一言で言えば、バカがバカで許されない時代になったということだろう。年明けから相次いだ回転寿司チェーン店での「迷惑動画」拡散騒動。中でもスシロー「醤油ペロペロ」少年はとてつもなく重い十字架を背負うことに……。その母が胸中を告白した。
【写真を見る】ペロペロ少年以外にも! 相次いで炎上ずるバカッターたち その少年の自宅は、岐阜県内のさる地方都市にあった。市の中心部から山間部に車で走ること15分。一面の畑の中に立つ敷地面積500平米ほどの家を訪ねると、少年の母が玄関ドアを開けて応対に現れた。
――今回の件をどのようにお考えですか。「お騒がせして本当に申し訳ないです。全てこちらが悪いことなので弁解の余地はありません」スシロー――息子さんは今どのようなご様子ですか。「反省して、警察とスシローさんの判断を待っている状態です。散々ご迷惑をおかけしましたので、高校は自主退学しました。本当に申し訳ない……」 伏し目がちに語る母。「これからのことはわかりません。何であんなことになったのか……」本名や卒業アルバムまでさらされ… 金髪の少年がテーブル席に備えられた醤油ボトルの口をペロペロとなめ回す。ストックの湯飲みをなめて戻したのに続き、レーンを回ってきた寿司にも指で唾液をなすり付ける……。 少年が自宅から車で20分ほどの回転寿司チェーン「スシロー」岐阜正木店で撮影した「迷惑動画」をSNSに投稿したのは、1月中旬より前のことと思われる。 面白い。これで仲間内から拍手喝采だ……とでも思ったのか。50秒ほどの動画はカメラに“キメ顔”を向けて終わるが、それが泣き顔に変わるのに時間はそうかからなかった。動画は1月下旬、ネット上で拡散され、多くの“他人”の目にさらされることになったのだ。 折しも今年に入り、くら寿司、はま寿司など他の回転寿司チェーン店での迷惑行為動画が拡散されて話題になっていた。そんな中でも極めて悪質だったこの動画は大炎上。本名や高校名、さらに中学校名と卒業アルバム写真までがさらされ、少年は一気に全国、いや全世界の“指名手配犯”となった。一層厳しい世の中に「またかという印象です」 と述べるのは、ITジャーナリストの三上洋氏だ。「こうした炎上動画は10年ほど前から出ています。当初はアルバイトの店員が店の食洗機や冷蔵庫に入ったりという画像をTwitterに投稿していた。それから5~6年経つと今度はInstagramやTikTokに動画を上げるようになった。自分のワル振りを自慢するためで、“バカッター”“バイトテロ”とも言われます」 もちろんこうした動画は身内受けを狙い自らのSNSに投稿される。広く“バズりたい”わけではないが、「それが友人から友人へ共有されるうちに、誰かが転載して世間に拡散されることになる。今回のケースもそうですが、最近は“暴露系”という、ネット上で起こる事件をまとめてアップするユーザーがいて、そこにそうした動画がタレコまれる。彼らが上げることによって爆発的に広がっていくんです」(同) するとそこに入り込んでくるのが“特定班”などと呼ばれる人種。動画内容やアカウント情報を手がかりに対象人物を特定し、個人情報を暴いて拡散するのだ。 さらに本件では、あるYouTuberが少年の高校に突撃し、教師に「なぜ退学処分にしないのか」と詰め寄る動画を投稿する始末。 炎上した人物に一層厳しい世の中になったわけである。場合によっては不処分 インターネットなどない時代は、この手のいたずらをしたとしてもきつくおきゅうを据えられたり、保護者が謝罪、弁償したりするくらいで済んでいたかもしれない。しかし、本件は動画が拡散しているだけに、被害は桁違いに広がった。 スシローは当該店舗の醤油ボトルと湯飲みを全て入れ替え、洗浄し、近隣店舗も含めて食器や調味料を各テーブルから新設の置き場に移した。テーブルとレーンの間にアクリル板を設置する措置も進めている。ワイドショーで連日この件が報じられ、時価総額が一時約170億円も下落する事態となったのである。 少年は慌てて1月31日に保護者と謝罪に赴いたが、時すでに遅し。スシローは警察に被害届を提出し、刑事、民事の両面から厳正に対処すると発表したのだ。「器物損壊、威力業務妨害の二つの罪に該当する可能性があると考えられます」 と少年の今後を解説するのは、飲食業界向け法務サービスを取り扱う法律事務所「フードロイヤーズ」代表弁護士の石崎冬貴氏だ。「ただ、本件は少年法が適用され、家裁に送致されることになる。