高いIQを持つなど、特異な才能がある一方で、繊細さや強いこだわりも併せ持つとされている「ギフテッド」。IQが高いがゆえに、周囲と馴染めず、精神的に苦しむ人もいるという。いったい、彼ら彼女らは、どんな困難を抱えて生きているのだろうか。
【画像】ギフテッドの子どもたちが授業を受ける様子 ここでは、学校生活で苦しむ人、家族と衝突する人などの多様な当事者や、ギフテッドを受け入れている学校、支援団体の実情に迫った、阿部朋美・伊藤和行著『ギフテッドの光と影 知能が高すぎて生きづらい人たち』(朝日新聞出版)より一部抜粋。
国内では珍しいギフテッド教育に取り組むNPO「翔和学園」(東京都中野区)の教職員、石川大貴さんに、どんな子どもたちが、どんな教育や支援を受けているのかを取材した内容を紹介する。(全2回の1回目/2回目に続く)◆◆◆「あれは挫折でした」「集団授業を受けるか、自分が興味のあるプロジェクトに取り組むか、基本的に自分たちで決めて取り組んでもらっています」と石川さん。そして、気になることを言った。「実は、今はギフテッドの子だけを集めたクラスは設けていません」 どういうことだろうか。たしかに、高IQの生徒や、突出した才能がある子だけがいるわけではなさそうだ。コミュニケーションが難しそうな生徒もたくさんいる。「以前は、『アカデミックギフテッドクラス』を設け、IQの高さを基準に才能のある子どもだけに特化した教育もしていましたが、やめたんです。今は子どもたちを区分けすることはしていません」 たしかに、学園のパンフレットの「ギフテッド・2E対応クラス」の説明には、「才能識別によらないすべての困り感を抱えた特異な子どもたちへの特別支援教育」とある。ギフテッドや、障害も併せ持つ2Eの子どもたちを選抜して特別な教育を行っていると思っていたが、特別支援教育ということは障害者への支援に切り替えたのだろうか。「才能識別によらない」のであれば、果たして子どもたちはどういう基準で入園し、どんな授業を受けているのだろうか。疑問が湧いた。「あれは私たちの挫折でした」。補足して説明してくれたのは、学園長の伊藤寛晃さんだ。「挫折とまで言ってしまうのはなぜ?」と尋ねると、こう言った。「私たちはもともと、障害者への差別をなくそうと闘ってきたはずでした。2015年から海外事例を参考にギフテッドを支援しようと特別クラスを設けたのですが、結果的に私たち自身が子どもたちに差別意識をつくってしまいました。失敗でした」 差別意識? メモを取る手が止まった。そんな重々しい答えが返ってくるとは、予想していなかった。選抜による差別意識の表れ 翔和学園は、前身のステップアップアカデミーから改称し、06年に発足したNPO法人だ。もともとは発達障害者の就労支援をメインにしてきたが、小中学生を受け入れるフリースクールを始め、小・中・高・大学まで一貫した特別支援教育を目指してきたという。 そんななか、発達障害がある子どもの中に、高IQの子がいることに気づき始めた。学校にはなじめず、だからといって特別支援の枠にも入れない高IQの子どもたちが、不登校になり、保護者も困り果てて行き場を失っている様子が、目の前で起きていた。 そこで15年4月から、高IQの子どもたちだけを集めて教育しようと、「アカデミックギフテッドクラス」を設けて募集をした。「それまでの特別支援教育は、凸凹の欠点や苦手を克服しようという支援になりがちでした。そうではなく、強みや能力の凸(とつ)を伸ばしていくことを目指そうということで『ギフテッド教育』を始めたのです」(伊藤学園長) その理念は今も変わっていない。だが、子どもを選抜してクラス分けしたことで、予想しなかった弊害が生じたという。 クラスに入るには、知能検査でIQが130以上あることを目安とした。同時に、取り組みたいテーマについて作文を書いたり語ったりしてもらった。審査で入園者を決めた。当初は小学生が5人ほど入園し、理系の大学院生を講師として招いたり、英語講師に来てもらったりと、幅広い教育を小学生にしてきたという。 ところが、次第にこのクラスの子どもの中に、クラス外の障害がある子どもたちへの差別意識が生じてしまったという。「俺たちは天才なんだから、障害のある子と一緒のことはしなくていい」といった感情が見てとれるようになった。 伊藤学園長は「教えるほうにも問題がありました。『君たちは天才なんだから』と特別視し、高い知能を伸ばすことに力を入れてしまったのです」と振り返る。保護者の中にも、「うちの子は発達障害ではなくギフテッドだから」と、障害の部分をきちんと直視しないままの人もいたという。小学3、4年までは良くても…… 石川さんが思い出すのは、IQが150以上あった小学生だ。小学校を不登校になり翔和学園へ来たが、床にずっと寝転がっているだけの日々が続いたという。