飲食している様子、ビール2杯に、刺身盛り合わせ5種、ずわい かにみそ焼き、しらすわさびじゃが芋ピザで、合計5000円ほど(写真:筆者撮影)
「全品270円均一」を掲げて、かつて一世を風靡した『金の蔵』。
最盛期は100店舗弱を展開していたが、その後コロナ禍を経て、現在は1店舗を残すのみだ。
前編ではその凋落の理由を現地取材と社長へのインタビューから探った。
後編となる今回は、金の蔵を運営するサンコーマーケティングフーズ(以下サンコー)が、7期連続営業赤字からの浮上をかけた新事業について紹介する。
新宿から小田急線に揺られ50分、湘南台駅から徒歩2分に位置する『湘南台酒場』は、産地直送の海鮮料理が売りの居酒屋だ。金目鯛・桜鯛・とろ・きんき・赤貝の鮮魚5種盛り(1999円、以下すべて税込)に、あわび天ぷら(1280円)、ゆでずわいがに 姿盛り(1899円)をはじめ、本格的なメニューが揃う。
湘南台酒場の外観(写真:筆者撮影)
金目鯛・桜鯛・とろ・きんき・赤貝の鮮魚5種盛りに、おまけの甘エビとネギトロがついてきた(1999円、内容は時期によって異なる)(写真:筆者撮影)
特に、下田や沼津で水揚げされてから、24時間以内に提供される鮮魚刺しは、人気メニューの筆頭だ。金目鯛や桜鯛は脂分が少ないながら甘みがしっかり乗り、赤貝はコリコリした食感に磯の香りが鼻腔を刺激する。四季折々で旬の鮮魚を用意するため、刺盛りのラインナップは流動的だ。
この湘南台酒場、元々は金の蔵だった箱からのれん替えしたというから驚く。改めて店内を見回すと、金の蔵の面影がないどころか、メニューから雰囲気まで何もかもが異なるのだ。
湘南台酒場の内観(写真:筆者撮影)
【写真19枚】湘南台酒場で提供される鮮度が自慢のメニューはこちら。その日に獲れた産地直送の魚がズラリ
3月下旬の祝日、夕方に筆者が訪れた際は、開店直後ながら来店客も散見された。家族連れや、30歳前後の男女4人組、50~60代と思われる女性4人組など、客層も幅広い。店内は明るく開放的で、各テーブルは広々と使える。チェーンの居酒屋というよりも、上質なファミレスといった雰囲気だ。
日常使いするには、ハードルが高い印象を受けるが、夜間帯の客単価は3500円~4000円に落ち着く。前出のメニューに加え、いかの塩辛や釜揚げしらすおろしといった399円の肴から、まぐろの炙りポン酢(499円)、いかの丸焼き(599円)、トロ鯖の塩焼き(799円)など、流通コストを削減した価格帯が客を呼んでいる。昼は丼ものや定食を1000円から提供しており、サラリーマン層からの支持も獲得する。
この店単体で見れば、2024年9月以降は黒字が続き、業績も好調だ。
その日とれた産地直送の魚。手前から桜鯛、金目鯛(写真:筆者撮影)
気になるのは、金の蔵の運営元が、産地直送型の海鮮居酒屋を開業した経緯だ。
2009年に「全品270円均一」を掲げて参入した金の蔵は、業界の価格競争を熾烈にした火付け役として有名だ。客単価を2000円に据え、当時珍しかったタッチパネル式注文や、均一価格による計算時間の削減、高火力のオーブンによる調理時間短縮など、省人化を徹底した。
一方で、湘南台酒場の営業スタイルは、金の蔵とは真反対だ。鮮魚は注文が入ってから捌き、水産地から出店エリアの輸送費を考慮して価格帯を調整している。
金の蔵から湘南台酒場へ、なぜこのような大転換を図ったのか。まずはその謎を紐といていこう。
遡れば、2020年からのコロナによりサンコーも、例に漏れず倒産の危機に瀕した。とりわけ150~200坪の大箱を、山手線の内側にドミナント出店していた同社にとって、度重なる営業時短要請は深い痛手だった。一時期は、賃料で月5億円近くが飛んだという。
2018年から社長に就く長澤成博氏は、足元の出費を食い止めるため、やむなく大量閉店を決断する。金の蔵ブランドは、2019年6月期の59店舗から、2021年6月期には9店舗まで縮小し、採算が取れる路面店のみを残した。
「金の蔵」「湘南台酒場」などを運営するサンコーマーケティングフーズの長澤社長(写真:筆者撮影)
当然、業績は急降下した。売り上げは、2019年6月期(2018年7月1日~2019年6月30日)の107億100万円から、2021年6月期は21億200万円に激減。コロナ以前まで、業績の約8割を金の蔵ブランドに頼っていた同社にとって、あまりにも代償は大きかった。
同様に、長澤氏を悩ませたのは、160人近い従業員の雇用をどう確保するかだった。一策として、飲食店に向けた除菌やメンテナンスを請け負う清掃事業を立ち上げたものの、穴を埋めるには至らなかった。
頭を抱えていた時期に、長澤氏ともともと付き合いのあった知人を介して、静岡県の「沼津我入道漁業協同組合」から声がかかる。
