日本国内だけで3,000万人以上、成人の3人に1人が罹患しているといわれる「脂肪肝」。いまや国民病ともいわれるこの病ですが、食事に気をつけている「痩せ型」の人であってもかかる可能性があると、肥満・脂肪肝専門医の尾形哲氏はいいます。同氏の著書『専門医が教える 肝臓から脂肪を落とす食事術【増補改訂版】』(KADOKAWA)より、50代女性の事例をもとに、「筋肉量」と「脂肪肝」の関係性についてみていきましょう。
〈本記事の登場人物〉■永島 亜紀さん(51歳・女性)身長149cm。残業続きで多忙な日々を送っており、50歳を過ぎて体にガタが出始めていることを気にしている。食べすぎや飲みすぎの習慣がないにもかかわらず、健康診断で肝臓の数値と中性脂肪値の高さを指摘された。■尾形 哲医師。肥満・脂肪肝専門外来「スマート外来」担当医。外来患者の8割以上を3ヵ月で5kg減、脂肪肝改善に導くメソッドを確立する。
〈本記事の登場人物〉
■永島 亜紀さん(51歳・女性)
身長149cm。残業続きで多忙な日々を送っており、50歳を過ぎて体にガタが出始めていることを気にしている。食べすぎや飲みすぎの習慣がないにもかかわらず、健康診断で肝臓の数値と中性脂肪値の高さを指摘された。■尾形 哲
医師。肥満・脂肪肝専門外来「スマート外来」担当医。外来患者の8割以上を3ヵ月で5kg減、脂肪肝改善に導くメソッドを確立する。
「ちょっとやってみてもらえますか?」
先生はそう言って机の中から何やら器具を取り出し、私に手渡した。
「『握力計』です。握力を知りたいので、立ち上がってから力一杯握ってください。利き手でお願いします」
イスから立ち上がり、右手で握力計に手をかけて力を込めて握った。
「握力は17.6kgですね。女性の場合、18kg以下だと“サルコペニア”の可能性があります」
「サルコペニア……?」
花の名前に似た不思議なワードを告げられた。
「サルコペニアは、筋肉の減少を意味します。語源はギリシャ語で、“筋肉”を意味する『サルコ』と、“喪失”を意味する『ペニア』を合わせた造語です」
「そうなんですね。握力とサルコペニアと肝臓と何か関係があるのでしょうか?」
「はい。筋肉が減ると、肝臓の脂肪化が進みやすいのです」
「えっと……?」
「順を追って説明しますね。まず、肝臓にためられる脂肪は“中性脂肪”です。食べ物から摂ったブドウ糖がエネルギーとして使われずに体内に過剰に増えると、ブドウ糖は“中性脂肪”に変化します。つまり、中性脂肪のもとはブドウ糖です。今後の説明を理解していただくためにも大切なので、覚えておいてください」
「はい」
「ブドウ糖は体にとって重要なエネルギー源です。だから、仮に2~3日食事をしなくても死なないように、普段から体の中にはある程度のブドウ糖を蓄えています」
「それは知っています」
「その保管場所が血中と筋肉と肝臓です。血中では、いわゆる“血糖”としてブドウ糖のまま存在しています。筋肉と肝臓では、ブドウ糖が一時的に結合する“グリコーゲン”として貯蔵されています」
「昔、生物の授業で習った気がします」
「そうですか。ここで、筋肉量が減ったらどうなるでしょう?」
「ブドウ糖の貯蔵場所が減る?」
「そのとおりです。筋肉でのグリコーゲン貯蔵量が減ってしまうので、余った分は肝臓で対処するしかなくなるわけです」
「なるほど」
「もう1つ理由があります。筋肉はエネルギーを消費する“工場”のような働きをしています。摂取したブドウ糖の7~8割は筋肉で使われるのです。だから、筋肉量が減ると使用されずに余った糖が増え、さらに肝臓に回りやすくなるんですね」
「筋肉って運動するのに必要なだけではないんですね」
「そういうことです」
「肝臓に回った糖がグリコーゲンではなく、中性脂肪になるのはなぜですか?」
「肝臓でグリコーゲンを貯蔵できる量にも限界があるからです。お伝えしたように、余ったブドウ糖はまずはグリコーゲンとして肝臓に貯蔵されます。しかしそれだけで対処できないと、グリコーゲンの6倍もの量を貯蔵できる“中性脂肪”に形を変えるのです。そして、無理やり肝細胞に押し込むわけです」
「なんと! そんなことが起こっているのですね……」
「筋肉量の減少は肝臓に脂肪を増やす大きな原因になります。そこで筋肉量を判断する1つの指標が“握力”なのです」
「先生、聞いてもいいですか? 筋肉量が減ると体重も減りそうですが、体重はあまり変化がありません」
「それは、筋肉が減り、代わりに脂肪が増えてしまったからでしょうね」
「……。なるほど。体重だけではわからないということですね」
「おっしゃるとおりです。だから、スマート外来では受診時に『体脂肪率』と『筋肉量』を計測しています。今日の計測では、体脂肪率41.9%。筋肉量11.8kgでした。これからは体脂肪率を下げて、筋肉量を増やすことが1つの目標になりますよ」
「筋肉を増やせ」と言われても、運動をする時間なんて作れそうにない。
〈先生からの処方箋〉筋肉量が少ない人は糖の貯蔵庫が少ない。だから、肝臓にもすぐ脂肪がたまる。
〈先生からの処方箋〉
筋肉量が少ない人は糖の貯蔵庫が少ない。だから、肝臓にもすぐ脂肪がたまる。
尾形哲長野県佐久市立国保浅間総合病院外科部長/「スマート外来」担当医