「日常的に小麦製品を食べ続けることによって、小麦に対してアレルギー反応を起こすようになると考えられています」と福冨医師は説明する(写真:jessie/PIXTA)
食物アレルギーというと、子どもの病気というイメージを持たれがちだが、近年大人になって発症する人が増えているという。
原因は果物、小麦、甲殻類が多いが、なかでも小麦アレルギーについては、グルテンフリーの普及などによって関心が高まり、アレルギー専門の病院には小麦アレルギーを疑って受診する人が増えているようだ。
大人になって発症した場合の症状の特徴や対策などについて、「成人食物アレルギー」を専門に診療している国立病院機構相模原病院の福冨友馬医師に聞いた。
パンや麺類など、小麦製品を食べたあとにアレルギー症状が出る小麦アレルギー。乳幼児期に発症するケースが多いが、大人になって発症することも珍しくない。
なぜ、大人になってから突然、小麦アレルギーを発症するのだろうか。明確な理由は明らかになっていないが、福冨医師は次のように説明する。
「日常的に小麦製品を食べ続けることによって、小麦に対してアレルギー反応を起こすようになると考えられています」
福冨医師によると、具体的な研究結果として示されているわけではないが、小麦製品を食べる機会が多い人ほど、発症する危険性は高まる可能性があるそうだ。それに加えて、遺伝的体質との関連も指摘されている。
福冨医師の調査によると、成人で小麦アレルギーと診断された人の平均年齢は47歳、男性が64%だった。どの年代でも発症するが、30~50代が多いという。
大人の症状には、ある特徴がある。パンやパスタなどの小麦製品を食べたあとに行ったランニングなどの運動がきっかけで、全身にじんましんが出るという点だ。
蚊に刺されたときのような赤いふくらみが腕などにいくつか表れ、それが徐々につながって、全身にわたって地図状になることも。多くはしばらくすると治るが、重度になると血圧が低下し、アナフィラキシーショックに至ることもあるので注意が必要だ。
アレルギー症状を誘発するきっかけとしては、運動のほかにも解熱鎮痛薬の服用、過度の疲れ、アルコール摂取、女性の場合は月経前などがある。
「こうしたきっかけがなく、小麦製品を摂取するだけで症状が出ることもあります。最初は小麦製品を食べて運動すると症状が出ていた人が、次第に小麦製品を食べただけで症状が出るようになる、といった例もあります」(福冨医師)
また、小麦製品の摂取後に運動したとしても、毎回症状が出るわけではなく、出ないこともあるという。
パンやパスタ、うどんなど主食に小麦製品を食べている人は多く、また運動後にじんましんが出るため、その症状が小麦によるものとは気づきにくい。どのように発見されるケースが多いのだろうか。
「たまに食後にじんましんが出るな、と思っていたら、徐々に頻度が高くなってアナフィラキシーを起こして倒れて受診するというケースが多いです。何度か症状を繰り返すうちに患者さん自身で小麦アレルギーを疑うこともあります」(福冨医師)
小麦アレルギーが疑われれば、「IgE抗体検査(特にω-5グリアジン特異的IgE抗体検査)と呼ばれる血液検査を受ける。
一般的にアレルギーの原因となるアレルゲンが体内に侵入すると、それを排除するために、たんぱく質の一種である免疫グロブリンと呼ばれる抗体が作られる。そのうちアレルギー症状を引き起こす抗体がIgE抗体であり、アレルギーがあるかどうかは、特定のアレルゲンに対するIgE抗体が体内に存在するかどうかで判断する。
この検査で陽性となれば、“小麦アレルギーの可能性が極めて高い”ということになる。
血液検査に加えて、アレルゲンエキスを皮膚に付着させるなどして腫れの有無を調べる「皮膚テスト」や、小麦を摂取して症状の有無を確認する「食物経口負荷試験」が実施されることもある。
小麦アレルギーと診断された場合、対策は「小麦製品を食べたあとに症状を誘発するような行為をしない」が基本となる。特に注意したいのが運動で、アレルギー症状は小麦製品を食べて2~4時間後に運動すると起こりやすいという。
「歩いた程度で症状が出る人もいて、どの程度の運動で症状が出やすくなるかについては個人差があります。ただし、運動強度が高くなるほど、症状が出るリスクも高くなります」(福冨医師)
