「裸にしないで」 小中学校の健康診断 盗撮事件に不安も

「健康診断の日は学校に行きたくない」「本当は死ぬほど嫌だった」――。小中学校の健康診断が、子どもの上半身を裸にして行われることに、「異性の医師に裸を見られたくない」と保護者や児童生徒から不安の声が上がっている。国で統一的なルールがない中、下着を着用したまま実施する学校もあり、対応は分かれる。着衣での対応を求め、署名活動を始める動きも出てきた。
【あなたの中学時代の校則は?】10~50代を調査「本当は嫌だったけど……」

「気持ちに個人差はあるかもしれないが、半ば強制的に脱衣させられるのはおかしい」。京都府長岡京市の会社員、金井仁美さん(48)はそう訴える。同市では今年度の健診を、全14小中学校で、男女ともに上半身裸で実施した。これに反対する保護者らが10月、「子どもたちの安心できる健康診断をめざす会」を設立。市や市教委に着衣での健診を求め、署名活動を始めた。 会の代表を務める金井さんは高校生の長女に過去の健診について尋ねると「裸になるのが当たり前だと思っていた。本当は嫌だったけど、言ってはいけないと思った」と打ち明けられた。周囲の保護者からは「健診の日は子どもが学校に行きたがらない」という声も聞く。 保護者らの不安を高めたのは、7月に明らかになった学校健診現場での担当医による盗撮事件だ。岡山市の男性医師(47)が中学校での健診時、下着姿の女子生徒らをペン型のカメラで盗撮したとして岡山県迷惑防止条例(卑わいな行為の禁止)違反の疑いで警察に逮捕された。医師は別の小学校でも、内科検診中に上半身裸の女子児童らを盗撮したとして起訴された。金井さんは事件を報道で知り「氷山の一角なのでは」と不安を抱いたという。 一方、学校側の言い分はこうだ。長岡京市教委によると、地元医師会が「背骨が左右に曲がる脊柱(せきちゅう)側湾症などを見落とさないため、上半身の脱衣が必要だ」とする見解を示しており、それに基づいて上半身裸で健診を行っている。他の児童生徒から見えないようについたてを立てたり、バスタオルを羽織らせたりする学校もあるが、医師に裸を見せるのはやむを得ないとの立場だ。 しかし、「上半身裸」を求めない学校もある。京都府医師会が2018年、京都市を除く府内の公立小中学校に行った調査(回答数計259校)では、男女ともに上半身裸で実施していたのは小学校の71%、中学校は32%にとどまった。裸にしない学校では「女子は下着やシャツを着用させる」「必要に応じて服をまくりあげる」などの対応を取っている。金井さんは「着衣でも健診ができるのなら、それをもっと広げ、嫌な思いをする子どもを減らしてほしい」と訴える。 同様の動きは全国で起きている。千葉県の会社員、高田愛子さん(34)は中高時代の健診で、男性医師の前で上半身を裸にさせられ、ショックを受けた。女性の養護教諭に相談したが、「医師はいやらしい目で見ていない。疑うあなたがおかしい」と取り合ってもらえなかったという。当事者の声が都議会動かす 「街のショーウインドーで半裸のマネキンを見た時などに記憶がよみがえり、今も苦しくなる」。トラウマを抱えた高田さんは20年、着衣での健診などを文部科学省に求める署名活動をオンラインで始めた。開始から半年ほどで署名は2万件を超え、「死ぬほど嫌な思い出だ」「恐怖で病院に行けない」などの声も寄せられた。 当事者たちの声は東京都議会を動かした。22年3月、「胸を見せる内科検診を拒否してもよい」と児童生徒に周知することなどを求める陳情が採択された。これを受けて都教委は、「健診で気になることがあれば、養護教諭に相談してよい」などと、事前に保護者に周知する取り組みを始めた。 高田さんは「つらい思いをしていたのは自分だけではないと感じた。対応に一貫性がない現状では、受ける側が混乱する」と話し、安心して受けられる健診の実現に向け、今後も活動を続けるという。 文科省は21年3月、脱衣を伴う検査について各都道府県教委などに事務連絡を出し、「保健だより」などで事前に実施方法について児童生徒や保護者の理解を得たり、診察に支障ない範囲で子どものプライバシーに配慮したりすることを求めている。ただ、国としての統一的なルールは設けておらず、文科省の担当者は「各学校医のやり方があり、こちらから指示するのは難しい。保護者らに事前に説明し、理解を得るのが重要だ」と話す。 統一ルールを設けるのは難しいのか。側湾症の早期発見には、肩や腰の高さなどを確認する必要がある。背中や腹部を直接見ることには、アトピーや虐待の痕を見つける意味もあるとされる。着衣での診断に対しては「心音が聞き取りにくい」などという医師の声もあるという。 医師で医療社会学者の美馬達哉・立命館大大学院教授は「健診で側湾症などを見落とすと、学校医の民事責任を問われることがある。学校医は自身が責任を負えるやり方で診察することになり、脱衣の有無にばらつきが出るのは理解できる」としつつ、「疑問の声が上がっている現状は、人権意識が向上し、センシティブな身体情報を学校が一律で調べることが時代に合わなくなっている表れではないか。体格や病気の情報がいじめにつながる可能性もある」と指摘。「学校側が『学校での健診は義務ではなく、かかりつけ医などで受けてもよい』と子どもや保護者に周知し、将来的には各自で受ける形に変えていくべきだ」と提言する。【添島香苗】
