先の王将戦七番勝負で藤井聡太六冠(20)に敗れたとはいえ、レジェンドの威光は健在だ。羽生善治九段(52)が、6月にも日本将棋連盟の会長に就任するという。これまで運営に携わってこなかった大棋士に、いかなる“心境の変化”が……。
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【写真】六冠を達成しても淡々とした藤井の表情 史上初のタイトル全七冠同時制覇に、歴代最多の通算タイトル獲得99期。国民栄誉賞棋士が将棋連盟の理事選に立候補したさる4日、新聞はこぞって〈新会長へ〉と報じたのだった。

6月に開かれる新理事会の互選により会長が選出されるというから、まだ〈羽生新会長〉が確定したわけではないのだが、「将棋連盟の“顔”となる会長はタイトル経験者の大棋士が歴代務めており、ほかの立候補者では不相応。現会長の佐藤康光九段(53)は任期満了で退任するため、羽生九段が新会長になることはまず間違いありません」(将棋記者)運営側に回らなかった理由 実は、羽生九段が連盟の役員に名乗り出たのは今回が初めて。1990年代からトップ棋士であり続けながら、運営側に回らなかったのはなぜなのか。長考の末の決断!?「盤上に集中したかったから、ともいえるでしょうが」 そう前置きしつつ、連盟関係者が言う。「羽生先生は20代の頃、東京の将棋会館の建て替えを唱えたことがあります。自身がまとめた試案に多くの棋士が賛成したものの、棋士総会に諮ったところで議案は否決されてしまった。つまりは裏切られた格好になったのです」運営に関与せず 20代にしてタイトル全冠制覇を果たしていた第一人者の挫折。その舞台裏に迫った故・河口俊彦八段は、著書『盤上の人生 盤外の勝負』にこう記している。〈羽生には大ショックだったろう。これ以後、運営面に関わろうとはせず、若手棋士たちとも付き合わなくなった〉 にもかかわらず、今回出馬に至ったのは、「連盟は来年が創立100周年で、東京と大阪に新たな将棋会館を建てます。その大プロジェクトが動き出した2018年に羽生九段は準備委員会の委員長に就任しました。20代の頃に推進した新会館建設が実現をみる時期に陣頭指揮を執りたい。そんな思いが決断を促したのではないでしょうか」(前出記者) 悲願達成のため“宗旨替え”に至ったという羽生九段。目下、十分な建設費用が調達できておらず、連盟元理事の田丸昇九段は、「40年以上前の会館建設の際、大山康晴先生は会長として資金集めに奔走しました。羽生九段は豊富な知見を持っているからこそ、経営面における『新手』を期待したいところです」 が、「公務」の負担が増えれば盤上への影響は否めない。現に、4日に退任を表明した現会長の佐藤九段は、こう吐露していた。〈会長を務めることで研究の時間が減りました〉 現在は無冠の羽生九段は、3月に閉幕した王将戦で、藤井王将に2勝4敗で敗北。「本人はタイトル100期の大記録を目指しているはず。運営側に回るというのは、藤井六冠に負けた“ショック”も一因なのではないでしょうか」(前出記者)“顔役”就任と引き換えに勝負の一線から退くのではないかと心配する声も多い。新たな一手が望まれるところだが――。「週刊新潮」2023年4月20日号 掲載
史上初のタイトル全七冠同時制覇に、歴代最多の通算タイトル獲得99期。国民栄誉賞棋士が将棋連盟の理事選に立候補したさる4日、新聞はこぞって〈新会長へ〉と報じたのだった。
6月に開かれる新理事会の互選により会長が選出されるというから、まだ〈羽生新会長〉が確定したわけではないのだが、
「将棋連盟の“顔”となる会長はタイトル経験者の大棋士が歴代務めており、ほかの立候補者では不相応。現会長の佐藤康光九段(53)は任期満了で退任するため、羽生九段が新会長になることはまず間違いありません」(将棋記者)
実は、羽生九段が連盟の役員に名乗り出たのは今回が初めて。1990年代からトップ棋士であり続けながら、運営側に回らなかったのはなぜなのか。
「盤上に集中したかったから、ともいえるでしょうが」
そう前置きしつつ、連盟関係者が言う。
「羽生先生は20代の頃、東京の将棋会館の建て替えを唱えたことがあります。自身がまとめた試案に多くの棋士が賛成したものの、棋士総会に諮ったところで議案は否決されてしまった。つまりは裏切られた格好になったのです」
20代にしてタイトル全冠制覇を果たしていた第一人者の挫折。その舞台裏に迫った故・河口俊彦八段は、著書『盤上の人生 盤外の勝負』にこう記している。
〈羽生には大ショックだったろう。これ以後、運営面に関わろうとはせず、若手棋士たちとも付き合わなくなった〉
にもかかわらず、今回出馬に至ったのは、
「連盟は来年が創立100周年で、東京と大阪に新たな将棋会館を建てます。その大プロジェクトが動き出した2018年に羽生九段は準備委員会の委員長に就任しました。20代の頃に推進した新会館建設が実現をみる時期に陣頭指揮を執りたい。そんな思いが決断を促したのではないでしょうか」(前出記者)
悲願達成のため“宗旨替え”に至ったという羽生九段。目下、十分な建設費用が調達できておらず、連盟元理事の田丸昇九段は、
「40年以上前の会館建設の際、大山康晴先生は会長として資金集めに奔走しました。羽生九段は豊富な知見を持っているからこそ、経営面における『新手』を期待したいところです」
が、「公務」の負担が増えれば盤上への影響は否めない。現に、4日に退任を表明した現会長の佐藤九段は、こう吐露していた。
〈会長を務めることで研究の時間が減りました〉
現在は無冠の羽生九段は、3月に閉幕した王将戦で、藤井王将に2勝4敗で敗北。
「本人はタイトル100期の大記録を目指しているはず。運営側に回るというのは、藤井六冠に負けた“ショック”も一因なのではないでしょうか」(前出記者)
“顔役”就任と引き換えに勝負の一線から退くのではないかと心配する声も多い。新たな一手が望まれるところだが――。
「週刊新潮」2023年4月20日号 掲載