石川さんが「これやろう」と誘っても、「やだ」「こっちくるな」と一蹴するだけで、教職員の言うことも一切聞かなかった。「IQが高くても、読み書きといった基礎学力がきちんとできない子もいる。小学3、4年まではそれでも成績はいいのですが、高学年になると、努力して勉強している子にどんどん追い抜かれてしまいます。努力したり協力して解決するといった力が身についていないままになってしまっていたのです」 アカデミックギフテッドクラスは3年で終了した。18年4月からは、IQや障害の内容にかかわらず、受け入れるすべての児童生徒・学生を「ギフテッド・2E対応クラス」として支援することを目指している。「もちろん、子どもがやりたいことをやる個別授業もあります。気づかれなかった才能が見いだされることもあります。ただ、いくらIQが高くても、生活スキルや集団の中でのコミュニケーション力をある程度身につけないと、社会で力は発揮できません。高IQも障害も1つの特異性だと私たちは考えており、社会でどう生きていくかをきちんと支援しなければという考えでやっています」(石川さん)写真はイメージです iStock.com受け入れる側の態勢はぎりぎり 翔和学園には、23年1月時点で児童・生徒・学生は、小学部6人、中学部4人、高校部10人、大学部が約70人の計約90人が在籍している。特に3年ほど前から、不登校になったり学校でトラブルがあったりした子どもの保護者から、入園の問い合わせが増えているという。 だが、受け入れられず断ることも多いという。「今はなかなか受け入れを増やすのは難しい」と石川さん。学園の教職員は現在9人ほどで、10人を教職員1人で担当する状況だという。石川さんは、「IQ30~150までの子どもが、同じ場所で教育を受けています。受け入れる側の態勢はぎりぎりです」と実情を話してくれた。20年先のカレンダーも覚える驚異の記憶力…「ギフテッド」の子どもが見せた“特別な才能”「あなたの誕生日の曜日を当てられます」 へ続く(阿部 朋美,伊藤 和行/Webオリジナル(外部転載))
ここでは、学校生活で苦しむ人、家族と衝突する人などの多様な当事者や、ギフテッドを受け入れている学校、支援団体の実情に迫った、阿部朋美・伊藤和行著『ギフテッドの光と影 知能が高すぎて生きづらい人たち』(朝日新聞出版)より一部抜粋。
国内では珍しいギフテッド教育に取り組むNPO「翔和学園」(東京都中野区)の教職員、石川大貴さんに、どんな子どもたちが、どんな教育や支援を受けているのかを取材した内容を紹介する。(全2回の1回目/2回目に続く)
◆◆◆「あれは挫折でした」「集団授業を受けるか、自分が興味のあるプロジェクトに取り組むか、基本的に自分たちで決めて取り組んでもらっています」と石川さん。そして、気になることを言った。「実は、今はギフテッドの子だけを集めたクラスは設けていません」 どういうことだろうか。たしかに、高IQの生徒や、突出した才能がある子だけがいるわけではなさそうだ。コミュニケーションが難しそうな生徒もたくさんいる。「以前は、『アカデミックギフテッドクラス』を設け、IQの高さを基準に才能のある子どもだけに特化した教育もしていましたが、やめたんです。今は子どもたちを区分けすることはしていません」 たしかに、学園のパンフレットの「ギフテッド・2E対応クラス」の説明には、「才能識別によらないすべての困り感を抱えた特異な子どもたちへの特別支援教育」とある。ギフテッドや、障害も併せ持つ2Eの子どもたちを選抜して特別な教育を行っていると思っていたが、特別支援教育ということは障害者への支援に切り替えたのだろうか。「才能識別によらない」のであれば、果たして子どもたちはどういう基準で入園し、どんな授業を受けているのだろうか。疑問が湧いた。「あれは私たちの挫折でした」。補足して説明してくれたのは、学園長の伊藤寛晃さんだ。「挫折とまで言ってしまうのはなぜ?」と尋ねると、こう言った。「私たちはもともと、障害者への差別をなくそうと闘ってきたはずでした。2015年から海外事例を参考にギフテッドを支援しようと特別クラスを設けたのですが、結果的に私たち自身が子どもたちに差別意識をつくってしまいました。失敗でした」 差別意識? メモを取る手が止まった。そんな重々しい答えが返ってくるとは、予想していなかった。選抜による差別意識の表れ 翔和学園は、前身のステップアップアカデミーから改称し、06年に発足したNPO法人だ。もともとは発達障害者の就労支援をメインにしてきたが、小中学生を受け入れるフリースクールを始め、小・中・高・大学まで一貫した特別支援教育を目指してきたという。 そんななか、発達障害がある子どもの中に、高IQの子がいることに気づき始めた。学校にはなじめず、だからといって特別支援の枠にも入れない高IQの子どもたちが、不登校になり、保護者も困り果てて行き場を失っている様子が、目の前で起きていた。 