藤井聡太八冠が誕生した2023年、「ユーキャン新語・流行語大賞」では「観る将」という言葉がトップ10入りを果たした。「観る将」とは、将棋の対局を「観る」ことをメインとしている新しい将棋ファンのことを指し、藤井聡太(現=竜王・名人)の八冠ロードの最中に急増したとされている。
【画像】インタビューに応じる将棋マダム(54)。秘蔵の“藤井聡太コレクション”も披露してくれた
そうした「観る将」の一人が「将棋マダムのブログ」を運営する将棋マダム(54)である。これまで藤井聡太の「推し活」に、なんと1500万円以上を費やしたという。彼女はなぜそこまで藤井聡太を推すのだろうか。知られざる「観る将」の世界について話を聞いた。(全2回の1回目/続きを読む)
将棋マダムが“藤井聡太の推し活”を始めた経緯とは? 文藝春秋
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――もともと将棋には興味があったんですか?
将棋マダム まったくありませんでした。羽生先生(善治九段)がニュースで大々的に報道されていた頃は、羽生先生と武豊さん(騎手)の区別がつかなかったくらいですから(笑)。なんか雰囲気が似てるじゃないですか。マンガの『3月のライオン』(羽海野チカ)は好きなので読んでいましたけど、将棋の知識はその程度でした。

――それがなぜ藤井聡太さんに興味を?
将棋マダム 私は愛知県在住なので、テレビでニュースを観ていると、全国ニュースのあとに県内ニュースに切り替わるんですよ。そうすると、地元出身の方の活躍が大きく取り上げられるんです。たとえばイチローさんとか浅田真央ちゃんとか。
そういう人たちを応援していたんですけど、みなさん現役を引退して、ちょっと時期が空いたんです。そうしたら「瀬戸市の中学生の藤井聡太さんが四段に昇段(プロ入り)しました。中学生では史上5人目の快挙です」と報じられたので、「これはすごいヒーローが出てきたな、応援しなきゃ」と思ったんです。

――これまでイチローや浅田真央に対して「推し活」のようなことはしてきたんでしょうか?
将棋マダム いえ、テレビで応援するくらいですね。
――では、藤井さんの場合はなぜ現場まで応援に行くようになったのでしょうか?
将棋マダム イチローさんにしても浅田真央ちゃんにしても、海外で活躍していたじゃないですか。だから応援しようと思ったら、パスポートを取って飛行機に乗って現地まで行かなければならないわけです。でも私、わざわざ飛行機に乗って外国まで行きたくなかったんですよね。
その点、将棋だったら国内で完結します。それでニコニコ動画やABEMAでちょろちょろと観るようになったんですよ。
――将棋がわからなくても面白いものなんですか?
将棋マダム いやぁ、面白いですねぇ。将棋を指しているだけなのに、ものすごくバチバチしていて、こう……、火花が散っているみたいな感じがあって、「真剣勝負ってすごいなぁ」って思いました。
――実際に対局の現場まで足を運ぶようになったきっかけは?
将棋マダム たいていの対局は無料で観られるんですけど、王将戦はケーブルテレビかサブスクに入らないと観られないんですよ。それまでサブスクに加入していなかったんですけど、そこで考えるようになり、でもどうせ課金するんだったらお金を払って現地で観るほうがいいじゃないか、と思い立ったんです。

それではじめて王将戦の前夜祭と大盤解説会に行きました。その流れで、それから全部行くようになっちゃったんですよ。もし王将戦も無料で観ることができていたら、今こんなふうにはなっていなかったかもしれませんね。
――そして2021年の叡王戦(第6期叡王戦五番勝負第3局)では、見届け人に応募します。こちらの参加金額は250万円だったと伺いました。
将棋マダム そもそもの話をすると、その資金はクルーズ船での旅行資金だったんです。
――と言いますと?
将棋マダム 私たち夫婦は、普段からあまりお金を使わない生活をしているんです。お互いに働いているから家にお金がないわけじゃないんですけど、貧乏性というか、本当に梅干しと納豆とご飯があれば十分、みたいな考えなんですよね。それに面倒くさがり屋だから、旅行に行くこともなくて……。
でも、クルーズ船での旅行だったら、黙って船に乗っているだけでいろいろなところに行けるわけですから、「こりゃあいい」と(笑)。それで、夫婦で1週間の休みを取って、ジャパネットたかたのクルーズ旅行に申し込もうと考えていたんです。
ところが新型コロナウイルスの影響で、クルーズ船が大変なことになっちゃったじゃないですか。

