いくつになっても身の回りに何が起こるかは誰も予想ができない。穏やかに年を重ねていっているように見える両親にさえ、明日何かが露見するかもしれない。
ある日、母から衝撃の電話が結婚して10年、8歳と5歳の子を共働きで育てているマキコさん(42歳)。同い年の夫と4人で、マキコさんの実家から徒歩10分の距離に住んでいる。
「数カ月前、私が在宅で仕事をしていると、母から電話があったんです。でも、電話に出てもなにも言わない。どうしたの?と聞いてもアワアワしてるだけ。『なに、具合が悪いの?』とあわてて聞くと『違う、でも……とにかく来て!』と。仕事を放り出して走って行きました」
すると家の中には、3歳くらいの男の子を連れたマキコさんと同世代の女性が座っていた。母親はふたりを見下ろすように立ち尽くしている。マキコさんは母に「どうしたの」と聞いた。
「すると母が、『この子がお父さんの子だって言うのよ』と小声で言うんです。私には5歳年上の姉がいて、父は77歳。しかもまじめが取り柄みたいな人で、母からもついぞ父が浮気したなんていう話は聞いたことがない」
その日、父は家にはいなかった。会社員時代の友人に会うと言って出て行ったそうだ。「とにかくあんた、話して」と言うなり母は、キッチンへ行ってしまった。
「しょうがないですよね。私は娘ですが、あなたさまはどなたで……と聞きましたよ。すると彼女は落ち着いた様子で名乗り、『お父様とは10年にわたってお付き合いをさせてもらっています』って。父は70歳まで働いていました。
どこで出会ったか尋ねると、父の会社近くの飲食店だと。彼女はそこのオーナーの娘で、今もお店を経営しているそう。なれそめに不審な点はなかった」
いろいろ尋ねてみると、認知をしてほしいというのが彼女の主な要求だった。子どもは自分ひとりで育てていく。最初からそういう話になっていた。だが、認知はしてくれるはずだった、と。
「そりゃお父さんが悪いわと思わず言ってしまいました。それで彼女が笑ったんですが、とてもチャーミングな女性でしたよ。お父さん、やるじゃんと一瞬思ったけど、母のショックを考えるとそんなのんきなことは言ってられなかった」
そこへ父が帰宅した。リビングに入るなり、全身が凍りついたように固まっていたという。
母は意外と気丈だったその日は彼女に帰ってもらい、両親とマキコさんは話をした。ふたりだけで話し合えるかと聞いたのだが、両親ともマキコさんにいてほしいと言う。
「そこから時間をかけて話し合いました。夫が参加してくれたこともあった。結局、認知は当然するべきだ、将来にわたって子どものことは考えたほうがいいという結論になりました。
母は『あなたが会いたいなら会いに行けばいいし』って。冷静に見えたし気丈だなと思ったけど、あとから聞くと母は『あの時点で、完全にお父さんを見切っただけ。この年で離婚するのは面倒だけど、私は何があってもお父さんの面倒はみないから』と断言した。母強しですね」
その話を、夫が半分おもしろがって自分の弟に話したところ、そこから夫の両親に伝わってしまった。
「まあ、うちとしては『恥』とは思っていなかったんです。私と姉なんて、お父さんもやるわね。あんなまじめに生きてきて、老いらくの恋かねえと冗談にしてた。
だけど義母から電話がかかってきて、きちんと説明しなさいとすごく怒ってるんですよ。夫が『マキコの家の話だし、オレたちにも、ましてお母さんには何の関係もないから』と言ったら、『関係なくないわよ。うちの家名にも傷がつく』って。うちに家名なんてないだろと夫がツッコんでいましたが」
あまりに義母が怒っているので、夫がなだめに行ったがとてもおさまるような状態ではなかったようだ。
「義母はとにかく、年齢なんて関係ない。不倫して子どもを作るような父親をもつ娘に、わが家の名前を名乗ってほしくないということみたいです。籍を抜け、離婚しろってわめいていたそう。そこまで家の名前に執着していたとは知りませんでした。夫も『怒り方が尋常じゃないんだよ』と困り果てていた」
その後、義母の両親が離婚していること、義母が幼いころに父親に別の女性ができて家を出て行ったことがわかった。夫は「母方の祖父に会ったことがないから、早くに亡くなったのかもしれない」と思っていたそうだ。
「そういう境遇だったから、義母は“不倫”には過敏な反応をするようです。義父は『オレがなだめておくけど、今後、お母さんにそういう情報は入れるな』と。義弟だって知らないからつい言ってしまったんでしょう。
なんだか義母の言い分を聞いていると、うちの父が犯罪者みたいに思われていて、私は父にちょっと同情しちゃいましたね。義父の説明で義母の気持ちもわかったけど……」
夫がずっと冷静だったから助かったとマキコさんは言う。それにしても家族には何が起こるかわからない。
「うちだってわからないわねと夫に言ったら、『世の中、妻が浮気するケースも多いらしいよ』とニヤッと笑っていました」
何が起こっても冷静に客観的にいることが大事だが、自分の身に降りかかったらどうするだろうかとマキコさんは、あれからときどき考えているという。