新学期が始まり、再び学童に通う小学生を持つ家庭も多い。共働き世帯にとって欠かせない学童クラブだが、電車遅延で送迎が間に合わず、延長料金が発生してしまうケースもある。しかし、なかには東京・武蔵野市のように「遅延証明書」で料金を免除するという自治体も。異例ともいえる対応について、市の担当者に話を聞いた。
【画像】武蔵野市が遅延証明書の提出で延長料金がかからない対応をしている理由
新学期が始まった。夏休みとは生活ペースも変わり、再び学童通いが始まる小学生を持つ保護者も多いのではないだろうか。保護者にとっては慌ただしい送迎の日々が始まるわけだが、電車通勤をする保護者にとってつらいのが「電車遅延」だ。
とりわけ人口密度の高い首都圏では電車遅延は日常茶飯事。定時に仕事を終えても電車遅延で送迎に遅れてしまい、途方に暮れたという経験がある人もいるだろう。
小学1年生の子どもを学童に通わせる都内の母親は次のように話す。
「仕事は時短勤務なので、18時のお迎えには間に合うはずなんです。でもそれは『予定通りの電車に乗れたら』の話で、少しダイヤが乱れたりするとギリギリの時間になることもあります。
うちの自治体は『18時1分』を過ぎたら問答無用で延長料金がかかるので、遅れそうなときは駅から電動自転車で学童まで爆走します。一度夕方に電車が止まり、大幅に遅れたときは本当にイライラしましたね。定時で上がったのに、学童に延長料金を払わないといけないし。保育園では遅延証明書の提出で延長料金が免除されていたのですが…」
また、共働きをする都内在住の母親は次のように話す。
「電車遅延で18時の迎えに間に合わなかったことはまだないけど、そんなことになったら半狂乱になりそう(笑)。送迎自体は大変ではないけど、帰宅して用事を片付けて、ごはんを作ってまた片付けて云々……が大変といえば大変かな。近場か在宅でできる仕事を探し続けているけど、なかなか好条件のものは見つからないですね」
自治体によってルールはさまざまだが、学童クラブでは数千円程度の月額利用料に加えて、延長利用する場合は追加料金を支払うケースが多い。
さらに延長料金は「月額」と「日額(スポット)」で金額が設定され、「お迎えが遅れたときだけ延長料金を払っている」という保護者も多い(月額だと2000円前後、日額だと400円前後)。決して安いとは言えない基本の月額利用料に加え、さらなる延長料金の支払いは保護者にとって負担だ。
そんななか、東京・武蔵野市では、「電車の遅延でやむを得ず午後6時を過ぎてしまった場合は、クラブへの連絡の上遅延証明書を提出すれば当日の延長育成料はかからない」と学童クラブの入会案内の中で定めている。
なぜこうした対応をしているのか。市の担当者に話を聞いた。
「今、学童は法人事業者に委託して運営するケースが多いですが、武蔵野市では平成29年から外郭団体である『武蔵野市子ども協会』に移管して運営しており、その時にはすでに(遅延証明書の提出で延長料金がかからない対応に)なっていました。ですので、かなり前からそうした対応をしていたと思われます。
なぜそうした対応をとったのかについては記録が残っていません。想定されることとして、会社でも電車遅延による遅刻は遅延証明書を出せば、遅刻扱いにならないというシステムになっているかと思いますが、これと同じ理屈だと考えられます。
電車の遅延は個人の責任ではなくて、交通機関の問題なので、これによる自己責任を問うのは酷であるという観点からの判断になります」
公共交通機関の遅延を「個人の責任」と捉えず、延長育成料金をとらない方針の武蔵野市。「いかなる理由でも送迎に遅れたら延長料金を請求する自治体のほうが多いのではないか」と問うと、担当者は次のように話した。
「そのほうがオペレーションとしてはシンプルで面倒がありません。学童の仕事は『変形労働制』と言って、働き方が不規則になる面がありますし、仕事が過重になっている上に成り手が不足している現状があります。さらに最近では、教員や保育士も含め、子どもに関わる現場での働き方改革を推進する動きもあります。
そうしたなかで、インターネットで簡単にダウンロードできる遅延証明書の『裏取り』をするといった手間を考えると、今からわざわざ職員の負担を増やすような対応に変えるのは難しいかもしれませんね。武蔵野市ではずっとこの対応を続けてきているので、今後変更の予定はありません」
そもそも、学童クラブの運営方針はどのように決められているのだろうか。東京都福祉局子供・子育て支援部の担当者に話を聞いた。
「国が示す『放課後児童クラブ運営指針』のなかで開所時間について触れています。そこでは保護者の就労時間や学校の授業の時間、地域の実情等を考慮して放課後児童クラブごとに設定する、と定められています。
また学童クラブの運営主体は区市町村とされているので、何時まで開所するかというところは区市町村の判断になります」
このように前置きした上で、都が今年度から新たに始めた「東京都認証学童クラブ事業」について担当者は次のように説明した。
「都は新たに『認証学童クラブ』という仕組みを設けました。平日は19時までを開所時間とし、さらに『19時を超えた開所に努めること』という基準を定めています。最終的に何時まで開所するかについては区市町村が決め、そこに対して利用料を取る・取らないという点についても、国の実施要項の中で『区市町村が必要な経費の一部を保護者から徴収することができる』と定めています。延長料金に関するルールは、クラブごとに変えている例は少ないと思います。区市町村単位で大体そろえているところが多いですね」
また、電車が遅延して延長料金が発生する場合については次のように話した。
「『電車が遅れた場合』という条件付きになると現場の運用の問題になり、それを形として明確に整理しているという例はあまり見ません。国の示している国の交付金と利用料徴収の考え方のなかでは、『利用料が半分・補助金が半分』となっています。
ただ実態としてそこまで保護者に負担を求められないので、安く抑えている自治体が多いと思います。だいたい月額で平均すると都内でも5~6000円くらいが多いですね」
担当者によれば、学童の開所時間拡大に関しては“悩ましい面”もあるという。
「開所時間に関しては、『保護者の利益』と『子どもの利益』がなかなか合わない部分もあります。国が定める学童クラブの運営基準では『平日1日3時間以上』とされ、あくまでも最低限の基準を定めています。
ただ、共働き世帯が増えているということを踏まえて、都が今年から始めている認証学童クラブ事業では、早くても19時までは開所していただき、その基準に沿った学童クラブについては上乗せの補助をするという方針です。
その基準を作る際に専門家の話も聞きながら進めましたが、開所時間に関しては、共働きの親にとっては便利ではありますが、子ども目線でいくと『長時間学童で過ごさないといけないの?』ということになります。さまざまな議論がありましたが、とはいえ、都市部の実情として、両親共働きで『18時までにお迎えに行く』のは物理的に難しい部分があります。学童での活動内容の充実に対しても上乗せ補助を進めていくので、子どもが楽しめるような環境づくりができればと思います」
最後に、「学童の開所時間を延ばすだけではなく、大人の働き方を変えないと根本的な解決策にはなりません」と担当者は話した。
電車遅延に伴う延長料金をめぐる取材を通して見えてきたのは、学童現場の負担、模索を続ける自治体、そして共働き世帯が抱えるジレンマだ。学童クラブ事業の持続可能性と子どもたちの「健全」な育成のために、一つずつ課題を解決していくことが求められている。
取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班