「コロナ禍に突入した頃、沼津の方々から『地元を盛り上げてほしい』と話をいただきました。聞けば、沼津は漁師の後継者不足が深刻で、地元の水産業が回らなくなりつつある状況だった。そこで飲食業の我々に、店舗で沼津の魚を活用してほしいという要望や、さらに踏み込んで加工や仲卸も手伝ってほしいと依頼を受けました。
弊社としても、当時は四の五の言っていられる状況ではなかった。人助けをしている場合ではないが、雇用創出に苦戦する状況もあり、沼津で面倒を見てもらおうと水産事業に乗り出しました」
双方ともに深刻な状況下で、すぐに話は進んだ。サンコーは2020年9月、沼津我入道漁業協同組合と業務提携を結び、同年12月に組合員となる。以降、金の蔵の現場社員らは、漁師の指導を受けながら市場で魚を買い付けたり、養殖鯛を小中学校の給食用に味噌漬けにしたりと、手探りながらも依頼を極力引き受けた。
いわば便利屋のように、地元の幅広い相談を請け負ううち、自然とネットワークが広がっていく。
人気メニューの「ずわい かにみそ焼き」(写真:筆者撮影)
2021年11月に漁業協同組合から漁船を承継取得すると、船舶免許を取得した社員自らが自社船での漁に取り組む。同年同月には浜松市中央卸売市場にある仲卸「株式会社SANKO海商」が、2022年7月には豊洲市場に7社しかない大卸「綜合食品株式会社」が傘下に加わり、水産事業のサプライチェーン化が進む。生産地との密な提携は、農水省の目に留まり、官公庁の食堂の運営受託も任されるようになった。
気づけば、サンコーでは、生産(1次)、流通・加工(2次)、小売・外食(3次)を網羅した、水産6次産業モデルが構築されていく。水産事業の売り上げは2022年6月期こそ9900万円にとどまるが、2023年6月期で44億5600万円、2024年6月期で55億9400万円まで膨らんだ。先行投資がかさんだ影響で、目下、営業利益は赤字が続くものの、水産事業は社の中枢事業に成長した。
こうした経緯を踏まえ、話を湘南台酒場に戻すと、金の蔵から様変わりした姿も腑に落ちる。
「湘南台酒場は、当社として初めて、水産事業のチームに運営を任せている店舗です。つまり、金の蔵のような飲食事業に携わっていた社員ではなく、魚産地の加工や流通に長けた人員を配置しています。
飲食事業の人材に任せると、お恥ずかしい話、どうしても加工や調理技術に欠けてしまう。オペレーションの観点から、仕込みのため刺身をカットしてしまい、結果的に鮮度の高いメニューを提供しづらくなる。
一方で、水産事業のメンバーが店舗で稼働すれば、注文が入ってから魚を調理できる。他にも、産地ならではの食べ方を提案したり、水揚げされた鮮魚を運んだりと、接客の垣根を超えてマルチに活躍できる人材を配置することで、来店者の満足度も向上していく」
長澤氏は、こうした店舗を“水産の6次産業モデル型”と称する。川上の生産から川下の外食まで、シームレスな連携を可能にすることで、水揚げから店舗での提供を24時間以内に実現。従来は難しかった未利用魚のメニュー化にも成功し、新たな儲けの源泉も生まれた。
日替わりや季節限定のメニュー(写真:筆者撮影)
一例を挙げると、血合いが多く傷みやすいソウダガツオは、通常の流通網だと生臭さがネックになり、鰹節(宗田節)として消費せざるを得なかった。それが湘南台酒場のモデルでは、水揚げ後、その場で血抜きして、沼津の加工場で5枚におろし、真空パックにして店舗に直送することで、刺身での提供を実現した。
仕入れ値がキロ100~200円のソウダガツオを、1000円以上の丼ものとして提供することで、大きな粗利を得られる。盲点になりがちだが、生産と流通の中間に位置する加工が、うまく機能している好例だという。
他にも、廃棄を軽減できるメリットもある。その日店舗で魚を捌き切れなくとも、水揚げされてから24時間以内であれば、翌日に豊洲市場へ流すことも可能だ。
「水産の6次産業モデルを反映できる店舗は、勝ちパターンが見えている」と長澤氏。湘南台酒場と同様に、もともと赤字続きだった金の蔵を、リブランディングした好例が『アカマル屋鮮魚店 大宮すずらん通り店』だ。
同店では、沼津の加工場責任者を歴任した人材に店舗を任せ、売り上げ増を実現。具体的な数字は非公表とのことだが、2024年12月の売上は、2019年同期比で見ても大きく上回った。
今後は、より水産6次産業モデルを強固にして、その恩恵をグループ全体に波及させていく狙いだ。長澤氏は、名物の水産を活かした料理を、金の蔵のグランドメニューに組み込む展望も明かす。
総括すれば、サンコーの変遷は、ブランドの移り変わりが一周したかのようで興味深い。2010年前後に100店舗弱を急展開した金の蔵が、コロナを機に1店舗まで縮小。とって代わるように水産事業が立ち上がり、そのブランドが軌道に乗り、やがてその恩恵は金の蔵に回ってくるーー。そんな未来も近いように思えた。
栄枯盛衰は飲食業界の常。しかし、転んでもただでは起きないサンコーだ。もう一花咲かせる日を虎視眈々と狙っている。
(佐藤 隼秀 : ライター)