妊婦の死亡事故「胎児も被害者と認めて」赤ちゃんに重い障害が…父親の訴えを阻む“刑法の壁”【報道特集】

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今年5月、愛知県で妊婦が死亡する交通事故がありました。赤ちゃんは帝王切開で生まれましたが、重い障害が残っています。実はこの赤ちゃん、事故の「被害者」として認められていません。
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いったいなぜなのか?父親の悲痛な訴えです。
事故現場で手を合わせる研谷友太(とぎたに・ゆうだい)さん(33)。妻・沙也香さんが交通事故で亡くなった。31歳の若さだった。
ボロボロになった服、血がにじんだスニーカー。事故当日、沙也香さんが身に着けていたものだ。
事故があったのは、2025年5月21日午後4時前、愛知県一宮市の住宅街だった。乗用車が対向車線をこえて路側帯にはみだし、歩いていた沙也香さんを後ろからはねた。
事故直後の沙也香さんを目撃した人は…。
事故直後の目撃者「うつ伏せになられていて、ちょっと泣いているような。(ももが)擦りむいている感じは見た」
沙也香さんは病院に搬送された2日後、家族に見守られながら息を引き取った。なぜ事故に巻き込まれたのか。友太さんは毎日事故現場に通い、問い続けている。
――まっすぐの道路なんですね。
研谷友太さん「もうこれ以上ないぐらい、見通しがいいと思う。普通は起こり得ない事故状況だと思う」
警察は、乗用車を運転していた児野尚子被告(50)を現行犯逮捕。その後、過失運転致死の罪で起訴された。児野被告は事故後、警察に自ら通報し、当初は「間違いありません」と容疑を認めるも、その後「記憶がない」と話しているという。
研谷友太さん「私には本当に、もったいないぐらいの妻でした。頭でもう妻に会えないとわかっていても、やっぱり心のどこかで戻ってくるんじゃないか。漠然と思ってしまうこともあります。急に悲しみに押されて、涙が出てきたりすることもあります」
実はこの事故にはもう一人、被害者がいる。沙也香さんは9か月になる子を宿していた。
搬送先の病院で、帝王切開によって赤ちゃんは生まれた。しかし、脳に重い障害が残り、意識がない状態が続いている。
研谷友太さん「妻が一度も子供を抱けずに逝ってしまったのは、本当に無念ですし、成長を見たかっただろうなと思います」
この赤ちゃんに友太さんは、“日七未(ひなみ)”と名付けた。
研谷友太さん「妻に候補として伝えてはいたんですけど。『すごくかわいい名前だね、良い名前だね』と言ってくれた記憶があって」
母子手帳には、お腹の中にいる日七未ちゃんの様子がつぶさに記録されていた。
母子手帳の記録「胎動を感じるようになったので、胎動カウントをつけた」
研谷友太さん「妻がどれだけ娘のことを思っていたかわかる記録なので、宝物ですよね。食事もすごく気を使ってて、何を食べたかしっかり細かく残してた。一応、最後の日まで」――この日の午後だったんですね。研谷友太さん「こういう妊娠中の記録とか、娘に読ませてあげたかったなって。『こんなにお母さん頑張ってたんだよ』と、読ませてあげたかった」
車を運転していた児野尚子被告は、過失運転致死の罪で起訴され、9月2日に初公判が開かれる。
友太さんが憤りを覚えたのは、検察が起訴した内容だった。認められた被害者は沙也香さんのみで、日七未ちゃんの名前はどこにもない。
研谷友太さん「生まれてきてくれて、ただ障害を負ってしまっている。今も懸命に生きてくれているのです。そんな状態で生きてる娘が、被害者として扱われないというのは、やっぱり違和感しかない」
なぜ、被害者として認められないのか。その理由は、明治時代に制定された刑法にあるという。
立教大学 小林憲太郎教授(刑法)「刑法において『胎児』つまりお腹の赤ちゃんというのは、未だに『人としての保護に値する価値を持っていない』というように解されている」
刑法では、胎児は人ではない、だから、被害者にはなれないというのだ。なぜ、胎児は人として認められないのか。
小林教授は、仮に胎児を「人」と認めてしまうと、別の問題が起こるという。
立教大学 小林憲太郎教授(刑法)「適法な人工妊娠中絶も、お母さんが『お腹の中の独立した人間を殺した殺人行為なんだ』という風に位置づけられることになり、適法に行わせることが非常に難しくなる」
喉に管が繋がれた日七未ちゃん。人工呼吸器がなければ呼吸することもできない。友太さんは、胎児が被害者と認められないことは、到底納得はできないと憤る。
研谷友太さん「これを今、刑事的な部分で責任が問われないというのは、どこか法律上の欠陥があるとしか言いようがないかなと思っております」
実は、裁判所が胎児を被害者と認めた交通事故がある。よく知られているのは、2003年の鹿児島地裁の判決だ。
妊娠7か月の女性がけがをし、その後、脳に障害が残って生まれた子どもを被害者として認定した。交通事故をめぐっては異例の判断だったという。この根拠となったのが…
立教大学 小林憲太郎教授(刑法)「昭和63年に非常に重要な最高裁の決定が出された」
1988年の最高裁決定。それは四大公害病である水俣病をめぐるものだった。
母親が汚染された魚介類を食べ、その胎内にいた子どもが受けた有害物質の影響について、被害を認定した。「胎児は人かどうか」を判断せずに、刑事責任を認めるという例外的な決定だったという。
立教大学 小林憲太郎教授(刑法)「この考え方によると、非常に例外的ではあるけども、胎児への過失による攻撃を処罰する、人に対する罪として処罰することができる」
鹿児島地裁の判決も、妊娠中に起きた交通事故の影響で、生まれた子どもに障害が残った場合、処罰できると判断した。
