渋谷区ホテルの8割が“ワンルーム化”の異常事態 マンション内を宿泊客がウロウロ…地元経営者はトラブルを懸念

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ある週末、渋谷・道玄坂の歓楽街を、巨大なスーツケースをゴロゴロとさせながらさまよう外国人の家族連れ。チェックインするホテルを探しているうち迷ったのだろうか。様子を窺っていると、家族連れが入っていったのは、通りから1本入った場所にある分譲マンションのエントランスだった――。いま渋谷ではこうした光景が珍しくないという。「実は、マンションをホテルとして貸し出す業者が急増しているのです」そう話すのは渋谷で3年以上ホテル経営をしてきたA氏だ。詳しく話を聞いてみると、驚きの実態が――。
***
【写真を見る】渋谷区内にあるいっけん「普通のマンション」だが、ホテルとして届け出された部屋が複数存在する
「これを見てください」
A氏がそう言って持ってきたのは「旅館業施設リスト」と印字された20ページ超の資料である。
「渋谷区の保健所が『旅館ホテル営業』の許可を出している施設のリストです。特別な内部資料などではなく、渋谷区保健所のホームページから誰でも入手できるものです」(A氏)
記載されている宿泊施設の数は、NO.1からNO.460まで。
「実はこのうち5軒のホテルは廃業していて、実際に営業中のホテルは455軒ということになるのですが、一般的な社会通念で“ホテル”と認識されている、受付カウンターがあってロビーがあって、というホテルはこのうち95軒だけで、残り360軒はマンションの1室をホテルとして届け出た、“ワンルームホテル”なのです」(同)
率にして約8割がマンションの1室をホテルとして営業する宿泊施設ということになるが、驚くのは同じマンションの中に複数の別の宿泊施設が存在していることだ。
A氏が例として挙げたのは、道玄坂近くの百軒店(ひゃっけんだな)エリアにある総戸数115のマンションだ。
「この1軒のマンションの中に、25軒ほどのホテルが入っていることになっているんですよ。それぞれの部屋が1軒のホテルとして、1つ1つバラバラに営業許可が下りているということです」(同)
記載されているホテル名を検索してみると、ちゃんとbooking.comなど大手宿泊サイトに登録されているホテルもある。
「三ツ星ホテルとして登録されているホテルもありました。こうした“ホテル”の相場は1泊3万円ぐらいで、ダブルベッド1つにソファベッドがついていて、最大3人泊まれます、というパターンが多い。そうすると、1人あたりの宿泊代は1万円ぐらい。通常のホテルよりも安いということで、低予算の外国人旅行者から人気になっているのです」(同)
「断っておきたいのですが、私は決して“商売敵”だからこんな風に言うのではないんですよ」
そのように前置きしたうえで、A氏が懸念するのは“ワンルームホテル”の「安全性」だ。
「まず気になるのは防火設備です。通常、ホテルは火事が起きても他の部屋に火が燃え広がらないよう、特殊な建材を使って建設します。“特殊建築物”というのですが、マンションの1室をホテルとして届け出ている場合、そうした基準をちゃんと満たしていない可能性が高い」(A氏)
気がかりなのは、行政の連携が取れていないように見える点だ。
「管轄の消防署の方とお話しする機会があったので、そういったホテルが増えていることを知っていますか、と聞いてみたのです。すると“え、そんなにたくさんあるんですか”と驚いていました。つまり、保健所の営業許可施設リストが消防署に共有されていないのだと思うのです」(同)
消防の担当者が言うには、査察対象の施設はスケジュールが決まっていて、順番に回っていくとの説明だったというが、
「360軒の“ワンルームホテル”を1つ1つ確認することができるのか。人手の問題もあり実際は難しいのではないでしょうか」(同)
A氏がもう1つ危惧するのは、“ワンルームホテル”が犯罪の温床になる可能性である。
「マンションの1室をホテルにした宿泊施設には、フロントがありません。インターネットで予約を受け付けて、決済は事前にネット上で完結するため、対面のやり取りが発生しません。部屋の鍵も、部屋のポストに暗証番号付きのケースがぶら下がっていて、決済後に伝えられる番号を入力することで鍵を取り出せる、という場合がほとんどです」(A氏)
オートロックのマンションの場合、部屋の前まで辿り着くためにはエントランスの暗証番号が必要になるが――。
「そのために本来は住人しか知らないセキュリティドアの暗証番号を、宿泊客に教えてしまうケースも多い。そうするとスーツケースをガラガラと引いた外国人が、マンションのエントランスの中を平然と歩くことになる。マナーのいい外国人ばかりであればいいのでしょうが、中には深夜に酒を飲んで騒ぎながら帰ってきたり、ゴミなどを共用部に置いたままにしたりしてしまう旅行者もいると聞きます」(同)
ゴミ出しや騒音のトラブルも困るが、怖いのは犯罪に使われてしまうケースだ。
「例えば、インターネット上では3名の定員の部屋として貸し出されていたとしても、実際に何人泊まっているかは確認しようがありません。その気になれば8人でも10人でも部屋に入れてしまいますし、宿泊客でない人を招き入れることも容易です。そういう環境は、やはり犯罪の温床になりやすく、例えば麻薬の売買に使われたり、犯罪組織の隠れ家になってしまったり、さらには売春などの現場として使われてしまう恐れもあります」(同)
そうしたA氏の心配をよそに、不動産業界は“ワンルームホテル”に「ビジネスチャンス」を見出しつつあるという。
「もとは家賃が月額10万円のワンルームマンションを、1泊3万円で20日間埋めることができれば60万円になるわけです。そうすると月払いで、賃貸の6倍も“家賃収入”を得られる。仮に30日間満室で回せれば9倍の90万円です」(A氏)
つまり、賃貸マンションの利回りが一気に跳ね上がるのである。
「例えば、家賃が10万円で年間120万円の家賃収入を得られるワンルームを、3000万円で売却した場合、表面利回りは4%となります。実際は諸経費などかかりますが、単純計算では10年間で1200万円の家賃収入が得られ、25年間で元が取れることになります」(同)
ところが、同じワンルームを宿泊施設として届け出を出し、“ホテル営業権付き”の物件として売り出すと――。
「1泊3万円で月に30日間貸し出し月90万円、年間1080万円の売り上げが立つとすると、1億円でその物件を売ったとしても、表面利回りは10%になります。つまり、元は3000万円でしか売れなかったワンルームマンションを、ホテル営業権付きの利回り10%の物件として売り出してしまうのです。すると、詳しい事情を知らない中国人投資家などが、“毎年1000万回収できる物件だったら買おう”なんていうケースが実際に出てきているんです」(同)
仮に売れなくても、ホテル営業を続ければ売り上げは立つので、“在庫”を抱える心配もない。
「“ワンルームホテル”を手掛ける業者は、同じ物件内に複数の部屋を所有していても、1部屋ずつ別名義の法人として登記するケースも目立ちます。それは、5部屋とか6部屋でまとめてホテルの許可取りをすると“バラ売り”ができないからです。逆に1部屋ごとに許可が取れていれば、部屋ごとにその法人の所有権を変更することで売却が可能になり、譲渡所得税の節税も可能となります」(同)
***
では、いったいなぜこのような“野放図”とも言える状況が生まれてしまったのか。この記事の後編では、東京オリンピックに向けホテル不足が懸案事項だった2018年頃、なし崩し的に進んだ規制緩和が生んだ「制度の穴」や、予定されていた制度の「見直し」が果たされなかった理由など。“ワンルームホテル爆増”の背景を法律の側面から深掘りしていく――。
デイリー新潮編集部

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

SNSでもご購読できます。