本人の反省の度合いや素行にもよりますが、保護観察処分、場合によっては不処分となることも考えられます」 では、民事の方は? ワイドショーでは、アメリカなら億単位の請求の可能性も、と報じられたが、「スシロー側は一連の対応にかかった費用を含め、かなり踏み込んだ額を請求すると思います」 と自身でも飲食店を経営する石崎氏が続ける。「湯飲みの消毒や醤油ボトルの入れ替えにかかった費用は認められるでしょう。ただ、売り上げの減少分や、設備投資分まで認定されるかは疑問です。売り上げが減ったとしても本件との因果関係は立証しづらく、アクリル板の設置なども、損害というより店の自衛の範疇(はんちゅう)と解釈されてしまいますからね。株価も日々変動するもので、下落が損害とされる可能性は更に低い。少年側が負う額は全体でもせいぜい数十万円に収まるのではないかと思います」「刑事や民事より恐ろしい」 スシローにとっては、訴訟を起こすこと自体に意味があるという。「これだけ話が大きくなると株主や顧客への説明責任が生じ、毅然とした対応を見せる必要があるのです。また、模倣犯を防ぐ抑止効果も狙っているはず」 となれば、少年の代償は安く済むように思われるが、「重い十字架を背負いました」 とは、埼玉県警の元刑事でデジタル捜査班班長を務めた佐々木成三(なるみ)氏。「いま出回っているこの少年の情報は、ネット上で半永久的に残り続ける。いわば、デジタルタトゥーを刻印されてしまったわけです。辛い話ですが、今後この少年が進学、就職、結婚など人生のさまざまなステージを経る際に、関係者に名前をネットで検索されて、不利益を被る可能性は十分にある。たった一度の過ちが、人生に大ダメージを及ぼしかねないのです」 実際、過去に起こったバイトテロ事件では、未だにその犯人の名がネット上でさらされ続けている。「ある意味、刑事や民事での責任追及より恐ろしい。しかし、少年はこれを想像していなかったはず。“確信犯”でなくても、誰でも悪意の沼にはまってしまう危険性があるところに、SNS社会の本当の恐ろしさがあるわけです」「携帯の中で何が起きているのか不安」 当該の店を2月初旬の月曜お昼時に訪問してみると満席で、待合スペースには20人ほどが待機していた。中には「応援したくて来た」と言う客もいる。 対して、この少年に日常が戻る日はまだまだ遠い。 近隣住民によれば、少年は、父が建築関係の仕事に就く一家の、4人きょうだいの長男だという。 改めて母に聞いてみた。――動画を初めて見た時はどのように思われましたか。「うーん、何であんなことをしたのか、と。本当に、本当に申し訳なくて……。本当にすみません」――息子さんは普段からSNSに夢中だったんでしょうか。「そういうことも警察の捜査が関わってくるので。ごめんなさい」――今後はどのようにSNSの指導などをしていくのでしょうか。「まだスシローさんへの対応もきちんとできていないので、そこまでは考えていなくて。まずは罪を償って、それからの話です」――ネット上には実名が出てしまっていますが……。「携帯の中で何が起きているのか不安です。でも、それもあの子がしたことですから、本当に大変なことをしてしまったんですから、きちんと受け入れるしかありません」――お母様としては辛いですよね。「辛いといっても、私たちはそんな立場にはありませんので。スシローさんのほうがどれだけ大変か、利用していた方の気持ちを思うと、私たちなんて全然……。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです」 時にすすり泣き、おえつも漏らしながら謝罪を繰り返すのであった。「親がSNS社会のリテラシーを教えられない」 前出・三上氏によれば、「ネットリテラシーがどれだけ低い若者でも、全世界から閲覧可能なSNSで発信できてしまう。その構造がある限り、この種の事件は続いていくでしょう」 だからこそ、と前出・佐々木氏が言う。「親御さんはSNS社会のリテラシーをきちんと教えるべきですが、それをしない、あるいはできない方が非常に多い。今後の社会においては交通ルールと同様、あるいはそれ以上に重要なのが、ネット社会の歩き方なのですが……。また、若者自身ももっともっと想像力、共感力を高めないと。横の関係で構築されるSNSなどのネットワークだけでなく、リアルな現実の、縦の関係も含めたさまざまな人との付き合いを通じ、己の価値観を相対化することも必要です。それができていれば、あのような動画が面白いと思う発想が生まれるはずはありません」 ワンクリックで人生が破滅。我々はそんな時代に生きている。そのことを肝に銘じ、ただただ己を律するしかなさそうである。「週刊新潮」2023年2月16日号 掲載
