誰にとっても避けられない「死」。身近な人を失ったとき、深い悲しみに浸る間もなく、遺された家族は葬儀の準備に追われます。しかし葬儀が終わった後、「本当にあの選択でよかったのか」と悔やむことになるケースも。事例と共に見ていきましょう。
加藤和人さん(仮名・53歳)は、妻と子ども二人と暮らす都内勤務の会社員です。平日は仕事に追われ、休日は家族サービスに忙しい日々を送っていました。
加藤さんの父・正雄さん(78歳)は、母と二人で戸建てに住んでいました。加藤さんの家からは電車で1時間ほどの距離ですが、会うのはお正月の年に一度。決して不仲というわけではなく、「適度な距離感」で、時折電話で健康状態を確認するなど、連絡は欠かしませんでした。
正雄さんは認知症の兆候もなく、料理や掃除、洗濯までこなすなど、元気いっぱい。年金は夫婦で月23万円ほど。「貯金もあるから心配しないで、自分の家族のことだけ考えなさい」といつも話していたそうです。
しかし、ある秋の日に突然、正雄さんが亡くなりました。加藤さんは母からの連絡で駆けつけましたが、間に合いませんでした。
悲しむ間もなく、葬儀の準備を進めることになりました。高齢の母はショックが大きく、とても任せられる状態ではありません。そこで、長男である加藤さんが喪主を務めることになりました。
病院から紹介された葬儀社の担当者は「最近は家族葬が増えています」と説明しました。それを聞いた加藤さんも、大げさにせず、家族だけで見送るのがよいのではと考えたといいます。
しかし、「家族」の範囲は考え方によって変わります。どうしたものか……。悩んだ末、母と自分の家族、そして弟家族だけで葬儀を行うことに。父と母の兄弟は高齢のうえ遠方に住んでおり、負担が大きいという気づかいもありました。
そして、葬儀を無事に終えた加藤さん。こじんまりとした葬儀とはいえ、心身ともに大変でした。実家でこれからのことを母と話そうとした、その時。玄関のインターホンが鳴りました。
「あの、正雄さんは大丈夫なのでしょうか」
加藤さんも昔から知っている、父の家の隣人でした。正雄さんは家の近所で倒れ、救急車で搬送されたため、心配をしていたとのこと。すでに葬儀も終えたことを伝えると、悲しみ、そして残念そうにこう言いました。
「そうでしたか、葬儀に出られたらよかったのですが……」
そして、それをきっかけに、続々と連絡が入るようになりました。近所の喫茶店での顔なじみ、バードウォッチングの仲間、そして、どこで知ったのか、古い友人や現役時代の会社の同僚や部下と名乗る人まで。
さらに、加藤さんを驚かせたのが、家族葬から除外した親戚のなかに、怒りながら電話をかけてきた人がいたことです。
「葬式に呼ばないなんて信じられない」「体調が悪かろうと、大変だろうと教えてくれたら行ったのに」
葬儀の人数を絞ったことは家族の負担を考えた合理的な判断だったはずですが、もっと周囲にも知らせるべきだったのかと自問自答せざるを得ませんでした。
それからしばらく、週末は実家に訪れる人のお焼香対応に母や妻と共に追われました。人が来るたびに、家に上げて、お茶を出し、香典返しを渡す……。特に、高齢の母は大変そうでしたが、「自分の役目だ」と言います。
もうひとつ、加藤さんの心を苦しめたものがありました。父の遺品整理を始めると、タンスから1冊の通帳が出てきたのです。年金や貯金の入出金がまとめられた通帳とは明らかに別管理の、綺麗な通帳です。
中には、500万円の預金とともに「私や妻に何かあったときのために」と、父の手書きのメモが挟まっていました。母も把握していなかったお金でした。
「このお金を使って、お世話になった人たちが集まるちゃんとした葬儀をしてほしかったのだろうか」
加藤さんは、そう思い、さらなる後悔に襲われたといいます。
「家族葬という選択は、父に関しては合っていなかったと思っています。一度きちんとした葬儀をしていれば、こんなに大変な思いをしなくて済んだかもしれません。母まで苦しめてしまい、本当に後悔しています。家族葬は120万円ほどで負担は軽かったけど、結果的にお返しや対応で一般葬とあまり変わらない費用と時間がかかりました」
まだまだ元気だと思い込んでいた父に、きちんと希望を聞けていたら……。そんな後悔が、今も心に重くのしかかっています。
葬儀には、親族だけでなく友人や知人、近隣住民、仕事関係者など多くの方が参列するタイプの「一般葬」、親族など近親者だけが参加する「家族葬」、通夜を省略し、告別式と火葬を同日に行う「一日葬」、通夜や告別式を行わず、火葬のみで故人を送る最も簡素な形式の「直葬」など、さまざまな種類があります。
2024年に株式会社NEXERとイオンのお葬式が実施した「葬儀の形式に関するアンケート」では、下記の通り約6割の人が「家族葬」を希望しています。
Q.自分の葬儀はどのような形式が良いと思いますか?(n=687)・一般葬…7.4%・家族葬…59.4%・1日葬…5.5%・直葬(火葬式)…23.3%・その他…4.4%
Q.自分の葬儀はどのような形式が良いと思いますか?(n=687)
・一般葬…7.4%
・家族葬…59.4%
・1日葬…5.5%
・直葬(火葬式)…23.3%
・その他…4.4%
しかしどの形式が最適かは人それぞれ。遺された家族が慌てて選ぶより、生前に希望を共有しておくことが後悔を減らす近道です。
突然の別れは誰にでも訪れます。だからこそ、事前に家族で葬儀の話をしておくことをおすすめします。話しづらいことですが、後悔しないためにも、一度しっかり向き合ってみてはいかがでしょうか。
参考:株式会社NEXERとイオンのお葬式(https://www.aeonlife.jp/)