――コロナ禍の初期、まだ緊急事態宣言が発令される前に、「ダイヤモンド・プリンセス号」の船内で集団感染が発生し、船内隔離のまま上陸できず停泊していた事件がありました。
将棋マダム それで「クルーズ船なんてとんでもない」ということになっちゃったんです。そのせいで、クルーズ旅行用の資金が浮いちゃったんですよ。
ちょうど同じ時期に叡王戦の見届け人が募集されていたので、「どうせ抽選に当たらないだろうな」くらいの気持ちで、記念受験のつもりで申し込んだんです。
――そうしたら当たってしまった、と。
将棋マダム 時期的に少し前後しますが、じつは私はステージ4の癌の宣告を受けて手術をしたんですよ。幸いなことに手術は成功しましたが、抗がん剤を6カ月やったせいで、そのときは頭もハゲちゃってました。

だから見届け人の応募をするときに「私は癌で、生きる希望は藤井聡太先生だけです」みたいなアピールを書いたわけですよ。そうしたら、ある日の夕方、日本将棋連盟から電話が掛かってきて「断ってもいいんですけど、どうされます?」と(笑)。
――あんまりゴリ押しな感じじゃないんですね。
将棋マダム 金額が金額ですからね。連盟の方に「いつまでに決済すればいいですか?」と尋ねたら、対局は8月9日だったのに、「8月の月末までに払ってくれればいいですよ」とか「分割でもいいですよ」みたいな返事だったんです。
100万円はクルーズ旅行の資金があったんですけど、残りの150万円は旦那に相談して、旦那から借りました。それで100万円と150万円で2回に分けて決済したんです。
まあ、人の移動が制限されていた時期でしたし、対局が愛知県の名古屋市だったので、近隣の応募者を探していたみたいですね。
――一般的に「精神的に弱っているときは『推し』にハマりやすい」と言われます。将棋マダムさんにとっては闘病のときがそれに該当するのでしょうか?
将棋マダム そういうのは、多少はあるかもしれません。それに、四段に上がるまでは、周囲から「あいつだけは昇段させたくない」みたいな扱いを受けてて、孤軍奮闘されていたじゃないですか。それは可哀そうだな、と思って見ていました。

ただ、私はあんまり人には執着しないんです。才能を愛してる人間なんですよ。今では藤井先生だけではなく、ほかの棋士の方も応援しています。
だから、藤井先生のことをアイドルみたいに崇めてる人が若いファンには割といるんですけど、それはちょっと感覚的にわからないですね。アイドル扱いするのは違うな、って。
――「観る将」の方々の「推し活」は、具体的にはどのようなことをされるのですか?
将棋マダム 前夜祭、大盤解説会、就位式、あとはたまに祝勝会やイベントがあります。そのパターンしかないので、そこからチョイスしています。
もちろん無料で参加できるイベントもありますし、座席が先着順という現場もあります。ただ、最前列を取ろうとしたら、下手したら2時間は待たなきゃいけないんですね。
私、並ぶのは嫌なんですよ。それから、お金を払ってイベントに参加し、前列に案内されるなどの特別扱いをされることに慣れてしまうと、もう一般参加はできなくなっちゃいますよ。

――これまででとくに印象に残っているイベントは何ですか?
将棋マダム このあいだ愛知県の小牧市で王位戦(第66期王位戦七番勝負第1局)があったので、プレミアムツアーで1人100万円のコースに行ってきたんです。募集人数の上限は10人だったんですけど、8人しか集まらなくて、そのうち5人が「推し活」の友達でした(笑)。
そのプレミアムツアーのときは、私たち参加者への待遇がすごく手厚かったんです。食事のときに、ちょうど藤井先生と永瀬先生(拓矢九段)が見えたんですけど、運営の方から「みんな座っていていいよ」と言ってもらえて、先生方がお店の方と翌日のメニューを決めるのを見ることができました。普通は前日準備の様子を見ることはできないので、あれはうれしかったですね。
その場では藤井先生はオレンジジュースを注文していました。藤井先生はオレンジジュースを頼まれることが多いようですね。でも、事前に先生方が来ることを知らなかった私たちは、「オレンジジュース一緒だったー!」とか「同じので良かったね」みたいな話をしていたんです。ただ、藤井先生との席が近かったから、その会話の内容が全部筒抜けだったんですよ。
――どのような反応でした?
将棋マダム ニヤッとしてましたね(笑)。結構、茶目っ気のある人なんですよ。
〈「若いファンはいませんね」藤井聡太を追いかけ全国各地へ…総額1500万円以上を費やしてきたマダム(54)が明かす“将棋界の推し活”のリアル「旦那からの反応は…」〉へ続く
(加山 竜司)