その少年の自宅は、岐阜県内のさる地方都市にあった。市の中心部から山間部に車で走ること15分。一面の畑の中に立つ敷地面積500平米ほどの家を訪ねると、少年の母が玄関ドアを開けて応対に現れた。
――今回の件をどのようにお考えですか。
「お騒がせして本当に申し訳ないです。全てこちらが悪いことなので弁解の余地はありません」
――息子さんは今どのようなご様子ですか。
「反省して、警察とスシローさんの判断を待っている状態です。散々ご迷惑をおかけしましたので、高校は自主退学しました。本当に申し訳ない……」
伏し目がちに語る母。
「これからのことはわかりません。何であんなことになったのか……」
金髪の少年がテーブル席に備えられた醤油ボトルの口をペロペロとなめ回す。ストックの湯飲みをなめて戻したのに続き、レーンを回ってきた寿司にも指で唾液をなすり付ける……。
少年が自宅から車で20分ほどの回転寿司チェーン「スシロー」岐阜正木店で撮影した「迷惑動画」をSNSに投稿したのは、1月中旬より前のことと思われる。
面白い。これで仲間内から拍手喝采だ……とでも思ったのか。50秒ほどの動画はカメラに“キメ顔”を向けて終わるが、それが泣き顔に変わるのに時間はそうかからなかった。動画は1月下旬、ネット上で拡散され、多くの“他人”の目にさらされることになったのだ。
折しも今年に入り、くら寿司、はま寿司など他の回転寿司チェーン店での迷惑行為動画が拡散されて話題になっていた。そんな中でも極めて悪質だったこの動画は大炎上。本名や高校名、さらに中学校名と卒業アルバム写真までがさらされ、少年は一気に全国、いや全世界の“指名手配犯”となった。
「またかという印象です」
と述べるのは、ITジャーナリストの三上洋氏だ。
「こうした炎上動画は10年ほど前から出ています。当初はアルバイトの店員が店の食洗機や冷蔵庫に入ったりという画像をTwitterに投稿していた。それから5~6年経つと今度はInstagramやTikTokに動画を上げるようになった。自分のワル振りを自慢するためで、“バカッター”“バイトテロ”とも言われます」
もちろんこうした動画は身内受けを狙い自らのSNSに投稿される。広く“バズりたい”わけではないが、
「それが友人から友人へ共有されるうちに、誰かが転載して世間に拡散されることになる。今回のケースもそうですが、最近は“暴露系”という、ネット上で起こる事件をまとめてアップするユーザーがいて、そこにそうした動画がタレコまれる。彼らが上げることによって爆発的に広がっていくんです」(同)
するとそこに入り込んでくるのが“特定班”などと呼ばれる人種。動画内容やアカウント情報を手がかりに対象人物を特定し、個人情報を暴いて拡散するのだ。
さらに本件では、あるYouTuberが少年の高校に突撃し、教師に「なぜ退学処分にしないのか」と詰め寄る動画を投稿する始末。
炎上した人物に一層厳しい世の中になったわけである。
インターネットなどない時代は、この手のいたずらをしたとしてもきつくおきゅうを据えられたり、保護者が謝罪、弁償したりするくらいで済んでいたかもしれない。しかし、本件は動画が拡散しているだけに、被害は桁違いに広がった。
スシローは当該店舗の醤油ボトルと湯飲みを全て入れ替え、洗浄し、近隣店舗も含めて食器や調味料を各テーブルから新設の置き場に移した。テーブルとレーンの間にアクリル板を設置する措置も進めている。ワイドショーで連日この件が報じられ、時価総額が一時約170億円も下落する事態となったのである。
少年は慌てて1月31日に保護者と謝罪に赴いたが、時すでに遅し。スシローは警察に被害届を提出し、刑事、民事の両面から厳正に対処すると発表したのだ。
「器物損壊、威力業務妨害の二つの罪に該当する可能性があると考えられます」
と少年の今後を解説するのは、飲食業界向け法務サービスを取り扱う法律事務所「フードロイヤーズ」代表弁護士の石崎冬貴氏だ。
「ただ、本件は少年法が適用され、家裁に送致されることになる。本人の反省の度合いや素行にもよりますが、保護観察処分、場合によっては不処分となることも考えられます」
では、民事の方は? ワイドショーでは、アメリカなら億単位の請求の可能性も、と報じられたが、
