夫婦には力学がある。どちらも我慢せずに均衡が保たれるのが理想だろうが、なかなかそううまくはいかない。一般的には経済力があるほうが威張り散らす傾向にある。
【写真を見る】「夫が19歳女子大生と外泊報道」で離婚した女優、離婚の際「僕の財産は全部捧げる」と財産贈与した歌手など【「熟年離婚」した芸能人11人】「うちはいつから均衡が保てなくなったのかなあ……最初からかな。なんだか妻との力関係は、何度も入れ替わったり逆転したりしてきたような気がします。今もまだ落ち着いてはいません」 安西康太朗さん(48歳・仮名=以下同)は、年齢にしては深い眉間のしわをさらに深く寄せながらそう言った。3歳下の妻・美重子さんと結婚して10年になる。ふたりは遠い親戚にあたるという。
「自分が一生守っていくから」と康太朗さんは妻に約束したものの…「僕はそもそも、結婚するつもりはなかったんです。収入だって高いわけじゃないし、家族というものに憧れもなかった。自分が育ったのは、ごく普通の家庭でしたけど、あんまりいい思い出もないし……。仕事をしながら趣味でクラリネットを吹いているのが楽しかった。仲間もいたし。だけど田舎の親がやたらと心配して、親戚に誰かいないかと触れ回った。それで母の妹の夫のさらにいとことかなんとかの美重子と見合いをさせられたんです」 見合いをしたそのとき、美重子さんはふたりきりになると「断っちゃっていいですからね」と言った。どうしてかと尋ねると、「私、妊娠してるから」とさらりと言って笑った。「なんだかその潔さに、この人いいなあと思ってしまったんですよ。あとから知ったんだけど、彼女は資産家の娘だったから、別に結婚しなくても子どもは育てていける。ただ、結婚しないと世間に顔向けができないと親が思ったらしいんです。それで白羽の矢が立ったのが僕だったわけ。アイツにはこういう女をあてがってもいいと親戚が思ったんでしょうね。オレら、バカにされてるってことですよね、だったら結婚しちゃいましょうと僕は言いました。美重子は驚いていたけど、『子どもを一緒に育ててくれるの?』って」 美重子さんも変わった女性だが、康太朗さんも変わっている。ふたりとも親戚の間では変わり者だと思われていたようだ。お腹の子の父親は そうやってひょんなことから結婚したふたりだが、日に日に大きくなる妻のお腹を見てるうちに康太朗さんは、自分の子が生まれてくるという思いにとらわれた。「実際には美重子と不倫関係にあった男性の子なんですよ。結婚後に、『この子の父親が誰かって気にならないの?』と言われて、別にどうでもいいけど一応聞いておくかと思ったら、なんと美重子が退屈しのぎにアルバイトをしていた会社の上司だった。上司も妊娠は知っているんだそうです。でももうオレの子だから、生まれても上司には会わせないと僕は決めました。美重子にそう言ったら『ありがとう』と涙していたんですが……」 生まれたのはかわいい女の子だった。美重子さんの両親がやってきて、事情を知る義父は「こうなったらしょうがない。康太朗くん、頼むよ。こんな子を生んだ娘とは縁を切るつもりだから」と帰って行った。康太朗さんはそのやりとりを寒々しい思いで聞いていた。「美重子の両親は、不倫の子を産む娘と縁を切りたくて結婚させたんじゃないかと思いましたね。おまえはうちの恥だと病室で言うんですよ。美重子がかわいそうだった」 自分が一生守っていくからと、彼は妻に言った。生活力のない妻 ところが美重子さんは、資産家の“令嬢”、贅沢が身についていた。一方、康太朗さんは中小企業のサラリーマン。どんなにがんばって働いても収入が飛び抜けてよくなるはずもない。「もうきみの境遇は変わったんだよ。今までみたいに親には頼れない。僕は働くけど、このご時世だから、子どもが保育園に入れるようならきみも働いてほしいと言ったんです。でも妻はできないと……。「結婚を機にアルバイトは辞めたのだが、まがりなりにも働いたことがあるのはその一社だけ。