勉強嫌いのタクシードライバー、ゼロから英語ペラペラで世界が注目/女子アナ日下千帆の「私にだけ聞かせて」

日下アナと中山さん
海外からの個人旅行が10月11日から大幅緩和され、日本各地の観光地に外国人観光客が増えてきました。近年は、リピーターの訪日が増えているため、大型バスで移動する団体旅行よりも個人旅行のニーズが高まっています。そこで注目を集めているのが、タクシー業界なのです。
東京のタクシードライバーは、東京オリンピックの前からインバウンドのお客さまに対する “おもてなし力” を向上させるため、英語や中国語での接客を学んできました。
その実力を試す機会として、年に一度、英語力を試すロールプレイングコンテストがあるのですが、そこでぶっちぎりの高得点で優勝した伝説のドライバーがいます。kmグループ・弥生交通の中山哲成さんです。
中山さんは、2018年秋に行われた「第5回 タクシー運転者 英語おもてなしコンテスト」で、まるでネイティブスピーカーの俳優のような圧巻のパフォーマンスを披露。その後、イギリスの経済誌『The Economist』の密着取材をはじめ、朝日新聞など国内外のメディアに取材されました。
東京都狛江市出身。高校卒業後、ミュージシャンや小説家を目指すも挫折。その後、会社員を1年ほど経験しますが、こちらも性格的に合わず、30歳からタクシードライバーに転職しました。実は、中山さんは高卒、留学経験なし、英語力ゼロでしたが、30歳からわずか4年で英語がペラペラになったのです。
――「第5回 英語おもてなしコンテスト」で優勝しましたが、どのように準備されたのですか?
「ふだんから、外国人のお客さまとの楽しい会話の想定問答を作っていました。大会では、ロープレの最後の『お客様、パスポートを忘れてますよ!』と、お客さまを追いかけるシーンがいちばん笑いを取りましたが、あのような場面をいろいろ想定して、フレーズを考えていました。
1人で練習するときは、ステージに立っているところをイメージして動きをつけて練習しました。音楽活動で、よくライブをやっているので、多少、ステージ慣れしているところはあるかもしれません」
――英語は苦手だったそうですが、どのように勉強されたのですか?
「東京オリンピックに向けて、会社から英語を勉強するようにすすめられ、書店で参考書を大量に買って勉強を始めました。テストが嫌いで大学に行かなかったくらいなので、参考書の選び方もわからず、店員さんにお願いしました。
ほとんどの本は途中で読まなくなり、ホコリをかぶったのですが、『英語耳』(松澤喜好著)というCDつきの発音の本だけは面白くて続けられました。もともとミュージシャンになりたかったので、音には敏感だったんです。
ひたすらマネすることで、だんだんネイティブのような発音ができるようになり、それを録音して繰り返し聞きました。それっぽい音が出せるようになり、文章が作れたらしゃべれる気がしたので、次に文法を学びました。
最初に読み込んだ文法書が『英文法のトリセツ』(阿川イチロヲ著)です。冒頭に『英語は1つの文のなかに動詞が1つしかない』と書かれていて、感動しましたね(笑)。
もともと英語は趣味だと思っていたので、細かいことは気にせず楽しんでいました。そのうち、仕事で使うフレーズを覚えたら、自然と英語が出てくるようになりました。
ある程度話せるようになったら、次に日本語を学びたい外国人に英語で日本語を教えたんです。教えることは自分にとっても学びになります」
――これから勉強を始める方におすすめの勉強法は?
「TED Talksという、さまざまな分野のエキスパートがプレゼンを動画配信しているサービスがあるのですが、YouTubeでそれを字幕つきで見るのがおすすめです。ネイティブスピーカーではない話し手が多く、英語がシンプルなので聞きやすいです」
――たった4年で、まるでネイティブスピーカーの俳優のようになれるとは思えないのですが?
「実はあの頃、アメリカ人の彼女がいたんです(笑)。プロポ―ズのために渡米し、オハイオのご両親とお会いしたのですが、遠距離恋愛だったこともあり、『まだ早い。もっと様子を見ろ』と反対されまして……。結局、別れてしまいましたが、この恋愛が英語力をつけてくれました」
――会社員は続かなかったそうですが、タクシードライバーとして成功しましたね。
「この仕事を始めた瞬間、自分に向いていると感じました。ドライブは好きでしたし、毎日、自分でコースを決めて完結できる。朝8時に出勤して翌朝4時までの勤務ですが、翌日は休みですから。1日おきに自由な時間が取れるので、趣味の音楽も続けられます。思いどおりの人生です」
――コロナ禍では大変だったのではないですか?
「はい。収入は3分の2に落ち込み、その状況がいつまで続くかわからなかったため、不安でした。でも、新しくできた日本人の彼女が支えてくれました。コロナ真っ只中の2020年9月に結婚し、家も購入しました」
――今後、やりたいことはありますか?
「私は物欲が強いですし、趣味にお金がかかるので、副業に力を入れたいんです。特に、英語を教える活動をやっていきたい。大会で優勝後、著書『30才高卒タクシードライバーがゼロから英語をマスターした方法』を出版したんですが、おかげさまでベストセラーになりました。今後も、英語を教えながら、タクシーで頑張っていきますよ」
若い頃に目指していたミュージシャンや作家にはなれなかったものの、現在は自分の描いてきた理想的な生き方だと話す中山さん。中山さんの車に乗れば、初来日のお客さまも、最高の日本観光を楽しめることでしょう。
■外国人観光客との会話を盛り上げるため3カ条
(1)こちらから英語で話しかける なぜなら、外国人観光客は、日本人は英語ができないと思っているので話しかけてこない
(2)これまでの日本の印象を尋ねる「How is your trip so far?」(ここまでのあなたの旅はどうですか?)などのフレーズがおすすめ。みんな自分の思い出を誰かに話したいので、必ず盛り上がります
(3)女性には各種動物カフェをすすめる 犬やネコやハリネズミやフクロウなどがいる店に行けば盛り上がります。お酒好きには新宿ゴールデン街がオススメ
●日下千帆(くさかちほ)1968年、東京都生まれ。1991年、テレビ朝日に入社。アナウンサーとして『ANNニュース』『OH!エルくらぶ』『邦子がタッチ』など報道からバラエティまで全ジャンルの番組を担当。1997年退社し、フリーアナウンサーのほか、企業・大学の研修講師として活躍。東京タクシーセンターで外国人旅客英語接遇研修を担当するほか、supercareer.jpで個人向け講座も