そこで15年4月から、高IQの子どもたちだけを集めて教育しようと、「アカデミックギフテッドクラス」を設けて募集をした。「それまでの特別支援教育は、凸凹の欠点や苦手を克服しようという支援になりがちでした。そうではなく、強みや能力の凸(とつ)を伸ばしていくことを目指そうということで『ギフテッド教育』を始めたのです」(伊藤学園長) その理念は今も変わっていない。だが、子どもを選抜してクラス分けしたことで、予想しなかった弊害が生じたという。 クラスに入るには、知能検査でIQが130以上あることを目安とした。同時に、取り組みたいテーマについて作文を書いたり語ったりしてもらった。審査で入園者を決めた。当初は小学生が5人ほど入園し、理系の大学院生を講師として招いたり、英語講師に来てもらったりと、幅広い教育を小学生にしてきたという。 ところが、次第にこのクラスの子どもの中に、クラス外の障害がある子どもたちへの差別意識が生じてしまったという。「俺たちは天才なんだから、障害のある子と一緒のことはしなくていい」といった感情が見てとれるようになった。 伊藤学園長は「教えるほうにも問題がありました。『君たちは天才なんだから』と特別視し、高い知能を伸ばすことに力を入れてしまったのです」と振り返る。保護者の中にも、「うちの子は発達障害ではなくギフテッドだから」と、障害の部分をきちんと直視しないままの人もいたという。小学3、4年までは良くても…… 石川さんが思い出すのは、IQが150以上あった小学生だ。小学校を不登校になり翔和学園へ来たが、床にずっと寝転がっているだけの日々が続いたという。石川さんが「これやろう」と誘っても、「やだ」「こっちくるな」と一蹴するだけで、教職員の言うことも一切聞かなかった。「IQが高くても、読み書きといった基礎学力がきちんとできない子もいる。小学3、4年まではそれでも成績はいいのですが、高学年になると、努力して勉強している子にどんどん追い抜かれてしまいます。努力したり協力して解決するといった力が身についていないままになってしまっていたのです」 アカデミックギフテッドクラスは3年で終了した。18年4月からは、IQや障害の内容にかかわらず、受け入れるすべての児童生徒・学生を「ギフテッド・2E対応クラス」として支援することを目指している。「もちろん、子どもがやりたいことをやる個別授業もあります。気づかれなかった才能が見いだされることもあります。ただ、いくらIQが高くても、生活スキルや集団の中でのコミュニケーション力をある程度身につけないと、社会で力は発揮できません。高IQも障害も1つの特異性だと私たちは考えており、社会でどう生きていくかをきちんと支援しなければという考えでやっています」(石川さん)写真はイメージです iStock.com受け入れる側の態勢はぎりぎり 翔和学園には、23年1月時点で児童・生徒・学生は、小学部6人、中学部4人、高校部10人、大学部が約70人の計約90人が在籍している。特に3年ほど前から、不登校になったり学校でトラブルがあったりした子どもの保護者から、入園の問い合わせが増えているという。 だが、受け入れられず断ることも多いという。「今はなかなか受け入れを増やすのは難しい」と石川さん。学園の教職員は現在9人ほどで、10人を教職員1人で担当する状況だという。石川さんは、「IQ30~150までの子どもが、同じ場所で教育を受けています。受け入れる側の態勢はぎりぎりです」と実情を話してくれた。20年先のカレンダーも覚える驚異の記憶力…「ギフテッド」の子どもが見せた“特別な才能”「あなたの誕生日の曜日を当てられます」 へ続く(阿部 朋美,伊藤 和行/Webオリジナル(外部転載))
◆◆◆
「集団授業を受けるか、自分が興味のあるプロジェクトに取り組むか、基本的に自分たちで決めて取り組んでもらっています」と石川さん。そして、気になることを言った。
「実は、今はギフテッドの子だけを集めたクラスは設けていません」
どういうことだろうか。たしかに、高IQの生徒や、突出した才能がある子だけがいるわけではなさそうだ。コミュニケーションが難しそうな生徒もたくさんいる。
「以前は、『アカデミックギフテッドクラス』を設け、IQの高さを基準に才能のある子どもだけに特化した教育もしていましたが、やめたんです。今は子どもたちを区分けすることはしていません」
たしかに、学園のパンフレットの「ギフテッド・2E対応クラス」の説明には、「才能識別によらないすべての困り感を抱えた特異な子どもたちへの特別支援教育」とある。ギフテッドや、障害も併せ持つ2Eの子どもたちを選抜して特別な教育を行っていると思っていたが、特別支援教育ということは障害者への支援に切り替えたのだろうか。
