父の死後、発覚した「2,000万円の借金」。絶望の母が下した「あり得ない決断」に、30年の時を経て真実を知った38歳娘の衝撃

親やパートナーが遺すものは、必ずしも思い出やプラスの財産だけとは限りません。もし家族が負債を抱えたまま亡くなったら、どうしますか? 人それぞれ、対処の仕方はさまざまで、なかには「ありえない」と思えるような行動をとる人もいるようです。
都内で夫と息子と暮らす林裕子さん(38歳・仮名)が、夏休みを利用して小学生の息子と実家の片付けを手伝っていたときのこと。自身の母親・智子さん(65歳・仮名)が30年間も隠し通してきた、ある「秘密」に遭遇しました。
「押入れの天袋を整理していたら、奥から息子の翔太(8歳・仮名)が古びた茶封筒を見つけてきたんです。『ママ、これはゴミ、 捨てて大丈夫?』って。『大事なものだったらどうするの!』なんて言いながら、中を確認したんです」
何気なく受け取った茶封筒には、見た目にそぐわない、ずっしりとした重みがありました。封を開けた裕子さんは、その場で息をのみます。中から現れたのは、黄ばんだ便箋に書かれた借用書と、びっしりと束になった金融機関の領収書。借用書の震えるような筆跡は、裕子さんが8歳のときに亡くなった父・浩一さん(享年40歳・仮名)のものでした。
「問題は、そこに書かれた金額でした。ゼロの数を何度も数え直しましたが、それは紛れもなく『2,000万円』。30年前、家が買えてしまえたほどの、あまりにも莫大な金額でした。そして、何百枚とある領収書の束…。日付は父が亡くなった直後から始まり、一番新しいものは、ほんの数ヵ月前のものだったんです」
裕子さんの父・浩一さんが亡くなったのは30年前。知人と始めた事業が難航していた矢先の病死でした。当時、専業主婦だった母・智子さんが、父の死後すぐに仕事を2つ掛け持ちし、裕子さんと弟を必死に大学まで通わせてくれたことを思い出しました。
子育てが終わり、年金を月14万円受け取るようになってからも仕事を続けていた母。「家にいても暇だから」と笑っていましたが、本当はこの返済があったからなのかもしれない……。
居間でテレビを見ていた母に、裕子さんは震える手で封筒を見せました。
「母は、私が持っているものを見ると一瞬、目を見開きましたが、『…もう、話してもいいかぁ』と、静かに語りだしたんです」
その内容は、あまりにも衝撃的なものでした。
亡くなった父・浩一さんは、事業がうまくいっていないなか、2,000万円もの借金を抱えたまま、この世を去りました。浩一さんは亡くなる直前、智子さんに借金があることと、自分が亡くなったら保険金で返済するようにと言い遺したといいます。
「父が遺した生命保険は、奇しくも借金とほぼ同額だったようです。でも、母はその保険金を返済には使わず、すべて手元に残したまま、自ら働きながら30年かけて借金を返し続けていたんです。私には、到底理解できませんでした。何のために父は保険金を残したのか、と」
生命保険文化センターの『2024年度 生命保険に関する全国実態調査』によると、世帯主の普通死亡保険金額は平均1,936万円。浩一さんが遺した保険金は、決して少ない額ではありませんでした。なぜ母は、そのお金に手を付けなかったのか。
「母は言いました。『借金を返すのは本当に大変だった。でも、お父さんが遺してくれたあのお金があったから、私は安心してあなたたちを育て上げることができたのよ』と」
保険金で借金を返済すれば、目の前の負債はなくなります。しかし、手元に蓄えは一切残らず、明日からの生活に絶望しなくてはなりません。保険金を「お守り」として残しておけば、借金はなくならないけれど、万が一のときのための資金があるという精神的な支えになる。それが、絶望の淵に立たされた母が下した、裕子さんにとってはあり得ない決断だったのえす。
「父が遺した保険金はそのままで、『今は私の老後の安心になっているの。お父さん、さまさまね』と、母はあっけらかんと笑うんです」
「もう私たちも大人なんだから、言ってくれたら何かできたかもしれない。お母さんだけが苦労することはなかったじゃない?」
そう訴える裕子さんに、智子さんは静かに首を横に振りました。
「親の借金は、子どもには関係ない。それに何より、あなたたちに『借金を残していなくなったお父さん』だなんて思ってほしくなかったの。自慢のお父さんのままでいてほしかったのよ」
そして、こう続けます。
「今思えば、相続放棄という手もあったのかしら……まあ、借金があったから私は頑張れたのだから、よかった、よかった」
またケラケラと笑う母の姿に、裕子さんは言葉を失いました。民法上、親が亡くなり相続が発生した場合、借金などのマイナスの財産も引き継がれます。しかし、相続人が「相続の開始があったことを知った時」から3ヵ月以内に家庭裁判所で手続きをすれば、「相続放棄」をすることも可能です。ちなみに相続放棄をしても、保険金の受取人固有の財産として扱われるため、生命保険金は原則として受け取ることができます。
女手ひとつで2人の子どもを育て上げ、夫の借金を30年間も一人で返済し続けた母。その笑顔の裏にあった覚悟と、家族への深い愛情を知り、改めて母の偉大さを感じたといいます。
[参考資料]
生命保険文化センター『2024年度生命保険に関する全国実態調査』
法テラス『相続・成年後見に関するよくある相談』