半年前に父を亡くした里香さん(49歳、仮名=以下同)は小さい頃から、兄との扱いの違いに悩んできた。長男・貴之さんは父の期待を一身に受け、教育費をつぎ込んでもらい、ついには有名私大に合格。一方、里香さんは経済的な事情で大学進学を諦めるよう言われ、母のパート代と奨学金のおかげでなんとか国立大学に進学した。
その後、月日は流れ、ついに父は帰らぬ人に。残された遺言書を見て、里香さんは愕然する。またしても「長男びいき」が強い遺言書の中身とはーー。ベンチャーサポート相続税理士法人に所属する税理士の高山弥生さんが、事例をもとに解説する。
【この記事の登場人物】父:山田 拓郎(享年83歳)母:幸子(25年前に他界)長男:貴之(53歳) 私立の中高一貫校、理系の私立大学へ進学。学費の全額を父の事業収入から工面。長女:里香(49歳) 公立の中学、高校、地方の国立大学へ進学。学費は奨学金と母のパート代でやりくり。
父・山田拓郎さん(享年83歳)は地元で進学校として有名な高校を卒業しましたが、家庭の経済的な事情で大学進学は叶いませんでした。
大学への進学を望んでいた拓郎さんは、そのことがずっとコンプレックスとなっており、長男・貴之さん(53歳)が「望むことはできる限り叶えてあげたい」と貴之さんが生まれたときから思っていました。
貴之さんには中学受験をさせ、私立の中高一貫校に通わせました。そして、第一志望の理系の有名私立大学への進学が決まったときには、拓郎さんは目に涙を浮かべて心から喜んでいたそうです。
一方で、拓郎さんは長女・里香さん(49歳)の教育にはそこまでの熱意はなく、「大人になったらどうせ結婚して家庭に入るのだから、無理することはない」というスタンスでした。
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兄妹で扱いが違うなか、中学から大学まで私立の学校へ通った貴之さんの教育費がかさみ、さらに、拓郎さんが経営する会社の事業があまりうまくいっていませんでした。そのため里香さんに、「大学へは進学せずに働いてほしい」と伝えたほどでした。
それを聞いて、妻・幸子さんは激怒しました。拓郎さんと反対に「娘にも大学へ進学してほしい」と考えていた幸子さんは、拓郎さんの会社の仕事で忙しいにもかかわらず、スーパーのレジ打ちのパートも掛け持ちし、里香さんの大学進学のための資金の一部を捻出したのです。
里香さんは母の愛情に応えるべく勉強に励み、地方の国立大学へ進学しました。足りない分の学費は奨学金を借りることになりましたが、大学では授業だけでなく、税理士になるための試験勉強にも取り組み、卒業する頃には、税理士の資格を取得することができました。
幸子さんは、里香さんが税理士資格を取得したことを大変喜び、親戚中に自慢するほどでした。
それから程なくして、もともと身体が丈夫ではなかった幸子さんは、里香さんが税理士として働きだして間もない24歳のときに突然亡くなってしまったのです。
里香さんは、母が亡くなったことに大きなショックを受け、しばらくは何も手につかない状態でした。大学進学や税理士資格の取得を自分のことのように喜んでくれた天国の母へ仕事を頑張る姿を見せたいと気持ちを切り替え、仕事にまい進しました。
母の死から四半世紀が過ぎ、父・拓郎さんも高齢となり、半年前に帰らぬ人となりました。
拓郎さんは遺言書を残していました。
主な財産は自宅とその敷地、拓郎さんが経営していた会社の株式、そして会社への貸付金でした。拓郎さんの会社は資金繰りが厳しく、自分の預貯金を会社の運転資金に回していたため、拓郎さんにはほぼ預貯金がありませんでした。
拓郎さんの遺言書は、
・会社の株式や会社への貸付金は、会社の役員である貴之さんに全て相続させる・自宅は、貴之さんの持ち分が9/10、里香さんの持ち分が1/10として、共有で相続することとし、売却して分けてほしい
という内容でした。
すでに里香さんは独立して実家を出ていたため、拓郎さんは後継ぎである大切な長男に財産をたくさん残したかったのです。
里香さんは遺言書の存在を知ってから、自分にはあまり財産が相続されない内容であろうと予想していましたが、まさか遺留分にも満たない相続額とまでは思っていなかったため、遺言書の内容に心底がっかりしました。
遺言書があった場合でも、相続人全員の合意があれば、遺産分割協議によって遺言書と異なる内容で相続することは可能です。しかしながら、兄・貴之さんは「親父の遺言書どおりでいいよな」と言っており、合意を得るのは難しそうです。
「私立の学校の教育費だけでなく、社会人になってからも親のお金で生活していたくせに……」
兄が少しでも家計のことを気にしていれば、母は無理をせずに済んだかもしれないだけに、最後まで親に甘えて何も考えていない兄が腹立たしくてなりませんでした。
* * *
拓郎さんが残した遺言書の内容で、注意すべきは、「貴之さん・里香さんが共有名義で自宅を相続する」点。なぜなら不動産を共有名義で相続すると、トラブルを生む可能性があるからだ。
里香さんはこの点に着目し、兄へある復讐を果たそうとするーー。くわしくは〈49歳長女が激怒した…父が残した「長男びいき」の遺言書を逆手に取った「復讐の全容」〉で見ていこう。
【著者プロフィール】高山弥生1976年生まれ、埼玉県出身一般企業に就職後、税理士事務所に転職。「顧客にとって税目はない」をモットーに、専門用語をなるべく使わない、わかりやすい本音トークが好評。税理士事務所の入所当初、知識不足で苦しんだ自らの経験をもとに、「高山先生の若手スタッフシリーズ」などを出版している。『税理士事務所スタッフは見た! ある資産家の相続』『消費税&インボイスがざっくりわかる本』などがある。 ■ベンチャーサポート相続税理士法人:https://vs-group.jp/sozokuzei/■相続サポートセンター:https://vs-group.jp/sozokuzei/supportcenter/■相続専門税理士チャンネル(YouTube):https://www.youtube.com/@souzoku