そんな娘を結婚させて放り出す親もひどいですよね」 美重子さんは働く気はなかったらしい。かといってやりくりもできない。康太朗さんは自ら生活費をやりくりして買い物をし、夕飯の支度もした。ひとり暮らしが長かったから、それほど苦ではなかった。洗濯と掃除は美重子さんが担当したが、「最近、全然おしゃれしてない」と文句を言うようになった。「僕の月給は変わらない。働く気がないなら、きみが親に頭を下げて援助してもらうしかないだろと言ってしまったんです。そうしたら彼女、その通りにしたんですよ。なんだかんだ言っても意地を通せるほど自立してはいなかったんでしょうね。親といろいろ話し合ってきたのか、子どもが2歳になるころには親子の蜜月が再開したようでした」長男に冷たい…妻の過去 その後、康太朗さんとの間に男の子が生まれた。妻の両親は「その子をうちの跡取りにしたい」と言ってきた。冗談じゃない、長男はオレの子だと彼は突っぱねた。妻は彼が怒っているのを黙って見ていた。「妻に対して、いろいろ疑惑がわいてきました。親子が仲良くなったのは悪いことじゃないけど、妻は家ではいつも親の悪口を言っているわけです。それもかなり辛辣に。『早く死んでくれればいいのに』と言ったときは驚きました。冗談でもそんなことを言ってはいけないと思わず説教しましたよ。でも妻は『あなただってそう思ってるでしょ』と平気な顔をしている。それでいて生活費を援助してもらっているわけだから、あまりに図々しいと僕は思っていました」 もうひとつ疑問だったのは、妻が長男をかわいいと思っていないのではないかという点だった。長男が幼かったころ、康太朗さんが帰宅するとべそをかいていることが多かった。やんちゃな子だったから、また怒られたのかと思っていたが、あるとき長女から「ママがぶったから弟が泣いてる」というようなことを聞き出せた。父親は違っても、美重子さんにとってはどちらも自分の子だ。だが下の子には愛情がわいていないのではないかと彼は疑った。「これだけは黙っていられない。妻と正面切って話し合いました。子どもへの虐待は許せないから。すると妻は、自分も殴られて大きくなった。だけど今では親とわかりあっていると言うんです。それは妻自身が、自分の気持ちと向き合っていないだけ、本当は親とわかりあってはいない、お金のために軍門に降ったようなものだろうと言ったら、号泣していました」週末はコンビニバイトへ… 親との関係を深く理解してこなかったことを、康太朗さんは妻に謝った。親からの援助はもうやめよう、僕らは質素に暮らしていこう、きみの意識が変われば暮らしていけると妻を説得した。 彼は注意深く、息子の様子を見ながら生活した。妻は子どものころ親から暴力をふるわれていたことを告白して気持ちが楽になったと話した。息子とは相性が悪いようで、愛情表現はうまくできないとときどき嘆いたが、そこは康太朗さんがフォローするよう心がけた。だが生活はなかなかうまくいかなかった。妻がすぐにお金がないと悲鳴を上げるからだ。「しかたないから、週末も僕は仕事をするようになりました。会社は副業を認めていたので、まずは近所のコンビニで働き始めたんです。すると妻は『コンビニなんてみっともない。近所の人の目がある』って。ふざけるなと思ったので無視しました」 考えてみたら、穏やかに暮らしていた時期なんて、ほとんどないような気がすると康太朗さんはつぶやいた。それもこれも、お金が原因だ。金がない人生はつらいと彼はため息をついた。それでも妻が彼のクラリネットを売ろうとしたときは激怒した。結婚してからほとんど吹いていなかったが、クラリネットは彼には大事なものなのだ。 働きづめの日々が続くようになり、彼は徐々に心が疲れていった。妻は少し改心したのか、価格の安いスーパーへ行ったりし始めた。子どもたちが大きくなってママ友などもでき、今まで知らなかった世界が開けていったようだ。いわゆる「庶民の暮らし」もまんざら悪くないと思ったのかもしれない。後編【妻は「あなたの給料は低すぎる」…48歳夫が週末にコンビニで働き始めたらガン発覚、看護師と不倫して気づいたこと】へつづく亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。デイリー新潮編集部
