もし絶対に失敗できない接待の店選びを任されたらどうするだろうか。口に合わない店を選んだばかりに相手の機嫌を損ねてしまったり、こっそり商談をしたくて個室を選んだのに隣の部屋の会話がダダ漏れだったり……。間違った店を選べば、接待が台無しになるおそれがある。
店選びは責任重大。そのプレッシャーと日々闘っているのが、社長や役員についている“上級秘書”だ。大企業の経営層の会食は、相手も経営トップやエグゼクティブ。担当者レベルの会食と違って、接待の成否が会社の明暗を左右することもある。そのセッティングを一任されている上級秘書は、店選びに神経を人一倍使っているに違いない。普段けっして表に出てこない上級秘書は、いったいどのような視点で店選びをしているのだろうか。
「まず大切なのは会食の目的を察すること。エグゼクティブの会食には目的が必ずあります。具体的な商談の第一歩目になる会食もあれば、大事なお客様と関係を継続するための会食や、海外本社から来日したエグゼクティブをもてなす社内接待もあります。そこを間違えると、どんな一流店を選んでも的外れなものになってしまう」
そう教えてくれたのは、某外資系企業日本法人の社長秘書を務める小川恵梨香さん(仮名)だ。小川さんはもともと外資系企業で顧客サービスを担当していたが、十数年前に「不特定多数のお客様をおもてなしするだけでなく、一人の人をおもてなしする仕事も面白そう」と秘書業界に転身。以降、計10人のボスに仕えてきた。
秘書というと、上司の指示に従ってスケジュール管理などの雑務をこなす職種をイメージするかもしれない。ただ、海外では「セクレタリー」と「アシスタント」を区別しており、後者は従来の秘書業務の他、自分の裁量でボスを支援したり、スタッフを束ねてマネジメントする役目を担うこともある。小川さんの現在の肩書は「エグゼクティブアシスタント(EA)」。海外ヘッドクォーターとの連絡役を務めるなど、まさにトップの右腕として多忙な毎日を送っている。
エグゼクティブの会食は数カ月前から決まっていることもあれば、突発的に予定が入ることもある。いずれにしても上司からいちいち目的を教えられたり店を指名されるケースは少なく、「EAが目的を察して手配する世界。私の場合、きちんと察することができるようになるまで5年かかった」という。
さて、会食の目的によって店選びはどう変わるのか。小川さんがまず重視するのはエリアだ。
「お礼目的の会食は、先方のオフィスに近いところからお店を選びます。そうでなければ先方とこちらの中間点あたりで探すことが多いですね。場所の見当をおおよそつけてから、次は予算です。予算は目的や役職で会社ごとに規定があります。前にいた会社はVIPクラスの会食で7万~10万円。ワインの値段は青天井で読めないところがありますが、日本酒は限度がわかるので和食のお店のほうが安心でした」
場所や予算である程度絞れたら、その中から雰囲気が良かったり味が評価されている店を選んでいく。たとえばVIPを招いて会食するときは“雰囲気”重視だ。
「VIPはタクシーか運転手付きでいらっしゃることがほとんどですから、クルマを降りてからの空気感は必ずチェックします。店構えはもちろん、お部屋に入るまで気配りが行き届いている店が理想的です。政府の要人クラスになると、セキュリティも無視できません。過去に一度だけ大臣との会食をアレンジしたことがありましたが、そのときはさすがに先方の秘書から『こちらでお願いします』とお店の指定が入りました」
また、海外からのゲストには日本文化を感じられる店を選んだり、秘密保持が重要な会合はホテルで個室を用意してもらうことが多いそうだ。
場所や予算、会食の目的に合った店は、おそらくそう簡単に見つかるものではない。店選びに困らないように、秘書課には候補店リストが虎の巻として引き継がれているのではないか。小川さんに訊いてみると、実際に「前任者のつくったリストは存在する」という。しかし、それを使うかどうかは別の話だ。
「リストになった瞬間に情報は死んでしまいます。ですから、他の方がつくったリストはほぼ見ないし、私自身もリストはつくりません。自分が食事するときに、『今日はこのリストから店を選ぼう』とは考えないですよね。会食のお店選びも同じ。『上司とあの方が会うならこんな店がいいな』というひらめきを大事にしたほうがうまくいく気がします」
同じ理由で「食べログ」「ぐるなび」などのグルメサイトも使わない。
「大切な人とデートするとき、『食べログで条件検索して、その中で点数が高い店を選んだ』より、『今日のためにこの店を選んだよ』と誘われたほうがグッときませんか。大切なのは、点数よりストーリーです。たとえば上司がスペイン出張で会った方と日本で再会するなら、スペイン料理店にお招きすると話が盛り上がりやすいはず。上司が先方に胸を張って理由を説明できる選び方をすることで、気持ちが伝わるのだと思います」
唯一、例外的に活用しているサイトが「Google map」だ。会食の候補となる店がリスト化されていないため、頼れるのは自分の記憶のみ。目当ての場所付近の有名店などをマップで見ると、付近の店が連想されて記憶が引き出されることがある。また、選んだ後にレビューを確認するためにも使っている。
「案内を出した後、先方が場所を確認するためにGoogle mapを開くケースがあります。そのときレビューに『接客が悪い』『料理が冷めていた』と悪口が書いてあれば、おそらくがっかりされるでしょう。自信を持ってアレンジしたいお店でも、期待感がしぼんでしまうようなお店は案内しづらい。お店に罪はないですが、アンチがついているところは避けたほうが無難です」
グルメサイトを見ないとすると、気になるのは情報源である。いくら上級秘書とはいえ、接待で使うランクの店に個人のお小遣いで頻繁にいくことは難しい。小川さんは、使える店の情報をどうやって得ているのだろうか。
「会社によりますが、前にいた会社は上司が『勉強しなさい』と新しいお店に連れて行ってくれました。また、ありがたいことにホテルや飲食店のレセプションに呼んでいただける機会も多いですね。都内で新しくオープンするラグジュアリーホテルは、それでたいてい雰囲気や味を確認しています」
小川さんの情報収集術は上級秘書だから可能なテクニック。一般のビジネスパーソンがそのままマネできるものではなく、現実にはグルメサイトに頼らざるを得ないことが多いだろう。ただ、その場合も点数が高い店を自動的に選んでいては、もてなしの思いは伝わらない。普通の人も「あなたのためにここを選んだ」といえるくらいに考え抜いてチョイスしたいものだ。
———-村上 敬(むらかみ・けい)ジャーナリストビジネス誌を中心に、経営論、自己啓発、法律問題など、幅広い分野で取材・執筆活動を展開。スタートアップから日本を代表する大企業まで、経営者インタビューは年間50本を超える。———-
(ジャーナリスト 村上 敬)