「本当は嫌だったけど……」
「気持ちに個人差はあるかもしれないが、半ば強制的に脱衣させられるのはおかしい」。京都府長岡京市の会社員、金井仁美さん(48)はそう訴える。同市では今年度の健診を、全14小中学校で、男女ともに上半身裸で実施した。これに反対する保護者らが10月、「子どもたちの安心できる健康診断をめざす会」を設立。市や市教委に着衣での健診を求め、署名活動を始めた。
会の代表を務める金井さんは高校生の長女に過去の健診について尋ねると「裸になるのが当たり前だと思っていた。本当は嫌だったけど、言ってはいけないと思った」と打ち明けられた。周囲の保護者からは「健診の日は子どもが学校に行きたがらない」という声も聞く。
保護者らの不安を高めたのは、7月に明らかになった学校健診現場での担当医による盗撮事件だ。岡山市の男性医師(47)が中学校での健診時、下着姿の女子生徒らをペン型のカメラで盗撮したとして岡山県迷惑防止条例(卑わいな行為の禁止)違反の疑いで警察に逮捕された。医師は別の小学校でも、内科検診中に上半身裸の女子児童らを盗撮したとして起訴された。金井さんは事件を報道で知り「氷山の一角なのでは」と不安を抱いたという。
一方、学校側の言い分はこうだ。長岡京市教委によると、地元医師会が「背骨が左右に曲がる脊柱(せきちゅう)側湾症などを見落とさないため、上半身の脱衣が必要だ」とする見解を示しており、それに基づいて上半身裸で健診を行っている。他の児童生徒から見えないようについたてを立てたり、バスタオルを羽織らせたりする学校もあるが、医師に裸を見せるのはやむを得ないとの立場だ。
しかし、「上半身裸」を求めない学校もある。京都府医師会が2018年、京都市を除く府内の公立小中学校に行った調査(回答数計259校)では、男女ともに上半身裸で実施していたのは小学校の71%、中学校は32%にとどまった。裸にしない学校では「女子は下着やシャツを着用させる」「必要に応じて服をまくりあげる」などの対応を取っている。金井さんは「着衣でも健診ができるのなら、それをもっと広げ、嫌な思いをする子どもを減らしてほしい」と訴える。
同様の動きは全国で起きている。千葉県の会社員、高田愛子さん(34)は中高時代の健診で、男性医師の前で上半身を裸にさせられ、ショックを受けた。女性の養護教諭に相談したが、「医師はいやらしい目で見ていない。疑うあなたがおかしい」と取り合ってもらえなかったという。
当事者の声が都議会動かす
「街のショーウインドーで半裸のマネキンを見た時などに記憶がよみがえり、今も苦しくなる」。トラウマを抱えた高田さんは20年、着衣での健診などを文部科学省に求める署名活動をオンラインで始めた。開始から半年ほどで署名は2万件を超え、「死ぬほど嫌な思い出だ」「恐怖で病院に行けない」などの声も寄せられた。
当事者たちの声は東京都議会を動かした。22年3月、「胸を見せる内科検診を拒否してもよい」と児童生徒に周知することなどを求める陳情が採択された。これを受けて都教委は、「健診で気になることがあれば、養護教諭に相談してよい」などと、事前に保護者に周知する取り組みを始めた。
高田さんは「つらい思いをしていたのは自分だけではないと感じた。対応に一貫性がない現状では、受ける側が混乱する」と話し、安心して受けられる健診の実現に向け、今後も活動を続けるという。
文科省は21年3月、脱衣を伴う検査について各都道府県教委などに事務連絡を出し、「保健だより」などで事前に実施方法について児童生徒や保護者の理解を得たり、診察に支障ない範囲で子どものプライバシーに配慮したりすることを求めている。ただ、国としての統一的なルールは設けておらず、文科省の担当者は「各学校医のやり方があり、こちらから指示するのは難しい。保護者らに事前に説明し、理解を得るのが重要だ」と話す。
統一ルールを設けるのは難しいのか。側湾症の早期発見には、肩や腰の高さなどを確認する必要がある。背中や腹部を直接見ることには、アトピーや虐待の痕を見つける意味もあるとされる。着衣での診断に対しては「心音が聞き取りにくい」などという医師の声もあるという。
医師で医療社会学者の美馬達哉・立命館大大学院教授は「健診で側湾症などを見落とすと、学校医の民事責任を問われることがある。学校医は自身が責任を負えるやり方で診察することになり、脱衣の有無にばらつきが出るのは理解できる」としつつ、「疑問の声が上がっている現状は、人権意識が向上し、センシティブな身体情報を学校が一律で調べることが時代に合わなくなっている表れではないか。体格や病気の情報がいじめにつながる可能性もある」と指摘。「学校側が『学校での健診は義務ではなく、かかりつけ医などで受けてもよい』と子どもや保護者に周知し、将来的には各自で受ける形に変えていくべきだ」と提言する。【添島香苗】