「うちはいつから均衡が保てなくなったのかなあ……最初からかな。なんだか妻との力関係は、何度も入れ替わったり逆転したりしてきたような気がします。今もまだ落ち着いてはいません」
安西康太朗さん(48歳・仮名=以下同)は、年齢にしては深い眉間のしわをさらに深く寄せながらそう言った。3歳下の妻・美重子さんと結婚して10年になる。ふたりは遠い親戚にあたるという。
「僕はそもそも、結婚するつもりはなかったんです。収入だって高いわけじゃないし、家族というものに憧れもなかった。自分が育ったのは、ごく普通の家庭でしたけど、あんまりいい思い出もないし……。仕事をしながら趣味でクラリネットを吹いているのが楽しかった。仲間もいたし。だけど田舎の親がやたらと心配して、親戚に誰かいないかと触れ回った。それで母の妹の夫のさらにいとことかなんとかの美重子と見合いをさせられたんです」
見合いをしたそのとき、美重子さんはふたりきりになると「断っちゃっていいですからね」と言った。どうしてかと尋ねると、「私、妊娠してるから」とさらりと言って笑った。
「なんだかその潔さに、この人いいなあと思ってしまったんですよ。あとから知ったんだけど、彼女は資産家の娘だったから、別に結婚しなくても子どもは育てていける。ただ、結婚しないと世間に顔向けができないと親が思ったらしいんです。それで白羽の矢が立ったのが僕だったわけ。アイツにはこういう女をあてがってもいいと親戚が思ったんでしょうね。オレら、バカにされてるってことですよね、だったら結婚しちゃいましょうと僕は言いました。美重子は驚いていたけど、『子どもを一緒に育ててくれるの?』って」
美重子さんも変わった女性だが、康太朗さんも変わっている。ふたりとも親戚の間では変わり者だと思われていたようだ。
そうやってひょんなことから結婚したふたりだが、日に日に大きくなる妻のお腹を見てるうちに康太朗さんは、自分の子が生まれてくるという思いにとらわれた。
「実際には美重子と不倫関係にあった男性の子なんですよ。結婚後に、『この子の父親が誰かって気にならないの?』と言われて、別にどうでもいいけど一応聞いておくかと思ったら、なんと美重子が退屈しのぎにアルバイトをしていた会社の上司だった。上司も妊娠は知っているんだそうです。でももうオレの子だから、生まれても上司には会わせないと僕は決めました。美重子にそう言ったら『ありがとう』と涙していたんですが……」
生まれたのはかわいい女の子だった。美重子さんの両親がやってきて、事情を知る義父は「こうなったらしょうがない。康太朗くん、頼むよ。こんな子を生んだ娘とは縁を切るつもりだから」と帰って行った。康太朗さんはそのやりとりを寒々しい思いで聞いていた。
「美重子の両親は、不倫の子を産む娘と縁を切りたくて結婚させたんじゃないかと思いましたね。おまえはうちの恥だと病室で言うんですよ。美重子がかわいそうだった」
自分が一生守っていくからと、彼は妻に言った。
ところが美重子さんは、資産家の“令嬢”、贅沢が身についていた。一方、康太朗さんは中小企業のサラリーマン。どんなにがんばって働いても収入が飛び抜けてよくなるはずもない。
「もうきみの境遇は変わったんだよ。今までみたいに親には頼れない。僕は働くけど、このご時世だから、子どもが保育園に入れるようならきみも働いてほしいと言ったんです。でも妻はできないと……。「結婚を機にアルバイトは辞めたのだが、まがりなりにも働いたことがあるのはその一社だけ。そんな娘を結婚させて放り出す親もひどいですよね」
美重子さんは働く気はなかったらしい。かといってやりくりもできない。康太朗さんは自ら生活費をやりくりして買い物をし、夕飯の支度もした。ひとり暮らしが長かったから、それほど苦ではなかった。洗濯と掃除は美重子さんが担当したが、「最近、全然おしゃれしてない」と文句を言うようになった。
