〈“温厚で他人にもやさしい”イメージとは真逆!? 微笑みの国・タイで「命がプライスレスではない」理由とは〉から続く
親日家のイメージがあるものの、いまやタイ人にとって、日本人は“嫌いではない”という程度の「無害な外国人」くらいにしか思われていない。そう語るのは20年間にわたってタイに根差して生活し続ける田胤臣氏だ。令和のタイ人たちの日本人観とはいったいどのようなものなのか。
【写真】この記事の写真を見る(2枚)
田氏の著書『だからタイはおもしろい 暮らしてわかったタイ人の「素の顔」』(光文社新書)の一部を抜粋し、紹介する。
◆◆◆
ボクがタイに移住した02年9月のころの日本人長期滞在者数は、日本の外務省が毎年発表する海外在留邦人数調査統計において2.5万人ほどだったので、日本人を見かけることすらあまりなかった。ただ、当時は物価的にも、またライフスタイル的にも、ボクのような自分の意志で移住してきた人と企業駐在員の生活圏が重なることがなく、そのためあまり出会わなかったという事情もある。今はバンコクの中心部を歩けば日本人ばかりだし、知りあいにも必ず出くわす。
AFLO
2000年代初頭の日本人の海外旅行先は欧米が主流だった。あのころのバンコクには団体旅行客とバックパッカーという、予算的には両極端な日本人がわずかに観光に来ていた程度だ。格安航空会社はなく、いわゆるレガシーキャリアしかない。それでも、中東やアジアの航空会社を利用すれば日本国内旅行より安かったこともバックパッカーが多かった理由だろう。当時は燃料サーチャージもなかったので、バングラデシュの航空会社だと直行便のビジネスクラスでも3万円台で往復できた。その後タイ旅行がブームになって、訪タイ日本人がどんどん増えていく。最初こそ団体旅行で来ていた人も個人で来るようになる。タイには一度来た人を惹きつける魅力があったからにほかならない。物価が安かったのもあるし、なにやら怪しい面が見え隠れし、それでもある程度は安全に旅行ができることがリピーターを増やしたのだと見る。
日本料理や日本の文化が好きだというタイ人は少なくない。国交が正式にはじまってすでに135年が経つので、タイ政府と日本政府のつながりも深い。そして、両国それぞれの象徴でもある、タイ王室と日本皇室もまたつながっている。
魚介類にも王室と皇室をつなぐエピソードがある。ティラピアはカワスズメという淡水魚の一種にあたる。生命力が強く、淡水・汽水(淡水と海水が混ざった場所)に生息し、なんでも食べる。繁殖力も高く、タイでは食用魚として一般的だ。タイ語ではこの魚を「プラー・ニン」と呼ぶ。中国人あるいはタイ華人が名づけた「仁魚」の読みをそのままタイ語にしたものだ。ニンはすなわち「仁」という字のことだ。これは、平成時代の天皇陛下、上皇明仁を指す。
ティラピアがタイで一般的になったのは、上皇明仁が皇太子時代、当時のタイ国王プミポン・アドゥンヤデート王(ラマ9世王)にティラピアを贈ったことがきっかけだ。上皇明仁が、タイの食糧事情があまりよくないことを知ってティラピアを50匹ほど贈っている。1965年3月25日のことだ。それからタイでティラピアが研究され、1年後には1万匹にまで繁殖させることに成功し、これらをタイ中の河川に放流した。
タイ王室と皇室にはこういった交流があり、今でも日本の皇室がしばしばタイを訪れる。皇室御用達のタイ料理店もバンコクにあるほどだ。
ティラピアのつながりなどもあってタイ人には親日家が多いと日本人は思っている。しかし、必ずしもそういうわけではない。日本に対していい印象を持っている人の方が多いように見えるとはいえ、それはタイ人のおべっかでもある。「微笑の国タイランド」はタイ人自身も思いこんでいる幻想で、「親日家のタイ人」もまた日本人が持つ幻想に過ぎない。嫌いではないという程度の「無害な外国人」くらいにしか思われていない。かつては日本の家電などへの憧れから、日本人はすごいから仲よくしておきたいという思惑はあったろう。しかし、結局それは下心があっての態度であって、真の友人になるには越えなければならない壁があった。タイ人はタイ人が一番偉いと思っているので、日本人に対して尊敬する気持ちは少なくとも一般の人にはない。あくまでもタイ人には反日感情がないだけだ。
さらにいえば、現実的には一部地域に反日感情がある。マレーシア国境付近はそれが顕著な気がする。こんな時代でも「日本人お断り」の宿泊施設があるにはあるのだ。むろん、これは太平洋戦争が理由だ。1937年に日中戦争が勃発した直後から中華系住民が多かったマレーシアでは抗日運動がはじまっていた。マレーシア北部にあるペナン島は戦時中日本の軍事的支配下に置かれていて、42年4月と9月には日本軍によって抗日運動家の疑いがある人々の粛清が行われたとされる。そのため、この地域には反日感情が今も少し残っている。ペナンから遠いというほど遠くないタイ国境近辺は、タイ国内側にも日本への反感が伝わっているようだ。あくまでもタイの反日感情はほんの一部だけれども。
