4月から新社会人になられた愛子さま(22)。仕事にプライベートにと、慌ただしい日々のようで……。
【写真】ネイビースーツで日赤へ“初出勤”された愛子さま
「平日の大半は日本赤十字社に出勤されています。朝8時45分頃に出勤され、午後6時頃に退勤されることが多い。そんな中でも、4月14日に皇居内の楽部で開催された『春季雅楽演奏会』を鑑賞されるなど、自身のご関心も大切にされているようです」(宮内庁担当記者)
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4月14日は演奏会の後、午後2時過ぎに母校・学習院大学で開催された「オール学習院の集い」に足を運ばれた愛子さま。ご友人たちと真っ先に向かったのは、例年立ち寄られているアイメイト(盲導犬)協会のブースだった。
「愛子さまがクリアファイルを購入されたので、スタッフが『水筒もいかがですか』とお伺いしたら『前に買ったものを持ってます』と、7、8年前のイベントでお買い求めになったステンレスのボトルを見せてくださった。地味なものなのに、長期間、丁寧に使ってくださっていることに感動しました」(アイメイト後援会の鈴木節子さん)
盲導犬になれなかった「不適格犬」を撫でながら、スタッフと愛犬の話題に花を咲かせた愛子さま。ブースに滞在中、愛子さまの周りにはどんどんご友人が集まってきたという。
公私ともに充実のご様子。一方、今後は皇族としての活動の幅も広げられると見られる。3月26日には、卒業報告で伊勢神宮を単独でご参拝。翌日、三重県明和町の「斎宮歴史博物館」を訪問された。

「古来、天皇の未婚の娘の中から選ばれたのが『斎王』で、天皇に代わって伊勢神宮に仕える仕事をしてきました。愛子さまには、中世の貴族の日記をもとに、斎王が長旅の末に伊勢神宮に赴任する様子を再現した映像をご覧いただきました」(案内した同館の天野秀昭学芸普及課長)
愛子さまは「旅はとても大変だったのですね」と感想を漏らされたという。
「愛子さまも内親王(天皇の娘)というお立場。当時の内親王にご関心があるのかなと感じました」(前出・天野氏)
自身のお立場への自覚を深めておられる愛子さま。その一端は、愛子さまが「学業の集大成」として取り組まれた卒業論文にも垣間見える。タイトルは「式子内親王とその和歌の研究」。後白河天皇の第三皇女で平安末期の代表的歌人としても知られる式子内親王を取り上げられたのだ。
愛子さまの卒論を指導した、学習院大学文学部日本語日本文学科の中野貴文教授が、愛子さまとの1年間の思い出を明かした。

「僕自身、皇族の方と話すのは初めてで、非常に緊張していたんです。ですが敬宮さんはお話し好きな方で、すぐにフランクな雰囲気を作ってくれた。おかげで、お互いに自由に意見を話し合い、冗談も飛ばし合えるような関係性を築くことができました」
実際に指導してみると、着眼点の新しさや論の確かさが印象的だったという。
「敬宮さんが研究された中世の和歌には、膨大な先行研究があります。これら全てに目を通すのは大変な作業ですし、そこから新しい論点を見つけ出すのはとても難しいこと。そんな中で敬宮さんは先行研究をしっかり読み込んだうえで、自分の意見を言おうと苦闘されていた。努力する姿勢が素晴らしかった」(同前)
和歌で使われた言葉の背景にある古典作品の場面について論じあうなど、愛子さまとの議論は「大学院生と話しているようだった」と振り返る中野教授。愛子さまが取り上げた式子内親王は、恋愛の歌が印象的な歌人だが、
「式子内親王は自分自身の経験を詠んだわけではなく、天皇の娘として何かと制限された立場にある中、いろんな人の立場に立ってその心境を想像し、いわば“変身”して歌を詠んだ。例えば恋する男性の気持ちになって、何日間もかけてじっくりと歌を詠んだわけです。敬宮さんとは『こうやって“変身”するところが面白いよね』という話をしました」(同前)
斎宮歴史博物館でも内親王に思いを馳せられた愛子さま。式子内親王のように想像の翼を広げ、いろいろな立場の人に“変身”してみた経験もおありだったのかもしれない。
大学院進学も囁かれる中、社会人になる決意をされた愛子さま。中野教授はこうエールを送る。
「大学や大学院だけが研究の場ではありません。折々に古典文学に触れて、楽しんでいただければ」
令和の内親王の“変身”にも注目だ。
(「週刊文春」編集部/週刊文春 2024年5月2日・9日号)