「僕の月給は変わらない。働く気がないなら、きみが親に頭を下げて援助してもらうしかないだろと言ってしまったんです。そうしたら彼女、その通りにしたんですよ。なんだかんだ言っても意地を通せるほど自立してはいなかったんでしょうね。親といろいろ話し合ってきたのか、子どもが2歳になるころには親子の蜜月が再開したようでした」
その後、康太朗さんとの間に男の子が生まれた。妻の両親は「その子をうちの跡取りにしたい」と言ってきた。冗談じゃない、長男はオレの子だと彼は突っぱねた。妻は彼が怒っているのを黙って見ていた。
「妻に対して、いろいろ疑惑がわいてきました。親子が仲良くなったのは悪いことじゃないけど、妻は家ではいつも親の悪口を言っているわけです。それもかなり辛辣に。『早く死んでくれればいいのに』と言ったときは驚きました。冗談でもそんなことを言ってはいけないと思わず説教しましたよ。でも妻は『あなただってそう思ってるでしょ』と平気な顔をしている。それでいて生活費を援助してもらっているわけだから、あまりに図々しいと僕は思っていました」
もうひとつ疑問だったのは、妻が長男をかわいいと思っていないのではないかという点だった。長男が幼かったころ、康太朗さんが帰宅するとべそをかいていることが多かった。やんちゃな子だったから、また怒られたのかと思っていたが、あるとき長女から「ママがぶったから弟が泣いてる」というようなことを聞き出せた。父親は違っても、美重子さんにとってはどちらも自分の子だ。だが下の子には愛情がわいていないのではないかと彼は疑った。
「これだけは黙っていられない。妻と正面切って話し合いました。子どもへの虐待は許せないから。すると妻は、自分も殴られて大きくなった。だけど今では親とわかりあっていると言うんです。それは妻自身が、自分の気持ちと向き合っていないだけ、本当は親とわかりあってはいない、お金のために軍門に降ったようなものだろうと言ったら、号泣していました」
親との関係を深く理解してこなかったことを、康太朗さんは妻に謝った。親からの援助はもうやめよう、僕らは質素に暮らしていこう、きみの意識が変われば暮らしていけると妻を説得した。
彼は注意深く、息子の様子を見ながら生活した。妻は子どものころ親から暴力をふるわれていたことを告白して気持ちが楽になったと話した。息子とは相性が悪いようで、愛情表現はうまくできないとときどき嘆いたが、そこは康太朗さんがフォローするよう心がけた。だが生活はなかなかうまくいかなかった。妻がすぐにお金がないと悲鳴を上げるからだ。
「しかたないから、週末も僕は仕事をするようになりました。会社は副業を認めていたので、まずは近所のコンビニで働き始めたんです。すると妻は『コンビニなんてみっともない。近所の人の目がある』って。ふざけるなと思ったので無視しました」
考えてみたら、穏やかに暮らしていた時期なんて、ほとんどないような気がすると康太朗さんはつぶやいた。それもこれも、お金が原因だ。金がない人生はつらいと彼はため息をついた。それでも妻が彼のクラリネットを売ろうとしたときは激怒した。結婚してからほとんど吹いていなかったが、クラリネットは彼には大事なものなのだ。
働きづめの日々が続くようになり、彼は徐々に心が疲れていった。妻は少し改心したのか、価格の安いスーパーへ行ったりし始めた。子どもたちが大きくなってママ友などもでき、今まで知らなかった世界が開けていったようだ。いわゆる「庶民の暮らし」もまんざら悪くないと思ったのかもしれない。
後編【妻は「あなたの給料は低すぎる」…48歳夫が週末にコンビニで働き始めたらガン発覚、看護師と不倫して気づいたこと】へつづく
亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。
デイリー新潮編集部