小麦製品の摂取についても気になるところだが、小麦アレルギーの人すべてが完全に除去する必要はないそうだ。
「もちろん、アナフィラキシーが出やすい重症の人や心臓病がある人は命に関わることもあるので、完全に除去する必要があります。そうでなければ、小麦製品を食べたいかどうかという患者さんの希望に合わせて対応します」(福冨医師)
心臓病の人が服用していることが多い、血液をサラサラにする薬(抗血栓薬)の一種である低用量アスピリンは、解熱鎮痛薬と同様にアレルギー症状を誘発しやすい。さらに心臓病がある人がアナフィラキシーを起こすと、命に関わるリスクが高くなる。
実は小麦はパンや麺類のほか、カレーやシチューのルゥ、天ぷらの衣、菓子・スナック類など、さまざまな食品に含まれている。
基本的には摂取した小麦の量が多いほど、症状が出やすい。
福冨医師によると誤って食べてしまうケースが多いのは、「小麦入りの米粉パンやパン粉を使ってあるハンバーグ、とんかつ」などだそう。しょうゆや味噌、穀物酢などの調味料や麦茶、ビールにも含まれていることがあるが、その程度の量では、基本的には症状は引き起こさないケースが多い。
現在のところ、アレルギーが起こる原因を取り除く以外治療法はないが、誤って食べてしまった場合のアナフィラキシーに備えて、アドレナリン自己注射薬「エピペン」を携行することが推奨されている。
子どもの小麦アレルギーは成長に伴って治ることが多いが、大人の場合はどうか。
「患者さんの経過を調査していますが、基本的にはよくなっていません。一度発症したら生涯付き合っていく病気と考えたほうがいいでしょう」(福冨医師)
成人の食物アレルギーは近年急増しているため、専門的な知識を持つ医師が限られているのが現状だ。
「アレルギー科を受診するのが基本ですが、どの病院に受診すればよいかわからないといった場合は『都道府県アレルギー疾患医療拠点病院』に相談するのがいいでしょう」(福冨医師)
実は小麦を食べて体調不良になっても、小麦アレルギーであるケースはさほど多くはない。
「小麦製品を食べるとお腹が痛くなる、関節が痛くなるなど、さまざまな症状を訴えて受診する患者さんがいますが、じんましん以外のこうした症状を訴える人に検査をすると、アレルギーではないことが多いです」(福冨医師)
医学的には先に紹介したIgE抗体検査が陰性、つまり免疫反応が確認できなければ、アレルギーではないということになる。
「小麦を食べて体調が悪くなることが続くと、小麦アレルギーの発症を疑うかもしれませんが、食物アレルギーの医学的な定義は、一般的に認識されている意味合いよりも限られているのです。検査で免疫反応が確認できなかった場合は『非アレルギー性小麦過敏反応』と呼びます」(福冨医師)
小麦に含まれるグルテンに対して異常な免疫反応が生じ、腹痛や下痢などの症状が表れる「セリアック病」と呼ばれる自己免疫疾患があるが、日本人にはまれだ。
セリアック病でも小麦アレルギーでもないのに、小麦製品を摂取したあとに腹痛や下痢などの消化器症状、倦怠感、頭痛、関節痛、咳といった症状を訴えるケースがあり、非アレルギー性小麦過敏反応の1つとして「非セリアック・グルテン過敏症」と呼ばれている。
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「当院を受診する患者さんをみても、『非セリアック・グルテン過敏症』に当てはまる方が増えています」と福冨医師は言う。
「小麦を食べなくても、栄養面の問題が起きることはありません。重症のアレルギー患者さんほど神経質になる必要はありませんが、小麦製品を食べて体調不良を起こすようであれば、なるべく除去したり、食べる頻度を減らしたりすることをおすすめします」
(取材・文/中寺暁子)

国立病院機構相模原病院臨床研究センター臨床研究推進部・アレルゲン研究室室長福冨友馬医師2004年、広島大学医学部卒。沖縄県立北部病院を経て、2006年から相模原病院アレルギー科に勤務、2009年同臨床研究センター研究員。2012年より現職。著書に『大人の食物アレルギー』(集英社新書)など。日本アレルギー学会アレルギー専門医
(東洋経済オンライン医療取材チーム : 記者・ライター)