「親を置いて自分の人生を選ぶこと」は、どれほど難しい決断なのだろうか。年齢を重ねてもなお、実家から出られない……「親を置いて自分の人生を選ぶこと」は、どれほど難しい決断なのか、その背景には、経済的なことだけでは語れない事情がありました。
「もう限界でした」
神奈川県でひとり暮らしをする小林卓也さん(48歳・仮名)。彼は今年の春、72歳の母を実家に残し、生まれて初めてひとり暮らしを始めました。
小林さんは一人っ子。父は高校生のころに亡くなり、それ以来、母と二人三脚の生活を続けてきました。現在、母親は月7万円の年金で暮らしており、生活のほとんどは小林さんの収入で成り立っています。同級生たちが進学や就職、結婚を機に実家を離れていくなか、小林さんは「母が心配だから」と、実家を出ることはありませんでした。というよりも、実家を離れることは非常に困難なことだったといいます。
「母は昔から感情的で、気に入らないことがあると怒鳴ったり、物を投げたりすることがありました。『あんたがいるから私の人生はこうなった』と何度も言われて。でも機嫌の良いときはとことん甘えてくる。『卓也がいてくれるから暮らしていける。いつもありがとう』と。一度、転職をしたときに職場があまりに遠いからひとり暮らしをしたいと言ったらヒステリックに責められて。『絶対に認めない』『私をなぜ置いていくのか』『親を捨てるのか、親不孝者』と。そのあとは、ひたすらに泣き落とし。『私を1人にしないで』『卓也がいなくなったら、どう生きていけばいいのか』。母とのやりとりに疲れ果ててしまい、ひとり暮らしをしたいという思いも消え失せました」
過干渉、支配、自己中心的……小林さんが語る母親の姿は、いわゆる「毒親」の典型ともいえるものでした。生活を支えていた一家の大黒柱であった父(=夫)を早くに亡くしたのだから、子どもへの依存心が強くなっても当然のことかもしれません。
精神的にも弱い母親の姿を見て、とてもひとりにはできない……そう思い、48年間、一度も実家を出ることはなかったのです。
株式会社LIFULLが一都三県に住む20代~40代を対象に行った『「実家暮らし」に関する調査』によると、「実家を出る予定や意思はない」と答えた人は、20代で44.3%、30代で52.5%、40代では70.3%に上りました。年齢とともに経済的に自立する人は多くなるものの、親との関係性や介護の不安から、実家暮らしを選ぶケースが多く見られるようです。

【40代「実家暮らし」をしている理由】家賃や生活費など一人暮らしのための費用を払えないから…36.8%貯金をしたいから…35.1%実家が職場に近いから…26.5%料理や洗濯などの家事が面倒だから…22.2%趣味や推し活にお金をかけたいから…18.4%親から出ていかないでほしいと言われているから…11.4%その他…15.1%
【40代「実家暮らし」をしている理由】
家賃や生活費など一人暮らしのための費用を払えないから…36.8%
貯金をしたいから…35.1%
実家が職場に近いから…26.5%
料理や洗濯などの家事が面倒だから…22.2%
趣味や推し活にお金をかけたいから…18.4%
親から出ていかないでほしいと言われているから…11.4%
その他…15.1%
実家を離れることはできない――そう思っていた小林さんが、ひとり暮らしを始めたのは、最近、親を亡くしたという同僚から話を聞いたことがきっかけ。
「介護をすること5年。大変だったけれど、しっかりと看取ることができて親孝行になった」
「ただ、親を亡くした喪失感は大きい」
「そんな自分には家族がいる。家族がいるからこそ、大きな喪失感に耐えることができる」
そのような話を聞いたとき、ふと、親がいなくなった世界を想像したといいます。しかし「母がいない世界が想像できなくて。これはマズいと、危機感を覚えました」と小林さん。そして母親が毒親であることを言い訳にしてきた自分に気づいたといいます。
同僚との話のあと、すぐにひとり暮らしをすると母親に話した小林さん。大喧嘩になったそうです。それでも決して折れることなく、「ごめん、もう限界なんだ」と、実家を出ていった小林さん。高齢の母をひとりにする不安は大きく、何かあったら駆けつけられるよう、車で15分ほどの場所にワンルームマンションを借りました。また、毎週末には実家に顔を出して母親の様子を見るようにしています。
「実家を出てから、母はろくに口を聞いてくれません。それでも、少しずつでいいので新しい親子の関係を構築できたらと思っています」
毒親との関係性に悩んできた田中さん。40代で実家暮らしであることに、どこか諦めに似たものを感じて生きてきたといいます。それでも「人生を立て直すのに、年齢なんて関係ないです」と力強く言ってくれました。
[参考資料]
株式会社LIFULL『実家暮らしに関する調査』