「スシロー側は一連の対応にかかった費用を含め、かなり踏み込んだ額を請求すると思います」
と自身でも飲食店を経営する石崎氏が続ける。
「湯飲みの消毒や醤油ボトルの入れ替えにかかった費用は認められるでしょう。ただ、売り上げの減少分や、設備投資分まで認定されるかは疑問です。売り上げが減ったとしても本件との因果関係は立証しづらく、アクリル板の設置なども、損害というより店の自衛の範疇(はんちゅう)と解釈されてしまいますからね。株価も日々変動するもので、下落が損害とされる可能性は更に低い。少年側が負う額は全体でもせいぜい数十万円に収まるのではないかと思います」
スシローにとっては、訴訟を起こすこと自体に意味があるという。
「これだけ話が大きくなると株主や顧客への説明責任が生じ、毅然とした対応を見せる必要があるのです。また、模倣犯を防ぐ抑止効果も狙っているはず」
となれば、少年の代償は安く済むように思われるが、
「重い十字架を背負いました」
とは、埼玉県警の元刑事でデジタル捜査班班長を務めた佐々木成三(なるみ)氏。
「いま出回っているこの少年の情報は、ネット上で半永久的に残り続ける。いわば、デジタルタトゥーを刻印されてしまったわけです。辛い話ですが、今後この少年が進学、就職、結婚など人生のさまざまなステージを経る際に、関係者に名前をネットで検索されて、不利益を被る可能性は十分にある。たった一度の過ちが、人生に大ダメージを及ぼしかねないのです」
実際、過去に起こったバイトテロ事件では、未だにその犯人の名がネット上でさらされ続けている。
「ある意味、刑事や民事での責任追及より恐ろしい。しかし、少年はこれを想像していなかったはず。“確信犯”でなくても、誰でも悪意の沼にはまってしまう危険性があるところに、SNS社会の本当の恐ろしさがあるわけです」
当該の店を2月初旬の月曜お昼時に訪問してみると満席で、待合スペースには20人ほどが待機していた。中には「応援したくて来た」と言う客もいる。
対して、この少年に日常が戻る日はまだまだ遠い。
近隣住民によれば、少年は、父が建築関係の仕事に就く一家の、4人きょうだいの長男だという。
改めて母に聞いてみた。
――動画を初めて見た時はどのように思われましたか。
「うーん、何であんなことをしたのか、と。本当に、本当に申し訳なくて……。本当にすみません」
――息子さんは普段からSNSに夢中だったんでしょうか。
「そういうことも警察の捜査が関わってくるので。ごめんなさい」
――今後はどのようにSNSの指導などをしていくのでしょうか。
「まだスシローさんへの対応もきちんとできていないので、そこまでは考えていなくて。まずは罪を償って、それからの話です」
――ネット上には実名が出てしまっていますが……。
「携帯の中で何が起きているのか不安です。でも、それもあの子がしたことですから、本当に大変なことをしてしまったんですから、きちんと受け入れるしかありません」
――お母様としては辛いですよね。
「辛いといっても、私たちはそんな立場にはありませんので。スシローさんのほうがどれだけ大変か、利用していた方の気持ちを思うと、私たちなんて全然……。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです」
時にすすり泣き、おえつも漏らしながら謝罪を繰り返すのであった。
前出・三上氏によれば、
「ネットリテラシーがどれだけ低い若者でも、全世界から閲覧可能なSNSで発信できてしまう。その構造がある限り、この種の事件は続いていくでしょう」
だからこそ、と前出・佐々木氏が言う。
「親御さんはSNS社会のリテラシーをきちんと教えるべきですが、それをしない、あるいはできない方が非常に多い。今後の社会においては交通ルールと同様、あるいはそれ以上に重要なのが、ネット社会の歩き方なのですが……。また、若者自身ももっともっと想像力、共感力を高めないと。横の関係で構築されるSNSなどのネットワークだけでなく、リアルな現実の、縦の関係も含めたさまざまな人との付き合いを通じ、己の価値観を相対化することも必要です。それができていれば、あのような動画が面白いと思う発想が生まれるはずはありません」
ワンクリックで人生が破滅。我々はそんな時代に生きている。そのことを肝に銘じ、ただただ己を律するしかなさそうである。
「週刊新潮」2023年2月16日号 掲載