胎児が人かどうかの判断を避けた最高裁決定には、刑法学者の間でも批判がある。
しかし、交通事故被害者などの支援にあたる弁護士は、救済のためこの解釈をもっと反映すべきだと指摘する。
高橋正人弁護士「(最高裁が)救済するためには、どういう理屈を立てたらいいかを考えた。だから救済できた。法律はあくまでも、生活を良くしていくための手段。自動車事故の過失犯でも同じことが言える。人としての形、機能を持っているのに、母体内に入っていれば人じゃなくなる、という解釈になるのか。解釈自体をもう見直さないといけない」
自分は助かったが、お腹の子を亡くした人がいる。
2007年8月に交通事故に遭った小沢樹里さん。3歳の長男と車で花火大会に向かう途中だったという。
小沢樹里さん「私が一時停止していたところ、後ろからかなりの速度で追突される形。体が浮くというか、前にドンと」
そのとき小沢さんは妊娠2か月。
小沢樹里さん「しばらくしたら腹痛が始まって『なんだろう』みたいな」――それは事故から数日後ですか小沢樹里さん「そうです。(医者から)お腹の中で本来ならば動いているものが 『見えないんですよ』と言われて。手術をすることになったんですけど、最後の最後まで『お願いなのでもう一度、生きてるかどうか見ていただけませんか』と。『やっぱり変わらないから、辛いかもしれないけど』って言われて」
お腹の子は助からなかった。仏壇には、小さなリスのぬいぐるみが置かれていた。
小沢樹里さん「お腹の子供とか赤ちゃんを荼毘に付すということは、その形をなくしてしまうこと。骨も残らないし」「この子(ぬいぐるみ)を娘の天羽(あまね)ちゃんという名前で、『いってきます』『ただいま』『おかえり』いつも言うようにしています」
追突した車の運転手は、罰金刑に処されたという。しかし、胎児は被害者として認められなかった。
さらに、保険会社の担当者の言葉が追い打ちをかけたという。
小沢樹里さん「『お腹の子供って“物”と一緒なんですよ』と言われて。その瞬間に、沸騰するかのように 血が沸き、たぎって。もしそうだとしても、あまりにも言い方がひどすぎる。『20万円プラスでいいですか、物なので』と言われて。人として扱ってもらえないんだ」
この事故の約半年後には、飲酒運転による事故で義理の両親を亡くした小沢さん。その後、関東交通犯罪遺族の会、通称「あいの会」を設立。交通事故撲滅に向けた活動を続けている。
5年前には、国に対し胎児も交通事故の被害者と認めるなど、法改正を求める要望書を作成したが…
――実際に提出は?小沢樹里さん「していないんです。どのタイミングで出していいのか。大きな事件がないと理解してもらえない」
妊婦と胎児の交通事故は警察の統計すら存在せず、実態は不明だ。小沢さんのもとには妊婦の被害者からの相談が複数寄せられているという。
小沢樹里さん「みんな、すごく自分を責めるんです。お腹の子供を亡くすのは非常に重いことで、そこで止まってしまってるお母さんは非常に多かった。声が出なかっただけであって、決して(一宮市の)事件だけではなく、これまでも数えれば多いはず。日本として国をあげて、早急に対策をとってほしい」
胎児は人ではないのか。新生児医療の現場からはこんな声があがる。
埼玉医科大学(新生児科)加部一彦 特任教授「日本では、在胎22週を超えれば早産になる。今はもう22週、300g台で生まれる子もかなり助かって、元気に生活するような時代になってきた。どこから胎児で、どこからが新生児なのかということは、医療の世界では、もうかなり認識が変わってきたと思う」
母親のお腹の赤ちゃんを手術する事もあるという。
埼玉医科大学(新生児科)加部一彦 特任教授「お腹の中にいながら治療するわけです。胎児が治療の対象になっている。治療の対象ということは、人として治療しているわけですから、法的な問題というのは、まだまだ議論が尽くされてないような気がする」
交通事故で妻を亡くし、娘の日七未ちゃんに重い障害が残った研谷友太さん。育児休暇を取って、日七未ちゃんに付き添い続けている。
――絵を飾られているんですね研谷友太さん「3人揃う事ができなかったので、今回の事故がなかったらこうだった」
沙也香さんは、同じ勤務先の後輩だった。4年間の交際を経て結婚。正義感が強く、明るく優しい性格に惹かれたという。
研谷友太さん「おっちょこちょいな部分もありましたけれども、それも含めて彼女のかわいらしさでもあり、彼女がそばにいるだけで周りの人が笑顔になる」
2025年7月に出産を控えた沙也香さんは、お腹の子の為に健康に気を使い、近所への散歩を日課として続けていた。
研谷友太さん「一度、流産も経験しているので、ようやく安定期にも入ってきて、(出産が)目前でしたので、本当に楽しみにしていた」
友太さんは今、日七未ちゃんの存在が生きる力になっているという。
研谷友太さん「本当に 『生きてくれてありがとう』 という気持ちしかなくて。かわいいんです。娘がいるからこそ、生きてくれてるから頑張れる」
「娘を被害者として認めて欲しい」そう訴える研谷さんは、オンラインの署名活動を始めた。賛同者は既に9万人を超えている(8月30日時点)。
9月2日の初公判の日に、名古屋地検に提出する予定だという。
研谷友太さん「社会への一石じゃないですけれども、命をかけて娘を残してくれた妻のためにも、今を頑張ってくれてる娘のためにも、こうしたことが議論されることが、娘がこの世に生を受けた証でもある。娘の尊厳、人としての尊厳を無視するような対応はせずに、しっかりそこは対応して欲しい、そこだけ」

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