん、就職された方が「そうしたトップダウンで引っ張るリーダー社長がいる会社でこそ働きたい」方ならいいんです。むしろベストマッチングで、労使ともに幸せな関係が築ける。
ところが、「こんなにワンマン社長とは思わなかった…..」「これほど厳しいノルマがあるなんて…..」と入社前に抱いていたイメージと実態の乖離があることが、退職理由になるケースが多いですからね。
――実態を把握するうえで、企業のサイトも慎重に読み解く必要があるわけですね。
谷本:そう思います。たとえば、そこで働いている「社員の写真」もよく見ることをすすめています。社員が「やたらと日焼けしたマッチョな方が多い」とか「ちょっとおとなしそうな内向的な雰囲気の人が多い」とか。何かしらの傾向が見えてくるものです。「自分と近いな」「一緒に働きたいな」と感じたところは、マッチしているということ。「ちょっと自分と距離があるな…」と思ったら、コーポレートカルチャーが合わない可能性が高い。あとは「職場の写真」も目を凝らしてみるのもおすすめです。
――職場の写真ですか?
谷本:ええ。机の上が散らかっていたり、観葉植物が少し枯れていたり……。そうした整理整頓ができていない企業は、仕事も整理整頓できていない可能性が高い。そうした職場は仕事が属人化されていて、マニュアルなどがない場合が多い。つまりあとから入ると苦労することが予測できます。もちろん、堅苦しくなくゆるい職場である可能性が高いので、そうした環境が良い方にはいいでしょうが、苦手なら避けたほうがいいですね。
――社員といえば、説明会や面接などでも、その評定から良い会社か否か推し量れるとか。
谷本:会社説明会で社長が話している間、他の従業員の方の表情を見てほしいです。熱っぽく社長が語っているのに、他の社員が無表情だったり、聞いていなかったりするようなら、要注意です。会社の雰囲気が悪いか、強すぎるワンマン経営の可能性が高い。また、面接で会社のオフィスを訪れる機会があったら、「社員の声の大きさ」をチェックするといいと思います。
――社員の声は、大きいほうがいい? あるいは小さいほうがいいのでしょうか?
谷本:自分にとってちょうどいいかどうか、ですね。打ち合わせは電話などでやたらと大きな声が聞こえてくる会社は日常的にそうしたボリュームで仕事することになるということ。音量があわないとコミュニケーションの妨げになり、日々ストレスを感じることになります。
実際、我々のところにも「自分が大声をはりあげられるわけではないが、日々、怒声を含めて大きな声が飛び交う職場が嫌になった」と退職代行を依頼する方が何人かいました。
――似た話では、メールが遅いか早いかについても本書で言及されていましたね。
谷本:そうですね。メールが20時過ぎてもガンガンにくるような会社は長時間労働の可能性が高いし、返信メールが早い会社も要注意です。即レスを強制させているようなカルチャーが、合わない人には合いませんからね。
――一貫して、本書では「こういう会社は怪しんだほうがいい」とアドバイスすると同時に、「ただ、そういうカルチャーがフィットするなら『ま、いっか』と考えられるのでは」とサジェストされていますよね。そこが独特だし、誠実だなと感じました。
谷本:そうなんです。退職代行をしていても、「そこは事前に調べておいたほうがよかったですね」「少し調べたらミスマッチが起きなかったかもね」と感じるケースもあります。また20代に多いのですが、「仕事に対する期待値が高すぎる」方も多いですからね。
――期待値が高い?
谷本:ええ。「仕事で自己実現を果たしたい」「たくさん給料がほしい」「でもプライベートも充実させたい」「きつい仕事はしたくない」……といった具合に、あれもかれもと理想を求めすぎている。
やっぱりきつい仕事ほど給料が高いし、自己実現を果たせるような仕事はプライベートを犠牲にせざるを得ないような働き方をしていたりもするのが現実ですからね。どこかで何かを犠牲にせざるを得ないことは多々あるのに、ひとつズレを感じると「退職したい…」となる方が見受けられる。ちょっと違う視点を持てたらいいかもねと伝えたい思いがあります。
――その思いを含めて、会社を選ぶための3つのポイントも挙げられていますね。
谷本:はい。「自分の人生の優先順位は何かを知っておく」「(会社で起きるトラブルに関して)自分がどれだけ許容できるか知っておく」「会社に対する期待値をあげない」の3つです。ようは結婚と似ていると思うんですよ。恋愛は相手をどれだけ好きになれるか、かもしれないけれど、結婚は「相手のことをどれだけガマンできるか」で判断すべきかなと。
――逆に退職者を減らしたい企業が意識すべきことはありますか?
谷本:労働者が「入りたい企業」を目指すのではなく、「入ったあと辞めたくない企業」「ずっと働き続けたい企業」を目指して努力をおこたらないことでしょうね。あとこれは労使双方ですが、持ちつ持たれつの関係であることを忘れないことは大切かなと思います。下手をすると会社と従業員は「雇ってやっている」「働いてやっている」という意識になりがちです。
しかし、会社側は「うちを選んでくれてありがたい」と感謝の気持ちを持ち続けるべきだし、働く側も「会社に雇ってもらえてありがたい」と感謝の気持ちを忘れないほうが互いに良い関係が築ける。
――なるほど。当たり前ですが難しく、そして大事な考え方ですね……。ところで、御社のような退職代行が一般化すると退職のハードルが低くなって、何度も利用する、ジョブホッパーのような人が生まれる気がします。実際はどうでしょう?
谷本:聞かれるのですが、そうでもないんですよ。実際、「モームリ」のリピート率って3%しかないんですよ。他のサービス業でいったら、極めてリピーターが少ない。それだけ、やっぱり「本当は会社を辞めたくない」「いい会社で働き続けたい」と考えている方がほとんど、ということでしょうね。