〈青いビニールシートに包まれた“ナゾの物体”の正体は…「置き手紙を残した父親」が失踪→その後、山林で「遺体」として発見されたコワすぎる理由(平成29年)〉から続く
「こんなに広い家なら、子どもは2人いてもいい。2人目も作っちまおうぜ」「そうね。お父さんも喜ぶだろうしね」
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平成29年、近畿地方で「子育て」にまつわるすれ違いから起きた不幸な事件。父親はなぜ「実の娘」と「義理の息子」に殺されなければならなかったのか……? 同事件のその後をお届けする。なおプライバシー保護の観点から本稿の登場人物はすべて仮名である。(全2回の2回目/最初から読む)
写真はイメージ getty
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史郎は綾香と知り合った頃、日雇いの土木作業員をしていた。綾香から「未来の結婚相手」として史郎を紹介された母親は、「真剣に交際するつもりがあるなら、ちゃんと社会保険のあるようなところで働きなさい」と説教した。
その言いつけを守って史郎は介護施設に転職。その後、子どもがデキたので反対できなくなり、史郎と綾香は入籍することになった。
結婚式前日、久々に家族全員が集まった。綾香も綾香の2歳下の弟も8年ぶりの一家団欒を喜んだ。
結婚式当日、涙を流して喜ぶ哲也さんを見て、母親も歩み寄りを見せ、それを機に月1回は元家族が集まって食事する“定例会”という行事を始めた。
まもなく長男が生まれると、“定例会”は週1回のペースに増えた。哲也さんは初孫の誕生を喜び、目に入れても痛くないほどかわいがった。そんな姿を見て、綾香と史郎にはある考えが浮かんだ。
「私たちも今のアパート暮らしじゃなくて、子どもを広々とした一戸建ての家で育てたい。お父さんに協力してもらって、家のローンや生活費を折半するという約束で、同居してもらったらどうだろうか」
その提案を持ち掛けると、哲也さんも賛成した。哲也さんと史郎は共同名義人となって、中古の二世帯住宅を購入し、ローンの1750万円は折半で払っていくことになった。
「こんなに広い家なら、子どもは2人いてもいい。2人目も作っちまおうぜ」
「そうね。お父さんも喜ぶだろうしね」
綾香と史郎はローンを支払っていくことが決まった日から、避妊を止めてしまった。
その結果、哲也さんと同居が始まって1カ月もしないうちにオメデタが判明した。てっきり喜んでもらえると思ったのに、哲也さんに報告すると、鬼のような形相で怒られた。
「お前ら、家族計画がムチャクチャだな。オレだっていつまでも達者じゃない。35年ローンを払いながら2人の子どもを育てていけるのか。金も甲斐性もないくせに子どもなんか作りやがって。そのツケは長男が払うことになるんだぞ!」
哲也さんは2人の子どもを大工の腕一つで育ててきた。史郎は月収20万円、綾香は専業主婦。2人が哲也さんの収入を目当てに子どもを作ったかのような態度が我慢できなかったのだ。
「お前ら2人でどれだけやれるものなのかやってみろ。もう食費と光熱費は払わん。オレはオレで払う。それが2人目の子どもの養育費だと思え。家のローンだけは半分払ってやるから」
哲也さんは宣言通り、食費や光熱費を払わなくなった。これを綾香と史郎は「約束が違う」と怒った。同居すればこそ、生活費も浮くと思ったのに……。だいたい初孫はあれだけかわいがっているのに、なぜ2人目の孫の誕生を喜んでくれないのか。そのことが2人には不思議でしょうがなかった。
それだけでなく、哲也さんは2人の養育態度について厳しく叱責するようになり、「長男の面倒も見ないで、テレビばかり見てるんじゃねえ!」と怒鳴りつけたり、綾香が転倒しかけたのを見て、「そのままこけてお腹の子が死ねばよかったのに」といった暴言まで吐くようになった。
綾香と史郎はだんだんストレスを募らせていった。これでは父親を居候させているようなものではないか。こんなことならアパートにいた方が良かった。何の助けにもならないのに説教ばかりしている。事件直前は父親と顔を合わせること自体がストレスになっていた。
事件前日、2人は例によって説教を受け、「1人目の子どもの面倒も見れんのに、よう2人目が作れたな。お前らに親の資格などない!」などとののしられた。
その夜、史郎は台所から包丁を持ってきて、枕元に置いた。
「もう我慢できん。今後も一緒にいるなんて無理や。殺してやる!」
「ホンマにやるん?」
「これからのことを考えたら無理だ。一緒に付いてきてくれ」
事件当日未明、2人は眠っている哲也さんの寝室に忍び込んだ。史郎が右肩甲骨上部に包丁を突き刺し、「ウッ」と言って痙攣を始めた哲也さんの両足を綾香が押さえた。動かなくなると、ブルーシートに梱包して車で運び出した。
哲也さんの遺体を山中に捨て、凶器の包丁はその帰りに車を走らせながら山中ののり面に向かって投げ捨てた。
綾香はアリバイ工作のため、哲也さんの携帯を使って母親らにメールした。
「お父さんがいなくなった。借金があるって。〈オレのことは探さないでくれ〉ってメールが来た」
「やっぱりあの人は変わらないのね……。自己破産まで経験したのに、また同じ過ちを繰り返すなんて……」
「どうしよう、失踪届を出した方がいいのかな?」
「いいでしょ、いい大人なんだし、自業自得でしょ。そんなことを黙ってたなんて……。あんたたちに同居してもらって、生活の面倒を見てもらおうと思ってたんじゃないの?」
母親は綾香の説明を聞いても疑いもしなかった。
ところが、事件の真相は「2人目の孫の誕生を喜んでもらえず、父親に非難されたため」と知って親族は呆れ返った。特に弟は父親を殺した姉が許せず、絶縁宣言した。
綾香は拘置中に2人目の息子を出産した。長男は母親が引き取ったが、2人目の息子は「とても世話ができない」と引き取りを拒否された。とりあえず乳児院に預けられ、里子に出されることになった。
裁判所は「同居していた父親に育児などの面で叱責され、両被告は不満を募らせていた。同居の解消に向けた努力を一切試みることなく、犯行に及んだ。綾香被告は史郎被告が包丁で被害者を刺した際に付き添っていて、足を押さえるなどの犯行の関与が認められる。2人の責任の度合いに大きな差があるとは言えない」として、史郎に懲役13年、綾香に懲役11年を言い渡した。
(諸岡 宏樹)