タイの人口は日本の半分程度だ。それでも日本よりもずっと多民族かつ多宗教で、結果として一枚岩ではない。タイ人は親日家、タイ人は微笑、と思うのは決めつけで、ときにタイ人を理解するうえで誤解してしまう危険性があることも知っておいた方がいい。
日本でもそうだし、東南アジア全域がそうだが、今やエンターテインメントはもちろん、スイーツや女性向けスパなどでは韓国の技術が導入されている。2000年代初頭はなんでも「日本発」がもてはやされた。だからこそタイ人は親日家に見えたわけだが、もう時代は変わっている。あのころはテレビ番組で流れるアジア音楽といえば日本の歌謡曲が主流だった。しかし、いつの間にか韓国エンタメに負け、タイのテレビで日本の芸能人を見ることが少なくなった。
韓国のソフトパワーが強すぎて、タイ政府もそれをまねるかのようにタイのソフトパワーを活用しようと動き出しているくらい、今は韓国がタイで注目されるが、ボクが初めてタイに来た98年ごろにはすでに家電業界においてサムスンが注目されるようになっていた。車も同じで、ヒュンダイ(あるいはヒョンデ)はベトナムやラオスほどではないが、バンコクでも見かける。製品の金額だけに注目する傾向がある東南アジア人にとって、韓国メーカーは元来受け入れられやすかった。それに、近年の韓国製品は低価格や高いデザイン性だけでなく性能そのものや耐久性も高く、安かろう悪かろうの時代はおわっている。日本ブランドの品質が高いというイメージは今もタイ人の中にあるとはいえ、韓国家電が総合的に日本製品を上まわるといってもいい。日本が太刀打ちできる相手ではなくなりつつあるのだ。
日本人には「日本=すごい国」という自画自賛がいまだに残っている。しかし、そう思っているのは日本人だけで、もうタイ人も日本をすごい国だと思っていやしない。以前のタイ人は「本当は日本のブランドの家電がほしいけど、今は金がないから韓国とか中国の安いやつにする」なんていっていたのに、今はなにがなんでも日本のブランドがいいという人にはまず出会わない。今、日本のもので大きな注目を浴びるのは和食、伝統文化やサブカルチャー、日本国内の自然だ。日本は韓国同様に強いソフトパワーを持つが、その発信力が弱い。今のタイではせいぜい和食がブームになっているくらい。あとは日本旅行だけだ。20年前は日本に働きに行きたいタイ人がわんさかいたが、今や日本は観光とショッピングへ行くところになっている。今タイ人が外国に出稼ぎに行くなら、これも韓国に目を向けている状態だ。韓国政府はタイ人の単純作業労働者に対してビザを発給しやすくしている。タイ人にとってすでに日本はアウトオブ眼中で、昔に感じられた、それこそ親日的な態度はなくなってきている。
これは、タイ人が変わったというより、日本の勢いがなくなってきているからだ。そして、いまだ日本人は「タイ人は親日家」と強く思いこんでいることで、そこにあぐらをかいてなにもしない。日系企業は会議、会議で意思決定が遅いといわれるが、日本人の気質そのものとして、危機を感じるのも遅い。落ち目の日本人でもいつもどおり迎えてくれるタイ王国 こう書いてもまだタイ人を親日家と思う人もいるだろう。タイに来ればそういうふうに接してくれるタイ人が少なくないからだ。しかし、そういうタイ人は観光業やなにかしらの商売で日本人と接しているので、金を落としてくれる客と認識して、やさしくしてくれるに過ぎない。そして、その落とす金も今はだいぶ少なくなってきているので、徐々に相手にされなくなってきているというわけだ。 とはいえ、タイ人はそもそも他者を気にしないところがある。だから、そんな落ち目の日本人でもいつもどおり迎えてくれる。ギスギスした日本から比べたら人が温かく、だから日本人はタイがさらに好きになるのだ。(田 胤臣/Webオリジナル(外部転載))
これは、タイ人が変わったというより、日本の勢いがなくなってきているからだ。そして、いまだ日本人は「タイ人は親日家」と強く思いこんでいることで、そこにあぐらをかいてなにもしない。日系企業は会議、会議で意思決定が遅いといわれるが、日本人の気質そのものとして、危機を感じるのも遅い。
こう書いてもまだタイ人を親日家と思う人もいるだろう。タイに来ればそういうふうに接してくれるタイ人が少なくないからだ。しかし、そういうタイ人は観光業やなにかしらの商売で日本人と接しているので、金を落としてくれる客と認識して、やさしくしてくれるに過ぎない。そして、その落とす金も今はだいぶ少なくなってきているので、徐々に相手にされなくなってきているというわけだ。
とはいえ、タイ人はそもそも他者を気にしないところがある。だから、そんな落ち目の日本人でもいつもどおり迎えてくれる。ギスギスした日本から比べたら人が温かく、だから日本人はタイがさらに好きになるのだ。
(田 胤臣/Webオリジナル(外部転載))