「こってり」ブームを巻き起こしたラーメンチェーン「天下一品」の閉店ラッシュがSNS上で大きな話題となっている。
Xで230万インプレッションを超えた投稿(執筆時)によると、6月30日をもって新宿西口店や渋谷店など首都圏の繁華街にある店舗が多数閉店するという。これに呼応するように、「#天一閉店」「#天一ロス」などのハッシュタグが登場し、閉店に対する嘆きの声が日々投稿されている。中には「学生時代の思い出の味だった」「深夜にお世話になった」など、個人の思い出とともに綴られた投稿も少なくない。
天下一品の特徴といえば、なんといってもスープだ。鶏ガラスープと野菜をじっくりと煮出した濃厚なスープは、まさに「食べるスープ」。京都で生まれたチェーンは2020年1月に234もの店舗を展開したが、2025年5月14日現在は209店舗と、徐々にその数を減らしている。
売上高の推移を見ると、天下一品は決して致命的な経営不振に陥っているわけではない。運営母体である天一食品商事を含むグループ5社の売上高は、2022年度に95億8,900万円、2023年4月期で115億3700万円と、むしろ回復基調にあった。コロナ禍を、デリバリー・テイクアウト対応の強化、全国展開の継続などで耐え抜いてきたのだ。
では、なぜ閉店が進んでいるのか。その要因として、まずな「原価率の高さ」が挙げられる。天下一品の代名詞とも言えるこってりスープは仕込みに手間と時間がかかるうえ、原価率は非常に高くつく。熱烈なファンを取り込んでいる以上、簡単に調合や原材料を変えたり、文字通り「水増し」したりするわけにもいかない。
第二に、一等地に立地する店舗の「高額な家賃」も経営を圧迫する要因となっている。天下一品は渋谷や新宿など首都圏巨大ターミナル駅に多数出店することで、「地方発のチェーン店」感は完全に払拭された。
だが都市部や駅前などの好立地にある店舗ほど、賃料の負担が大きく、売上が少しでも鈍化すれば赤字に転落する可能性が高まる。とりわけコロナ禍以降、オフィス街の人流が戻り切らない地域や、観光客依存のエリアでは、立地の良さが逆に経営の足かせになることもある。
第三の要因として、「現金決済に限られる」点が挙げられる。キャッシュレス決済が急速に普及する中、天下一品では現在も現金のみ対応という店舗が多い。モバイルオーダーや「タッチパネル注文が導入されたものの、支払いは現金のみだった」という利用者のレビューもあるとおり、若年層や訪日外国人観光客の需要取りこぼしにつながっている。
各種キャッシュレス決済は手数料がネックだが、消費者への浸透度合いは深く、「キャッシュレスじゃないと店に入らない」という消費動向も明確にあらわれ始めている。
物価・賃料・人件費のトリプル高は、当然値段に転嫁せざるを得ない。フラッグシップとも言える「こってり 並」は940円。ラーメン業界に囁かれる「1000円の壁」までにはまだ60円の「上げしろ」を残しているが、かねてからの利用者からは「高くなった」との声が多い。また、味付けが強いため、ライスやトッピングなどサイドメニューを頼むケースがほとんどであり、そうするとあっさり1000円を超えてしまうのがネックのようだ。
こうした中で、閉店した天下一品の跡地につけ麺チェーン「三田製麺所」が進出する例が相次いでいる。これは両チェーンを運営するフランチャイジーが同じ会社であることがゆえんとみられるが、ラーメン店がつけ麺店へ入れ替わる現象は示唆に富む。
三田製麺所はつけ麺を中心とした業態だが、ラーメンに比べるとスープの原価率をおさえることができ、伸びたりしないので麺の扱いが比較的容易だ。さらに、調理工程の簡略化や回転率の高さなど、経営効率の良さでも知られている。つけ麺という商品特性上、食材の在庫管理がしやすく、スタッフの教育も比較的短期間で済むため、新規出店のハードルが低い。こうしたビジネスモデルの優位性が進出に拍車をかけている。
都心では、主軸のラーメンにくわえてつけ麺をメニューに加えている店舗が徐々に増えてきており、行列を作っている。麺よりもスープの原価が高くつくところで、「大盛り無料」を売りにできるつけ麺のほうが、満足度の面で優る。同じく「こってり」とした味付けでも、やはりコスパが求められる時代のようだ。
いま、ラーメン界で大きな勢力を誇っているのが「家系」「二郎系」「ちゃん系」であり、スープの濃淡はあれど、どれも塩気は強い。また、チェーンで大きなシェアを誇る「餃子の王将」や「日高屋」はサイドメニューの充実や居酒屋利用の需要、低価格のメニューの設置によって集客している。顧客が手軽にニーズを満たすことができるラーメン店やチェーンが覇者となっている。
かつては「天一芸人」をかかげる有名人がテレビ番組で紹介し、「ラーメン界の異端児」「唯一無二の味」として語られたことは記憶に新しい。そのインパクトのある味わいとクセになる濃厚スープで、多くの固定ファンを獲得してきた。その人気ぶりはグッズやアプリなどの展開にも波及し、一時期はラーメンチェーンの中でも随一のブランド力を誇っていた。
しかし、時代は変わる。食の多様化、健康志向の高まり、値上げとコストカットの塩梅――。味の個性やブランド力がいかに強くても、いつかは時代の潮目がかわり、方向転換を余儀なくされるのが飲食店経営の常だ。
それでも、天下一品は全国に熱狂的なファンが存在しており、唯一無二の味はそう褪せない。今回の閉店ラッシュも、次の戦略を整えるための「一時撤退」なのだろう。どのような巻き返しを図るのか、注目が集まる。
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