「才能識別によらない」のであれば、果たして子どもたちはどういう基準で入園し、どんな授業を受けているのだろうか。疑問が湧いた。
「あれは私たちの挫折でした」。補足して説明してくれたのは、学園長の伊藤寛晃さんだ。「挫折とまで言ってしまうのはなぜ?」と尋ねると、こう言った。
「私たちはもともと、障害者への差別をなくそうと闘ってきたはずでした。2015年から海外事例を参考にギフテッドを支援しようと特別クラスを設けたのですが、結果的に私たち自身が子どもたちに差別意識をつくってしまいました。失敗でした」
差別意識? メモを取る手が止まった。そんな重々しい答えが返ってくるとは、予想していなかった。
翔和学園は、前身のステップアップアカデミーから改称し、06年に発足したNPO法人だ。もともとは発達障害者の就労支援をメインにしてきたが、小中学生を受け入れるフリースクールを始め、小・中・高・大学まで一貫した特別支援教育を目指してきたという。
そんななか、発達障害がある子どもの中に、高IQの子がいることに気づき始めた。学校にはなじめず、だからといって特別支援の枠にも入れない高IQの子どもたちが、不登校になり、保護者も困り果てて行き場を失っている様子が、目の前で起きていた。
そこで15年4月から、高IQの子どもたちだけを集めて教育しようと、「アカデミックギフテッドクラス」を設けて募集をした。「それまでの特別支援教育は、凸凹の欠点や苦手を克服しようという支援になりがちでした。そうではなく、強みや能力の凸(とつ)を伸ばしていくことを目指そうということで『ギフテッド教育』を始めたのです」(伊藤学園長)
その理念は今も変わっていない。だが、子どもを選抜してクラス分けしたことで、予想しなかった弊害が生じたという。
クラスに入るには、知能検査でIQが130以上あることを目安とした。同時に、取り組みたいテーマについて作文を書いたり語ったりしてもらった。審査で入園者を決めた。当初は小学生が5人ほど入園し、理系の大学院生を講師として招いたり、英語講師に来てもらったりと、幅広い教育を小学生にしてきたという。
ところが、次第にこのクラスの子どもの中に、クラス外の障害がある子どもたちへの差別意識が生じてしまったという。「俺たちは天才なんだから、障害のある子と一緒のことはしなくていい」といった感情が見てとれるようになった。
伊藤学園長は「教えるほうにも問題がありました。『君たちは天才なんだから』と特別視し、高い知能を伸ばすことに力を入れてしまったのです」と振り返る。保護者の中にも、「うちの子は発達障害ではなくギフテッドだから」と、障害の部分をきちんと直視しないままの人もいたという。
石川さんが思い出すのは、IQが150以上あった小学生だ。小学校を不登校になり翔和学園へ来たが、床にずっと寝転がっているだけの日々が続いたという。石川さんが「これやろう」と誘っても、「やだ」「こっちくるな」と一蹴するだけで、教職員の言うことも一切聞かなかった。
「IQが高くても、読み書きといった基礎学力がきちんとできない子もいる。小学3、4年まではそれでも成績はいいのですが、高学年になると、努力して勉強している子にどんどん追い抜かれてしまいます。努力したり協力して解決するといった力が身についていないままになってしまっていたのです」
アカデミックギフテッドクラスは3年で終了した。18年4月からは、IQや障害の内容にかかわらず、受け入れるすべての児童生徒・学生を「ギフテッド・2E対応クラス」として支援することを目指している。
「もちろん、子どもがやりたいことをやる個別授業もあります。気づかれなかった才能が見いだされることもあります。ただ、いくらIQが高くても、生活スキルや集団の中でのコミュニケーション力をある程度身につけないと、社会で力は発揮できません。高IQも障害も1つの特異性だと私たちは考えており、社会でどう生きていくかをきちんと支援しなければという考えでやっています」(石川さん)
写真はイメージです iStock.com
翔和学園には、23年1月時点で児童・生徒・学生は、小学部6人、中学部4人、高校部10人、大学部が約70人の計約90人が在籍している。特に3年ほど前から、不登校になったり学校でトラブルがあったりした子どもの保護者から、入園の問い合わせが増えているという。
だが、受け入れられず断ることも多いという。「今はなかなか受け入れを増やすのは難しい」と石川さん。学園の教職員は現在9人ほどで、10人を教職員1人で担当する状況だという。石川さんは、「IQ30~150までの子どもが、同じ場所で教育を受けています。受け入れる側の態勢はぎりぎりです」と実情を話してくれた。
20年先のカレンダーも覚える驚異の記憶力…「ギフテッド」の子どもが見せた“特別な才能”「あなたの誕生日の曜日を当てられます」 へ続く
(阿部 朋美,伊藤 和行/Webオリジナル(外部転載))